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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
22/77

気になること

今回は常識人祥子にちょっとした事件の影が(笑)

後半は眠いリアです。

 月が替わり、12月になった。陽が出ている時間は減り、朝夕はぐっと冷え込む。

 10月から続いているアルビオン王都ロザリカを震撼させている連続殺人事件の最新事件が起きたのはつい最近だ。リアノーラにこっそり聞いたところ、4人目、改め5人目の被害者は娼婦で魔法陣の上に「luxuria」と書かれていたらしい。例によって7つの大罪のひとつで、色欲を表す。今回はそのまんまだった。

 とまあ、いろいろあったのだが、祥子は最近、それどころではなかった。冬になると日の入りが早くなる。学校から帰るころにはすでに外は真っ暗。街灯はついているし、出歩く人も多いのだが、祥子は感じていた。


 つけられてる。


 いつのころからかはわからないが、祥子はそう感じるようになっていた。つまり、祥子が違和感を覚えるほど長い間、ついてきているのである。だから、祥子は学校が終わるとまっすぐ家に帰るようになった。

 祥子は、リアノーラやベアトリックスのように剣がつかえるわけではないし、アレクシアのように魔女でもない。仲良し4人組の中で、最も非力だということは自覚していた。自分で自分の身が守れない以上、ナイツ・オブ・ラウンドであるリアノーラ、せめてナイツ・オブ・ラウンドの妹であるベアトリックスに相談すべきなのだろう。わかってはいる。

 祥子は、リアノーラが魔術を込めた護身用の魔導具を持ち歩いている。いわく、気休め程度でしかないらしいが、祥子には十分の威力だ。そのリアノーラは、祥子の隣の席で突っ伏している。お昼を食べるよりも寝たいらしい。リアノーラは最近、昼夜が逆転している。


「祥子、どうかしたのか?」


 ベアトリックスが尋ねた。彼女は、騎士を目指しているためか顔色を読むのがうまい。もしくは兄弟が多いからかもしれない。

「何でもないわ。どうして?」

「いや、最近まっすぐ家に帰ってるだろ。いつも本屋で立ち読みしてたのに」

 ……よく見ている。本は好きだが、お小遣いに限りがあるため、立ち読みになる。それも最近、していなかった。できるだけ人の多い間に帰るためだ。

「……リアは気づいてないけど、最近、祥子に変な気配がまとわりついてる。10日くらい前からかな……だんだん強くなってるわ」

 アレクシアが言った。お人形のようにかわいいアレクシアに言われ、祥子はちょっと顔をひきつらせた。

 アレクシアの魔術は大火力で、それ以外は向いていないという。それなのに気付いたということは、相当気配が大きいのだ。こういうのはリアノーラの方が敏感なはずだが、彼女はそこまで気が回る状況ではなかった。

「やっぱり何でもないのか?」

 ベアトリックスに追い打ちをかけられ、祥子は苦々しそうに言う。

「……ちょっとストーカー被害にあってるだけ」

「何ィ!?」

「どうして言わないの?」

 ベアトリックスとアレクシアが心配そうに言う。だから言いたくなかったのだ、と祥子は思う。心配させるから。しかも、今は状況が状況だ。ちらりとリアノーラを見るが、気付かず眠っていた。

「付け回されてるだけよ。ちょっと怖いけど、大丈夫よ」

「……これから、家まで送っていこうか?」

 正直、魅力的な提案であった。このままでは、祥子の精神が参ってしまう。

「……いいわよ。家、反対方面じゃない」

 断ろうとすると、ベアトリックスが不愉快そうに眉をひそめた。

「それがなんだ。友達の危機を放っておけるほど、私は薄情じゃないぞ」

「相手が魔術師だったら意味ないわ」

「じゃあ、あたしも行くよ。それなら大丈夫でしょ」

 確かに、アレクシアもいれば普通の相手、魔術師、どちらにでも対応できるけど! そう考えると、リアノーラは1人でこの2人分をこなしていることに……って、今はそこではない。

 祥子が思い悩んでいると、背後からぼそりと声が聞こえた。

「送っていってもらった方がいいぞ。いま、リアはいっぱいいっぱいだからな。この上、お前に何かあったらそれこそ発狂する」

 ちら、と背後を見ると、プラチナブロンドの三つ編みと、整った顔立ち、さらに野暮な眼鏡が見えた。リアノーラの姉のユーフェミアである。どうやら、学校に出てきていたらしい。

