アルビオンのレガリア2
アルヴィンは宝物庫を出てさっさと歩いて行ってしまった娘を速足で追いかけた。
「リア!」
前の方を行く2人目の娘に呼びかけると、銀に近い亜麻色の髪を振ってリアノーラは振り返った。
「あ、お父様。どうかした?」
立ち止ったリアノーラに追いつくと、今度は2人で歩き出す。歩きながら、アルヴィンは核心をつく。
「リア、何に気が付いた」
「何の話?」
リアノーラは表情を変えずにそう切り返した。動揺のかけらもなかった。変なところだけアルヴィンに似てしまったようだ。その険しい表情は、どこか自分に似ていた。
「宝珠の台座を見たとき。お前の表情が変わった」
「……さすがはお父様、ね」
リアノーラは肩をすくめて言った。アルヴィンは宰相の執務室の扉を開けて、「入れ」とだけ言った。リアノーラはおとなしく入ったが、入るなり盗聴防止用の結界を張り始めた。アルヴィンはちょっと呆れた。何もそこまで徹底しなくても。
「……紅茶でいいか」
「うん。あ、私がやろうか」
何事もなかったかのように明るく言うリアノーラに紅茶を任せ、アルヴィンは書類を引き寄せた。それに目を通しながら、もう一度尋ねる。
「それで。何に気が付いたんだ」
ティーポットとティーカップを運んできたリアノーラに尋ねる。リアノーラは紅茶の加減を見ながらさらりと言った。
「盗まれたっていう宝珠は、偽物だったんじゃないかしら」
「………は?」
アルヴィンは自分の娘の顔を眺めて間抜けな声を出した。リアノーラはそれを聞いてふっと笑う。
「お父様のそんな声、初めて聴いたかも」
「茶化すな。偽物って、どういうことだ」
「はいはい。どーぞ」
リアノーラが差し出した紅茶をありがたく受け取った。リアノーラもアルヴィンの向かい側に座る。自分で入れた紅茶に口をつけた。
「うん。我ながらなかなか」
リアノーラはカップを置くと、静かに話し始めた。
「レガリアはさ。普段は厳重に管理されてて、人目に触れることはほとんどない。あるとしたら、戴冠式の時くらいよね」
「そうだな」
アルヴィンもうなずいた。アルヴィンはウィリアム3世とチャールズ4世の戴冠式を見ているが、それ以外でレガリアを見たことは、宰相になってから宝物庫の見回りでしかない。
「だとしたら、偽物と入れ替えられていても、だれも気が付かないんじゃない?」
「……それはそうだが」
確かに、宝珠を記憶するほどよく見ている人はいないのだから、リアノーラの言うことは理解できる。ありえないと断言することはできない。しかし。
「誰が、いつ、何のためにそんなことをしたんだ」
宝珠を盗んでどうする。盗むなら王冠を盗め。リアノーラではないが、やるならすべて盗んだ方がいいのかもしれない。
「まあ、もちろん私の想像だけど。ほら、即位のときってレガリアが3ついるでしょう。レガリアって王位を表しているから、それを持って王位継承とみなすって聞いたことがあるんだけど」
「ああ。おおむねその通りだな」
どうも、リアノーラの知識は偏っているような気がするアルヴィンだった。興味がないことは頭に入らないのかもしれない。
「つまり、ひとつが偽物なら、その即位は成立しないものとしてみなされるんじゃないの?」
リアノーラの言葉に、アルヴィンはそうかもしれない、と思った。突拍子もない考えだが、ありえなくはない。ひとつが偽物なら、即位は成立したとは言えないかもしれない。アルヴィンは口元を手で覆った。
「だが……だとしたら、チャールズ4世の即位は成立していないことになる」
「私はおじい様……つまり、ウィリアム3世の時にはすでに偽物だったのだと思うわ」
思うわ、という割にリアノーラは自信ありげだった。さらに彼女の話は続く。
「入れ替わったのだとしたら、やっぱり」
「ベアトリス2世の時代か。あの方は最後にして最強の魔法剣士だったというからな」
アルヴィンにとって、ベアトリス2世は物心ついたころのアルビオンの女王だった。すでに老齢であったし、アルヴィンも伝え聞いたことしかないが、ベアトリス2世は確実に、アルビオン史上五指には入る魔法剣士だという話だった。どちらかというと、アルヴィンにとっては為政者という印象の方が強かったが。
ベアトリス2世の時代から、魔法的要素は急激に低下する。これは科学大戦の影響であると言われているが、とにかく、ベアトリス2世は近現代において最後にして最強の魔術師なのである。おそらく、魔術師としてリアノーラはベアトリス2世に勝てないし、アルヴィンも剣士として彼女には勝てないのだろうと思う。
