5:閃光の奇襲
バサッ!
羽音が聞こえ、頭上を旋回する巨体によって日の光が遮られます。
考えてみるとこの〈魔境〉は地下にあるのに、この日光は何処の何が照らしているのでしょう?
それは判りませんけど一つ確実なのは、空中戦で頭上を取られるのは致命的だということです。
「うふふ。来ちゃった」
「うふふ。来ちゃった、じゃねぇよ。何しに来たんだよ? 見てみろよ、あの犬を放り出して来たからチュリマーが大変そうだぞ」
「別にいいじゃない。私、チュリマーのお守りじゃないもの」
巨体の正体は〈呪術〉で強き鳥の姿になったテクラでした。
身構える私を他所に、彼女は到着して早々にメッキとじゃれ合い始めます。
「大体ぃ、メッキだってろくに戦わないで、この子と遊んでるじゃないの」
「わっ、私は遊んでなんていませんっ!」
「けけっ、悪ぃな。俺様は弱い奴を苛めるのが好きなんだよ」
「なっ‥‥!?」
弱い奴ってどういう事ですか! いえ、確かに私は弱いですけど‥‥それでも勇者様の役に立ちたくて頑張っているというのに!
「わかるわぁ。大変よねぇ、弱いと。うふふふふふふ!」
バサリと団扇を束ねて叩きつけるような音が響き、テクラが更に上昇します。
その後の彼女の行動に冷汗が頬を伝って一筋、顎から落ちます。
危険を感じて逃げなければと思えば思うほど、まるで凍り付いたかのように、不思議と身体が動いてくれません。
強き鳥が、陽光を跳ね返してギラリと輝く八本の鉤爪を構えたまま私に向かって降下してきました。
バシュンッ!
テクラの攻撃を避けようと集中した瞬間、爆発のダメージからずいぶん回復してきた耳が小さな音を拾いました。
そして次の瞬間には、黒い羽毛が舞い散り、テクラが姿勢を大きく崩し、そのまま落下していきます。
彼女の肩に穴が開いていました。
傷口はポッカリと口を開いた楕円形。周辺の皮膚組織はミンチ状になりつつも螺旋を描くように引き攣れています。そう、まるでドリルに貫かれたような貫通性外傷です。
どこかで見た形だと思ったら、ユリア様の侍女であるイルヴァさんを診た時の刺創とそっくりです。
そして、更に次の瞬間、テクラの肩に開いた傷口から大量の血液が溢れ、彼女の落下する勢いに着いて行けず、空中に赤い軌跡を残します。
「いぎゃぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっ!?」
「んだぁっ! 何を遊んでやがる、テクラっ!?」
メッキは突然の異変に声を荒げ、テクラもその痛みに、魔術で得た身体の異変に、そしてこの高度から落下する恐怖に半狂乱となっています。
どれだけ頑張ったとしても、この位置に組織を捻じり切られるような傷を受けては、力を入れて翼を羽ばたかせることはできないでしょう。
ましてや、痛みと恐怖の中ではなおのこと。
「なんだっ!? 何が起きたっ!?」
こんな傷を与えられるのは、別動隊と共に行動しているユリア様くらいです。
けど、メッキには何が何だかわかるわけもなく、冷汗を掻きながらキョロキョロと周囲を伺います。
突発事態にも弱いようですね。
Kueeeeeee!
私がテクラの襲撃に対処しようとしていた間に、眼下の戦いにも変化が起きていました。
そう、ユリア様がたった一人で戻ってくる訳なんてないんです。
勇者様とガナデちゃんを相手に交戦していた〈冥河屍喰鳥〉が不意に奇声を上げて振り返りました。
ガギンッ!
「ちっ!」
巨大な嘴が何か硬質なものを弾く音に続いて聞こえて来た舌打ちは聞き覚えのある声でした。
「駄目です、シャムシエル! 〈冥河屍喰鳥〉の棲む冥界の河原は霧が立ち込めて視界が悪いんです! 鳥頭だけど嗅覚と聴覚に優れています!」
「ちっ、そういう奴か。もっと早く教えろよな、ポムクルス!」
「無茶言わないでください! どうせまた〈透明化〉で隠れてたんでしょう!」
「あー聞こえねぇ聞こえねぇ。おい、サワラと骨っ娘、〈冥河屍喰鳥〉の注意はアタイが引き付ける。何かすんなら今の内だぞ」
「わかった。行くぞ牙撫!」
「骨っ娘とはワシの事かのぉ?」
GUMAAAAAAAAAAA!!
GOOOOOOOOONGH!!
