照らされる心
アデルとの奇妙な遣り取りをする数十分前。
朝食を終えお茶を飲みながら手元にある紙をめくっていた。
第一騎士団所属、アデル・ブリットン。
十六で騎士入隊試験を受け、トップ合格を果たし第一騎士団へ。
実力も然ることながら人柄、容姿、功績を考慮され近衛隊へとの話しもきてはいたが、ブリットン家は新興貴族。
上級貴族が多い近衛隊には相応しくないとされ第一騎士団に留まっている。
大方ベディング元侯爵あたりの仕業だろう。
「セリーヌ様、お連れしました」
アネリから渡されたアデルに関する報告書を眺めていたら室内の扉が開いた。
「ありがとうアネリ」
アネリに先導され歩いて来る彼をそっと観察する。
濃緑の隊服の上にはバランスの整った小さい顔。アーチボルトを筆頭とした攻略対象者達ほど凄まじい美形ではないが、甘い顔立ちは微かに残る幼さで嫌な感じがしない。
あれら大人組にはない若さという武器のおかげだろう。
アッシュベージュの肩まである髪は飾り紐でハーフアップにされている。
この世界での平均身長はあるであろう背丈、体格も十代とは思えないほどしっかりしている。
何が言いたいのかというと……。
面会に訪れたアデル・ブリットンも、キラキラ騎士だった。
「お初にお目にかかります。第一騎士団所属アデル・ブリットンと申します」
アデルは室内に入り私の顔を見て一旦視線を外し、床に膝をつき頭を下げ挨拶をした。
「顔を上げなさいアデル」
「はっ」
顔を上げたアデルの視線は私の目から胸までの高さ。
顔を見て相手の存在を認め、視線を外し相手のプライバシーを侵害するつもりはないと示す。その後、相手が不快になることがないよう配慮された視線の置き方。うん、マナー完璧だわ。
テディが太鼓判を押す騎士だから期待はしていたが予想以上かもしれない。
「呼び出しておいて随分待たせてしまったわね。来てくれてありがとう。早速だけれど、要件は伝わっているかしら?」
「はい。隊長からは王妃様の護衛騎士に、と話しは聞いております」
「それなら話しは早いわね。アデル・ブリットン、私の護衛騎士として騎士団から引き抜いても良いかしら?」
「私に選択権はありません。それに、王族の護衛騎士となれば断る者はいないのではないでしょうか」
「断れない、の間違いだけれどね。騎士になる者は家を継がない者、テディのように騎士になる夢を持っている者が大半だから」
「私も、幼い頃から騎士を目指していましたので」
「ブリットン家の跡継ぎはアデルしかいないのではなかったかしら」
「ブリットン家といっても……人より商いが多少上手く、運良く貴族位をもらいましたが元は平民です。私がいなくとも跡を継げる者は沢山います」
血筋を重要視する貴族よりその辺は緩いのだろうが、ブリットンといえばどこの国でも知っている豪商。
「飛ぶ鳥を落とす勢いなのに……」
「大したことはありません」
跡を継がずにヴィアンの騎士なんて勿体無いわね……という意味で口に出していたのだけれど。
返ってきた言葉に何故かもやもやと。
なんだろう……何か。
「見て分かる通り私には護衛騎士が一人、侍女が三名と大分手薄なの。もう一人貴方の他に新しく護衛騎士としてウィルス・ルガードがつく予定なのだけれど、彼はまだ戻って来ていないから暫くはテディとアデルの二名になるわ」
「王妃様の護衛騎士の数が三名とは……前にいた者達は?」
「前と言われても、テディが来るまでは護衛騎士は一人もいなかったから」
「そう、ですか」
私の護衛騎士ゼロ発言に、アデルは目を見開き愕然としながらもなんとか口を開いた。
驚くよね、分かるわ。
私の周りにいるキワモノ達は平然としていたからその反応に安心する。
「では、ウィルス殿が王都へと戻られるまではテディと私の二人がお側につくことになります。王族の護衛など初めてのことなので、なにかあればその都度教えていただけると助かります」
「私の侍女に聞くと良いわ」
貴族のお坊ちゃん育ちじゃないとこんなにしっかりしているものなのか。
嫌な顔をせずに仕事と割り切っているようだし、アデルは精神年齢がかなり高いのではないだろか。
でも、信頼出来るかと言われたら……。
ジッと見ていたことに気づいたのか、アデルと目が合いふっと微笑まれた。
「……仕方がないと自棄になったわけではありません。私の大切な友を、平民と切り捨てず守ってくださった王妃様だからこそお受けしました。テディにも言いましたが、一期一会を大切にしていますので」
「……一期一会」
「はい。あまり聞きなれない言葉でしょうが簡潔に説明すると、一生に一度の出会いと心得、互いに誠意を尽くす心構えを」
「その言葉、どこで?」
「……どことは?」
アデルの言葉に被せるように身を乗り出し問いかけた私に視線が集中するが気にしちゃいられない。
アデルがテディを大切に想っていることは分かった。だからテディを大切にしている私の護衛騎士になるのだということも。
気になったのは、そのあとの言葉。
一期一会?なによそれ。
普通なら「聞きなれない言葉ね」で済むが、前世の日本人の記憶がある私からすればあり得ないのだ。
さっきのもやもやはコレか!
