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15 新伍の根回し


 桜子と話をした翌日のことだ。

 三善邸を出てすぐのとろこで、壁の一部がゆらりと剥がれるように人影が動いた。


「勝川警部補? こんなところで何を……」


 黒い外套を羽織った勝川が近づいてくる。どうやら新伍を待っていたらしい。例の陰気な(しかめ)めっ面で、前置きも挨拶もなしに、物騒な宣告を下した。


「そろそろ、しょっぴくぞ」

「……誰を? まさか僕じゃありませんよね?」


 新伍は冗談めかして肩を竦めた。勝川は、いつも通りのジトリとした視線で、新伍を睨めつける。答えるまでもなく分かっているだろうーーーとでも言いたげに。


「僕としては、もう3日ほど待っていただけるとありがたいのですが?」


 仕方なく、ため息混じりに本音を漏らした。だが、勝川の表情は変わらない。新伍の願いに、考える素振りもなく、断定的な答えを返した。


「明後日の夕刻までだ」


 低い声で言い切ると、それ以上の譲歩はしないとばかりに、さっさと背を返す。


 遠ざかる勝川を見送ると、新伍は諧文堂(かいぶんどう)へと急いだ。

 勝川が自らの動きを予告するなど、通常なら考えられない。ましてや、新伍の頼みを部分的に聞き入れた。

 これは勝川にとっても、ある種の賭けなのかもしれない。


 何が何でも、真相を暴かなくては。新伍の肩に勝川からの無言の圧力がのしかかる。


 しかし、何とか貰えた僅かばかりの猶予では、あまりにも時間がない。気が急いて、歩調はますます早くなる。


 諧文堂は、銀座の大通りから脇道を入って、少し歩いたところにあった。編集社としては大手ではないが、便利な立地だ。

 2階建ての建物の階段を登り、薄汚れた扉を叩いた。顔を出した中年の男に、宮前との約束があると伝えると、すぐに奥から背の高い男が出てきた。


 草臥れたシャツの上にベストを合わせた男は、30代の中頃だろうか。好奇心を隠しもせずに新伍を眺めている。


「へぇ、アンタが噂の探偵さんか。思ったよりも若いんだな」


 初対面なのに気さくな話し方なのは、新伍の書生服を見て決めたのだろう。見るからに学生風情なのだから、仕方あるまい。


「はじめまして。五島新伍と申します」

宮前悟(みやまえ さとる)だ。ヨロシク。まぁ、とりあえず中に入ってくれ」


 事務所の中は、ありとあらゆる机や棚に、本や書類が所狭しと積まれている。その山に触れて崩さぬように気をつけながら、事務所の奥へと進んでいった。


 突き当たりの窓際に、所々革の剥げたソファとローテーブルの応接セットが置かれていた。

 向かい合って座ると早速、新伍は簡単な自己紹介をした。胡条財閥と懇意にしている陸軍中将、三善家で世話になっている書生であると告げると、「軍人の家に書生がいるのか」と宮前は、妙に珍しがった。


「探偵っていうから、てっきり刑事みたいに無愛想で喰えない男を想像していたが、帝大生の優男とは。面白いな。記事にしたらウケそうだ。さしずめ、『書生探偵』とでもいったところか」


 腕を組んで乗り出す姿勢に、感嘆混じりに繰り出される言葉。記者としての性根が疼くのか、会話を引き出すためではなく、本心から新伍に興味があるようだ。


「事前に、宮前さんの書かれた記事を読んできました。実に想像力を掻き立てられる文章を書く方だと、お会いするのを楽しみにしていました」


「物は言いようだな。妄想だとか、虚実入り乱れてるって評されるほうが圧倒的に多い」


 嫌味で言ったつもりはなかったが、宮前は褒め言葉とは受け取らなかったらしい。


 本人にも自覚があるようだが、宮前の記事は、記者の主観が大いに入り込んでいて、まるで事実を下敷きに再構成した小説みたいだ。だが、その分、引き込まれるような文章でもあった。