「治安維持に軍が出ているとはいえ、王都全体を見まわれるわけじゃねぇからな。危険は減らしたほうがいい。誘拐されるにしても、3人一緒の方がいろいろやりやすい」

 何かすごいことを言われた気がするが、ユーフェミアなりの助言なのだと思う。祥子はベアトリックスに向き直った。

「……っとー。じゃあ、お願いします……」

「任された」

 ベアトリックスがぽん、と胸元をたたく。それでいい、という風にユーフェミアがうなずいた。

「それで……ユフィさんは何しに」

「ユフィでいい。リアに伝言。エドワードから。放課後、校門前に来てくれ。連れて行きたい場所がある。よろしく」

 ユーフェミアは伝言を託すと、そのまま行ってしまった。言いたいことだけ言って去っていく。こういうところは、ユーフェミアとリアノーラは似ている。やはり姉妹だなぁと思う。

 似ているといってもよく見ると顔立ちは似ていないと思う。ユーフェミアははっきりと母親のディアナに似ているし、リアノーラはどちらかというと父親のアルヴィンに似ている。性格はリアノーラのほうがディアナに似ている気がするが、根本的なところを見ると、リアノーラはアルヴィンに似ているのだろうと思う。

 まあ、どっちでもいいけど。

 しかし、そのことでリアノーラが苦労していることも事実だと思う。

「連れて行きたいところって、どこだろうな」

 ベアトリックスがにやにやする。チャールズ4世の即位5周年式典の一件で、祥子たちはユーフェミアともエドワードともすっかり顔なじみである。ユーフェミアとユリシーズの仲が怪しいのも聞いている。2人とも表情を見せないので、2人の妹は読みあぐねているらしい。

「……うーん。変なところじゃないと思うよ。今のリアを遊びに連れて行ったら、エドワードさんが殺される気がするもの」

「あー、それいえてる」

 祥子はアレクシアに同意し、グラスの中の水を飲み干す。

 リアノーラはエドワードに遠慮がない。エドワードとも親しくなって初めて気づいたが、リアノーラのサディストっぷりは、敵以外だと主にエドワードに向かって発揮されている。それが、子供が好きな子をいじめるように、恋情の裏返しだと、リアノーラは気づいているだろうか。

 自分が殴ったりけったりしている割には、リアノーラはエドワードが傷ついたら泣くのだろう。リアノーラはポーカーフェイスだが、感情の起伏が激しい。

 それはともかく、いまはリアノーラを起こさなくては。伝言するどころか、午後の授業に間に合わなくなってしまう。次の時間は、祥子とリアノーラは同じ授業である。それに、さすがに何か腹に入れないとまずいだろう。祥子はリアノーラの肩を容赦なく揺さぶった。

「リアー。起きて。授業行くわよ。その前になんか食べて」

 リアノーラがピクリとした。さすがはナイツ・オブ・ラウンド。目覚めがいい。身を起こすと、額に手を当てる。

「あ~。ねむ……」

「……あんた、いったいどんだけ寝てないの」

 リアノーラはその問いには答えなかった。彼女はいつも寝不足である。以前は3徹が最長記録だったが、更新されたのかも知れない。

「まあまあ。はい、食べて」

 アレクシアがリアノーラにスープを差し出す。腹が膨れるようなものではないが、食べないよりはましだろう。さらに、ベアトリックスが食パンを差し出す。

「まあ、これも食べろ」

 ベアトリックス、空気を読んでいる。パンなら、スープに浸せば食べやすい。

 リアノーラは無言でその2つを受け取ると、パンをちぎってスープに浸し、口に入れた。腹が減っていないわけではないらしい。祥子はちらりと時計を見て、授業開始までの時間を確認する。

 いま言伝を言ってもいいが、たぶん、耳に入らない気がするので、もう少しリアノーラの頭が覚醒してから言うことにしよう。



* + 〇 + *



 放課後、リアノーラはあくびを噛み殺しながら校舎を出た。祥子とアレクシア、ベアトリックスも一緒である。


「授業中ずっと寝てたくせに、まだ眠いわけ」


 祥子が呆れた口調で言った。だって、眠いもんは眠い。ナイツ・オブ・ラウンドをやるにはちょっと体力が足りなかったのかもしれないな……とリアノーラは最近思う。彼女の基準は己の父で、その父がちょっと常識から外れているのだが、リアノーラはその常識はずれが当然過ぎて気づいていない。

