予知夢かフラグか前世
『僕の可愛い、セリーヌ……このまま、いつまでも君の側にいられたら良いのに』
夢、なのだろう。
綺麗な花が咲き誇る庭園で兄のレイトンがセリーヌの頭を撫でながら囁いている。
カウチに並んで座り、擽ったそうに微笑みながらレイトンを見上げるセリーヌをどこか悲しげに見つめているレイトン。
『可笑しなお兄様。私はヴィアンに嫁ぎますのよ』
『……そうだね』
『心配しなくても、アーチボルト様なら国も私も民も全て守ってくださいます』
『うん……そうだと、良いね』
『あら、アーチボルト様ならきっとお兄様よりも賢く、お強くていらっしゃいますもの』
『それなら、僕は今よりももっと頑張らないといけないね』
『まぁ、もっとだなんて……』
『セリーヌに、お兄様が一番だと言ってもらわないと』
『お兄様は、いつだって私の一番素敵なお兄様ですわ』
柔らかな日差しの中で、まだ幼い兄妹が笑顔で戯れている姿を侍女と護衛達は微笑ましく見守っている。
まるでゲームのスチルのようだと、私も絵になる兄妹を見ていた。
いつからだろう、兄が私の側に居るようになったのは。
ゲーム「王国の騎士」の公式設定資料集にはセリーヌとレイトンの仲は不仲だと記してあった。
それも攻略対象であるレイトンの紹介ページに書いてあっただけで、フランの邪魔をするセリーヌはその他の欄に名前と我儘で愛想の無い嫌われ王妃とだけしかなかった。
レイトンはゲーム二周目以降に攻略対象となり、幽閉されているセリーヌそっちのけでフランと恋仲になる。
手紙のやり取り、同盟の条約なんてゲームの中ではなかった。ある筈がない、そんなものがあれば幽閉された時点で兄とラバンがヴィアンに攻めてくるし、フランと恋仲?無理だわ……主人公と攻略対象が纏めて叩き斬られて終わりだ。
だとしたら、今のレイトンは何故このような人間になったのだろう。
彼がこの状態になるきっかけがあったはず。
幼いセリーヌが何かしたのかと記憶を探ってみるが、アーチボルトの為に生きていただけで深く関わった覚えがない。
レイトンが近づいて来るまでは顔を合わせても二、三言話すだけだったし……。
まじまじと幼い二人を見ていると、顔を上げたレイトンと目が合った。
一瞬ぎくっとしたがこれは夢。
固まりながら視線を外し、綺麗なお花を愛でたあと恐る恐る兄妹へと視線を戻しひゅっと息を吸い込む。
レイトンはセリーヌではなく私を見ていたからだ。
仄暗い笑みを浮かべ、ゆらゆらと揺れている瞳に射貫かれ、捕食される寸前のような気分を味わう。
自然と一歩後退した私に薄く笑ったレイトンは声には出さず、口の動きだけで伝えてきた。
『鎖に繋いで……閉じ込めてしまえれば良いのに』
「…………!」
声にならない悲鳴を上げ、数回瞬きしたあとゆっくり息を吐き出した。
びっくりした、夢の中だとは分かっていてもあれは驚くだろう。まだ心臓がドクドク鳴っている。
何、今の夢。監禁フラグか何かなのか?兄の夢を見て動悸息切れって……。
ヤンデレ兄め、遠く離れた場所にいても油断ならない男だわ。
ゆっくりと起き上がり、まだ暗い室内を見渡し首を傾げる。寝過ぎたかと思ったのだがそうでもないのだろうか?
