リア
はじめから死体が出てきます。今回はリア特集です。
リアノーラはため息をついた。時刻は夜中。さすがに寒く、厚手のコートとマントを羽織り、手袋を身に着けている。下に着ているのはナイツ・オブ・ラウンドの制服だが、マントは宮廷魔術師の黒いマントだった。
目の前には死体。今度は刺殺だ。短剣が胸に突き刺さっている。検察官の話では即死だと思われるそうだ。被害者は中流階級の若い男で、フリーター。男の下には、やはり魔法陣が描かれている。前のものとは違う魔法陣だ。いや、大まかなところは同じだから、これも召喚術の魔法陣の一種なのだと思う。ただ、細部が違った。
「acedia……今度は怠惰、ですか」
リアノーラと並んで立っている中年の男が言った。彼は宮廷魔術師のアーサー=ブロウである。宮廷魔術師ではあるが、魔術的素養はリアノーラより低い。どちらかというと、魔力のある頭のいい科学者と言った感じだ。アルビオンに、リアノーラ以上の魔術師は存在しないのである。
「やっぱり、7つの大罪を追ってるのかしらね……だとすると、あと5回? 私、あんまり宗教に詳しくないのですけど」
リアノーラは隣のアーサーをちらりと見た。意見を求められたアーサーは苦笑する。
「私も同じです。私はリアノーラ様と同じで理系ですから」
「……まあ、そらそうですね」
リアノーラもあっさりと納得した。やはり、専門家を連れてきて講義してもらった方がいいのだろうか。付け焼刃ではどうにもならないから、いっそのこと専門家に協力してもらうという手がある。
「殺された人って、やっぱり生贄なんでしょうか」
リアノーラが尋ねた。アーサーは、リアノーラに魔術の基礎を教えてくれた人だ。魔術は、基礎を覚えれば割と独学で習得できるものだ。基礎だけは教えてもらった方がいいけど。つまり、アーサーはリアノーラの師に当たるのである。魔術師が少ない現代、頼れる人は少ない。
「私もそう考えますね。でも、何に対する生贄なんでしょうね? 体は丸ごと残ってますし」
「別に丸ごと残ってるわけじゃないみたいですよ。内臓がないですもん」
ほれ、とばかりにリアノーラは遺体をひっくり返した。仰向けになった遺体は腹のあたりが裂かれている。そこが不自然にへこんでいた。アーサーがひきつった笑みを浮かべる。
「何と言いますか……相変わらず、思い切りのいい人ですね」
「これくらいで今更動揺しません。とりあえず、今は寒いです」
リアノーラは両手で肩を抱くようにしながら、もう一度遺体を見た。そして、思い出したことがある。
「そういえば、前の被害者の遺体も、手足の詰めが剥がれていたらしいですね」
「……拷問でもされたんですかね」
うーん、とリアノーラとアーサーは悩む。しかし、リアノーラはすぐに振り払うように言った。
「ま、私たちがやることは、魔法陣の解読ですからねー。事件解決は軍警察の仕事です」
「そうですけど、気になるじゃないですか」
アーサーに言われ、リアノーラは言葉を詰まらせる。気になるからこそ、リアノーラも積極的にかかわっているのだから。
「……相手は宗教関係者なんでしょうか。昔は、宗教も魔術に関わっていたそうですが……」
矛盾している、と思う。魔術師を断罪したのは神殿側なのに。それなのに、魔術には宗教的要素が残っているのだ。
長い時の中で、それらは分裂した。今では、リアノーラやアーサーのように、宗教を知らない魔術師も多いのだ。
夜風がリアノーラの髪をなびかせる。暴れる髪を、手で押さえた。リアノーラは目を閉じて口を開いた。伸びやかな声が響く。
言葉は力。声は魔力。リアノーラの声から魔力が広がっていく。よどんだ空気が、晴れたようだった。
「相変わらず、呆れるほどの魔力ですね」
「おかげで、この世界は私には過ごしにくいです。私が、世界に適用していないのかもしれませんけど」
魔力が多いリアノーラがこの世界で暮らすには、世界の魔力が薄すぎた。アーサーはそうですね、とうなずくと彼女に手を差し出した。
「ひとまず、宮殿に戻りましょう。もう遅いですから」
「……わかりました」
リアノーラはアーサーの手を握り、宮殿に向かって歩き出した。