「断続的な睡眠をとっても仕方ないだろ。むしろ、寝られるなら永眠してもいいくらいだ」

「縁起でもないことを言うな」

 ベアトリックスが思いっきりリアノーラの頭をはたく。

「あ、ちょっと目が覚めた」

 リアノーラは頭をさすりながら言った。ベアトリックスは容赦なくはたいてくれた。いつもなら馬鹿になったらどうするんだ、というところだが、今回は感謝しておこう。

「お。おーい。リア」

 声をかけられてそちらを見ると、校門のあたりでエドワードが手を振っている。女生徒に囲まれているが、頭ひとつ飛びぬけてでかいので顔が見えた。まあ、彼も美形なので女生徒に絡まれるのはわかる。ちょっと気に食わないけど。

 エドワードもリアノーラと同じく徹夜連続4日目のはずだが、疲れた様子を見せない。くそっ。憎らしい男の体力!

「ベリティ、アレク、祥子もこんにちは」

「こんにちはー」

 ベアトリックスたちは元気にあいさつするが、リアノーラはもうひとつ、あくびを噛み殺してから言った。

「……で。私はどこに連れてかれるの?」

 おそらく、リアノーラも眠くなかったのならこんなにきわどい発言をしなかったはずだ。エドワードが少し笑みをひきつらせた。

「……俺の大学の医学部キャンパスだよ。じゃあ、ベリティたちも気を付けて帰れよ」

「はーい」

 祥子が間延びした声でうなずき、手を振った。リアノーラはエドワードに手首をつかまれ、引きずられるようにして歩く。

「……お前、大丈夫か?」

 エドワードが心配そうに言う。リアノーラは首を左右に振る。

「……眠い」

「お前、どんだけ眠いの?」

 エドワードにも祥子と同じことを言われた……。リアノーラは目を数度しばたたかせて、頭を振る。駄目だ、眠い。

「抱えていくか?」

 提案されて、リアノーラはうなずきかけるが、自制心が首を左右に振らせる。この時間だと、もう暗い。エドワードに抱えて歩かれたら、彼が誘拐犯に間違われるか、酔っ払いか、そういう深い関係の人と間違われる。

 エドワードに手を引かれて、言われたとおり医学部キャンパスにたどり着いた。まだ高等部で数学を専攻しているリアノーラには縁のないキャンパスである。

 入るのは初めてだ。リアノーラは入口で手続きをする。大学生のエドワードはすんなり入れるのだが、高等部の生徒であるリアノーラは生徒証明書の提示と名前の登録が必要だった。たぶん、ナイツ・オブ・ラウンドの身分証を見せればすんなり通れたのだと思う。こういう時は、王位継承権第6位だとか、公爵家の令嬢であるとかいうよりもナイツ・オブ・ラウンドであることの方が便利だと思う。

「こっちだ」

 エドワードがリアノーラを連れて、広い校舎を歩く。フェナ・スクール系列の学校は基本的に王都内の屋敷を買い取って改装されたものが多いのだが、医学部だけは違う。新たに建てられた校舎で、病院に隣接していた。まあ、医学部なんて、どこもそんなもんである。

 エドワードは研究室のひとつの前に立つと、両開きの扉を開いた。

「おう、来たかエド。遅かったなぁ」

「こいつは高等部の生徒だからな。悪いな、カーティス」

「いいって。で、その子がお前の彼女?」

「なんでそうなるんだよ」

 茶髪の青年にエドワードがつっこむ。リアノーラは相手が知らない人なので、とりあえず今のところ黙っておく。相手が敵や悪人や性格に難がない限り、リアノーラのサディストっぷりは発揮されない。これでも礼儀はわきまえているつもりである。

「リア、友人のカーティス=カルデン。カーティス、同僚のリアノーラ=フェアファンクスだ」

「初めまして」

 今は制服のスカートなので、リアノーラはスカートをつまみ貴族女性の礼を取る。カーティスも「はじめまして」とほほ笑む。

「ナイツ・オブ・ラウンドだっつーからごついの想像してたけど、かわいい子だな~」

「こいつは剣士というより魔女だからな。だが、たぶん魔法なしでもお前より強いぞ」

「おお、さすがはアルヴィン様の娘さん」

 リアノーラが強いのはアルヴィンが強いから当たり前だと思われているようだが、そんなわけないだろ。ここに来るまでにどれだけ苦労したと思っている。リアノーラは一瞬不快な表情をしたが、すぐに表情を改めた。エドワードを見上げる。