「飛ぶ鳥」も「一期一会」もこの世界にはない日本のことわざ。
でも、ちょっと待って。え、まさか……。
頭の中で色々、それはもうぐるぐると考え、困惑しているアデルに向かって放った言葉がアレだった。
「……パンがなければ」
ことわざ繋がりだったのだろうか……やらかした感が半端ない。
真面目な顔をして問いかけた私にアデルは一瞬瞳を揺らし、真面目な顔で。
「……ケーキを食べれば良いかと」
アデルもやらかした。
そのあとも歴史年号の語呂合わせとか、日本人あるあるだ。
室内にいるアネリとテディには意味が分かっていないことを確認しそっと溜息をついた。
勘違いでも、気のせいでもないらしい。
「……アネリ、テディ、少し席を外してもらいたいのだけれど」
「では、隣におりますので何かあればお呼びください」
「僕は扉の外に」
アネリとテディがこの場からいなくなると気不味い空気が流れる。
元日本人としては、お嬢様口調とかドレスとかその他諸々……居た堪れない。
「……アデル、座りなさい」
「……失礼します」
アデルを向いに座らせ、よしっ!と心の中で気合いを入れた。
時間もそんなに無いのだから、聞きたいことや確認したいことは素早く行わなければならない。取り敢えずあれだろう。
「貴方、オカルト現象は信じるかしら?」
「いや、何故オカルトなんでしょうか……そこは転生者かしら?とか、転移者かしら?ではないかと」
若干呆れた顔をされたがその確認とか今更でしょう。
「私からしてみればこの状況はオカルトなのよ。で、どっちなの?」
「五歳のときに日本人として生きていた記憶を思い出したので、転生かと」
「今はそんなにかしこまらなくても良いわ。無礼講よ」
「そうですか……では、王妃様も転生者なのか?」
「思い出したのは先日だけれど。貴方と同じように元日本人で、この世界へ転生したみたいね」
「のっぺり顔の日本人が彫りの深い外人顔とか、初め何の冗談かと思ったわ」
「全くだわ……」
「まさか王妃様が転生者だとは。まぁ、話しが早くてこちらとしては都合が良いんだけどな」
「都合?」
ニヤリと笑い、先程までの幼さの残っていた顔が女性を誑かす悪い男の顔へガラリと変わった。
どうやらアデルは色々と使い分けが出来るらしい。
この手のタイプは味方なら頼もしいが……何か企んでいるようなら護衛の件はなかったことにしなければならない。
「あぁ、違う、勘違いさせたみたいだな。さっきのテディを助けてくれたからってやつは本当のこと。都合が良いというのは、俺が人を探してるからだ」
アデルは私の雰囲気を察したのか頬を軽きながら苦笑し話しを続けた。
「人探しなら騎士ではなく商人の方が良かったのではなくて?そちらの方が時間も人脈も
使えると思うのだけど」
「あー、それは散々やったんだよ。家の力も自身の足でも探してみたが、どうやら平民や下級貴族にはいないみたいで……他国には手を伸ばしている最中だし、なら俺はもう少し身分の高い方へってことで騎士団に」
「貴方のその見た目と身分なら近づきやすいかもしれないけど、その探している人はどのような方なの?」
「性別、年齢、身分と全て謎」
「……ぇ?手がかりが一切無いのならどうやって……まさか、探しているのって」
「俺達と同じ転生者!因みに、前世では日本人の女子大生」
「それは、また。難易度が高いわね」
「そ、転生者探してますとか大々的に言えないしな。だから、話しが早くて助かったんだよ。王妃様なら他国の王族、上級貴族と会う機会がある。協力してもらえるだろ?」
「それは構わないけれど、せめて名前とか特徴とかないと」
「そうだな。でも、先ずは王妃様に確認してみないとな」
居住まいを正し真剣な顔になったアデルに首を傾げる。
「王妃様、前世の貴方は日本人。なら、性別は?」
「女性ね」
何の確認なのだろうかと思ったが、私がアデルの探している人ではないかの確認らしい。
私も転生者だし、一縷の望みにかけたい気持ちも分かる。私だって会えるのであれば何をしてでも会いたいのだから。