喉も渇いたし、と立ち上がり部屋の扉を開けた。
部屋にはアネリ、テディ。エムとエマはお茶の支度をしていたのか茶器を手に持ったまま止まっている。
「私にも、お茶を」
丁度良いと声をかけたのだが。
「…………」
「……セ、リーヌ様」
「エム!テディの目を潰して!」
「はいっ、テディお覚悟を!」
「ぇ、えっ!?うわっ、自分でっ……」
「セリーヌ様!寝室へ、お早く!!」
掠れた声でそう言うとアネリとテディが振り返り、一瞬の沈黙のあとアネリの呟きにエマが反応しテディが目潰しされる……。
アネリの悲鳴やら茶器の割れる音にはっとし自身の姿を思い出した。
寝惚けていたらしい……侍女を呼ばず、ナイトドレス一枚という淑女としてあるまじき姿を人目に晒すなんて。
「……ごめんなさい」
扉を閉め寝室の中に引っ込んだ私は、天井を見上げ額をペシッと叩いた。
※※※※※※※
どうやら私は丸一日寝ていたらしい。
あの後直ぐに着替えの手伝いに寝室に入って来たアネリが教えてくれた。
朝になっても目を覚ます気配のない私を疲れている所為だと寝かせておいたが、昼になっても日が沈んでも起きてこないので心配していたと言われた。
医者を呼ぶべきかと皆で話していたら、ボサボサ頭でナイトドレス一枚の私が部屋から出て来た。
安心したのも束の間、護衛とはいえ男性であるテディの目を即座に塞ぎ寝室に戻ってくださいと叫んだのだとアネリから怒られてしまった。
悪いことをしてしまったなぁ……と着替えてお茶を貰い、目が合うと真っ赤になるテディに反省した。
「セリーヌ様、ベディング侯爵とアメリア嬢のことですが」
姿勢を正しアネリに向き合うと、アネリはアーチボルトがその日のうちにベディング侯爵に召喚状を送り、城へと赴いた侯爵に処罰を言い渡したこと、その内容、近衛騎士隊の再編、宰相補佐の入れ替え等を語った。
「そう、アーチボルト様が……」
正直耳を疑った。
執務室で話しをしていたときに、アーチボルトはベディング侯爵に何もしないと、出来ないと思っていたからだ。
それだけではなく、近衛隊も宰相補佐も入れ替えるとは。
見直したかと聞かれたら、即座にそれは無いと口にするだろうが……アーチボルトからすればかなり思い切った決断だっただろう。
やれば出来る子なのだろうか?彼にどんな心境の変化が?と思案していると、アネリ、エムとエマ、テディが床に膝をつき真剣な面持ちで私を見上げていた。
「……何をしているの?」
「セリーヌ様、私達はセリーヌ様を生涯の主と定めお仕えしております。ですが、お護り出来ず主を危険にさらしてしまいました。どのような処罰も」
「罰など与えないわよ」
アネリの言葉を遮り、床についていた手を取り処罰など何もないわともう一度言った。
「今回のことは私の油断が招いたことよ。私の護衛騎士を外し、侍女から離れ、数名の信用ならない騎士だけを連れテラスへ出たのだから。それに、異変に気づいて助けに来てくれたでしょ?」
セリーヌに私の記憶が混ざったから王女様で大国の王妃、命大事に!のはずが、庶民で平和に暮らしていた奴がテラスに出て涼んでいただけで誘拐されるなどと思うか!?状態だ。
この世界に魔法が存在しなくて良かった。
空間転移などされていたら、バッドエンド一直線しかなかった。
だから、アネリ達が悪いのではなく私の認識不足が原因だ。
アーチボルトのことをとやかく言えないわ。
何か言いたそうな四人を見渡し「罰と言うのなら」と口にした。
「貴方達は私を決して裏切らないと、そう思ったから……話しておかなければならないことがあるの」
国や王ではなく私に仕えると決め、それを行動で示す者達。
ならば私もきちんと伝えておかなければならないだろう。
「私は、時期が来ればヴィアンを去りラバンへ帰国します」
「……セリーヌ様。やっと、決意されたのですね!えぇ、心配なさらないでください。私達が命に代えてもラバンへお連れいたしますから」
「準備しておいて良かったです」
「国を出るならいつ頃が一番良いかしら?」
結構衝撃的な発言をしたつもりなのだが。
アネリは涙ぐみながら喜び、エムとエマは待っていましたとばかりに逃げる算段をしている。いや、ちょっと待ちなさい侍女S。
「あのね、今言ったことはアーチボルト様もご存知で、帰還式のあと穏便に話し合って決めたことなのよ」
「あのアーチボルト様が……もしや、セリーヌ様を国から去れと脅したのでは?それとも、何か要求されたのですか?」
「……いぇ、アーチボルト様は何もしていないわよ……アーチボルト様は」
脅すとか要求とか、アネリが言ったこと全て私がやっただけで。
「けれど、いつになるかは分からないし、無事に帰国出来るかも分からないわ」
