父と下の娘の関係
今回はひたすらアルヴィンとリアです。アルヴィン視点で、会話してるだけです。今回は少し短めです。いつもが長すぎるんですけどね……。
「お父様」
宰相の執務室に入ってきた下の娘を見て、アルヴィンは見ていた資料を机に放りだし、まず指摘した。
「ノックくらいしろ」
チャールズ4世も勝手に人の執務室に入ってくるような人だ。こういうところを見ると、リアノーラは確かに彼と血がつながっているのだなと思う。注意してもケロッとしているリアノーラに、アルヴィンはため息をついて頭を切り替えた。
「遅かったな。大丈夫だったか?」
尋ねると、銀に近い亜麻色の髪をしたナイツ・オブ・ラウンドの制服を着た娘は不敵に笑った。
「見ての通りよ。私とユフィを同時に襲おうなんて奴、そうそういないでしょ」
「……お前のその自信はいったいどこから生まれるんだろうな。というか、ユフィが一緒だったのか?」
アルヴィンは娘の自信満々な態度に少し呆れた。これがなければ普通の美少女なのだが。アルヴィンに似ているといわれることの方が多いリアノーラだが、彼女はお嬢様顔だ。まあ、アルヴィンも顔立ちが整っている方ではある。リアノーラは革張りの椅子を一脚引っ張ってきてアルヴィンの向かい側に座った。
「まあね。エントランスで別れたわ。明日の朝、様子を見に行く。体調はよさそうだったけど」
リアノーラはシスコンとも言えるほどユーフェミアを気にかけている。それはユーフェミアが病弱であることが大きいだろう。実際、ユーフェミアはリアノーラがいなければ、こうして出歩くこともできない体だったはずなのだ。
「で、捜査資料は?」
リアノーラはにこっと笑ってそういった。彼女は遠慮がない。アルヴィンの妻にしてリアノーラの母であるチャールズ4世の妹姫ディアナは悪気がないところが一番悪い女性として有名である。その血をしっかり引き継いだリアノーラは、時にサディストと言われるほどの攻撃性を持っていた。しかし、時折見せる冷酷さは自分に似たのだろう、と思う。彼女は、大切なものを護るためならば犠牲をいとわない。
自分の命でさえ。アルヴィンはそれを思い知った。
アルヴィンは、5年ほど前、チャールズ4世の戴冠式の前にリアノーラとともにかどわかされたことがある。正確には連れ去られたリアノーラをアルヴィンが追跡したのだが、かどわかしたのは通称《暗黒のカネレ》と呼ばれる魔術師集団で、大陸の北に本拠地を置いているといわれている。彼らは、リアノーラの《暗黒のカネレ》参入を強要した。しかし、リアノーラはそれを覚えていない。魔術師である彼女は、自分で自分の記憶にふたをしたのだろう。普通、人を従わせるためにその子供に手を出すものだが、この場合は違った。その子供の方にうなずかせるために、親を傷つけたのである。その傷が、アルヴィンの背に残っている。
その傷は完全には治らない。アルヴィンは騎士をやめた。それでいいと思った。彼の時代は、もう終わったのだ。現に娘2人がそれぞれ国王と王太子を護っているのだから。
「これだ」
アルヴィンは投げ出した資料を差し出す。公爵でもあるアルヴィンは、貴族院への参加資格を持っている。5年前、騎士を引退したあと、選挙で宰相に選ばれた。ブレーンは優秀だし、アルヴィンでもなんとかなっている。圧倒的な支持率だった。
おそらく、アルヴィンはまだ騎士としてやっていけるだけの力を持っている。ただ、全力が出せない。それは騎士にとって忌むべきことだ。そのせいで、主君を護れなかったらどうする。
ただ、リアノーラやユーフェミアを羨むことはあるけども。
「神殿の方はどうだった?」
「さすがに痕は消えてたわねぇ。そもそも、私って透視系の能力は低いのよ」
アルヴィンは魔力がない。というか、この時代、魔術を使えるほどの魔力を持っている人の方が珍しい。かつては宮廷魔術師団だったものが、いつの間にか宮廷魔術師のみになるくらいには珍しい。その中でも、リアノーラは特に優秀な魔術師だった。
彼女なら何でもできるような気がするが、実際にはそうではない。できるだろ? と言われると、リアノーラはキレる。
「だが、索敵はしていただろう」
尋ねると、リアノーラは資料から目を上げた。
「……あのね、ユフィと同じことを言わないでくれる? 索敵と対象を詳しく調べるのは違うわよ。なんていうの、双眼鏡で見るのと、顕微鏡で見るのは違うでしょ? そんな感じ」
「なるほど」
わかるようなわからないようなたとえだ。アルヴィンはとりあえず、うなずいておいた。魔術についてはよくわからない。アルヴィンは魔力がほぼ皆無であり、魔術については門外漢だ。何となく言いたいことはわからないでもないが。
