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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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エンフィールド商会

 宮殿の一角で、リアノーラは父アルヴィンの隣に立っていた。そのさらに隣にはウェンディがたち、次々と運ばれてくる武器を見ている。


「これが頼まれていた超大型狙撃銃だ」


 そう言ったのは50歳を少し過ぎたくらいの身なりのいい紳士である。もう髪は白くなってしまっているが、それを気にさせないほど洗練された様子を見せている。もともとは金髪で、瑠璃色の瞳は優しそうだが意志が強そうでもある。


 オーガスタス=エンフィールドはエンフィールド伯爵であり、ウェンディの父親でもある。その気の強そうな面立ちは、何となくウェンディと似ているが、彼女よりずっと上品そうだ。

 オーガスタスが示したのは大きな木箱である。その木箱を運んできた2人の青年はジェイクとリカードだ。ジェイクはウェンディの3つ年上の兄で、リカードはウェンディよりひとつ年下の弟だ。つまり、リカードはリアノーラの4つ年上になる。


 ちなみに、エンフィールド伯爵家にはすでに嫁に行った長女ユージェニーがいる。彼女はウェンディの10歳年上だ。つまり、ユージェニーは弟のジェイクが生まれるまで、自分が伯爵家の跡取りになるのだろうと頑張ってきた女性だった。

 リアノーラとウェンディは開けられた木箱の中身を見て「え」と唖然とした声を上げる。


「ちょ……お父様、何これ。何に使うの?」

「父様、なんでも卸してるのね……」


 お互いの父親は、アルヴィンは顔をしかめ、オーガスタスは茶目っ気のある笑みを浮かべた。アルヴィンが冷静な口調で言う。


「何って、どう見ても銃だな」

「こんなに大きな銃は見たことないわよ!」


 リアノーラが父親にもっともなつっこみを入れる。アルヴィンとオーガスタスが銃と称するこれは、長さにして3メートル近く、幅としては30センチはあろうかという巨大なものである。これはもう、大砲と言った方がいいだろう。


 だが、確かにスコープや引き金がついているし、一般的な大砲とは違うのだろう。一応サイレンサーもついてるようだが、この大きさではもはや意味はないと思われるが。

「……ねえ。銃なのはわかったけど、ホントに何に使うのよ。つーか、だれが撃つの?」

「あたし、撃てないわよ」

「わかってるわ。ウェンディは普通の射撃すら危ないでしょ。あなたこそ、ユジーに射撃を習うべきね」

 リアノーラは痛烈なつっこみを入れて、ウェンディをへこませた。ウェンディはあらゆる面で姉ユージェニーとは正反対だった。元ナイツ・オブ・ラウンドのユージェニーは参謀兼狙撃手だった。


「備えあれば憂いなしというだろう。狙撃手は後で考える。たぶん、お前かエリスになるだろうな」

「……そんな予感はしたわ」


 アルヴィンの答えに、リアノーラはため息交じりに言った。

 今回のシェフィールド行で、現ナイツ・オブ・ラウンド最高の狙撃手スナイパーであるリディアはおいていくことになっている。第1席のフランクリン=ファウラーと参入したばかりのランディもそうだ。宮殿の守りという名目だが、要するに、足手まといだということだ。フランクリンはもう60近いし、リディアは近距離戦がからっきしだ。ランディは剣士としては優秀だが、今は『教育期間』である。もう少しなれたら、ということだ。


「っていうか、よく作ったわね、こんなもの……」


 エンフィールド伯爵家と言えば、機械や武器を生産する商業貴族として有名だ。武器では、最近は銃の生産が多いらしい。ユージェニーが銃に親しんだのは当然の成り行きと言える。むしろ、何故ウェンディは剣に目覚めたのだろうか。フェアファンクス家の血だろうか。それはともかく、話しを戻す。


「よく訊いてくれたな、リアノーラ! 実は、クライン財閥との共同開発なのだ!」


 オーガスタスがいかにも楽しげに言った。リアノーラは思わず沈黙した。

 リアノーラの学校の友人に、アレクシア=クラインという少女がいる。黒髪の美少女で、リアノーラと同じく魔術師だ。ただし、水属性に傾くリアノーラに対し、アレクシアは完全に炎属性に傾いている。

