弱った身体と心と葛藤と(2)
ヒカリが持って来たお湯の張った洗面器を、弥生の部屋のテーブルに置く。
そして清潔なタオルをお湯に浸して絞る。
そうやって体を拭いてやる準備をしていると、弥生がヒカリに背を向けて上着を脱ぎだす。
ヒカリは、弥生の上半身裸姿を後ろからだがガッツリと見てしまった。
細くても出る所が出たスタイルの良い弥生。
背を向けているが、どちらかと言うと大きい弥生の胸が、横乳として見えてしまう。
ヒカリとしては、まさにラッキースケベである。
そしてヒカリは自分が焦っていることに気付く。
『まずい、、ここで焦ったら不自然だ、、平静に、、、』
めったにないのだが、剣聖シウスで少しピンチになった時を思い出し、冷静に思考するときの自分を思い出す。
そして何だかよく分からない事を口走ってしまう。
「水樹さんは、寝る時にブラはしないんだね」
弥生は、胸を片手で隠すように抑えてヒカリの方に半身を向ける。
「え、、、」
「いえ、いつもはする派なんですけど」
「こう言う時は、締め付けが辛くってしてないだけですよ」
何もなかったようにヒカリに背を向ける弥生。
「では、お願いしますね」
ぎこちない笑顔で冷静さを装うヒカリ。
「うん、、、」
弥生の背中をお湯を絞ったタオルで拭いてゆく。
タオル越しだが、弥生の女性らしい柔らかさと華奢な背中の感触がヒカリの手に伝わる。
そして弥生の腕や、脇も拭いてあげる。
本来は、そこまでするつもりは無かったのだが弥生にお願いされたからだ。
やましくなりそうな気持を抑えつつ、ヒカリは、
『女の子って、ほんと細くて柔らかくて華奢だよな、、』
『まあ、私も他人の事言えないくらいに華奢とは言われるが、、、、』
『弥生を見てると、、これが本当の女の子なんだなぁ、って感心してしまう』
その思いと同時にヒカリの中で嫉妬のような感情が芽生える。
どう頑張ったって自分は男であり、黒瀬ヒカリを演じているだけなのだ。
そう、自分の理想の女性を演じているだけなのだから、、。
そんな暗い考えをしているヒカリに、突如ラッキースケベが襲う。
突然、弥生がヒカリに振り向いたからだ。
物凄くビックリしたヒカリは、硬直してしまう。
固まっているヒカリを気にした風も無く弥生は、
「前の方も、お願いしますね」
目の前に綺麗な弥生の裸姿があるのだ。
初めて実物の、女の子の裸の上半身を見てしまったヒカリ。
自分の理性が煩悩の沼に沈むのを感じた。
必死に理性を手繰り寄せ、ヒカリは冷静さを保つ。
そしてヒカリは、世話を焼くお姉さんぽい口調で、
「はいはい、、ジッとしていてね」
それから5分程して、何とかヒカリは弥生の身体を拭き終えた。
弥生は用意してあった下着と、パジャマ代わりの白のワンピースに着替える。
「スッキリしました」
「ありがとうございました」
ヒカリはというと、床に両手をついてグッタリと項垂れていた。
「うん、、、それは良かった、、」
その様子を見た弥生が困惑して、
「って、、あれ、、?!」
そして弥生はヒカリに恐る恐る、
「あの、、やっぱり、迷惑でしたか?」
ヒカリは両手を振って否定するように、
「ううん、違う違う!」
ヒカリは苦笑する。
「今日は仕事で色々な人に会う機会があって、、、」
「それで少し気疲れしただけだよ」
弥生はモジモジしながら、
「そうだったんですか、、、」
弥生の様子が少しおかしいのでヒカリは怪訝そうに、
「うん?」
「どうかした?」
照れた顔で弥生は呟く。
「えっと、落ち着いたらトイレに行きたくなっちゃって」
心配するヒカリ。
「一人で大丈夫?」
弥生はベットから立ち上がる。
「はい、、何とか、、」
しかしそんな弥生の言葉とは裏腹に、立ち眩みを起こしてしまう。
そしてヒカリの方に弥生は倒れ込む。
2人小さな悲鳴が部屋に響いた。
仰向けに倒れているヒカリの上に、弥生が馬乗りになってしまっていた。
ヒカリが床に寝転がったまま弥生を見つめて、
「大丈夫?」
弥生は無言でヒカリをみつめている。
「、、、、、、、」
弥生の細い手がヒカリに伸びる。
ヒカリの頬にその手が触れて、
「本当に綺麗な顔、、、」
「女の私が嫉妬するくらい」
弥生の手が、指が、ヒカリの頬から首筋を這うようになぞる。
「沢山の人に認められて、、」
「沢山の人に慕われて、、、」
そしてその弥生の指が、ヒカリの胸元で止まる。
「私が持っていない物をすべて持っていて」
「妬ましい程に輝いていて、幸せそうで、、」
ヒカリが見上げ見つめる弥生の表情は、暗く悲愴に包まれていた。
「もし、貴女に成り代われたら、、、」
「私は、それを手に入れる事が出来るのかな、、、」
ヒカリは心配そうに呟く。
「水樹さん、、、」
ハッと我に返る弥生。
慌ててヒカリから体をどかすと弥生は、
「ごめんなさい、、、私、、」
ヒカリは起き上がって床に座りつつ、首を横に振る。
「ううん」
「気にしないで」
弥生はそそくさと、申し訳なさそうに部屋を出ていく。
「トイレ、行ってきますね、、、」
何だか居たたまれなくなり、ヒカリは立ち上がる。
このままここに居ても、空気が重くなりそうでお互い気まずいだろう。
だからヒカリは、スマホに帰る旨をメッセージして部屋を出る。
この家にはトイレが1階と2階にもあるので、弥生と1階で出くわす事は無かった。
そして静かに玄関を抜け外に出ると、扉にオートロックがかかった。
弥生の自宅はIT管理されていて、とても便利そうだ。
生活環境は物理的に言って、とても充実していると言っていいだろう。
だが、弥生の心が満たされているとは、ヒカリには思えなかった。
「私が、、」
「俺が出来る事なら、何でもしてやりたいんだが、、、」
と、しょんぼり重い足取りでヒカリは帰宅の途についた。