それにしても、我が娘ながら使い勝手のいい能力だ。リアノーラもそれを理解しているのだろう、積極的に手伝ってくれる。いろいろあってちょっとひねくれているが。だからと言って使いすぎると、魔力が切れて倒れるのはすでに経験済み。
「う~ん。ウェンディの言ったこと、本当だったのね……」
アルヴィンも確認したが、確かに「iva」と書かれていた。意味は憤怒。魔法陣自体は、ハロルドの体と血でほとんど見えなくなっている。
「……その魔法陣、結局なんなんだ? 誰かを呪っているのか?」
以前に聞いた時はわからん、と即答されたが、これだけ立て続けに事件が起きれば、リアノーラのことだ。何かつかんでいるだろう。そう思って、アルヴィンは尋ねた。
「……魔術師じゃなかったら知らないと思うけど、魔術と呪いは違うわ。呪いは呪術だもの。怨嗟の力が術を発動させる。魔術は魔力がもとになるの。さすがに、詳しいことはわからないけど」
リアノーラは感覚で魔術を使っている節があるのだろう。アルヴィンはそう見ていた。
「で、この魔法陣。1個目……てか、2個目か。うちの学校で事件が起こった時、召喚魔法陣みたいって言ったでしょう」
「ああ、聞いたな」
リアノーラが勝手にアルヴィンの書斎の本を調べまくってくれたのもいい思い出だ。鍵をかけておいたのだが、リアノーラには意味がなかった。いわく、魔術を使って開けているわけではないらしい。ちょっと娘の将来が心配になる父だった。
「あのね、魔術って対価がいるのよ」
「対価?」
突然違う話を始めたリアノーラに戸惑いつつ、アルヴィンは聞き返した。リアノーラは「普通、それは術者の魔力よね」と言う。
「魔術の対価は魔力であることが多いわ。だから、魔力のない人には魔術をつかえないのね」
「なるほどな」
アルヴィンは机に頬杖をついた。リアノーラも同じように反対側から机に頬杖をついた。
「でも、ほかにも対価になるものってあるわ。魔術師にとって、魔力は生命エネルギーなのよ。だから、手っ取り早く魔術を使うには、命を対価にすればいいの。実際に、召喚魔法は生贄が使われるわ」
すごいことをさらりと言われた気がするが、この際そこはスルーしようと思う。確かに、何かを呼び出すときは、何かを生贄にすることが多いらしい。それが動物であったり、人間であったりするわけだが。
「だから、今回のは召喚魔法だって見立てじゃなかったのか?」
そう尋ねると、リアノーラがずいっと身を乗り出してきた。
「それが、そうでもなかったのよ」
「は?」
どうやら、リアノーラは前言撤回するらしい。机に肩肘をついて寄りかかったまま、リアノーラは話し始めた。
「おかしいでしょ。これまでの遺体はすべて、体の一部が持ち去られているんだから!」
力を込めて、リアノーラが訴えた。アルヴィンはふむ、とばかりにうなずいた。確かにそうだ。おかしい。
「だが、それも魔術の一部ではないのか?」
「ンなわけないでしょ」
すかさず娘からのツッコミが入る。
「魔術がかかわってないと、これはただの猟奇殺人だわ。遺体の一部を持ち帰ってるから、ある種の変態でもあるかもしれないけど」
「ちなみに、魔術がかかわっていると?」
「変質的猟奇殺人」
なるほど。わが娘ながら、思わず感心してしまったアルヴィンである。というか、かかわらせたのはアルヴィンだが、16の娘の口から『猟奇殺人』だの『遺体』だのという言葉が出てくる方がおかしいのかもしれない、とちょっと思う。
「まあ、相手が変質者でも猟奇的殺人者でもどっちでもいいが、目的が不明だな。行き当たりばったりの快楽殺人者にしては目撃証言などがない。遺体の一部が消えているのも気になる」
「快楽殺人者だったら、むしろアリバイは完璧にすると思うけどね。犯人の目星すらついてない状況だもんね」
そういいながらリアノーラは捜査資料を広げていく。
「エマは両手両足の爪を、その次のフリーターは内臓を、さらに次の官吏は心臓。ハロルドは眼球がなかったわ」
「内臓を心臓は何が違うんだ?」
「そこ、深く突っ込まない」
アルヴィンも捜査資料を見ているので、リアノーラが何を言いたいかはわかる。リアノーラがフリーターと称する男は、内臓の消化器系を抜かれていた。
「というか、どうしてハロルドの眼球がなかったことがわかるんだ」
不意に思って尋ねると、リアノーラはさらりと言った。
「墓を掘り返したからに決まってるでしょ」
「ほんとにやったのか、お前は!」
「あたっ」
アルヴィンは思いっきりリアノーラの頭に手刀を入れた。思いっきりはいいと思っていたが、ここまでとは思わなかった。
確かに、調査のために騎士の共同墓地を掘り返す許可をくれと言われた。アルヴィンはまさか本当にするまいと思って軽い気持ちで許可を出したのだが、リアノーラは本当に共同墓地に納められたハロルドの遺体を暴いたらしい。この罰当たりめ!
