蛇の足
二人はめでたく結婚し、新たにできた島へと移り住んだ。
島の名前はウォルプタース島。
新天地にて二人は忙しくとも、幸せな日々を送っていた。
サフィラがふと目を覚ますと、目の前に素裸の大きな女がいた。
その身体より長い黒髪に、ああ、となぜか合点がいって、サフィラは跪く。
「母なる海神マーレ。お会いできて光栄です」
「そう? 私は、あなたにそう言われても、あまり嬉しくないわね」
素っ気ない口ぶりでも、その声色はどこかあたたかかった。マーレはサフィラの頬を両手で掴み、顔を上げさせる。
「ウォルプタース家に与えた私の愛が返されたと思ったから、どんな子だろうと顔を見にきたの。思ったよりあどけない顔ね」
そう言って、マーレはサフィラの前髪をかきあげた。緊張して呼吸を止めるサフィラに、彼女は愉快そうに笑う。
「さっきはああ言ったけど、私、あなたの先祖に殺されたことは恨んでないの。それより、私の愛を返されたほうが、よほど悲しくて腹立たしかった」
そう語るマーレは、サフィラの頬をぐねぐねといじる。言葉を失うサフィラに、「どうしてくれようかしら」と彼女はため息をついた。
「償いとして、私の権能を返したあなたは正しい。正義の天秤にかけるのなら、それくらい大きくなきゃ、あなたの先祖の罪は雪がれない。でもね」
マーレは、ぴたんとサフィラの頬をそれぞれ五本の指で打った。
「私がせっかく与えた好意を『もういらない』って言われたのは、悲しかったわ」
「……申し訳ありません」
サフィラがうなだれると、マーレは「いいえ」とサフィラから手を離した。そしてサフィラの身体をひっくり返し、仰向けにする。
戸惑うサフィラに構わず、彼女はサフィラの額に指を立てた。
「だから、あなたに呪いをひとつかけるの」
「呪い」
サフィラが反芻すると、「ええ」とマーレは頷く。
「私の最大の権能は生殖。だから――」
マーレのもう片方の手が、サフィラの下腹部に伸びた。ひ、と呼吸を詰まらせるサフィラに、マーレは無邪気な笑みを浮かべる。
「ええ。あなたが困るようにするの」
困る、とは。途方に暮れてマーレを見上げるサフィラに、彼女はあくまで愉快だと言わんばかりの笑みを向ける。
「たくさん困りなさい、最後の神官。神の寵愛を返しておいて、ただで済むとは思わないことね」
ゆっくりと爪を立てられ、彼女の指先がサフィラの下腹部に沈み込む。内臓を弄られる不快感、痛み。
思わず声を上げたところで、サフィラはベッドから跳ね起きた。
辺りを見渡せば、クラヴィスと暮らす家の寝室だった。あたたかな手がサフィラの腕を掴み、「どうした」と問う。
「悪い夢でも見たのか」
無意識に呼吸があがっていたらしく、サフィラの胸は大きく上下していた。慌てて寝間着をめくって下腹部を確認するも、何も変わりはない。
「……うん。そうみたい」
クラヴィスに手を引かれるまま、再びベッドへ横たわる。甘えるように彼の腕にしがみつけば、彼のたくましい腕はすぐに抱きしめてくれた。
「お腹をいじられる夢を見たんだ」
「腹を」
クラヴィスの大きな手が、サフィラの下腹部を撫でる。昨晩さんざん二人で遊んだせいか、くうと一瞬そこが凹んだ。
ん、と頷くサフィラに、クラヴィスが目を細める。
「……たしかめる? 僕のお腹が無事かどうか」
おずおずと前を開くサフィラに、クラヴィスは低く笑って覆いかぶさった。
「ああ。たくさん確かめる」
サフィラの鼻が甘えるように鳴る。クラヴィスはその喉仏に噛みついて、脈打つ下腹部を撫でてやった。
こうして二人は朝まで交わった。ぐちゃぐちゃのベッドで昼下がりになってから目覚めて、身なりを整えてひとの暮らしに戻る。
マーレの呪いが何であったのかまず身をもって知るのは、この二人に他ならなかった。
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