でも、そんなに上手くことは運ばない。
「年齢を聞いても?」
「あら、名前を聞いた方が早いのではないかしら」
「彼女の名を不用意に広めたくはない。それに、同姓同名も有り得るだろ?」
「全く無いとは言い切れないけど……」
「何度か試してはみたんだよ。けど、名前は覚えていないとか言うわりには私が俺の探している人だと言う奴もいてさ。最初の頃なんかぬか喜びばっか」
アデルのようなキラキラ騎士に探している人がいると言われたら、女性なら嘘の一つもついてしまうのだろう。
逆もまた然り、何度かそのような目に遭えば一つずつ潰して確認したいと思うようになるのだろう。
「本来なら女性に年齢を聞くのはどうかとは思うけれど、前世のだから構わないわね。確か十九……誕生日前だったから十八かしら」
「誕生日前とは?」
「そこまでの記憶しかないのよ」
「思い出せないとか、断片的だとか、そんな感じなのか?」
「違うわ。そこまでしか生きていないの」
最後の記憶は雨と姉の横顔。
多分、そこで前世の私は生を終えたのだと思う。
「……兄貴がいたりしなかったか?」
「兄、というより……姉に近いけれど。性別だけみたら男の人だから兄よね。女装する義理の兄ならいたわよ」
「女装……」
「家の中でも完璧に化粧して、口調だって私より女性らしかったわ」
「…………」
「あとは?もう良いのかしら」
黙ってしまったアデルを見て、ちょっとまずかっただろうかと後悔した。
生を終えたと言われたり、女装兄がいるなどと色々予想外だったのだろう。
アデルはまだ過去だと、前世だと受け入れられないのかもしれない。
その気持ちは痛いほど分かる。数日前に思い出した私ですらそうなのだから。
大切な人だったのなら尚更だ。
「見つかると良いわね……えっ」
私の分まで、と続けようとし言葉が切れた。
向かいに座っていたアデルがローテーブルを跨ぐように移動してきたからだ。
「アデル、何をしているの!」
制止を無視し、目の前で両膝をつき私を真っ直ぐ見つめるアデルの眼差しに息を呑む。
「俺の探している人は、前世の親友の義理の妹」
義理の妹……。
「女子大生のくせに昔から男が苦手でさ、サークルや合コンとか無視して家に引き込もってた。普段は素っ気ないくせに、妹のために女装する兄貴に付き合ってリビングでBLゲームとか真面目にやっちゃうんだよ」
悲しそうな、泣きそうな顔で告げてくる言葉に胸が痛くなる。
「初めて顔を合わせたときは変質者を見るような目で見られたし、手土産持って餌付けの日々だし?すげぇ手のかかる……可愛い妹のような女だった。親友は人の家に女装部屋とか勝手に作ってさ、口を開けば妹自慢」
「…………」
「その大切な親友も妹も、ある日突然、同時に失った。何度も後悔した、待ち合わせなんてしなければ良かった、迎えに行けば良かった、俺も……一緒に、その場にっ、いれば良かったって……」
アデルの瞳から一滴、また一滴と涙が溢れ、頬に伝って流れ落ちていく。
「置いてかれるってさ……すげぇ苦しいんだよ。苦しいまま生きていかなきゃいけなくてさ。俺、生涯独身……あり得ないわ、どうしてくれんのよ。しかも、次の人生がよりにもよってあいつがやってたゲームとか。そんなのさ、もしかしたらって……この世界の何処かに、二人共いるんじゃないかとか期待するだろ?……もし出会えたらとか……馬鹿な夢見続けてさ」
私の手を取り泣きながら笑う彼は、アデル・ブリットンではなく私が前世で良く知っている人に見えた。
「思い出せなくなる日が、くるんじゃないかって……怖くて、大事なのは今だって言い続けて……」
私の手をそっと包んでいる彼の両手は震えていた。
間違いない……彼は。
「……相変わらず馬鹿なんだからっ……透君は」
名を呼んだ瞬間。
ふわりと笑った彼に掻き抱かれ、震える彼の背中を優しく摩った。
「馬鹿とかっ、ひでぇやつ……」
「うん……」
「あやっ……綾……綾……」
「うん……また、会えたね」
声を押し殺して泣く彼の胸の中で、私の瞳からも涙が溢れた。




