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LOST SPELL  作者: 雲居瑞香
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学生たちの事情

今回から新章です。まずはほのぼのしながらも、ちょっとずれた日常をご覧ください。

 11月上旬。先月、国王チャールズ4世の即位5周年式典でわいていたアルビオンは、再び熱気で包まれていた。宮殿内にあるマーガレット神殿で儀式が行われていた。チャールズ4世の即位5周年式典よりは小さいが、熱気はそれ以上かもしれない。

 一番奥の祭壇。白いマントを肩にかけた、髪の長い少女が跪いてこうべを垂れている。その前に厳かに立つのは、国王チャールズ4世。

 行われているのは、騎士の叙任式だ。この儀式を経て、初めてナイツ・オブ・ラウンドとして正式に認識されるようになる。民間にも開放されたこの儀式は、多くの人をこの神殿に呼んだ。


「汝、いついかなる時も、主君に忠誠を誓うか」

「誓います」

「我、汝を騎士に任命す。汝、いついかなる時も我が騎士であることを忘れず、民を護る盾となり、主君の敵を討つ矛となれ」

「御意」


 チャールズ4世が持つ剣の平で、少女の肩が2度ずつたたかれる。少女の持つ鞘に、チャールズ4世は剣を収めた。少女は受け取った剣を片手に立ち上がり、集まった観衆を振り返る。わっと拍手が上がった。いま、少女はナイツ・オブ・ラウンドに正式に参入した。

 少女の顔がふわりと笑みを浮かべる。

 人を傷つけられないような、そんな人畜無害な顔をした少女は、アルビオン最強の騎士と呼ばれた人の娘だった。



* + 〇 + *



 ナイツ・オブ・ラウンドの叙任式が行われた翌日。盛大な儀式があっても、学校は普通に開校されている。アルビオンナンバーワンの学力を誇るフェナ・スクールの今日の話題はほぼ、昨日の叙任式のことであった。

「ね、祥子たちは見に行ったの、昨日の叙任式」

 ホームルームが同じクラスの子に尋ねられ、ヤマト人の祥子がうなずく。

「まあね。絶対来るな! とか言われたけど、行かないわけないじゃん」

「ユーリさんに頼んだら、普通に通してくれたもんね」

 アレクシアもにこりとして言った。ユーリさんことユリシーズ=ウェルティはアレクシアと祥子の友人ベアトリックスの実の兄で、ナイツ・オブ・ラウンドであった。叙任式を見たいといったら、あっさり通してくれたのは彼である。人はいっぱいだった。

「新聞で読んだけど、たくさんの人が行ったんだってね」

「まあ、アルヴィン様の娘だからな」

 会話に参加してきたのは件の妹ベアトリックスである。蜂蜜色の髪を肩に触れるくらいで切り、菫色の切れ長の目をした長身の美少女である。そんな彼女は騎士になるのが夢で、アルビオン最強の騎士と名高いアルヴィン=フェアファンクス公爵を崇拝していた。そんな最強の騎士様は、現在、厳正なる選挙によって宰相に選ばれ、政治にかかわっている。

 アレクシアたちは、先月に宮殿で起こった事件で、ひょんなことからアルヴィンが騎士をやめた理由を知ってしまった。だが、だれも、そのことは話さないだろう。それで、ベアトリックスの崇拝の心が萎えた様子もない。


「はーっ。いいわね、かっこいいわね。肩書が」

「っていうか、大学部の方にも1人、ナイツ・オブ・ラウンドの人いなかった?」

 別の少女が言う。確かにいる。エドワード=リプセットという金髪の騎士だ。大学とナイツ・オブ・ラウンドの二重生活をしている。

 わいわい盛り上がっていると、誰かが教室に入ってきた。入口の方からピタッとおしゃべりがやんでいく。入ってきた生徒が、顔をひきつらせた。


「な、何?」


 わっと拍手が沸き起こる。男子生徒も女生徒も、みんなが拍手していた。寝不足のように疲れた顔に、呆けた表情を浮かべていた生徒……リアノーラ=フェアファンクスは無言で扉を閉めて、教室に入ってきた。拍手する皆を無視して、ふらふらとアレクシアたちの方に向かってくる。

