暴動
この先、わたくしの書いたつたない戦闘シーンです。
苦手な方はご注意ください。
リアノーラは人波を押しのけてナイツ・オブ・ラウンドの仲間に合流した。父と母も一緒だ。
「お母様、なんで逃げてないの」
「クリスとマリアがいないのよ。2人回収するわ」
悪気がないところが一番悪い、と評判のディアナは、今日はそんな様子ではなかった。真剣だ。リアノーラはざっと周囲を見渡す。
「ユーリさん、どうなってるんですか」
事前に不審な動きをつかんでいたとはいえ、ちょっと騒ぎが大きすぎる。リアノーラは剣を手に向かってきた男を蹴飛ばした。追い打ちとばかりにエドワードが袈裟斬りにする。
「陛下と王妃様、ソフィア様はフランクリンさん、アンディを護衛に付けて出した。残りのメンバーで討伐するぞ」
「了解」
そう返したのはリアノーラも含めて3人。リアノーラ、エドワード、ウェンディだけだ。狙撃手のリディアとエリスはどこか狙撃ポイントを探しに行った。そこで待機だ。リアノーラが初めにあれだけ大きく騒いだのは、2人がこっそり抜け出すためでもある。一般人が多くいる客席内で発砲する必要性があったため、リアノーラは射撃訓練を余儀なくされた。
リアノーラは着ていたコートを脱ぐと、母からナイツ・オブ・ラウンドの白い制服を受け取った。代わり、とばかりにコートはディアナに差し出す。
「内側に私が考案した防御用の魔法陣が縫い込んであるわ。気休めだけど、着てちょうだい」
「あら。ありがとう」
ディアナはころころと笑って言った。多少真剣になっても、やはり根本は変わらないらしい。でも、これから戦場と化したこの場所を駆け回ろうというのだから、それくらいでちょうどいいのかも。
「ユリシーズ、剣はあるか?」
「剣ですか。私は持ってませんけど」
アルヴィンに尋ねられ、ユリシーズは顔をしかめた。彼が剣を持つのは、ナイツ・オブ・ラウンドが出席する式典くらいのもんである。ユリシーズに剣を使う才覚はない。というか。
「お父様、戦えるの?」
アルヴィンには《暗黒のカネレ》という魔術師組織に捕まった時に拷問された傷がある。右肩の筋肉がかなりえぐれていて、そのせいで騎士をやめたのだ。実はリアノーラのせいでもあるのだが、それはこの際おいておく。心配そうな娘の頭をなでて、アルヴィンは言った。
「右手を使わなければな。まあ、戦場を駆け抜けるくらいはできるだろう」
「……ついて行く?」
「いらん。お前はこの場を鎮圧しろ」
アルヴィンにバッサリと切り捨てられ、リアノーラは肩をすくめた。ウェンディ、エドワードと目を見合わせる。
「……じゃあ、俺たち行ってきます」
「ああ、気をつけろ」
ユリシーズがエドワードにうなずいて見せた。リアノーラとウェンディも身をひるがえす。アルヴィンとディアナのフェアファンクス公爵夫妻より、どちらかというとユリシーズの方が心配だった。
「じゃあ、あたしこっちに行くから」
ウェンディが早々に2人と別れて別方向に向かう。確かにこの状況なら、別れた方が効率がいい。幸いなことに、騎士学校やフェナ・スクールの教官たちや残った生徒が戦っている。観客に武術関係のものが多いのも幸いだ。
もっとも、だからこそこの場を狙われたのかもしれないが。リアノーラは、つい先ほどまで選手が戦っていたフィールドを見た。
「じゃあエド。私は下に降りるわ」
「……ああ。気を付けて」
「わかってるわ」
リアノーラはエドワードに微笑み、手すりを乗り越えていくらか低い競技フィールドに降り立った。リアノーラが低いところにいる分には、攻撃を結界で防ぐことができる。つまり、低い位置にいるにはリアノーラがちょうどいい。
「リアノーラ!」
「ああ!?」
切り捨てた人数が2けたに登ろうかという頃、呼びかけられたリアノーラは不機嫌に振り返った。30代半ばほどの紳士が駆けてくる。明るめの茶髪にターコイズブルーの瞳の長身の美形。名前を呼ばれているから当然だが、リアノーラの知り合いだ。
「ジェフリーお義兄様、何してんのよ!?」
ジェフリー=スペンサーはリアノーラのいとこユージェニーの夫である。同僚リディアの兄でもあり、顔立ちは何となく彼女にも似ている。スペンサー伯爵の後継ぎでもある。小さなころからお世話になっている彼を、リアノーラは親しみを込めて『お義兄様』と呼ぶ。
「リアノーラ、ユージェニーを知らないか!?」
喧騒に負けないように近くに来たジェフリーが叫ぶ。その手に握った剣は、正確に敵の胸をついた。
「ユジー? 知らないわよ、いないの!?」
「いつの間にか消えていた! 知らないのならすまん、ありがとう!」