勇者様が呼び掛け、ガナデちゃんが惚けた答えを返すのと重なるように、戦場の反対側から猛獣たちの咆哮が聞こえてきました。
「遊撃隊が間に合ってくれた! 態勢を立て直せ! 挟撃するぞ!」
キーファさんが檄を飛ばしています。
どうやら、ユリア様やシャムシエルと一緒に森へ入って行った遊撃小隊は彼女たちと別れて猛獣たちの後背を突くように攻め寄せていたようです。
「おぉー!」「行くぞ!」「負けてられるか!」
白騎士たちの声に力が漲り、剣戟の音にも鋭さが蘇ってきました。
連戦の疲れも見えていた白騎士団でしたけど、援軍の到着に再度気合いを入れ直し、〈灰色熊〉や〈金剛猩〉に立ち向かっていきます。
これまでは〈催眠の吐息〉によって騎士団への妨害や、猛獣たちへの指示を行っていた〈龍頭亀〉ですけど、今やその動きは精彩を欠いています。
〈龍頭亀〉を魅了していたテクラがその場を離れ‥‥あれ‥‥墜落していったテクラの姿が見えなく‥‥。
見失ったのかと息を飲んだのも一瞬の事でした。
今、ちらっと、白騎士たちが〈地生兵〉を相手に激しく集団戦をしている辺りで黒い羽根が見えた気がします。
あの辺りに落ちたのだとしたら‥‥えぇ、ちょっと今は保護するの難しそうですね。
「手前ぇっ! 俺様の前で余所見とは良い度胸じゃねぇか!」
怒気を向けられて視線を目の前に戻せば、そこには怒りで赤黒く染まったメッキの顔が近づいて来ていました。
にょろりと首を伸ばして睨みつけているので、額に浮かんだ太い血管まで良く見えるので、ちょっと血圧が上がり過ぎではないかと、敵ながら心配になります。
「そんな事を言われても、仲間の様子に目を配るのが私の役割です」
なので、文句を言われても困ります。
それに、別に私がサボっている訳ではなくて、私の攻撃を全部避けてしまうメッキが悪いんじゃないですか。
ちょっと腹が立ったので近づいて来た顔に向かって〈投石器〉を空撃ちしてやります。
バチン!
「ヒッ!?」
目の前で弾かれたゴムの勢いに慌てて首を引っ込めるメッキ。
咄嗟にその両翼で顔を覆い隠し、落下しそうになって慌てて翼を羽ばたかせて揚力を確保するという器用な真似をしている間に、私は空中で後退します。
そうやって私がメッキから離れた所で眼下の森から〈太矢〉が飛んできます。
私を相手にしている時程の余裕も無く、ユリア様の一撃を必死に避けるメッキ。
「て、手前ぇら‥‥いい加減に‥‥」
「おぉぉぉぉ!」
煽られた経験があんまり無いのでしょう、怒りにプルプルと震えているメッキが声を荒げようとした時、それを遮って、戦場全体に聞こえるほどの音量で、勇者様の声が響き渡りました。
どうやら合流には成功したようで、勇者様の姿は巨大化したままのガナデちゃんの背中の上にあります。
ガナデちゃんが普段から羽織っている〈外套〉が鐙のついた鞍に変形し、その上に跨る勇者様の手にはどこから取り出したのか、巨大な武器が構えられています。
槍のような長い柄の先に斧のような分厚い刃が付いている竿状武器、〈長柄斧〉の石突近くを左手で、中ほどより少し下を右手で持ったまま上段に振り被った勇者様を背に乗せて、ガナデちゃんは宙を駆けます。
周囲で牽制攻撃を繰り返すシャムシエルにすっかり気を取られていた〈冥河屍喰鳥〉は二人の接近に気付くのが遅れ‥‥。
「りゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
Gueeeeeeeeeeeeee!
ズガバギバギバギグヂャガガガガガガガガッ!
大きく体を捻じり、袈裟懸けに振り下ろされた勇者様の〈長柄斧〉の斧頭がガナデちゃんの疾走する速度を威力に乗せたまま〈冥河屍喰鳥〉のこめかみ辺りに激突し、凄まじい音を轟かせます。
振り抜いた勇者様の姿勢を見るに、これは斬りつけただけでなく、頭蓋を砕き、刃の無い柄の部分まで使って力任せに振り切りましたね。
これは、後で要診断ですね。
「ちょっと待て! 手前ぇ、今何をやりやがった!?」
ドウッ! 音を立てて倒れる〈冥河屍喰鳥〉の巨体を見下ろしながらメッキががなり立てます。
「んな簡単にそいつが倒される訳ぁ‥‥」
「なぁ、あんた。少し黙れな?」
口の端から泡を吐き散らしながら続けようとしたメッキの言葉を、今度こそ明確な意図の元に勇者様が遮りました。
〈冥河屍喰鳥〉の血液やその他の体液に塗れた〈長柄斧〉を肩に担ぎ直し、振り返りながらメッキを射抜く視線は、普段の勇者様から感じる事の無い怒りに彩られていました。
その冷たさは、私もメッキも思わず息を飲んで口を噤むほどで。
「卯月鍍。次はお前だ‥‥」
勇者様の宣告を受け、メッキの顔色から色が失われたのでした。