 高めの身長に銀に近い亜麻色の長髪。緩いくせ毛が肩に流れている。切れ長気味の眼はサファイアブルーで、100人に聞けば100人が彼女を美人と評するだろう。ただ、彼女の容貌は騎士というには人畜無害だった。しかし、それを利用するのがリアノーラという少女だ。

 彼女こそ、昨日の叙任式の主役、アルビオン最強の騎士アルヴィンの次女にしてナイツ・オブ・ラウンドに正式に加入が決まった騎士である。もちろん、騎士学校を卒業しているわけではなく、このフェナ・スクールに通っているちょっと特異の騎士だ。年も、先月に16歳を迎えたばかりで若い。

 彼女は、確かに国王直属の近衛であるのだが、同時に王位継承権も持っていた。よっぽどのことがない限り王になることはない第6位だが、母親が王女である身ながら、騎士をするのは少々不思議なものがある。

「おはよう、リア」

「おはよう」

 祥子の隣に腰かけ、リアノーラが挨拶を返す。

「また朝方まで仕事してたのか?」

 ベアトリックスに尋ねられ、リアノーラは首を左右に振る。

「違うわ。昨日の夜から、ユフィの体調が悪かったの」

 リアノーラがくあっとあくびをする。肩書がかっこいいナイツ・オブ・ラウンドの名が泣く。しかし、実情はこんなもんである。

 リアノーラの姉ユーフェミアは、このフェナ・スクールの生徒だ。フェナ・スクールは初等部から大学部までそろっており、アレクシアたちが通う高等部の校舎と中等部の校舎は隣りあわせだった。昔の城を改装して使っているため、広い。初等部と大学部は別の敷地にある。

 ユーフェミアは、高等部の3年生だ。アレクシアたちが1年生だから、2つ年上になる。しかし、アレクシアは彼女を学校で見かけたことはほとんどない。学年が違うから、そんなことではない。彼女は体が弱いのだ。

 この世界には、魔法が存在する。しかし、この時代、魔法というものはかなり希薄になっており、魔術を使えるほどの魔力を持つ人間は希少になっていた。

 アレクシアもリアノーラも、その希少な部類の人間だった。アレクシアは炎の、リアノーラは水の魔法を得意とする。細かく分ければもっと詳しく話せるが、ちょっと難しい。特に、リアノーラの魔術は特異で、説明するのは難しかった。

 炎特化の魔術師であるアレクシアとは違い、リアノーラはオールマイティータイプの魔術師だった。それでも、治癒系の魔術は苦手としている。相性が合わないらしい。それでも、彼女は病弱な姉のために治癒術を覚えた。リアノーラ自身も、この魔術はユーフェミアのために覚えたといっているくらいだ。実際、リアノーラの魔術のおかげで、ユーフェミアは小健康状態を保てている。

「それで、ユフィさんは?」

 祥子が尋ねる。つややかな緑の黒髪に大きな藍色の瞳。アルビオン人には見られない薄い顔のつくりをしているのは、彼女が東の島国の出身だからだ。薄い顔立ちというが、彼女は十分かわいらしい。そんな彼女は、美人が好きだった。リアノーラの姉であるユーフェミアは、リアノーラと同じく文句なしの美人であるので気になるのかもしれない。少し目つきが悪く、言葉も乱暴だが、確かにきれいな人だった。

「今日は家にいるわ。明日には登校してくると思うわよ」

「そう。よかったわね」

 祥子はリアノーラに向かってにっこりした。ちょうどその時、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。



* + 〇 + *



 昨日、正式にナイツ・オブ・ラウンドとなったリアノーラは翌日にはふつーの子供らしくふつーに学校に来ていた。ただし、彼女はナイツ・オブ・ラウンドでなかったとしても普通とは言い難かった。

 まず、リアノーラは魔女である。正確には魔術師だ。この魔法が希薄化した世界で、魔術師を探すのは難しい。特に、その中でもリアノーラは甚大な魔力を持っていた。

 次に、母親が現国王の妹であるため、王位継承権があるのである。長子相続のアルビオン王室は、現在の王太子も王女だ。女が王になっても不思議ではない。ただ、リアノーラの継承権は第6位なので、よっぽどのことがない限り王にはならないだろう。