* + 〇 + *
エドワードがナイツ・オブ・ラウンドの事務室に戻ると、ランプを1つだけつけて、リアノーラがソファに腰かけていた。人気に気づいたリアノーラが目を上げて微笑んだ。
「お疲れ」
「お疲れ様」
疲れたような口調で言われ、エドワードは少し顔をしかめた。今回の殺人事件には魔術がかかわっている。そのため、魔術師であるリアノーラが駆り出されるのは必須だった。彼女は組んだ足の上に頬杖を突き、低いテーブルをにらんでいた。
「みんなは?」
「アンディは日直。ウェンディとエリスが見回り。フランクリンさんとユーリさんは自宅待機」
ユリシーズはともかく、騎士の宿舎に暮らしているフランクリンは、呼べばすぐこれる距離である。基本的に平民上がりの騎士侯は宮殿内の宿舎に住んでいることが多い。
「そっか……」
リアノーラは書類をにらみ、沈黙する。エドワードは手慣れた動作でマグにココアを入れると、リアノーラに差し出した。彼女は数度目をしばたたかせたが、礼を言って受け取る。自分の分も入れて、リアノーラの向かい側に座った。ふと目のあったリアノーラは、こんなことを言ってきた。
「……そういえば、フィーアとの縁談は?」
「……………破談」
尋ねられ、エドワードはちょっとしょげた。彼女がエリスとともにエドワードとソフィアを尾行していたのは知っていた。
侯爵家の子息であるエドワードは、王太子たる王女の婿としてふさわしいだけの身分を持っている。しかし、エドワードは侯爵家の跡取りだ。もともと破談になる可能性が高かった。
とはいえ、自分が思いを寄せている少女の前でデートをし、その少女に結果を聞かれるというのはかなり堪える。しかも、彼女は平然としていた。リアノーラにとって自分はなんでもないのだろうかと思うと、がっくりくるのだ。
「やっぱり」
リアノーラは即答したが、それはエドワードが侯爵家の跡取りだと知っているからだろう。エドワードは気を取り直し、リアノーラがにらんでいる書類を手に取った。
「そういえば、エドって専攻なんだっけ?」
リアノーラの専攻が数学であることは周知の事実だが、エドワードが何を勉強しているか、意外とみんな知らないのである。エドワードが言っていないからだけど。
「……俺、実は法学部なんだよな」
「……え? そうだっけ? 頭いいのねぇ」
リアノーラが目を見開いた。知らなかったようだ。現在のナイツ・オブ・ラウンドで通常の高校、大学を卒業、もしくは現在在学中の人間は、エドワードとリアノーラ、そしてユリシーズとリディアの4人だけである。エドワードは今言ったように法学、リアノーラは数学、ユリシーズは行政学、ついでに戦略法、リディアは美術を専門としている。こうしてみると、個性豊かなナイツ・オブ・ラウンドである。本当にチャールズ4世は顔で選んだのではないかという気がしてくる。
リアノーラはエドワードの手元にある資料を覗き込んだ。
「それ、なんかわかる?」
エドワードは資料に目を通す。なんかの役に立てるかと思ったが……。
「いや、すまん……」
「……だよね」
リアノーラが再びため息をつき、ココアを飲んだ。役に立てない自分が悔しい。文系の自分なら、理系のリアノーラとは違った目線で見られると思ったのだが。さっぱりわからん。宗教、魔術関係はさっぱり、門外漢だ。
ぱふっと音がしたのでそちらを見ると、リアノーラがソファに横になっていた。ただ、サファイアブルーの目はこちらを見ていた。
「魔術があったって無駄ね。だって何もわからないもの」
唐突にそんなことを言った。よくわからないのだが、リアノーラに透視能力的なものはないらしい。もっとも、そんな力があれば、リアノーラはより奇異の目で見られたことだろう。
ナイツ・オブ・ラウンドになったことは、リアノーラにとっていい方に働いたようだ。少なくとも、そう見えた。国王に選ばれた彼女を、表立って非難することができなくなったからだ。
人は自分とは違うものを受け入れられない。貴族と平民、騎士とそうでないもの、魔術師とそうでないもの。その差は歴然としていて、たぶん、完全に埋まることはないのだと思う。圧倒的少数派である魔術師は、その打撃をもろに食らっているのだ。