「たぶん、ベアトリス2世だけが偽物であることに気が付いたのじゃないかしら。言ってはなんだけど、ウィリアム3世にはほとんど魔力がなかったもの」
最強の魔術師であったベアトリス2世の子にしては、ウィリアム3世は魔力が少なかった。もちろん、アルヴィンよりは多いが、母親には及ぶべくもなかっただろう。
「……仮に、ベアトリス2世の時代に入れ替わったとして、だれがそんなことをするんだ? 確かに、レガリアが偽物なら、それを理由に国王を糾弾できる。しかし、普通、考えたとしてもやるか? ウィリアム3世もチャールズ4世も治世に乱れはない。そもそも、今のアルビオンは立憲君主制だぞ。というか、ベアトリス2世の目の前でレガリアを盗もうとする神経がわからん」
アルヴィンは一気に言った。すると、さしものリアノーラもどこか戸惑った表情になる。少し言い過ぎたか。いくら聡明で超然としていても、リアノーラはまだ16歳の少女なのだ。アルヴィンとは人生経験の差がある。それでも、リアノーラは頑張った。
「……えっと……ベアトリス2世の時代に盗まれたっているのは、確証がないから、保留ね。まあ、盗まれたっていうなら、王位簒奪をたくらんでる人が有力候補になるでしょうけど……そんなこと考える人の神経はわからないわ」
「………」
アルヴィンと同じことを言って、リアノーラはカップに残っていた紅茶を飲み干した。そして、今度はミルクティーを入れた。
リアノーラという少女は、実は奥が深い。権力は望まず、王族でありながら王になりたいと思ったことはないだろう。まあ、これはアルヴィンの家族である王族全員に当てはまることではあるが。
一見、リアノーラはさばさばした少女である。にっこり笑って言いたいことを言い、サディストといわれるほどのあっさりっぷりである。しかし、それは自分の内面を隠すための演出であるし、同時に彼女の本来の姿であるとも思う。
もともと、リアノーラは控えめで優しい少女だ。無欲で自分に自信がなくて、いつもユーフェミアについて回っていた。たぶん、姉のユーフェミアが優秀だったからだと思う。今も昔も、リアノーラは自分の取り柄は魔術しかないと言っている。これは本人から直接聞いた。
まあ、リアノーラは間違っても王になりたいとは思わないだろうな。性格は指揮官向きだと思うが、これも本人の意思次第か。たぶん、アルヴィンに似たのだろう。
「……王位簒奪をたくらんでいると言ったら、お前か?」
少なくとも元老院ではそういうことになっているようだ。表面の彼女しか知らないものから見たら、そういう結論が出るのは仕方がないのかもしれないが、ばかばかしいにもほどがある意見である。当の元老院議員の中にも鼻で笑うものがいるらしい。
以前にも言ったことを尋ねると、リアノーラは苦笑を浮かべた。
「そう思いたいならそういうことにしておいてもいいけど、私ならレガリアをすべて盗んでいくわ。……って、いったわね」
それは先ほど聞いた。そして、アルヴィンも先ほどと同じことを言う。
「本当にやったら領地に軟禁だぞ」
「了解」
リアノーラがやらないとわかっているから軽々しく言える言葉だった。
ちなみに、フェアファンクス公爵家領地は内陸のかなり広い土地だ。ロザリカから見て北東に位置するマクファーレン州に存在する。ここしばらく帰っていないが、土地の管理などは一応アルヴィンが行っている。アルヴィンの父、ゲイブリエルが住んでいるのもこの領地だ。
フェアファンクス家の領地は、公爵家であり王族傍流であることを考えても、広かった。それもそのはずである。一般には知られていないが、フェアファンクス家の領地には元からの公爵家の領地と、没落した貴族の官吏されなくなった土地を5つ持っていた。つまり、貴族の位も全部で6つもっていることになる。アルヴィンはその中の3つをそれぞれ子供たちに与え、彼らに管理させていた。
「やっぱり、クーデターたくらんでるって言ったら、某シェフィールド大公じゃないの」
シェフィールドは王都のあるラングフォード、セレストが治めるベイリアルに並ぶ地域を指す。治めるのはやはり大公だ。現在の大公はチャールズ4世のいとこにあたる。ウィリアム3世のすぐ下の妹が、当時のシェフィールド大公に嫁いだのだ。
「某とか言いつつ、名指ししているな。まあ、すぐに、わかる」
夏にはシェフィールドへ行く。その時に、おのずとわかるはずだ。
「結局、どうやって盗んでいったかはわからないわね」
「何か考えはないのか?」
「侵入しようと思ったこと、ないからなぁ……もしもあれならいろいろ試してみてもいいけど」