 リアノーラの通うフェナ・スクールは単位制である。自分で授業の時間割を作り、授業を受ける。1年生の間は教養科目が多いが、2年生にもなると専門科目が増える。一応、学校の始めと最後に出欠をとり、連絡事項を確認するホームルームクラスというものが存在するが、その教室を拠点にしているわけでもなく、荷物は指定のロッカーに入れるか持ち歩く。

 リアノーラたち仲良し4人組も、それぞれ目指す専攻が違い、1年生のうちから授業がバラバラなことが多い。リアノーラは数学、アレクシアは歴史、祥子は文学、ベアトリックスは騎士過程を基本的な専門としている。

 それでも、ともに同じ授業を取っていることも多く、現在の時間がそうだ。というか、これは女生徒の必修科目で、家庭科の時間。その時間男子生徒は工学を習うらしい。今日の家庭科の時間は、自分たちの昼食づくりである。


「……一つ、聞くけどさ」

「何?」


 深刻な表情で祥子が言った。リアノーラは鍋を取り出しながら首を傾ける。家庭科は2限連続、お昼前の3、4時間目が家庭科だ。1、2時間目は寝ていたリアノーラは、結構調子が戻ってきていた。よい子は真似をしてはいけない。


「リアとベリティって、料理できる?」


 尋ねられたリアノーラとベアトリックスは顔を見合わせた。

 ナイツ・オブ・ラウンドの兄を持つベアトリックスは、伯爵家の令嬢である。どんなにお転婆で令嬢らしからずとも、令嬢である。対するリアノーラ、伯爵どころか公爵家の令嬢だ。しかも、正しい敬称が王女になるくらいの身分を持つ。もちろん家には使用人がいて、雑務をこなしてくれる。専任の料理人もいる。

 リアノーラとベアトリックスは祥子に顔を戻した。

「できる」

「できない」

 2人同時に答え、再び顔を見合わせる。

「は? へ!? リアは料理できるわけ!?」

「簡単なものならね。1人でも生きけ行けるようにってお父様に仕込まれた」

「待って、お父様?」

 お母様ではないのか、と言われているようで、リアノーラは苦笑した。

「うちのお母様こそ生粋のお嬢様だよ。料理なんてできるわけないじゃん。いや、できなくはないけど、壊滅的に料理が下手なのよね。お父様は割と器用で、結構なんでもそつなくやっちゃうのよねー。自分のことは自分でするのがうちの家風だし」

 フェアファンクス家は公爵家にもかかわらず放任にもほどがあった。

「……でも、アルヴィン様が料理する姿って………」

「想像できない? 今度お父様にシェパーズパイ作ってもらいましょう。おいしいわよ」

 そういってリアノーラはくすくす笑った。ベアトリックスが変な表情をする。

 話がそれた。リアノーラはアレクシアの方を見る。祥子はできそうだが、アレクシアは。

「アレク、あなたは料理できる?」

 アレクシアは首を傾けた。真っ黒な髪を垂らしたアレクシアは琥珀色の大きな瞳でリアノーラを見つめ返してきた。切りそろえた前髪の向こうで、アレクシアの大きな瞳がまたたいた。

「……できない、かな」

「できないの!?」

 同じ平民としてできると思っていたらしい祥子が叫んだ。リアノーラは苦笑する。そんなことだろうと思った。

「やったことはあるけど、コンロを爆発させちゃったから……」

 練習もできないと。そんなことだろうと思った。アレクシアは炎の魔女。爆発が起こることもあるだろう。リアノーラはアレクシアの肩をたたいた。

「大丈夫。私もお菓子作ってたら、生地が凍ったことあるし」

「何よそれ!」

 余計不安だといわんばかりに祥子が叫んだ。そこに、教官の叱責が飛ぶ。


「そこ! うるさいわよ! さっさと取り掛かりなさい!」

「はーい」


 祥子とリアノーラが同時に手を上げる。こういうことをするのは2人のうちどちらかだ。ベアトリックスもアレクシアもこんなふざけたことはしない。まじめそうに見えて意外とノリがいいのが祥子だった。