 そのアレクシアだが、クライン財閥というこのアルビオンで有数の財閥の一人娘である。貿易を中心に行っているが、製造もおこなうというマルチ財閥である。超金持ちだ。


「……アレクのうちか」


 余計なものを作りおって。というか、需要はあるのか? それとも、半オーダーメイドなのか? これ以上、注文が来るとは思えないけど。

「アレク? クライン家のアレクシア嬢の事か? 知り合いか?」

「……友達だけど」

 伯父にまくしたてるように尋ねられ、リアノーラはちょっと引き気味に言った。すると、オーガスタス伯父は満面の笑みで言った。


「アレクシア嬢とリカードをお見合いさせようと思うのだが」


 リアノーラの顔がリカードに向いた。一応言われたとおりに荷物を運んでいるのだが、時折ジェイクの悲鳴が聞こえた。

「……いや、止めた方がいいと思う」

「そうか」

「というか、リカードはその前に結婚できるか、問題よね……」

「ごめんね。馬鹿で」

 ウェンディが単刀直入に言った。リアノーラは、いや、と首を左右に振る。

「あれは頭のいい馬鹿よ。ただのバカよりたち悪いわ。それにしても、超自由人ね……」

 リアノーラはエンフィールド兄弟を観察しながら言った。2人とも、アルビオン大学に行ったはずで、リカードは今年3年生のはずだ。エドワードと同い年。


「リアに言われたら終わりだな」

「……どういう意味かはあえてつっこまないであげるわ」


 リアノーラは父親に向かって言った。ちょっとムカッと来た。

「まあ、ジェイク兄様がちょっと怖がりだってのもあるんだけど。うちは下に下がるにつれてヘンになってくわね……」

「……ウェンディ、自分で言ってて悲しくない?」

 とりあえず話を切り上げ、シェフィールドに持って行く荷物を運ぶ。一番大きいのはやはり、最初の超大型狙撃銃のようである。


「これは、時計? プレゼントかしら」


 張り紙を呼んで、リアノーラは箱を持ち上げて、馬車に積む。次に持ち上げた箱は小型爆弾入りで、重かった。

「僕が持とう! 重いだろう」

 颯爽と現れたのはリカードだった。これ幸いとリアノーラは木箱をリカードに預けた。

「お願いするわ。悪いわね」

 リアノーラは笑みを浮かべて言った。いとこ同士でいろいろぶっ飛んだところも知っているのでそうは思えないが、初見なら明るいいい人に見えるかも……ただ、アレクシアの旦那にするのは反対。


「兄上、遅いぞ!」

「後ろから押すな! 引くなぁああああっ!」


 馬車のところでリカードとジェイクが騒いでいた。何かをやらかすのがリカードだが、大騒ぎするのはジェイクだ。きっと、これでどちらかがいなくなったらさみしいんだろうな。年上相手に微笑ましく思いながら、リアノーラは彼らを見ていた。なかなか荷物を置いて馬車から出ないジェイクにしびれを切らしたらしいリカードが、「押すな!」と言われて兄を引っ張っている。その発想の転換にちょっと笑った。


「いやー、リカードは友達だったら楽しいわね」

「ちょ、リア」


 ウェンディが珍しくあわてたようにリアノーラの服の袖を引っ張った。ちなみに今日はスラックススタイルの私服である。

「そうか。リアノーラは僕の友達か?」

「正確にはいとこになるわね」

 ニコッと笑って言うと、リカードもいい笑みを浮かべた。

「ああ……サディスト2人がついに手を結んだ……」

 ウェンディがかなり失礼なことを言った。だれがサディストだ。


「では、僕と一緒に世界に名を残そうじゃないか」


 リカードがいい笑みを浮かべたまま言った。ちょっと楽しそうかも、なんて思った。

「リア。それはエドワードが悲しむからやめておけ」

 さすがに見かねたのか、アルヴィンがそう釘を刺した。家のためになんていっても聞かないことを知っているので、エドワードの名を出したのだろう。リアノーラは「はーい」と気のない返事をする。

「というわけで、ごめん」

「いや。改めて話してみると、なかなか見どころのある娘だな!」

「あら、ありがとう」

 にこやかなリアノーラとリカードの会話を聞きながら、残ったエンフィールド兄弟は驚いていた。


「……すげえ。会話が成立してる」

「リアノーラとリカードは、人種的に近いのかもな……」


 ウェンディとジェイクの言葉から、リカードがどんな扱いを受けているかわかるというものだ。

 荷物を運び終えて、アルヴィンとオーガスタスが料金の話に入る。アルヴィンの後ろから背伸びして領収書を覗き込んだリアノーラは「げっ」と声を上げた。シャレにならない金額が書かれている。