「……何故いつかなのですか?アーチボルト様がセリーヌ様になさっていたことをラバンへ報告なされば直ぐにでも帰国できますのに」
「それをしたらヴィアンとラバンが戦争になってしまうでしょ?」
「当たり前です。お預かりした大切な王女にあの仕打ち。セリーヌ様のことですから国や民を想ってのことでしょうが……元を正せばこの国の国王が仕出かした過ちです。セリーヌ様が犠牲になることはありません」
犠牲にね……確かに私がしていることはアネリから見ればそう取れるような行動に思えるのだろう。
「戦争回避はね、自己保身なのよ」
「自己保身ですか?」
首を傾げるアネリに頷き、理解出来ないだろうなぁ……と苦笑する。
「戦争は命の奪い合い、いざ始まれば何方かが倒れるまで続くのよ。その間、力のない者達、民から命が奪われていく。何千、何万と私一人の所為で。私はそれを背負って生きていきたくないし、家族や知り合いを戦争で亡くした人達に恨まれるのも嫌。それに、大切な者達を戦地へと送り出すこともしたくはない。一から十まで全部責任を避けようとしているだけで、国や民を想ってなんて崇高な思想は持ち合わせていないのよ」
この世界では戦争なんて身近なものだ。
前世の記憶さえ思い出さなければ一時は悲しみに暮れ直ぐに忘れてしまっただろう。
でも、戦争を知らない平和な世界で育った私には多分耐えられない。
私の一言、行動によって失われていく命を仕方がないからとは出来そうにもない。
それは、本当に最終手段であって、他に道があるのならそちらを廻ってからだ。
「罰を受けなければいけないのは、私ね」
アネリ達侍女はヴィアンの貴族。テディはヴィアンの民。
国や家族を捨てラバンについて来て欲しいなどと、本当は言ってはいけないのかもしれない。
逃げ出すわけではないし、アーチボルトとの取り引きを終えてからだから彼女達を連れ出す必要もないのだけれど……でも。
「貴方達には、ラバンへ帰国する際一緒に来てもらいます。この国ではなく、ラバンの者になってもらい、私の側にいてもらうわ」
「それは、セリーヌ様が居なくなったあとの僕達を想っての言葉でしょうか?」
さっきまで真っ赤になっていたテディが、目を合わせ騎士の顔をして問いかけてくる。
セリーヌという仕える主がいなくなったあとの自分達の先を想っての言葉かと。
戦争は嫌だけれど自国には帰りたい。その際貴方達は連れて行くわよと、幻滅されるようなことをかなり言ったと思うのに。
全く、私を良い人認定し過ぎでしょ。
「いいえ、逃げ出すわけではないのだから私が居なくなっても貴方達が罰されることはない。アネリ達はアーチボルト様の選んだ正室または側室の侍女に、テディは騎士団か近衛隊に入れるわ。だからね、これは大切な者達を連れてラバンへ帰りたいという私の我儘なの」
「でしたら、不肖ながら誠心誠意セリーヌ様にお仕えいたします。どうぞ一緒にラバンへお連れください」
いつかのように真っ直ぐに私を見つめるテディに、あぁ、やっぱりこの子は立派な騎士だわと誇らしくなる。
顔だけ騎士しか知らない世のお嬢様方に自慢して歩きたい。
「私達も、どこまでもお供いたします」
深く頭を下げたアネリ達に胸が温かくなり、和やかにその日を終えた。
が、そこから二日間……部屋から一歩も出してもらえなかった。
侯爵やアーチボルトの周囲、暴漢共など気になることがあったが、アネリに「セリーヌ様にはまだ休息が必要です」と押し切られた。
アネリはアーチボルトからの先触れに「全てを終えなければセリーヌ様はお会いになりません」と返し、エムとエマは部屋の改装、ドレスの注文などの手まわし、テディは警護の合間に暴漢共の尋問。
私が休んでいた三日間、侍女と騎士が暗躍していたことにあとで気づくことになった。
自由に動き回る許可が出た4日目の朝。
「朝食と昼食はお部屋で、夕食はアーチボルト様とご一緒でよろしいですか?」
「ええ」
「午前は面会が入っております。午後はドレスとお部屋の改装の相談に……」
アネリから一日の予定を聞き、面会?アーチボルトだろうかと思っていた私の前に現れたのは全くの別人。
部屋に通され、私から離れた位置に膝をつき騎士の礼をとる第一騎士団所属アデル・ブリットン。
私の護衛騎士にと呼び出しておいて放置したままだった。
挨拶をし、話しをしている最中に違和感を感じ気づけば可笑しなことになっている。
「……パンがなければ」
「……ケーキを食べれば良いかと」
「……イイハコツクロウ」
「……カマクラバクフ」
アネリやテディが怪訝な顔をしながら黙って見守る中、アデルと私はお互いの顔を凝視しながら前世でしか通じない会話をしていた。