ジェフリーは潔くリアノーラの前を去って行く。この混乱の中では、確かにはぐれることはあるだろう。クリストファーと第2王女マリアンヌだってはぐれてる。 しかし、元ナイツ・オブ・ラウンドでもあるユージェニーが迷子になるとは考えにくい。そもそも、ユージェニーはジェフリーと並んで座っていたはずだ。何がどうやったらはぐれて――そう思って、リアノーラははっとした。離れていく背中に呼びかける。
「ジェフリーお義兄様! 待って、ジェフリー!」
リアノーラは叫びながら彼に追いつこうとする。追いついて、彼の肩をつかんだ。
「リアノーラ?」
「お義兄様。たぶん、ユジーは狙撃ポイントにいるわ!」
ユージェニーは元ナイツ・オブ・ラウンド。任されていたのは参謀と狙撃。リアノーラの知る中ではリディアが一番の狙撃手だが、ユージェニーも負けず劣らずうまい。リアノーラもユージェニーから射撃指導を受けたことがある。
そんな彼女は、反乱が起こったらまず何をするか? 元ナイツ・オブ・ラウンドでありフェアファンクス家の血を引く彼女は、自分にできることをしようとする。つまり、狙撃だ。
「狙撃ポイントって、どこだ!」
「知らないわよ。狙撃ポイントは知らないから狙撃ポイントなのよ!」
リアノーラは言い返す。何しろ、リディアとエリスの狙撃場所すら教えてもらっていない。あの2人の腕なら絶対に味方に当たらないだろうし、自由に動いているリアノーラである。
「ユジーなら大丈夫よ。だてに元ナイツ・オブ・ラウンドじゃないでしょ。切り抜けた修羅場の数が違うわよ」
リアノーラは倍は年上の男にわけ知り顔で言い聞かせる。
「運も強いしね、彼女。探すなら高所をお勧めするわ。建物の中にいるとも限らないわね!」
「! ああ、すまん! ありがとう!」
リアノーラはジェフリーに手を振って駆け出した。まあ、ジェフリーに説得されたからと言って逃げるような女ではないが、彼が安心したのなら、やはり行くべきなのだと思う。
リアノーラが戦場をかけていると、フェナ・スクールの中等部の制服を着た少女が駆け寄ってきた。一瞬マリアンヌかと思ったが、茶髪だ。マリアンヌは褪せた金髪である。彼女はリアノーラを見つけると、まっすぐかけてきた。
「リアノーラ様! 私……友達とはぐれてしまってっ」
女生徒にリアノーラは落ち着かせるように微笑んだ。
「大丈夫よ。私と一緒に外に出ましょうね」
「は、はい」
涙ぐんで少女はうなずいた。彼女を怖がらせないように、往路は殺さないようにしていく。落ちてきた照明道具や瓦礫が危険だが、リードすれば少女は危なげなくついてくる。割と運動神経の良い子なのだろう。
出口についたところで、リアノーラは少女を軍に任せた。これで大丈夫だろう。少女は不安そうにリアノーラを見たが、おとなしく兵士について行った。どうやら、同じくらいの年の同じ性別というだけで、相手の警戒心のいくらか解けるようだ。
往路は遠慮したので、復路は遠慮なくやらせてもらう。そして――見つけたのだ。ランディが彼の教官でもあるランカスターと名乗ったアルヴィンの元上司と向き合っている。そのアルヴィンもその後ろにいた。ディアナがクリストファーとマリアンヌを抱きしめている。見つけられたようだ。よかった。
ランディのどこまでもおきれいな剣術を見て、リアノーラは思わず駆けだした。そして、その勢いのままランカスターの首元に痛烈な飛び蹴りを入れた。運が良ければ(悪ければ、だろうか)首の骨が折れたはずだ。
「リア!?」
「リアノーラ、貴様!」
アルヴィンが驚いたように、ランディがかみつくように言った。リアノーラはランディを無視し、父親に言った。
「お父様。行くなら行って。大丈夫よね?」
どこで入手したのか、左手に剣を握るアルヴィンを見て、リアノーラは尋ねた。
「ああ。すまん、リア」
突然、アルヴィンが剣を振りかぶった。リアノーラはとっさに身を伏せる。起き上がったランカスターに斬撃を加えるアルヴィンを避け、リアノーラはランカスターのすねに蹴りを入れた。どうやら首の骨は折れていないようだ。
「ああ―――まったく。とんでもない娘だな、アル」
「すみませんね。ディアナに似たもので」
「それ、どういう意味?」
聞かなくてもわかることをディアナは頬を膨らませて聞いた。この状況で余裕だな。何があったか知らないが、このランカスターという教官が敵であることは認識した。ランディが父たちを守ろうとしたことも認識した。
「俺の見立てではどちらかというとお前に似てる気がするけどな」
のたまうランカスターの背後にいるランディをリアノーラは見た。斬れ、と目で強く訴えるが、ランディは不快そうに目を細めただけだった。この! 使えないな!