「どうしたの、いくらだった?」

 ウェンディが興味があるが身長の関係で覗き込めなかったので尋ねてきた。リアノーラは若干青い顔で言う。

「……私たちが一生働いても稼げない額」

「ひええ~っ」

 ウェンディが叫ぶ。

「あたしたち、そんなのと旅するの?」

「いや……宮殿だって、あれ建てるのにいくらすると思ってるの。それに、乗る汽車だって相当豪華なはずでしょ。お召列車でしょ?」

 王家の人間が乗る汽車はお召列車と呼ばれる。王家のためだけに作られた汽車で、汽車内には執務室まであるらしい。これがいくらで作られたのか、考えたくもない。

「怖いこと言わないでよ!」

「まあ、何事もなければいいがな」

 アルヴィンまで思わせぶりなことを言うのに、リアノーラは苦笑した。

 エンフィールドの家族と別れ、しかしまだぐずるウェンディは連れて宮殿に戻る。宮殿について荷物を下ろした時、アルヴィンが木箱から銃を1丁と弾倉を2つリアノーラに渡した。

「お前、ちょっと試射して来い」

「え? うん」

 リアノーラは素直にうなずき、渡された銃を見た。初めて見るタイプである。最新型なのだろう。さすがはエンフィールド商会。

「っていうか、私でいいの?」

「リディアにやらせれば、全弾命中するだろう」

 なるほど。リアノーラはうなずき、射撃場に向かった。


 射撃場は屋内である。屋外にもあるが、風の影響を受けないのは室内だ。的が10個ほど並ぶ一番端にリアノーラはたった。耳当てで耳栓をし、弾倉を銃に入れて、リアノーラは的に向かって銃を構える。安全装置はすべて外し、引き金に指をかけた。

 パンッ。乾いた音が響き、的の中央付近に銃弾が命中する。さらに連射するが、銃弾が的からそれることはなかった。


「う~ん。我ながら結構うまくなったわね」


 そうつぶやきながら弾倉を替える。もう一つをセットすると、今度は片手で構えた。引き金を引ききり、やはり一度も的から外すことはなかった。

「おう、リアノーラ嬢ちゃん。最近よく来てるな」

「あら、こんにちは」

 騎士団の狙撃手の男性に声をかけられて、リアノーラはにっこりする。彼が持ったのは、リアノーラの持っているような拳銃ではなく、ライフル銃だ。

「見慣れない銃持ってるな」

 男が目ざとくリアノーラの手元の銃を見た。リアノーラは感心する。

「そうよ。おろしたてなの。ちょっと性能を見に、試射したのよ」

「なるほどなぁ……どうだった?」

「ばっちり」

 リアノーラはにっこり笑ってガッツポーズをした。男と別れて、アルヴィンの元に向かう。さすがにもう宰相の執務室にいるだろう。

「お疲れ様、サー・リアノーラ」

「こんにちは、レディ・リアノーラ」

 この宮殿では、リアノーラをナイツ・オブ・ラウンドとして扱うものと、公爵令嬢として扱うものがいる。どちらも正解なので、今のところは放置していた。

「失礼します」

 執務室の扉をノックして、リアノーラは中に入った。執務机に座ったアルヴィンが、書類に猛烈に何かを書き込んでいる。

「どうだった?」

「かなりいい銃ね。特に、バランサーがいいわ。手振れ補正がよく効いてる。もう少し軽ければ、一般女性でも簡単に扱えるわよ」

 リアノーラは女性にしては筋力の強い方である。あれだけ剣を振り回しているのだから、当たり前だ。つまり、リアノーラは一般女性の域には入らない。

 しかし、軽くしすぎると、銃というものは反動が大きくなる。リコイルショックというやつだ。反動が大きいほど着弾はぶれるので、軽すぎるのも問題なのだ。

「ただ、所詮は拳銃ね。威力が弱い。連発させても、弾丸が6つだから」

「ならば、護身用だな。後でユリシーズにも使い方をレクチャーしておいてくれ」

「はーい」

 ナイツ・オブ・ラウンド第2席ユリシーズ=ウェルティは今回のシェフィールド行で護衛の指揮を執ることになる男だ。リアノーラの姉ユーフェミアの婚約者でもある。しかし、何分戦闘力が低かった。彼の妹のベアトリックスはリアノーラの友人なのンだが、彼女はとても強い。おそらく、そのぶんのエネルギーがすべて脳に行っているのだ、あの人は。

 それでも、じぶんで 自分の身は守ってもらわなければならない。彼の護衛の優先順位は低いのだ。

「それと、もう一つ頼みがある」

「何?」

 リアノーラは反射的に問い返した。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


製造業は商会に入らない気がしますが、まあ、この方がわかりやすいのでエンフィールド商会、で貫かせていただきます。

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