「それで、私は何しに連れてこられたのかしら」

「って、エド、話してなかったのかよ」


 カーティスにつっこまれ、エドワードは顔をしかめた。

「連れてくることを優先したからな。カーティス、例のものは?」

「今、友達が取りに行ってる。ついでに。ちょっと調べといた」

「助かる」

 不可思議な会話に、リアノーラは首を傾ける。まあ座って、と言われ、リアノーラは椅子を引いて腰かける。出された暖かいカフェオレを飲む。

「戻りましたよ~って、ああ、もう来てたんだ。ちょっと遅かったか……」

 入ってきたのは分厚いレンズの眼鏡をかけた青年だった。カーティスの同級生らしい。ちなみにカーティスはエドワードの幼馴染という話だ。

 見た目普通な眼鏡の青年は、何やら分厚い本を抱えていた。古い文字で書かれた背表紙の題にさっと目を通す。


「……錬金術?」


 つぶやくと、青年が驚いた表情になる。

「よく知ってますね。っていうか、この子、だれです?」

 それはこちらも同じである。カーティスの同級生だとは思うけど。そのカーティスはにやりとする。

「口のきき方に気を付けたほうがいいぜ、オズワルド。彼女はエドワードの同僚だ」

「エドワードの……ってことはナイツ・オブ・ラウンド!? こんなにかわいいのに!」

 黙って澄ましていれば、人畜無害と言われるリアノーラである。彼の評価は不自然ではないと言えよう。こんなにはっきり言う人も初めてだが。

「そ。リアノーラ=フェアファンクス卿。リアノーラちゃん、こいつは俺と同じ医学部生のオズワルド=バクスター。我が学部の最優秀生徒だ」

「カーティス、言い過ぎだって……その、よろしく、リアノーラさん。オズワルドです」

「初めまして。リアノーラと申します」

 リアノーラは立ち上がり、もう一度スカートをつまんだお辞儀をする。にこっと笑うとオズワルドが赤面した。罪づくりなやつ、とエドワードがつぶやくが、無視。

「それで、医学部に何が……」

「それだ」

 とエドワードがオズワルドが持ってきた本を指さす。オズワルドが猛烈な勢いで本のページをめくっている。

「……あの魔法陣、もしかして魔法陣じゃなくて錬成陣だったとでも?」

 リアノーラにも錬成陣と魔法陣の区別ぐらいつくぞ。というか、むしろ専門と言ってもいい。それ以前にあの魔法陣は偽物だ。

「それが俺たちにわかるはずないだろ。とにかく、見てほしいだけだ」

 エドワードが素っ気なく言う。何となく気に食わないが、リアノーラはおとなしく待った。

「あ、これだっけ?」

「うん。それそれ」

 オズワルドの手が止まったページを覗き込み、カーティスがうなずいた。オズワルドがリアノーラの方に本を向ける。

「これ、結構昔の本なんだけど……ここに載ってるのが当時の再生医療の魔法陣……だと思う」

 リアノーラは目を細めて本に描かれた図柄を見た。確かに、エドワードがリアノーラを連れてきた理由がわかった。

「……再生医療じゃないわ。人体を作る錬成陣……人造人間、ホムンクルスを作る錬成陣だわ。一見、それとはわからないけど」

 見てすぐにわかる者なら、残っているはずがない。魔術に関する本すら焚書で失われているのに。ぱらぱらとめくってみると、巧妙に隠してあるが、人体実験に関する本だった。そういう記録は、医療につかえるので残っていてもおかしくはないのだが……。