「たたられても知らんぞ」
「ちゃんと供養はしてきたわよ。それに、思念体ごときが私に手を出すことなんて不可能ね!」
「お前の辞書に不可能という文字はないのか」
「ないわ」
アルヴィンは調子にのる娘の頭をもう一度叩いておく。リアノーラもノリで言っているだけだろうからたちが悪い。
「……まあいい」
「いいのかよ」
「やってしまったものは仕方がない。次はないと思え」
「はーい」
「そして反省しろ」
「事件が解決してから反省するわ……あ、あと、もうひとつ。それぞれの遺体の下に書かれてた魔法陣だけど、類似するものはあっても、まったく同じものがないの。私みたいにオリジナルで作ったのかなって思ったんだけど、そうじゃないみたいで」
「どういう意味だ?」
尋ねると、リアノーラは眉をひそめた。
「同じものを復元してみても、魔術が発動しないのよ」
「……お前と相性が悪いだけじゃないのか?」
「相性の悪さで不発ってことはほとんどないわね」
不思議に思ってそういうと、リアノーラは冷静に切り返してきた。
「魔術師は二つのタイプに分けられるわ」
リアノーラが指を2本立てる。
「ひとつ、先天的な魔術師。魔法陣、詠唱などの手続きを踏まなくても一定の魔術をつかえる、魔法使いって言われる人たちね。私の友人のアレクがこれだわ」
炎の魔女、アレクシア=クラインのことか。アルヴィンはとりあえずうなずいて、先を促す。
「で、ふたつ目。魔法陣や詠唱などを行って魔術を使う、後天的な魔術師。才能ではないのよ。魔力を魔術に変換してるだけだからね。私はこれにあたるわ」
水属性が得意と言いつつ、確かに器用な魔術を使うリアノーラだ。少なくとも、アルヴィンの偏見的見解よりは、魔術を使うリアノーラのほうが的を射ているだろう。
「つまり、魔法陣や呪文詠唱を使えば、魔力さえあればほとんどの人が問題なく魔術を使用できるの。魔法陣に至っては、魔力皆無の人でも使用した例があるわ。なのに、何も起こらないのはおかしいのよ」
「なるほどな……本当に魔法陣を利用したとしたが、不発だったのか、捜査をかく乱しようとしたのか……」
「4つも連続で魔法陣不発だったら、さすがに気付くわ」
「……だな」
ということは、犯人はわざと魔法陣を書き残していったのだろう。捜査かく乱のために。
「そうか……報告、ありがとうな」
「いいわよ。今に始まったことじゃないしね」
リアノーラはにこっと笑ってため息をつく父を見上げた。アルヴィンは手を伸ばし、リアノーラの頭をなでた。
「あまり根を詰めすぎるなよ」
「大丈夫よ。死にはしないわ」
だから、基準がおかしいのである。どこで育て方を間違えたのだろう。度して、変なところだけアルヴィンに似るんだ。いや、ディアナに似ても問題かもしれないが。
そう考えると、子供たちが比較的常識的なのが奇跡のように思えてくる。
「……ね、お父様」
「なんだ?」
アルヴィンが尋ね返す。何やら深刻そうにリアノーラが口を開く。
「あのね――――」
ぐーっと、リアノーラの腹の虫が鳴った。リアノーラが愕然とする。ポーカーフェイスが多いリアノーラにしては、珍しい素の表情である。アルヴィンは苦笑した。
「……夕食に行くか?」
「……行きます」
そうして、親子は宮殿内の官吏食堂に向かった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
ちょっとずれた親子の会話。いかがだったでしょうか。
リアとアルヴィンでは、《暗黒のカネレ》(笑)についての認識に少し差があります。リアを手に入れたいなら、父を殺してそのまま連れ去ればよかったんですから。このあたりの認識の差について、この後ぼちぼち書いていければいいなー、と思います。
実はこの話、プロットからかなり脱線しているので、うまくまとまるか微妙に不安なところなのです。




