使者が齎すもの
ゆるふわマッシュの銀髪に幼い顔立ち、私とさして変わらない身長。声変わりをしていないのか、高めの声で舌足らずな口調。
久しぶりに見たギーは国を出る前とどこも変わっていない。
まあ、変わるわけがないのだけれど。
彼は私が幼い頃からこの姿だったから。
にこにこ笑うギーは見た目だけなら可愛らしい美少年。初対面の人間は害が無さそうなギーを全く警戒しない。
現に部屋にいるクライヴもアーチボルトもギーと私を見ながら穏やかな顔をしている。
この部屋の中で冷や汗をかいているのは、私とアデルくらいだろう。
ギーが今着ている黒の隊服には兄が身につけているマントと同じような刺繍が銀糸で施されている。
ラバン国レイトン・フォーサイスの黒服隊。
兄に絶対の忠誠を捧げ、兄の為に自らの命を捨てられる飼い犬。
優先順位はレイトン、その他王族。
セリーヌとしてラバンにいた頃は黒服隊に憧れていた。常に兄を護り、私を護ってくれた優しいお兄さん達という認識だったから。
ギーやグエンは兄の侍従だと思っていたし。
けれど、前世の記憶が戻った今は黒服隊がただの優しいお兄さん達ではないことも、目の前にいるギーが可愛らしい侍従ではなく黒服隊の中で一番の危険人物だと認識を改めた。
ゆっくりとアーチボルトに手を引かれ歩く私は蛇に睨まれた蛙の気分だ。
滅茶苦茶視線を感じる……多分、いや、絶対にギーだわ。
「……怪我は、ないかなぁ」
ぽそっと呟かれた言葉に心の中で叫び声を上げた。
怪我ってなに!?体調を崩しただけで何故怪我の心配!?
内心大慌てしながらギーと向かい合うように座り、にっこりと私も笑顔を心がけた。
「お加減はいかがですか?セリーヌ様が体調を崩しているとお聞きしましたが」
「えぇ、良くなったわ。少し疲れていたみたい」
「疲れもします、大国ヴィアンの勇敢な騎士達を労う夜会ですから。それに、肉体だけではなく精神の疲労が重なれば倒れもします」
「あぁ、私が至らないばかりに。王妃の務めを立派に果たしてくれたセリーヌに申し訳ないことをしてしまった」
アーチボルトに対してにこにこと笑顔を向けるギーがものすごく怖い。
夜会で疲れたなど一言も口にしていないのにギーの中では私が体調を崩した原因は夜会になっている……どういうことだ。
ぐっと唇を噛み締めると、それに気づいたのかアーチボルトが「セリーヌ」と微かに囁き首を振る。
「全て話してある」
「全て、とは」
何を言っているのだと思い聞き返した私の言葉に「夜会で起きたことだ」と返ってきた。
「セリーヌ様がベディング前侯爵とその娘にされたこと、夜会の広間から連れ去られ暴漢に襲われたこと、それをアーチボルト王があとで知り前侯爵に関しては手を打ったが、セリーヌ様に手を出した主犯格はまだ分かっていないことです」
淡々と話すギーの声と表情に背筋が震えた。
「セリーヌを襲わせたのがベディングか娘のアメリアだという証拠が何もないのだ。暴漢共も何も知らないと言っているらしい。背後にいる者が誰で、何が目的か分からないのならばラバンの方にも伝えておいた方が良いと思った。同盟の条約にセリーヌの身の安全も入っているからな……それに、今の私一人の力ではセリーヌを護ることは出来ない」
ヴィアンの内情をラバンに知らせたということ、即ち未来のラバン国王の兄に全て伝わるということ。
ラバンの王女が正妃となり同盟も結んだとはいえ自国の情報を他国へ渡すなど本来なら悪手だが。
「我が主様も常々愚痴を零しておられます。夜会は貴族という名の悪鬼の巣窟。上に立たれている方が余程優れておられないとたちまち呑み込まれてしまうと」
(あんたが無能な統治者だから貴族に良いように使われてセリーヌ様が危険な目にあったりするんだよ)
「あのレイトンもそうなら、どこも大変なのだな」
「あの我が主様だからこそ、手綱を握っていられるのです」