 自分の記事の論評には興味はないのか、宮前は軽く流して、本題に移した。


「胡条のお嬢さまから、君が韮崎洋品店の社長が亡くなった事件について詳しいと聞いたんだが、それは本当か?」

「そうですね。その場に居合わせましたから」

「そりゃあ、すごい! 期待以上だ。詳しく聞かせてくれ」


 記者の習性なのだろう。目線を新伍から外さぬまま、流れるように紙とペンを構える。


「それは構いませんが、代わりに僕のお願いも聞いていただけますか?」


 宮前の眉間にしわが寄る。不満を表すように、唇は()の字に曲がった。


「お嬢さまから報告を受けてないのか? オトモダチの記事を書かないでほしいという彼女のお願いを聞く代わりに、君から韮崎洋品店の事件の話を教えてもらう取引だろう?」


 別のお願いとは筋違いだという苦言に、新伍は、すかさず「いえ、違いますよね」と否定した。


「僕が聞いた通りなら、桜子さんは『韮崎洋品店の事件を知っている探偵を紹介すること』と引き返えに、宮前さんと約束したはずです。であるなら、僕がここに来た時点で、桜子さんの出した条件を満たしていると言えませんか?」


 宮前は顔を顰めた。


「……詭弁だな」

「詭弁が得意なんです」


 無論、新伍だって、これで話が通るとは思っていない。宮前が納得いかなければ、約束を反故して記事を書いてしまう可能性だってある。そんなことになれば、当然、時津は黙っていないだろうが。


「僕のお願い事は、宮前さんにとっても悪くない話だと思いますよ。上手くいけば、韮崎洋品店の事件の真相を明かすだけでなく、()()()()を捕まえることだって、できるかもしれません」


「ちょっと待て。なんで、ここで怪盗41号が出てくる? しかも、捕まえるって……記事にするなと言っておいて?」


「面白おかしく誇張や創作を書き立てるのは、僕も反対です。いたずらに人を傷つけるだけですから。けれど、犯罪行為を理由に捕縛されることや、それを正しく取材して記事にすることは止められるべきではないでしょう?」


「それは、そうだが……一体何を考えている?」


 正論を述べたつもりだが、逆に宮前を警戒させてしまったらしい。


「ご存知ですか? 事件の直前に、韮崎洋品店に『銀狐』から予告状が届いていたことを」

「何だって?!」


 驚きに目を瞠ったのは一瞬のことで、宮前はすぐに「しかし、それは偽物だろう?」と、確信の溢れた疑義を呈した。追っかけて記事にしているだけあって、件の盗人について、よく知っている。


「ヤツは予告状なんて書かないはずだ」

「玄関から差し込まれた封筒の中には、新聞を切り抜いた文字で作られた予告状と、銀色に染めた獣の毛が挟んであったそうです」

「じゃあ、やっぱり偽物で間違いないな。『銀狐』は俺が勝手に着けた名だから、それを当人が、なぞらうような行為をするわけがない。戸田加代が言うには、模倣犯を嫌って、わざわざ4銭1厘を置いているようだし」


「おっしゃる通り、警察も模倣犯だと判断しています」

「なるほど、話がみえた」


 宮前が、手にしたペンの先を新伍に向かって振った。


「君が捕まえると言った盗人は、その偽物のほうだな?」

「さし当たっては」


 本物も捕まえるつもりだ、という含みをもせて答えたつもりだった。「差し当たって、ねぇ」とニヤリと笑ったところを見ると、その真意は宮前に十分伝わったようだ。


「よし、詳しく聞かせてもらおうか」


 さっきよりも乗り気になった宮前が、身体をグッと前に乗り出し、傾聴の姿勢をとった。交渉成立だ。


 新伍は韮崎洋品店で八重子と出会い、家に招かれ藤助を紹介されたこと、銀狐の依頼を受け、調べている最中に藤助が亡くなったことについて、極力主観を排して事実を説明した。


 宮前は時折、質問を挟みながら、熱心に帳面に書き付けていった。


「韮崎家との出会いは展示会か。実はあの展示会、俺も行ったんだ」

「受付をされていた辻本さんのお知り合いだそうですね。彼は、どんな方ですか?」


 新伍の印象では、折り目正しい『新店舗の顔』とでもいったところだ。だが、それは、あくまで教育された従業員の姿にすぎない。


「あえて言うなら、うーん……苦労人だな」


 一般的に使われる『苦労人』は、相手に対する同情や配慮の気持ちがあるものだ。だが宮前の言い方は、それだけではない、苦々しさとでもいうような、やや複雑な感情を孕んで聞こえた。


