夜会
王と王妃が広間に姿を表すと、その場に集まっている者達が皆顔を伏せた。
アーチボルトと共にその中を進んで行く。
流石大国ヴィアン。豪華さはラバンと同等。広さもそうだが……広間の中心から見上げると、三、四階部分を吹き抜けにしたであろう空間に圧巻の一言だ。
大理石の階段を登った先にある王座につき、アーチボルトの手を離し隣に立った。
「顔を上げよ」
数段高い壇上に立ち、低い声でゆっくりと話すアーチボルトは、ここだけ切り取れば立派な王に見えなくもない。
日頃の彼を知らない者達はこの姿に見惚れるのではないだろうか。
「今宵は我が国の勇敢なる騎士達を労う為に開いた夜会だ。皆、存分に楽しんでくれ」
広間を見渡せば騎士の他に貴族らしき者達、その側には家督を継ぐであろう嫡男、社交界デビューをし着飾った令嬢方は母親と一緒に将来の夫を物色している。
近衛隊を筆頭に騎士達は貴族の家の者が大半を占め、見目も良い。
クライヴなんかは格好の獲物だろうに……先程まで姿が見えなかったクライヴが、何故か今はアーチボルトの後ろに控えている。
しかも、ちゃっかりフランを連れて。
令嬢方から逃げてきたわね。
フランは白い隊服を身に纏い、何が嬉しいのかにこにこと笑顔を振りまいている。
「セリーヌ」
王妃としてのお仕事の時間らしい。
「はい、アーチボルト様」
アーチボルトに手を差し出されその上に自身の手を乗せ、互いに微笑みながら階段を下りて行くと周囲が騒ついた。
広間の中央まで進みアーチボルトと向かい合う。
一曲目のワルツ、この場で最も地位が高い国王と王妃が踊る。
つまり、私とアーチボルトだ。
距離の近さとアーチボルトの眼差しに一瞬怯むが、周囲の視線が集まる中不快感をあらわにするわけにはいかない。
手を握れたのだから、ダンスぐらい平気だろう……そう思った数秒前の私を殴りたい。
いや、殴るなら目の前のこいつだ。
「セリーヌ、今宵のお前は堪らなく美しい」
「…………」
「そのドレスも、良く似合っている」
「…………」
ダンスが始まって直ぐに、ワルツにしては近過ぎる距離でずっと囁かれている。
私の背中に触れているアーチボルトの手は、支えもせずに撫でている……正直吐きそうだ。
早く終われ、早く、でないと、私の表情筋が保たない。
「セリーヌ……うぐっ」
更に距離を詰めようとしたので、アーチボルトの肩を全力で以って抓ってさしあげた。
私のパーソナルスペースに勝手に入ってくるな。
曲が終わり拍手が鳴り響き、私達はその場を離れる。
この後、徐々に周囲にいた者達から手を取り合い踊り出すだろう。
そして、案の定、壇上から護衛の為に下りて来ていたクライヴとフランは令嬢方に囲まれている。
長身のクライヴと違い、フランは完璧に埋もれていて顔すら見えない。
クライヴと目が合い、助けを求めるかのように困った顔を向けてくるが、大丈夫よ。
今夜ついている護衛騎士は本来貴方じゃないから。存分に楽しみなさい。
決して嫌がらせではないのよ?と微笑むと、顔を強張らせ視線を逸らされた。失礼な!
だが、クライヴの惨状を目にしたおかげで手の震えが治まった。
「アーチボルト様、少々よろしいでしょうか」
賑わう広間の中でも聞き間違うことはないだろう……美声の持ち主、腹黒宰相が女神のような姿で現れた。
もう狙ってやっているとしか思えない。令嬢方が顔を赤くし目をキラキラさせているのだから。
二人が話しをしている間、私は不自然に見えないよう人を探す。
踊っている者達の中にはいない、ならばとテーブルがある辺りを見るが其処でも見つからない。
まさかと思い壁際に目を走らせる。
ちらほらと数名の令嬢方が男性からパートナーの申し込みをされず、壁の花になってしまっている。
綺麗な子や可愛い子ばかりだから人見知りなのか、家柄の問題だろうと考えて、ある一箇所に目を留めた。
紺の隊服と濃緑の隊服の二人組がグラスを手に持ち広間の隅で壁の花をしている。
間違いない、紺の方はテディだ……。
確かに『何かあれば直ぐにお側に行けるようにはしますので』とは言っていた。
テディの位置からは壇上に近いし、今私が立っている場所も良く見える。
でも、違うのよ。帰還式の代わりに夜会を楽しんで欲しかったのよ私は……。
ほら、騎士は花形だし、今のテディは私の護衛騎士でリンド家の後継を受けているし、将来有望なのよ!
「セリーヌ?」
「セリーヌ様?」
背後から声をかけられ振り返り、世間一般ではお美しいと言われている顔だけ王と宰相を睨みつけた。
「ど、どうした?何かあったのか?」
「セリーヌ様、そのようなお顔もお美しいですね」
……テディの方が千倍良い男だわ。
まだ何か言っている二人を無視し、テディの方へ向き直る。
すると、見られているとは思わなかったのだろう。テディの動きが固まり、ハッとしたあと直ぐに軽く会釈をする。
そんなテディの行動に驚いたのか、隣にいる騎士はテディに何か言いゆっくりと此方に顔を向けた。
濃緑の隊服は第一騎士団のもの。
あれが多分、アデル・ブリットン。
一瞬彼の容姿に攻略対象者かと思い記憶を探ってみたが見覚えが無く、ほっとした。
『入隊初日から嫌な顔をせず僕の面倒を見てくれた唯一友と呼べる者です。』
私を警戒しているのか、彼の眼差しは酷く冷たい。
テディの言っていた通り、二人は友なのだろう。
良かった……利用されたり騙されているわけでは無いらしい。
顔が緩み、変な表情になっていたのだろうか。アデルは目を見開き私を凝視していた……。
誤魔化すように苦笑していたら、またもや背後から声がかけられた。
「アーチボルト様、セリーヌ様にご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか」
ゆっくりと振り返り声の主を視界に入れる。
「お初にお目にかかります。キーファ・ベディングと申します」
どうやら、目の前にいる彼が、王を使って人形遊びをしている侯爵様らしい。