(我が主様と無能なあんたを一緒にするな)
……私には副音声が聞こえるのだが。
ゲームで一番難攻不落の攻略者と世の乙女達に歯がゆい思いをさせたレイトン。
攻略サイトや本、その他諸々全てを漁ったがバッドエンドに毎回辿り着く姉はダイニングテーブルを拳で叩き割ったほどだ。
綺麗に罅が入ったテーブルを見て父は固まり母は凄いわねと褒め、私は手に持っていた本で姉の頭を叩いた。
が、レイトンが難攻不落なのは彼の所為だけではなかった。半分、いやそれ以上にギーが関わってくるからだ。
ヴィアンに滞在していたレイトンの側には黒服隊は勿論、ギーとグエンがいた。
主人公のフランはレイトンのイベントを発生させる為にギーとグエンに近づき二人の好感度を上げないといけない。
彼等に認めてもらえればレイトンと二人で会えるようになる。そこからは選択肢を間違えなければそれほど難しくはないはずだと姉が豪語していた。
はずだ、と曖昧な言い方はそこまでいったことが一度もないから。
グエンは毎回の挨拶や何か不便なことはないか、と気にかける言葉を選択していればレイトンのことを少しづつ教えてくれる。
問題はギーの方……どの選択肢を選んでも危うい。
【お前に何の価値がある?我が主様の耳に汚らしい声を聞かせるな。我が主様の瞳に虫けらのような姿を見せるな】
足蹴にされた挙句頭を踏まれ、ナイフをぷらぷらさせながら濁った瞳で見下ろされ、バッドエンドの赤い文字が画面にでかでかと出たとき私は恐怖で悲鳴を飲み込んだ。
バッドエンドに導く悪魔ギー。
にこにこ、ふわふわしていた彼が急に態度を豹変させたらバッドエンドの合図だ。
けれど奇跡的にギーを回避した世の乙女達が次にぶち当たる壁はレイトン。
これも一度でも選択肢を間違えると会えなくなり、再びギーがやって来るぞ!と攻略スレッドでは大騒ぎだったらしい。
そりゃそうだわ、ギーは王族……というかレイトンを護る矛であり盾となる影。
しかも、あの黒服隊を纏める危険人物。そう易々と主の側に人を寄せ付けるわけがない。
排除一択しかないかもしれないけれど。
だからこそ、不思議でしょうがない。
「ねぇ、ギー。お兄様のお側を離れても良かったの?貴方の代わりの者は誰が?」
きょとんとした顔で私を見つめ、質問の意図に気づいたのか数回首を縦に振るギー。
「代わりの者は三名ついてます。とっても使える……頼りになる人達が」
今使えるって言った……誰なのだろう、ギーに顎で使われている哀れな生贄は。
「それよりもセリーヌ様、ラバンにいた頃と比べると随分お変わりになりましたね」
「んっ、そうかしら?」
変わったという言葉に驚き変な声を出すところだった……。
「悪い意味ではなくて、とてもしっかりとなされました。もう王女様ではなく王妃様なのだなぁと……少し寂しいです」
「まぁ」
「我が主様は全てのものからセリーヌ様を護られてましたから。でも、アーチボルト王の側にいると、しっかりなさらなければならないのでしょうね」
(無能だから、大変だね)ってことかしら。
「セリーヌは努力家だからな……もっと私も頼れる夫にならなければ」
「そうだ、セリーヌ様。我が主様から渡すよう頼まれていたものがあります」
……ギー、今明らかにスルーした。
アーチボルトも気づきなさいよ、何で一緒になってギーの手元を覗いているの……。
出てきたのはかなり大きな平たい箱。真っ白な箱には同じく白いレースのリボンがついている。
大きさ、サイズからして大体の予想はつくが何故今このタイミングでコレなのだろう。
「セリーヌ本人に手渡すように言われているらしい。開けてみないのか?」
「えぇ……そうですわね……」
「私が開けましょうか?」
興味津々のアーチボルトに曖昧に返事を返すと後ろに控えていたクライヴが余計な行動に出た。
いや、ちょっと、駄目だから!