リアノーラはミルクティーを一口飲んでから言葉をつづけた。
「でも、侵入には魔法を使っていないと思うの。転移魔法陣っていうのもあるけど、それは移動先に魔法陣がないと使えないもの。そもそも、転移魔法を使える魔術師は、そうそういないと思うわ」
確かに、そうそういては困る。リアノーラにつかえないなら、現在存在する魔術師のほとんどは転移魔法を使えないのだろうと思う。なまじ、自分の魔力が低いので、アルヴィンの魔術の知識はかなり偏っている。
「そもそも、転移できたと思っても結界に引っかかって弾き飛ばされるわね」
「……魔法はすごいな」
アルヴィンはしみじみといった。リアノーラは整った顔にはかなげな笑みを浮かべて言った。
「……そうね。でも、私は怖いわ。魔法という概念が薄くなったこの世界で、強力な魔力を持っているという事実が」
リアノーラは自分の取り柄は魔術しかない、という一方で、自分の力を怖がっている。それは、何となくわかる気がした。自分は、周りとは違うのだと、自分自身の力に言われている気がするのだ。
アルヴィンは手を伸ばしてリアノーラの頭を手荒くなでた。
「何があっても、お前はお前だ」
「……うん」
リアノーラはしおらしくうなずき、アルヴィンはほっとした。
「あ、そうだ、お父様」
「ん?」
先ほどまでしょんぼりとしていたとは思えないほどいい笑顔で、リアノーラは言った。
「あのね。王宮図書館の使用許可が欲しいんだけど」
アルヴィンは沈黙した。何故か裏切られたような感じがするが、リアノーラは何もしていない。アルヴィンが勝手にそう感じているだけだ。この切り替えの早さは称賛に値する。
「……いいが、何を調べるんだ?」
数か月前も、リアノーラに王宮図書館の使用許可を出した。その時は、アルヴィンにかけられた呪いを解くために魔導書を読み漁っていた。だいぶ焚書にあっているため、調べるのが大変だったのだとのちに言っていた。さて。今回は何をするつもりなのだ。
「今度は歴史よ。ベアトリス2世のあたりを調べたいわ。あと、300年前の魔法大戦のあたりかしら」
ベアトリス2世はともかく、先ほどの話に触れなかった魔法大戦のことを調べてどうするのだろうか。
「まあ、お前が言うなら意味があるんだろうが……使用許可は出すが、あまり無理はするなよ」
「ありがと。お父様大好き」
調子のいいことを言うリアノーラが、いつか倒れないか心配だ。ユーフェミアのように体が弱くて倒れるのではなく、過労と心労で倒れそうな彼女であった。若いのに、大変である。
「あと、歴史を調べるならアルビオン大学図書館に行ってみるといいぞ」
「は? 大学図書館?」
王立アルビオン大学はアルヴィンの母校でもある。おそらく、リアノーラもこの大学に進学する気だろう。ナイツ・オブ・ラウンドのユリシーズはここの大学院までの卒業生だし、同じくナイツ・オブ・ラウンドのエドワードはまだここの学生だ。
アルビオン大学はリアノーラの通うフェナ・スクールの上の学校になる。つまり、アルビオン中の知識人が集まっており、大量の書物がその図書館には収容されている。魔導書のような際物ではなく、歴史書のような通常ものなら、アルビオン大学図書館の方が詳しい可能性がある。少なくとも、論文は大学図書館の方が多いだろう。
「ああ。博士たちが書いた論文も納められてるはずだからな。まあ、試しに行ってみるといい」
「わかったわ。あの大学図書館は誰でも入れたはずよね」
「ああ。お前なら身分証明だけで入れるだろう」
何しろ、リアノーラには立派な肩書がいくつもあるのだから。
「リア。今日は帰るか?」
「ええ。ユフィが帰れないでしょ。代わりに帰るつもり。ちなみに、明日は非番ね」
リアノーラがさらっと言って立ち上がった。アルヴィンは娘を見上げて言う。
「私は今日は帰れない。ディアナとクリスに言っておいてくれ」
「了解」
リアノーラはちょこっとウィンクをして、執務室から出て行った。
彼女はなんでもないように言ったが、アルヴィンが家族よりも仕事を優先しているのは目に見えていた。彼は小さくつぶやく。
「今度、旅行にでも行くべきだろうか」
やっぱり、アルヴィンはどこかずれている。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
やはり、リアとアルの組み合わせは書きやすいです。そのため、よくこの組み合わせで出してしまいます。ツッコミが不在という恐ろしい状況でもありますね。2人とも、適度にぼけてる。