「……だが、お前が魔術師として生まれた理由はあると思う。まだその時が来ないだけで、いつかその理由がわかる」
少し考えてそういったエドワードに、リアノーラは少し微笑んだ。彼女の目がすっと閉じる。
「そうね……。そうだといいな……」
切実な響きを持った声にどう返したものか悩んでいると、不意にリアノーラが眠っていることに気が付いた。肩が規則的に上下している。
「………」
エドワードは目を眇めると、立ち上がってリアノーラを抱えた。そのまま仮眠室に放り込む。戻ってくると、見回りに行っていたウェンディとエリスが戻ってきていた。
「お帰り」
「うん。これ、リアのだよね?」
エリスが資料を指して言う。その隣でウェンディがあくびをした。
「ああ。今寝た」
「何もしてないでしょうね」
じろりとウェンディがエドワードをにらむ。ウェンディは従妹であるリアノーラをかわいがっている。というか、フェアファンクス公爵家の血族は、自分の身内に対して過保護だ。
「してねぇよ。そんなことしたら、俺が殺される」
……ことはないだろうが、たぶん殴られるだろうな。エドワードがそう思っていると。
「まあ、ほんとに殺されたらシャレにならないからやめた方がいいわね。叔父上、リアをかわいがってるもの」
「………」
そっちか。エドワードは沈黙した。いくら怪我の後遺症があるとはいえ、リアノーラの父アルヴィンは百戦錬磨の猛者であることに変わりはない。エドワードなど軽くひとひねりされるに違いない。エドワードはまじめなのに、エリスが薄情にも笑う。
「そろそろ何とかしないと、違う男にかっさらわれちゃうかもよ? 私とかに」
そういうことを笑顔で言うエリスは、本当に腹黒い。エリスとリアノーラが並ぶと、かなりお似合いなのは確かである。どちらかというと、人形が並んでいる感じだが。正直、2人とも顔が整いすぎていてちょっと怖い。
「……それができたら、苦労しない」
相手は性格に少々難があるとはいえ美少女だ。学校では人気だろうし、救いは、彼女の身分がやたらと高いことぐらいである。王族でもあるリアノーラは、貴族としか結婚できないだろう。たとえエリスと相思相愛になっても、平民上がりの彼と結婚するのは難しいだろう。正確には、エリスは騎士侯の位を持っているが、元の出自は平民なので、結局は一緒である。
エドワードは侯爵家の息子だ。つまり、身分的にも問題ないわけで。
頭を抱えた。
「………っ」
「おお。本気で悩んでる」
わかりやすいエドワードに、ウェンディが楽しそうに言った。エリスもくすくす笑う。
「ま、リアも大概子供だし、気長に待てばいいんじゃない?」
「そうね。リアなら下手な男になびかないでしょ」
「……お前らな」
人をからかうのも大概にしろ。エドワードはため息をつく。そんな彼の肩を、エリスは軽くたたく。
「まあまあ。とにかく、見回り交代。よろしくね」
「……ああ」
見回りに出る前から疲れたエドワードは、腰に剣があることを確認し、2人をひとにらみしてから部屋を出た。
* + 〇 + *
リアノーラが目を覚ますと、宮殿のナイツ・オブ・ラウンドの事務室の隣にある仮眠室にいた。どうやって移動してきたのだろう。というか、昨夜の記憶がなかった。それ以前に。
「今……何時……?」
寝ぼけながらも視線をさまよわせ、時計を発見する。そして、時計の針が示す時間に驚愕した。
「ひ……昼過ぎ?」
いや、ちょっと待て。まる1日寝てて、実は深夜の12時を越えているとか。いや、それはもっとない。ということは、たぶん、昼過ぎ。
「………」
リアノーラは沈黙した。不覚である。殺人現場を検分して戻ってきたときにはすでに夜中を過ぎていた。3日くらいなら寝なくても活動できるリアノーラだが、さすがに疲れが出たのだろうか。
「じゃ、ないわ! 学校!」
殺人事件が起きても、学校は平常営業である。フェナ・スクールで起きた最初の殺人事件からすでに1週間たっているし、学校はすでに再開している。いつまでも閉鎖するわけにはいかないからだ。ただでさえ出席日数が足りないのに、このままでは進級できない!