「触らないでください」
クライヴが箱へと伸ばした手を、ギーはやんわりと掴み触れる前に阻止した。
笑顔なのに目が笑っていないギーに背筋が凍る。
「我が主様が自身よりも大切にしているセリーヌ様に送られた物です。それに、ここに持ち込む前に中身の確認は済ませたはずです」
「すまない、何か意図を疑ったわけでは」
「でしたら、二度とお手を触れないよう」
悪魔ギーは掴んでいたクライヴの腕をぺいっと離し「では、どうぞ」と笑顔で圧力をかけてきた。
部屋へ戻ってからとは言えない。言ったらバッドエンドな気がする。
仕方無くリボンを解き箱を開けた……中に入っていたのは予想通り。
「これは、素晴らしいな」
「我が主様が会えない間にセリーヌ様を思い浮かべながら作らせたものです。一着駄目になさったようだからと、手渡すよう言われました」
レースの長袖つきのAラインのアイスブルーのドレス。夜会でアメリア嬢にワインをかけられたあのドレスと同等の価値があるものだろう。
ギーはハッキリと一着駄目にしたから渡すように言われたと口にした。
ギーが夜会であったことを知ったのはヴィアンに使者として来てから、けれどその前に兄はドレスをギーに渡していた。
兄は知っていたのだろう……全て。
他国に間者がいるのなどなにも珍しいことではない。大国であるなら些細な情報であれど手にしていなければ国を守れない。
現に帝国の皇子であるセオフィラスも夜会に潜り込んでいたくらいだし。
情報に疎く、ベディングのやりたい放題だったヴィアンならどの国よりも簡単だっただろう。
国もアーチボルトもセリーヌも、良く今迄無事だったわね。
「我が主が一月後、ヴィアン国に訪問する際にそのドレスを着て見せて欲しいと言われていました」
一月後……訪問……。
「訪問、お兄様がヴィアンに来られるの?」
ギーの放った言葉にがばっと顔を上げた。
「はい。セリーヌ様にお会いしたいと日々嘆くお姿は見るに耐えません」
「毎日手紙のやり取りをしているのに」
「アーチボルト王との会談も予定していますから」
「同盟の件かしら。それなら、私はついでのようなものね」
「いえ、会談がついでのようなものです」
にこにこと仮にもヴィアンの国王の前でなんてことを……。
ちらっと隣に座るアーチボルトを伺うが、苦笑しながらも気にした様子はない。
普段のアーチボルトなら怒るくらいはしそうなものなのに。
「余程セリーヌに会いたいのだろう。大切な家族だ、心配なのだろうな。一月後、同盟の件もそうだが鬼才と名高いレイトンに色々と教えを請いたいと伝えてくれ。お会いするのを楽しみにしているとも」
「畏まりました。では、セリーヌ様。一月後に我が主様と一緒にお会い出来るのを楽しみにしています」
「お兄様に、私も楽しみにしていると伝えておいて」
ギーが部屋から退出し、ひどい脱力感が全身を襲う。見た目だけなら十三、四の美少年なのに……悪魔ギー恐るべし。
ふかふかソファーに倒れ込んでしまいたい衝動を抑え私も退出しようとしたが、何故か護衛の二人がいない。
「護衛なら少し借りている。使者……ギーといったか、あの者と一緒だ。部屋に戻るのなら外にいる騎士を護衛につける」
「そうですか」
あの二人、ギーと一緒なんて大丈夫かしら。
「私も仕事に戻る。夕食は、私と二人でも平気か?」
「体裁を繕うよう言ったのは私ですわ」
「そうだったな……」
何なのだろうこのやり取りは……いや、何なのだろうこのアーチボルトは。
隣にいる私ではなく扉をジッと見つめたまま動かないアーチボルトに首を傾げる。
「大切なのだろうな……家族とは、そういったものなのか」
ふっと息を吐き出したかと思えば家族?
暫く待ってみたがそれ以上何かを話す気配が無い。独り言だったのだろうか……。
そっと立ち上がりアネリと共に部屋を出る際に「私も、まだセリーヌの家族だ」とアーチボルトの声が聞こえた。
廊下を歩きながら私が部屋から出ていない三日の間に何が起きたのかと考えてみたが、全く分からない。
アーチボルトの変化もそうだが、兄がヴィアンに来る?あり得ないでしょ。
セリーヌが嫁いでから幽閉されている間一度も兄はヴィアンに訪れなかった。
幽閉されたあともレイトンの口からセリーヌの名がでたことはないし、妹など存在していないかのように振る舞っていた。
「セリーヌ様?」
歩いていた足を止め立ち尽くす私にアネリが声をかけるが聞こえていなかった。
アーチボルトもクライヴもジレスも、攻略対象者はみなフランに関わり何かしら想いを持った。想いはそれぞれ違ってはいるが、本来なら関わることがない身分のフランに。
兄が、レイトン・フォーサイスがこの国に訪れフランに会ったらどうなるのだろう。
ゲームとは違う、筋書きが変わっている、本当に?兄がフランに恋などしないという保証は?
それに、セリーヌと前世の記憶を思い出した私とでは色々違っている。
『僕の可愛い、セリーヌ……このまま、いつまでも君の側にいられたら良いのに』
兄がその違和感に気がついたら?……あれ程執着していたセリーヌが違うものになっていたと知ったら……。
「どうしよう……どうしたら」
「セリーヌ様!?」
アネリが私の異変に気づきそっと腕を引き部屋へ戻っている間、私は姉とこの場に居ないアデルに助けを求め続けていた。




