37. 作戦会議
助けられるかもしれない。その言葉に、サフィラは息をのんだ。
「ウィータに、依頼された」
「ああ」
クラヴィスは頷く。その大きな手が力強く、サフィラの肩を掴んだ。
「ただ、もらった助言が抽象的でな。どうすればいいのか分からない部分も多い」
「どんなことを言われたの?」
サフィラが尋ねると、クラヴィスはしばらく目を瞑った。何かを思い出しているときの顔だ。
「……神は論理である、と言われた。だからその矛盾を突け、と」
論理。サフィラは考えを深めるように、目を眇めて視線を流した。それから、と彼は続ける。
「ウィータいわく、テストゥードーは嘘をついている。そんな卑劣な行為をする存在が、俺たちを導くのにふさわしいはずがない、と」
ぱちん、とサフィラの頭の中で、一個のピースがはまった。サフィラは唇に指を当て、考え込む姿勢をとる。
ぐるり、と視線がクラヴィスへと向いた。
「もしかして、伝承に矛盾があるって言われた?」
「どうして分かるんだ」
驚くクラヴィスに、サフィラは身体を起こした。彼の首の裏に手を回し、身体を密着させる。まるで秘めごとをはじめるように、サフィラは囁いた。
「メトゥス邸から押収された本、もともとうちの本だったみたいで。そこに、そう書いてあった」
クラヴィスはサフィラの身体を抱きしめ、起こしてやった。サフィラはクラヴィスの膝の上に乗ってまたがり、その姿勢の気まずさも忘れて話し続ける。
「……といっても、父さんの推察でしかないかもしれないんだけど」
「ラティオさんの?」
うん、とサフィラは頷く。
「メモが残されていたんだ」
サフィラは、本に書いてあったことをすべて話した。
ウォルプタース家はかつて海の墓場にあった島で、マーレとテストゥードーに仕える神官の一族だったこと。
伝承の通りであれば、ウォルプタース家はウィータにそそのかされ、マーレ殺しに加担したこと。
サフィラの父親は、その伝承に矛盾を見つけたこと。
サフィラは、ひたりとクラヴィスを見据える。
「家にあった石碑には、ウォルプタースは『テストゥードーの寵児』だって書かれていた。彼に導かれ、西からやってきたと」
サフィラはクラヴィスの頬を両手で包み、交わる視線を深めるように顔を近づける。口の端は、興奮で引きつったように上がっていた。
「だから――矛盾がある。本当にウォルプタースがマーレ殺しに加担したのであれば、マーレを愛するテストゥードーが寵愛を与えるはずがない」
「だから、解決の糸口があるとすれば、そこか」
クラヴィスはサフィラの腰に手を回し、ぐっと引き寄せた。サフィラの身体はあっけなく彼の身体へと倒れ込み、クラヴィスはそのままベッドへと倒れ込む。
再び二人でベッドに寝そべった。サフィラの手は相変わらず冷えている。
クラヴィスはサフィラの手を握り、体温を分け与えるように指を絡めた。
「サフィラ」
とろけるような声で、クラヴィスがサフィラを呼ぶ。まだ思考の世界に没頭していて返事のないサフィラを引き寄せて、額へと唇を落とした。
「なに。キスなんかして……」
サフィラがやっと顔を上げると、「そうだ」と、クラヴィスはサフィラへと顔を寄せる。それにサフィラの肩が小さく跳ねる。薄い胸の中で、とくとくと心臓が早鐘を打ちはじめた。
「サフィラ。キスしよう」
「……さっきは、しないって言ってなかった?」
「でも、したい」
なあ、とクラヴィスがサフィラの首筋に唇を押し当てる。そのまま鎖骨までやわらかくてかさついた感触がすべり、サフィラは身体を震わせた。
「い、いいから。そういうの、別に、いい」
サフィラは顔を真っ赤にして、クラヴィスを押しのける。
さっきは随分熱烈なことをしていた。やっと理解が追いつく。身体が熱い。世界がいつにもまして明るくて、クラヴィスが輝いて見える。
「とにかく、ダメ」
宣言するように言うと、「なぜ?」とクラヴィスがからかうように尋ねた。サフィラは言葉に詰まり、ますます頬を火照らせる。うつむき、吐き捨てた。
「意地悪だね」
拗ねたように言えば、「悪い」と全然反省していない声でクラヴィスが詫びる。
サフィラへ伸びる手をぱしんとはたき落して、立ち上がった。
「水浴びしてくる」
ああ、とサフィラはクラヴィスを振り返った。
「きみも一緒に来る?」
「いや。いい。刺激が強い」
サフィラは照れ隠しのために、わざとらしく呆れてみせた。
「きみ、僕と一緒の部屋で、本当に大丈夫?」
「一緒じゃないと嫌だ。サフィラが他の奴と同室なんて耐えられない」
ふうん、とサフィラは興味なさげに鼻を鳴らした。じゃあ、と、そっぽを向く。
「僕、行ってくるから」
手早く荷物をまとめて、部屋を出る。音を立てて扉を閉めた後、へなへなとへたり込んだ。
(恥ずかしい!)
しばらく悶絶した後、サフィラは水を浴びに向かった。なんとなく、身体をいつもより念入りに清める。頭のてっぺんからつま先まで、ぴかぴかに磨き上げた。
サフィラの胸はずっとふわふわと浮ついていて、全身があたたまって、久しぶりに緊張がほどけた。




