同じ誕生日
前世では母が再婚するまで誕生日会といったものはなく、それがどのようなものかは義父と姉が教えてくれた。
母の再婚後、すっかり忘れていた自身の誕生日。
明るく洗練された普段のリビングは、過剰なほど大量の花で飾られ一気にメルヘンチックに。ハッピーバースデーという文字や丸やハートなどのカラフルなバルーン。二階にある自室前の廊下や階段だけでなく、そこら中に置かれた大小様々な可愛らしいテディベア達。三段はあるウェディングケーキかと思うほどのケーキの側に待機して、私に向かってクラッカーを鳴らす家族。
私の初めての誕生日会だからと張り切った家族に困惑しつつ、それ以上に嬉しかったことを今でも鮮明に覚えている。
「これは誰が?」
綺麗に飾り付けられた花々に目を向け訊ねれば、普段あまり表情を変えることのないティア嬢が「はい」とはにかむ。
「セリーヌ様はお花がお好きだと聞いたので、サロン内をお花で溢れさせてみました。此処にあるお花は全て私が改良した物なのです」
「改良……?」
「季節によって葉の色が変わることに興味を持ったことが切っ掛けでしょうか。そこから色々と研究しているうちに、色だけはなく香り、寿命などを改良するようになりました。目標は枯れないお花を作ることです」
「枯れない花を……」
「もしかしてご興味がおありですか?詳しくご説明させていただきますと、先ず良い品種を作る為には形質の優れたものを掛け合わせる必要があります。その形質というものですが」
瞳を輝かせとても楽しそうに品種改良について話し始めたティア嬢だが、宰相を輩出するような優れた名家の令嬢が趣味で行うようなことではない。日頃から難しい本を読みふけ、部屋に籠って何か作業をしていると報告を受けてはいたけれど、まさかこれほど本格的なことをしているなんて誰が想像できるだろう。
「ですので大量の苗が必要なのです。それと土ですがっ……ふぐっ……」
「周りが見えなくなるのは悪い癖よ。ティアは直す努力をなさいね」
いよいよ土にまで言及し始めたティア嬢に相槌を打っていると、彼女の隣に座っているモーナ嬢が手を伸ばしティア嬢の口元を覆いながら優しく叱っている。
「セリーヌ様。こちらはいかがですか?」
その間にすかさずミラベル嬢が話題を変えた。モーナ嬢とミラベル嬢の素晴らしい連携プレイに感心しながら美しい紺碧の花で彩られた長テーブルへと視線を移す。
テーブルの上には、フルーツやチーズ、クラッカー、サンドイッチといった軽食だけでなく、肉や魚といったメインディッシュ、スープ、デザートまで並べられている。
「何がお好きか分からなかったので、セリーヌ様の侍女に助けてもらいました。この紺碧の花はティアが育てたものですが」
「準備をするのは大変だったでしょう、ありがとう。……ところで、この床に置かれていたテディベアは誰の案かしら?とても可愛らしいわね」
「それは、ティアです」
「ティア嬢が?」
ミラベル嬢が頷くと、モーナ嬢から逃れたティア嬢が「はい」と元気よく返事をするが、隣のモーナ嬢から「余計なことは話さないようにね」と釘を刺されている。
「その人形が思っていたより可愛らしかったので、通られる場所に並べて置いてみました」
私が拾って歩いていただけで、ただの飾りとして置いておいたのだろうか?それか何かしらの意図があって置いてあったのでは?
まさかティア嬢が姉さんと……?と思案していると、何を思ったのかミラベル嬢が「私も」と声を上げた。
「床に置かれていたテディベアは、全て私が手に入れた物です」
「……そうなのね」
「はい!」
褒めてくださいと言うように興奮して身を乗り出すミラベル嬢の姿に、ティア嬢は呆れ、モーナ嬢は「それなら」と唇を尖らせた。
「私だって、その大きなテディベアを用意しましたわ。それなのにミラベルだけ狡いわ」
「モーナは興味本位で取り寄せただけでしょう?」
「でも一番大きいわよ?」
「大きければ良いというものではないの。ほら、私が用意した小さな物の方が持ち運びには便利だもの」
「待ちなさい。それなら自身で育てた花を用意した私が」
「ティアは趣味で育てていただけでしょう?ミラベルは小さい方が良いと言うけれど、大きい方が需要はあると思うし」
何がどうなってこのような論争に発展したのか……。
私はただ誰が姉さんと繋がっているのかと探りを入れただけなのに、これでは三人共怪しく思えてしまう。姉さんなら三人と繋がっていてもおかしくはないのだけれど。
結局のところこのお誕生日会の趣向は、三人共が知人や他国出身の者、本などで調べて合わさったものだと判明した。
「そろそろ食事をしましょうか」
そう声を掛ければ三人の言い争いはピタリと止む。
懸念事項はあるけれど、お祝いしてくれる気持ちはとても有難く嬉しい。
そこからは恙なくお誕生日会が行われた。
手間の掛かった料理に舌鼓を打ち、別腹とばかりに甘い物を食べひたすらお喋りをする。
途中、一生懸命気配を消していたウィルスがモーナ嬢に狙われ、あれほど怖がられるのではと心配していたウィルスの方が猛獣にでも出会ったかのようにサロン内を逃げ回っていた。
『完璧だわ……これが私の理想の騎士よ!』
『……』
『無駄な脂肪はなく、筋肉によりつくられるラインが……あら』
『……っ』
『まだ触ってもいないのに逃げられたわ』
野生動物のようにモーナ嬢を警戒するウィルスの姿が可愛らしく、冷静沈着な彼とは異なる一面に頬を緩ませた。造形はアーチボルトの上位互換なのに、性格もよく、真面目で、愛らしさまであるのだから、アーチボルトは彼が王位継承権を放棄していることに感謝したほうがいい。
そして、プレゼントとしてティーサロン内にあったテディベアを全て持ち帰って来た。
それらはウィルスとアデルとテディが各自手分けして抱っこしていたのだけれど、騎士が大好きなモーナ嬢はそれすらツボだったらしく、甲高い悲鳴を上げ興奮していた。
「……そう言えば、何か言っていたわね」
アーチボルトからも何か貰えるのではないかという話しになり、特に何も聞いていないと返した後、ミラベル嬢が「お誕生日の当日に、もっと凄いものがもらえる筈です」と口にしていたのだ。凄いものとはどのようなものかと皆で予想を立てていたのだけれど……。
「何か仰いましたか?」
「いいえ、何も」
「では、これで失礼いたします」
「ありがとう、アネリ」
寝室にある棚やテーブルの上には小さなテディベアたちを。ベッドの上には大きなテディベアをセットしてもらい、緩く首を回したあと布団の中に。
「不思議だわ」
運命なのか何なのか、前世と同じ誕生日。
「また会えたわね……」
誰にも聞こえないくらい小さな声でそう零し、隣に鎮座する大きなテディベアをひと撫でした。




