思いやりと優しさと(1)
黒瀬ヒカリは疲れた顔でタクシーを降りた。
カイエンとのディナーオフ会で、随分と憔悴してしまったのだ。
時刻はとうに0時を過ぎている。
重い足取りで自宅の玄関を抜けると、ヒカリからコウへスイッチを入れ替える。
そして静かに階段を上がり、2階にある自分の部屋へと向かう。
うっかり結でも起こしたものなら、絡まれて更に疲れるのは目に見えているからだ。
無事に自分の部屋へ到着したコウは、ポーチをベットへ放り投げた。
そのまま自分もベットに倒れ込もうとするが、思い留まった。
化粧を落とさないと肌が荒れてしまう。
とりあえずシャワーを浴びて、自身のメンテナンスを最優先にしようとコウはドレスを脱ぐことにした。
勿論、シャワーの後は入念にパックをして保湿をする。
そしてふとコウは思った。
『完全な女子ですやん、、』と。
あれこれと脳裏で段取りをしていると、部屋の中央にあるテーブルに目が行く。
そこにはコウのスマホが置きっ放しになっていた。
黒瀬ヒカリと違い、友達がいないコウに連絡などしてくる者など居ない。
故に、ぞんざいに扱いテーブルに放ったらかしなのだ。
しかしコウは、ハッとする。
恋人の弥生がいるではないか。
"おやすみなさい"のメッセージが来ているかもしれないとニヤけながらスマホを手にした。
そして期待と予想を覆す結果を、コウは目の当たりにする。
弥生からの着信が、5分置きごとに5回ほど来ていたのだ。
始めの着信は、コウがヒカリとして出掛けた直後だった。
きっと弥生に何かあったに違いない。
こんな事なら予定を入れるんじゃなかった、、ヒカリの時もコウのスマホを持ち歩くべきだった、、と後悔する。
今はすでに日を跨いだ深夜だ。
もう弥生は寝ているだろう。
でももし起きてコウからの電話を待っていたら、、。
そう思うとコウは、居ても立っても居られなくなった。
そしてコウは恐る恐る弥生に電話をかける。
するとコール二つ程で弥生が電話にでた。
「コウ、、くん?」
コウは少し慌てるように、
「ごめん、、寝てた?」
「ううん、、起きてたよ」
と元気の無い弥生の声が返ってくる。
申し訳なさそうにコウは、
「着信に気付かなかった、すまん」
「何かあった?」
少しだけ逡巡するように弥生は間を置くと、
「大した事じゃないよ」
「急にコウくんの声が聞きたくなっちゃって、、」
弥生は誤魔化している、、、気落ちした声を聞いてすぐにコウはそう感じた。
だからコウは思い当たる節を率直に問うた。
「お父さんと何かあったのか?」
スマホのスピーカーから弥生の溜息が聞こえた。
そして少しの間の後、弥生は明るい声で、
「お父さんに、すっぽかされちゃった」
「あんなに気合入れて、ご馳走作ったのに、、」
「私馬鹿みたい、、、」
コウは、もどかしく感じた。
だから思うように言葉を紡ぐ。
「そっちに行こうか?」
弥生は慌てた声で、
「だ、大丈夫! 心配しないで!」
「時間も遅いし、コウくんにそこまで我儘言えないよ、、、」
大切な人が辛い時に、傍に居てあげられなかった。
もどかしくて、やるせなくて、。
こんなにも切ない気持ちになるなんて、コウは今まで思いもしなかった。
だから謝る事しか出来なかった。
「ごめん、、」
「弥生の傍にいてやるって言ったのにな、、」
弥生は少し嬉しそうな声で、
「ううん、、」
「コウくんが、そうやって気にしてくれるだけで、」
「私は幸せだよ」
「一人じゃないって思えるから」
コウは胸が締め付けられて、言葉を返せなかった。
気を使ったのか元気な声で弥生は、
「も、もう寝るね!」
「コウくんも明日に差し支えるから、すぐに寝るんだよ!」
「あぁ、、わかった」と返事するコウ。
相変わらず気の利いたことが言えない自分に腹が立つ。
そして弥生は、優しげな声で
「コウくん、、電話ありがとう」
「おやすみなさい」
「おやすみ、、」
コウの声を確認するような間の後、弥生との通話は切れた。