「この反乱……あなたが煽動したんですね」
アルヴィンが静かに尋ねた。ランカスターは静かに笑う。
「南部では不満がたまりやすいからな。ちょっとつつけばすぐにその気になる」
南部は暖かいため、支援があまり必要ないと捨て置かれることが多い。干渉すれば干渉したで文句が出るので、そんなもんだと思うのだが、南部的にはそうではないらしい。構って、構って! と言って構ってもらった後にうざい! という感じだ。
それに、ラングフォード北部はシェフィールドに接している。今のシェフィールド公の関係でどうしても目が北部に行きがちなところは合った。だから、
気づかれないとでも思ったのだろうか、この男は。
「いいことを教えてやろうか。ここの反乱は陽動だ。本隊は広場で暴動を起こし、宮殿を制圧する手はずになっている。ついでに国会議事堂もな」
そこまでやるか!? と思うことをランカスターは言ってのけた。リアノーラたちの眼が、何故、と言っていたのだろう。ランカスターは言った。
「――退屈なんだよ。戦争も終わって、俺たちが堂々と殺し合うことはできなくなった」
大義名分があれば人殺しができる。信じたくないが、事実である。リアノーラは剣を握った手に力を込めた。
「さて、アル。お前は、娘を殺されたら、俺と殺し合いをしてくれるかな!」
ランカスターの剣が正確な軌道を描いてリアノーラを襲った。とっさに手首を返して受け止めたが、重い斬撃は確実にリアノーラの手首を痛めた。
「やるな、お嬢さん。だてにナイツ・オブ・ラウンドじゃないか……君はリアノーラの方だっけ?」
余裕綽々のランカスターの剣が凍り始めた。リアノーラの魔術だ。リアノーラはただの剣士ではなく、魔法剣士である。これが本分だ。驚いたランカスターはあわてて剣を引きはがしにかかる。その鳩尾を、リアノーラは今日か魔術を乗せた蹴りを思いっきり食らわせた
「がはっ!」
「大丈夫か、リア!?」
「手首痛めてない!?」
アルヴィンとディアナが心配して言った。ディアナに右手を取られて、リアノーラは痛みで少し顔をしかめた。
「お前、そんな卑怯な……っ!」
存在が忘れられかけていたランディの声だった。その声に反応して、ランカスターがランディに刃を向けた。自分の生徒に。
「阿呆!」
アルヴィンが思いっきり叫ぶと同時に、リアノーラは指揮棒代わりに人差し指を立てて、上から手を振りおろしてランカスターの方を指した。同時に叫ぶ。
「貫け!」
「あがぁっ!」
ランカスターの足を、鋭い氷が正確に貫いた。この距離なら、リアノーラにもともと分があったのだ。驚いて腰を抜かしたランディの前に立ち、リアノーラは彼の腕をつかんで立たせようとした。
「触るな!」
「よく言うわね。礼を言えとは言わないけど、謝るくらいしたらどうなの?」
「なんで私がお前なんかに謝らなければならない!」
「私に迷惑かけたから」
後ろでアルヴィンたちが、「彼は騎士学校の生徒だよな」「みたいねぇ。リアと正面からぶつかるなんて、勇気あるわね」「リア、口論強いのにね」「というかあの人、今年の初めにリアが負けた人じゃない?」とかしゃべっている。マリアンヌ、頼むから両親にいらない情報を吹き込まないで。
迷惑をかけた意識があったのか、ランディは口をつぐんだ。当然である。彼は殺されそうなところを助けられたのだから。
「殺せないなら、ここにいないで早く逃げればよかったのよ」
「なにを……っ! 騎士学校の代表たる私に、そんなことを言うのか!」
「言うわ! 人ひとりの命がかかってるんだからね!」
リアノーラは叫ぶ。ランディはちょっと驚いた顔になった。
「あんたのそんなおきれいな剣術で、何ができるというの!? これは内戦なのよ!? 殺し合いなの! 殺さなければ、やられるのは自分なの!」
リアノーラの説経に、ランディはぽかんとした表情になった。これが、戦争が終わった弊害だろうか。命を軽く見るもの、殺さなければ殺されると自覚できないもの。どちらも問題だと、リアノーラは思うのだ。
「リア。説教は後だ、ちょうどいいから、戻るぞ」
「了解。あんたも来るのよ」
ランディにも指示を出し、一行は戦場を一気に駆け抜けた。その行程で、リアノーラは自分の父のすごさを改めて知った。
……これは、強いわ。