「辻本さんの生い立ちはどのような?」


「芋農家の三男だ。腕力の強い兄キたちに虐げられていてね。食事は取り合い、服はボロボロ。ろくに食べられないというのに、父親も母親も、働き手にならぬ幼子のことは庇っちゃくれない。どうあがいても腕力じゃ勝てないってことで、代わりに頭を使って、まぁなんというか……ずる賢く生き抜いてきたワケよ」


 言葉を濁したが、つまり、あまり素行が良くなかったということなのだろう。

 欺いたり、騙したりして食い扶持を得てきた。新伍の幼少期も、あまり良い環境ではなかったから、責める気にはなれない。


「宮前さんは、ずっと仲が良かったんですか?」


「尋常小学校の頃は、な。互いに故郷を出てからは、全く会っていなかった。ところが、何かの折に偶然、俺が諧文堂で記者をしていることを知ったらしい。それで、韮崎洋品店の展示会の招待券の同封された手紙をくれたといえわけだ。驚いたよ。久しぶりに再開したら、すっかり一流店の従業員の立ち振る舞いになってたんだから」


「事件のこと、辻本さんには聞かないのですか?」


 当然の疑問のつもりだったが、宮前は少しバツの悪い様子でこめかみを掻いた。


「俺は、まぁ自分で言うのも何だが、三流雑誌社の記者だろう? せっかくアイツがしっかりやっているのに、俺みたいなのがウロウロするのは、警察にとってあまり心象が良くないだろうし……」


「ひょっとして、辻本さんが事件に関わっているのではと心配しているのですか?」


 歯切れの悪い言い方にピンときた。新伍の指摘で、宮前の表情に後ろめたさが加わる。どうやら、あながち的外れではないらしい。


「実を言うと、そう思った時期もあった」


 言い訳じみた様子で言葉を足した。


「なんせ数年ぶりに突然、連絡をよこしてきたんだ。それまでは何して過ごしていたのかも分からん。それで久しぶりに会えば、別人みたいに上品になっているときたもんだ。俺はずっと、41号の記事を書いていただろう? だから……」


 途中で言葉をとめる。それ以上、続けることに躊躇うように。

 宮前は、迷いを打ち消すように大袈裟に手を扇いだ。


「いや、スマン。流石に穿った見方だと分かってる。いくら怪盗41号が変装の名人でも、幼馴染と会ったのが久しぶりでも、竹馬の友を見間違えたりするはずがない。仮に()()だとしても、俺にわざわざ招待状を渡す意味はないしな」


 一度は友の真贋を疑ったのだろう。ひょっとしたら、怪盗41号が友人に扮しているのではないか、と。


「本当にちょっと思っただけだ。想像力豊かな記者の習性みたいなもんで……あまり気にしないでくれ」

「探偵にも似たような習性はありますよ」

「そうか」


 宮前は、それ以上、話題を広げるつもりはないようだった。


「話を戻そう。韮崎八重子のことだ。かなり酷い女だという評判を聞いたが、お嬢さんは否定していたな。君から見て、どうだった?」


「噂というのは、『非常に悋気を起こす陰湿な女性』というものですね。桜子さんも言っていたと思いますが、実際の八重子さんとは、随分と印象が違いますよ。何故、そんな悪評がたったのか、知りたいくらいです。宮前さんは、その話をどちらから聞いたのですか?」


 宮前は目を閉じた。記者にとって、情報源というやつは大事なはずだ。答えるか否か、思案しているのだろう。


 やがて宮前は、ゆっくりと「韮崎邸の女中だ」と言った。


「女中……ですか?」


 韮崎の女中というと、タツ江とマツ。噂の陰湿さから、何となく、タツ江のほうがしっくりくる。

 タツ江といえば、生きている韮崎藤助を最後に見たのは彼女だ。胡条邸に帰る桜子を迎えの人力車まで送る途中で、明かりの灯った1階の店舗で何やら作業をしている藤助の姿を見たと言っていた。


 しかし宮前は、新伍の想定していなかった、全く別の人物を挙げた。


「以前、韮崎洋品店にいた女中だ。今は、もういない」

「えっ?! タツ江さんの前に勤めていた方ですか? 宮前さん、その方をご存知なんですか?」


 意外な人物の登場に、新伍は思わず食いついた。それは、欲しても得られなかった手がかりだった。限られていた時間では難しいだろうと諦めていた。これは、ひょっとして大きな糸口になるかもしれない。