「とにかく、何かを生成するための方法だと思う……。よくは、わからないけど……参考にはなった」

 リアノーラは医学部キャンパスを出て帰路についた。帰路といっても、向かうのは宮殿だが。夜も更けており、人通りもまばらだ。おなかもすいてくる。

「ていうか、あの魔法陣は偽物だって、私、エドに言わなかったっけ?」

 並んで歩くエドワードを見上げ、リアノーラは言った。背丈に差があるので歩幅がかなり違うのだが、エドワードはさりげなくリアノーラに歩幅を合わせてくれる。

「聞いたよ。そっちじゃなくてだな」

「はあ?」

「お前、オズワルドをどう思った?」

「……」

 リアノーラは無言でエドワードをにらんだ。唐突に何を言い出すか、こいつは。

「……どう、とは?」

 何とか落ち着いて聞き返すと、エドワードはほっとしたように言った。

「俺は法学部だからよくわかんねぇんだけど、カーティスによるとオズワルドの様子がおかしいらしい」

「ほう。恋でもしたか?」

「違うらしい。図書館でいつも古書を読んでいるそうだ」

「それのどこがおかしいの?」

 純粋に尋ねると、エドワードは苦笑した。

「リア。医術をかじってるお前ならわかるだろ。あの2人は医学部だ。医学の古書は魔術書の一種だって言ってたのは、おまえだろ」

「ああ……」

 魔術師であるリアノーラにとって、古書を読むのは自然なことだ。だから、それが変であると気付かなかった。

「……あのオズワルドって人が、魔術に傾倒しているとでも?」

「そこまではいわねぇけど、突然どうしたんだろうなって話」

「……」

 リアノーラは無言でオズワルドという人を思い出してみる。姉のユーフェミアと違って、リアノーラは顔を覚えられる方だ。まず思い出したのはレンズの厚いメガネ。普通に頭のよさそうな青年だったと思う。特に変な感じはしなかった。

「……勘違いしてるなら申し上げますけど、私、カウンセラーじゃないのよ」

「わかってるつもりだよ。ただ、こんなこと頼める魔術師の知り合いって、お前くらいだからさ。疲れてるのに、悪かったな」

 エドワードがリアノーラの頭を撫でた。リアノーラはむっと頬を膨らませながら髪を整え直す。

「……あのオズワルドって人、魔術は使えないと思うわ。魔力がないもの」

 魔力がなくても魔術が使えるのが魔法陣だが、魔法陣だって正しく描かないと発動しない。風で揺れる髪を抑え、リアノーラはエドワードを見上げた。じーっと彼の端正な顔を見上げる。彼がにわかにうろたえる。

「なんだ?」

 リアノーラはエドワードを見つめたまま、言った。


「前にも言ったけど、エド、私に聞けば魔術のことは何でも分かると思ってるでしょ。わかるわけないでしょ」


「いたたたたっ。つねるなよ!」

 手の甲を思いっきりつねられたエドワードはリアノーラの手を振り払うと、そのまま手をつないだ。手をふさいでしまえば何もできないからだ。リアノーラはひとつため息をつく。

「このご時世、魔術師がいることの方がおかしいのよ」

「お前、今、自分のこと否定しなかったか?」

「気のせいじゃないの?」

 リアノーラはしれっと言った。


「でも、たまに思うことはあるわ。私も、みんなと同じように魔術の使えない人だったらどうだっただろうって」


 リアノーラが魔術を習ったのは、自分に適性があったからだけではない。かといって、ユーフェミアを治すためでもない。もともと、リアノーラと治癒術は相性が悪いため、姉を完治させるのは不可能だ。

 リアノーラは魔術を習うのは、自分の身を守るために過ぎなかった。5年前に誘拐されたとき、リアノーラはほとんど魔術が使えなかった。もし当時、今と同じくらい魔術が使えたら、リアノーラは自力で逃げることができただろう。しかし、当時のリアノーラが使えた魔術といえば、苦手な治癒術くらいだった。そう、リアノーラは魔術から自分を守るために魔術を習い始めた。

 すでに、魔術はリアノーラの体の一部だ。これがなければリアノーラはリアノーラではない。たいていの人はそう見ているだろうし、リアノーラ自身もそう思っていた。


「まあ、魔術があってもなくても、お前はお前だよ」


 リアノーラは数度目をしばたたかせた。少し間をおいて「あははは」と笑った。

「エドはいい人だよね。優しいよねぇ」

「突然なんだ?」

 突然の褒め殺しにエドワードは困惑したように言う。リアノーラは微笑んだまま、エドワードの手を握りしめた。

「エド、エド。おなか減った」

「あー、はいはい。宮殿に行く前になんかつまんでく?」

「うん」

 なんだかんだで優しいエドワードに、リアノーラは結局甘えてしまうのだ。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

ここでのことが、ちょっとは事件に絡むはず。その予定です。プロットから逸脱しまくりで……(涙)いや、私のせいなんですけど。

リアには悩みが尽きませんね……。5年前のこともまとめなくては。

そして私が書くと残念感が増す男性陣……。

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