片手(しかも利き手ではない)で敵を圧倒していくアルヴィンは見事、としか言いようがなかった。どうしたらあんなに強くなれるのだろうか。今度、ちょっと聞いてみようか。はぐらかされそうだけど。
出口付近では、作戦会議なのか相当の人数が集まっていた。その中の1人、指揮を執っていたはずのユリシーズが顔を上げる。
「あ、宰相。ちょうどいいところに」
「どうした」
アルヴィンが固まりに近づく。リアノーラもついて行った。ディアナがクリストファーとマリアンヌを連れてそっと離れる。2人は興味津々だったが、意外にしっかりしているディアナは2人を引きはがした。
「広場で、暴動が起こっているらしいんです」
「ああ。知ってる」
「知ってるんですか!?」
ユリシーズはどうしてアルヴィンが知っているのか聞きたそうだったが、先に話を進めることにしたらしい。
「それで、私たちもそちらの鎮圧に向かおうかと。暴動というより、同じく反乱に近いみたいですから。それに、ここと違って範囲が広い」
「そうだな。合理的だと思う。ナイツ・オブ・ラウンドを何人か派遣すればいいだろう」
「ええ。エリスとエドワードを連れて行きます」
ユリシーズとアルヴィンがポンポン話を進めていくので、周囲に立つ騎士たちはぼーっと話を聞いていた。ウェンディはもとより、話しに出ているエドワードも口をはさめない様子だ。……って。
「ちょっと待って。じゃあ、ここの指揮はどうすんの? 終息しかけとはいえ、まだ油断できないわよ」
リアノーラは思わず口をはさんだ。ユリシーズもエリスもエドワードも、一軍の指揮をとれる人物だ。ユリシーズもそれを踏まえて連れて行くのだろう。しかし、そうすると、ここの指揮官がいなくなってしまう。ウェンディがいるが、彼女は指揮官というより騎士だ。
そう思って尋ねると、ユリシーズはリアノーラの方を見た。
「もちろん、お前に任せていく」
「……はい?」
リアノーラは聞き返した。
「私、指揮なんてとったことないよ!?」
リアノーラは叫ぶ。いきなりそんなことを任されても困る。しかし、ユリシーズはまじめな顔で言った。
「誰でもみんなそうだ。大丈夫だ。この場は収まりかけているし、とにかく負傷者が出ないように押さえろ」
それが難しいんだって! と言っても誰も聞いてくれないだろう。リアノーラは確かにフェアファンクス家の娘だが、指揮官の訓練を受けているわけではない。
「リア。お前ならできると思うぞ。少しくらいしくじっても大丈夫だ。みんなそうやって学ぶからな」
「宰相もそう言ってるぞ」
アルヴィンとユリシーズに追い立てられ、リアノーラはぎりぎりと歯をかみしめた。
「……わかったわよ! やればいいんでしょ!」
かみつくように叫んだ。アルヴィンとユリシーズがにやりとするのが気に入らない。そこ、気の毒そうな顔をするな、エドワード! 完全に八つ当たりである。
しかし、リアノーラがいつまでも渋れば、それだけ外の反乱が大きくなる。できるだけ小さいうちに反乱は止めておきたい。だから、あまりごねたくなかった。その物分かりの良さも、ユリシーズは考えに入れていたのだと思う。
「さすがはリアだ。では、指揮権をリアノーラに」
「はい、確かに受け取りました」
リアノーラはユリシーズに騎士の敬礼を返し、指揮権を受け取った。ユリシーズはエドワードを連れてエリスを捜しに行った。さらにアルヴィンも背を向ける。
「え、お父様も行くの?」
よほど不安そうな顔をしていたのか、アルヴィンはリアノーラの頭をなでた。
「お前なら大丈夫だ。信じている」
失敗したらフォローしてやる、とは言わないらしい。そこがアルヴィンらしいと思った。信じられているのなら、やるしかないだろう!
自分に気合を入れたところで、背後に立つランディに気が付いた。
「ちょっと、何ボーっとしてるのよ! 手伝ってくれるなら動いてちょうだい!」
「あ、ああ……」
生気を抜かれたようなランディの背を押し、リアノーラは再び戦場へと戻った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
反乱、反乱、とみんな言っていますが、どちらかというと暴動に近い感覚で私は書いています。
前にも何度か書きましたが、リアの戦闘スタイルはルール適用の模擬戦と相性が悪いです。リアが強いのは魔術のおかげですからね。どちらかというと、実戦向きの人です。