「まったく。ナイツ・オブ・ラウンドになって落ち着いたかと思えば……」

 ぶつぶつとつぶやく女性教官に、リアノーラはニヤッとした。

「先生。1日2日で人の性格が変わるわけないでしょう」

「あなたね……私の神聖なナイツ・オブ・ラウンドに対するイメージを返してちょうだいっ」

 なるほど。彼女も、ナイツ・オブ・ラウンドをいいなぁと思っていたくちか。

「先生。現実なんてそんなもんです。少なくとも、今のナイツ・オブ・ラウンドは変人ばっかりです」

 それは事実だ。まともっぽく見えるエリスやリディアでさえ変人なのだ。変人の巣窟だ。

「そうね。あなたのお父様やブライアン様はご立派だったわ」

 嫌味っぽく言う教官に、リアノーラは複雑な感情を抱く。

 もとナイツ・オブ・ラウンド第4席ブライアン=ミューアは先月亡くなった。自害したのだ。最強の騎士と言われたリアノーラの父アルヴィンを崇拝するあまり凶行に及んだ彼は、アルヴィンがもう騎士に戻ることはできないと知り、絶望して自ら命を絶った。それが真相だと思われる。

 だが、世間にはそう公表されていなかった。他にも、新人騎士の2人がなくなっているが、3人とも『陛下を護るため賊と交戦の上、死亡』という扱いになっている。要するに殉職だ。そのうち1人を、間接的にとはいえ殺したのはリアノーラだった。もう1人は、だれが手にかけたのかはっきりしていない。真相は闇の中だった。

 いろいろ思い出したことを一瞬で押しのけ、リアノーラは教官に言った。


「先生。私はお父様ではありません」


 ナイツ・オブ・ラウンドの理想を押し付けるな、と言いたい。それはただの幻想だ。見ている側の身勝手な思いだ。

 昨日の叙任式。あれだけ人が集まったのは、リアノーラがアルヴィンの娘だからだ。フェアファンクス公爵家の次女、つまり最強の騎士アルヴィンの娘がナイツ・オブ・ラウンドになる。そう聞きつけた人々が、興味本位に集まっただけだ。彼らはリアノーラを見ていたのではなく、リアノーラを通してアルヴィンを見ていた。その証拠に、リアノーラに会ったひとは必ずこう言った。

『就任おめでとう。お父様みたいに立派だね』

 リアノーラ本人は見られていない……そのことに、リアノーラの心は締め付けられた。彼らにとってリアノーラは『リアノーラ』ではなく、『最強の騎士の娘』なのだ。それを悟った時、重いため息が漏れたものだ。当り散らしたい気がするが、自分が何に対して怒っているのかよくわからなかった。

 人は、有名な両親をもつリアノーラをうらやましいという。しかし、そういわれる当人の気持ちを考えたことがあるだろうか。有名な両親を持つ子供は、永遠に親と比べられる。ことあるごとに『あなたのお父様は』と言われるのだ。そう思うと気が重い。耐えられな、と思う。


「はい、アレク。この鍋をかき混ぜてて」

「わかった」

 これなら問題ないだろうと、リアノーラはアレクシアにお玉を渡した。アレクシアは真剣な表情で小さな片手鍋をかき混ぜる。入っているのはリアノーラが作ったかぼちゃのポタージュ。かき混ぜていないと焦げてしまう。アレクシアがかき混ぜている間に、リアノーラは別の作業に映る。

「ベリティ、バジルとって」

「はい」

 フライパンで肉を焼いている祥子が、ベアトリックスに向かって手を伸ばす。サラダにする野菜を切っていたベアトリックスは、言われたとおりバジルの葉を祥子に渡した。

 リアノーラはデザートでも作ろうと考える。リアノーラの魔術を利用するなら、一番簡単なのはアイスクリームかシャーベット。だが、今回は魔法禁止である。だとしたら、一番簡単にできるデザートは。

 リアノーラは猛然とメレンゲを作り始めた。わかる人にはわかるだろう。スフレを作ろうと思ったのである。手早く生地を作り、オーブンに入れる。その間に果物を切ろう。リンゴやナシ、ベリー類を調達してくる。