まだ年も越えていない現時点で出席に数がやばいのは、まじで、本格的にやばい。
リアノーラは、あわてて仮眠室を飛び出す。ナイツ・オブ・ラウンドのミーティングルームに行くと、ナイツ・オブ・ラウンド第1席のフランクリンがソファに座っていた。リアノーラを見ると、目を細めて笑った。
「おお、リア。目が覚めたか。よく眠れたか?」
「あ、はい……じゃなくて、学校!」
一方が全面ガラス張りのミーティングルームには紛うことなき日差しが差し込んでいる。完全に昼だ。冬場だが、日がさしていてポカポカと温かい。今日のロザリカは珍しく晴れらしい。
「まあまあ、落ち着きなさい、リア。欠席の報告はしてある。本来の職務以外でも動いてもらっておるからな。今日は休みなさい」
「……はい」
フランクリンの言葉に、リアノーラはうなずく。フランクリンはしわが刻まれはじめた顔に、暖かな笑みを浮かべる。
「ちょうどお茶の時間じゃ。腹は減っておらんか?」
尋ねられ、リアノーラは空腹であることを自覚した。腹の虫が鳴る。リアノーラは正直に答えた。
「減ってます」
「では、お茶のついでに何か食べるか」
メイドにお茶を準備させている間に、リアノーラは服を整える。上着は着ていなかったが、ナイツ・オブ・ラウンドの制服のまま寝ていたので、かなり寝乱れていた。たぶん、夜中に話していたエドワードが寝かせてくれたのだと思う。これで服が違っていたら、エドワードを殴っているところだ。
「今はフランクリンさんだけですか?」
お茶を注ぎながら、リアノーラは尋ねた。自分の分も入れて、フランクリンの向かい側に座る。お茶を飲み、用意されたスコーンをちぎる。中にはクランベリーのジャムが入っていた。空腹だったリアノーラは一気に平らげる。
「ああ。みな仕事と訓練じゃ。エドワードは学校だが」
フランクリンが紅茶に口をつけた。リアノーラはふたつめのスコーンに手を伸ばす。
「時にリア。悩み事でもあるか?」
「え。なんでですか?」
一瞬どきりとしたが、リアノーラはそれを顔に出すほどのかわいげはなかった。フランクリンはその問いに答えず、しわの刻まれ始めた目元を優しげに細めた。
「よく似ておるな。お前とアルは」
リアノーラの表情が消えた。眼が細まる。
「ああ。そういう顔が一番似ておる。もっとも、アルはいつもそんな顔だがのー」
「………」
楽しげに言うフランクリンをリアノーラは睨みつけた。そして、そういうふとした仕草が似ているのだといわれて、リアノーラは不機嫌そうに顔をそむけた。前々から、どちらかというと父親に似ている言われていたが、最近はよりそういわれることが増えた。リアノーラが父と同じナイツ・オブ・ラウンドになったからだろう。それにしても、父親に似ているのにお嬢様顔の自分はつくづく不思議だとリアノーラは思う。アルヴィンはどちらかというと怜悧な面差しをしている。
「アルもそうして悩んでいたよ」
「……お父様も?」
リアノーラは思わず反応した。最強の騎士と言われ、現在は宰相を務めるほどの頭脳を併せ持つアルヴィンだ。リアノーラの中で父が神格化されていたのは否めないだろう。悩む、という行為と父が結びつかない。
「フェアファンクス公爵家は、一代につき1人は騎士が出る。そして、同じ一族の出だと、必ず比べられるものじゃ」
その通りだ。現に、リアノーラはアルヴィンと比べられている。本来ならユーフェミアとも比べられるところだが、彼女は表舞台に出ないので除外されている。ユーフェミアとも比べられていたら、リアノーラはさらにひねくれていただろう。
子は父と、父は祖父と比べられる。まあ、母だったり祖母だったりするかもしれないけど。とにかく、親族同士だと比べられる可能性が高い。リアノーラとウェンディが比べられないのは、一重にその性格の差だと思う。
「アルもナイツ・オブ・ラウンドになりたてのころはがむしゃらに訓練を積んでみたり、突然勉強を始めてみたり、奇行が目立ったもんじゃ。ずいぶん時間がたったことじゃのー。アルがリアくらいの時の話じゃ」
「………」
アルヴィンにもそんな時代があったのか。だが、アルヴィンはアルビオン最強の騎士と言われるほどの剣の腕を、最小になれるほどの才覚を持っていた……。
「……私には、お父様ほどの剣の腕も、カリスマもありません」
ぐっとリアノーラは唇をかむ。
「その代り、リアには魔術と愛嬌がある。ナンバーワンよりオンリーワンじゃ。無理に勝とうなどとせずともよい」
そういって、フランクリンはリアノーラの頭を無造作になでる。
「……お父様より、性格悪いし」
ぐれて言うとフランクリンは不意にまじめな表情になった。そして、静かに言う。
「……リア。お前は、不特定多数の人に認められたいのか?」
リアノーラは目を見開き、知らず知らずに息を呑んだ。
「ほかの誰が認めずとも、わしがお前を認めておる。ユーリも、ウェンディも、アンディも、エリスも。もちろん、エドワードも」
「……なんでエドも、なんです?」
リアノーラはむっとして聞き返す。この辺り、自分はひねくれてるなぁと思う。
「礼を言うならエドにな」
リアノーラは沈黙した。昨夜のことを思い出す。
エドワードは優しい。どこまでも。
だから、幸せになってほしいと思うのだ。
でもとりあえず、次に会ったら一発殴る。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
最初から最後までリアの奇行が目立ちます。どうやら、リアの奇行は母ではなく父譲りだった模様。
根本的なところでリアとアルヴィンは似ていると思うのです。
そして不憫なエドワード。