「たまたま知り合ったんだ。彼女が言うには、韮崎八重子の夫とちょっと()()()しようとたら、それに激怒した八重子にクビにされて叩き出されたのだそうだ。しかも八重子は、それだけでは飽き足らず、旦那を追い詰めて自殺に追いやった。鬼のような女だ……というのが、彼女の主張だった」


「その女中さんは、今はどこに?」

「……死んだよ」

「死んだ?」


 関係者の死に対する、新伍の探偵的反応を感じ取ったのだろう。宮前はすぐに、「違う、違う!」と大きく手を扇いだ。


「別に殺されちゃいない。怪しい死に方もしていない。病気になって死んだんだ。クビになったことによる心労はあるかもしれんが、病死は病死だ。近所の人によると、最期は姉が付き添っていたらしい」


 宮前がその女中と知り合ったのは、事件よりもずっと前のことだという。

 面白いゴシップだと思ったが、韮崎洋品店が急成長する以前のことだったから、取り立てて記事にもしなかった。今回の事件があり、改めて話を聞こうと探したら、亡くなっていたのを知った。


「韮崎家には相当な恨みがあったみたいだから、あの家がこんなふうにぐちゃぐちゃになっていると知ったら、あの女も歓喜しただろうがね」


 軽蔑と憐憫を混ぜたようにポツリと呟いたが、言い過ぎたと思ったのか、慌てて話題を変えた。


「そういえば、君のお願いというのは、一体どんなことなんだ?」


 新伍は道すがら考えてきたことに、これまで宮前に聞いた話を足して、改めて頭の中で組み立てる。桜子から聞いただけではなく、対峙して分かる宮前の人間性も加味すると、やはり宮前の協力は不可欠だと結論づいた。


 新伍は呼吸を整え、宮前の目を正面から捉えた。受け止めた宮前が背筋を正す。


「ある人に、自白をさせて欲しいんです」


 新伍の依頼を、随分と踏み込んだものだと感じたのだろう。宮前が瞠目した。


「自白? 罪を認めさせろということか? 取り調べでもして? それは、記者の範疇を超えてる。とんでもなく売れる記事は書けそうだが」

「いえ、宮前さんに向けて自白させろと、お願いしているわけではありません。ただ、取材の体をとって、さりげなけく、警察に疑われているという情報をチラつかせて、罪から逃れられないという圧力をかけてもらえればいいんです」


「警察に対して自供……つまりは自首させろというわけか」


 むむと唸ると難しい顔をして、腕を組んだ。


「……そいつは、間違いなく咎人なんだな?」

「半々ですね。いや、6割くらいかな」

「強引な手を使う割に、確度が低くないか?」

「だから、強引な手を使うんです。なんせ時間がないものですから」


 勝川警部補から期限を区切られている。

 一気に片をつける。そのために、宮前の協力が必要だった。


「もう少し、事件について話してもいいですか?」


 先ほどまで述べた客観的事実ではなく、自ら組み立てた、この事件の一連の真相について語った。


 宮前はメモも取らずに黙って聞いていた。


「……本気で、そう思っているのか? 自らの推理が正しいと?」


 話を聞き終えた宮前が、「信じられない」と繰り返す。


「相当程度、君の妄想で補った辻褄合わせをしているように聞こえるが。正直、俺の記事よりも酷いくらいだ」

「今のところは、そうでしょうね。どこかで推理を掛け違えていれば、僕の思う結論とは異なるのでしょうし」

「この結末は、下手したら後味悪いぜ? いや、下手しなくても十分悪いか……」

「人が死んでるんです。どうあったって、後味は悪いに決まってるでしょう?」

「そうか……」


 宮前は、また腕を組んで長考の姿勢をみせた。彼の手が借りられるか、情報収集力を使えるかは、大きな分かれ目だ。


 新伍は静かに待った。

 宮前が大きな大きなため息を、ゆっくり吐き出した。


「分かった。書生探偵、君の話に乗ろう」



ここまでで2章終わりです。

9割程度(謎解き終わるまで)は下書きを書いてあるのですが、推敲に時間がかかっております。

すみません。

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