 その時、ぼん、という爆発音が聞こえた。爆発したのだ。その前に魔力の集束を見ていたリアノーラは、とっさに結界を作って生徒たちをかばう。キャーッと悲鳴が上がった。

 爆発したのはリアノーラたちの調理台だった。折よく、祥子はメイン料理を作り終えており、被害は免れたようでなによりだ。

 当たり前だが、爆発させたのはアレクシアだった。結界の中に閉じ込めたため、1人だけ被害を受けている。しかし、炎の魔女が炎にやられるはずはなく、灰をまとってケホケホと咳き込んでいた。

「……リア、ひどいわ」

 アレクシアが手を洗いながら恨めしげに言った。

「そんなこと言われても、炎なんだから、アレクには影響ないでしょう。さすがにあんなに近い距離で、アレクだけかばうのは無理」

 さすがにそんな器用なことはできないだろう。呪文も魔法陣もなしの魔術発動は、神経をすり減らし、無駄に魔力を食うのである。

「……そうね。ごめんね、ポタージュ、焦がしちゃった……」

 アレクシアが申し訳なさそうに言う。時間はもうほとんどない。作り直している時間はないだろう。煙を逃がすために窓を開けていた祥子が「あー」と口を開いた。

「……そうね。オニオンスープでも作ろうか」

 オニオンスープにもいろいろ種類はあるが、一番簡単なものは、みじん切りにした玉ねぎをフライパンでいため、コンソメスープにするものだ。それなら何とか時間内にできるだろう。

「……ごめんなさい………」

 アレクシアがしゅんとして言う。祥子が首を左右に振る。

「いいって。被害大きくならなくでよかったね」

 周囲は、一瞬驚いたようだがもう平常通りに動いている。慣れというのは恐ろしい。つまり、爆発はこれが初めてではないということだ。祥子は、玉ねぎをリアノーラに投げた。

「私が切るの?」

「あんたが一番早いでしょ。果物はベリティが切って」

「わかった」

 ベアトリックスが手を伸ばして、リアノーラの前から果物を奪っていくので、リアノーラは仕方なく玉ねぎを刻み始めた。

「アレクもボーっとしてないで。できたのからテーブルに運ぶ!」

「は、はい!」

 アレクシアが押し付けられたメインディッシュを持ってテーブルにゆっくりと移動した。その様子を見ながら、リアノーラは思う。祥子には人を動かす天性の才能があるのかもしれない。

 テキパキとコンソメスープをこしらえていた祥子に、リアノーラは声をかける。

「祥子、みじん切りにしたわよ」

「ありがと。鍋に入れるわ」

 祥子が手を伸ばして玉ねぎのみじん切りが入ったボウルを受け取る。その中身をざっと流しいれた時、チャイムが鳴った。

「はい、そこまで。みなさん、できたかしら?」

 教官の言葉に、生徒たちはもうちょっとーとか言っているが、女性教官は容赦ない。

「生ものが生焼けの人以外は、作ったものを食べましょう。おなかすいたでしょう?」

 話が切れた時、オーブンが鳴った。すっかり忘れていたが、スフレを作っていたのだ。リアノーラはしゃがんでオーブンからチョコレートスフレを取り出した。甘い香りが周囲に漂う。

「まあ、なんとかそれっぽくはなったわね」

 祥子が満足げに言った。料理人と経過に不安があったにしてはいい出来だろう。レタスとチーズのサラダに、ラム肉のソテー。オニオンスープ。さらにデザートの果物を飾ったチョコレートスフレ。時間がたっているのでスフレが少ししぼんでしまったが、味は大丈夫だろう。たぶん。

 周囲の班は、スパゲッティのようなまとものなものからごった煮のような謎のものまで様々だ。それで行くと、これは結構まともな方である。

 そもそも、この家庭科の授業は淑女としてのたしなみと、いざという時に一人で生きていける力を養うための科目だ。自分のダメさを知るのも一つの生きていけるかの答えだ。

「あ、このお肉おいしい」

 アレクシアが顔をほころばせる。アレクシアは美味しいものが好きなのだ。リアノーラも口に入れると、確かにおいしい。

「さすがは祥子。おいしいわ」

「公爵家の料理人には負けるわよ」

 祥子が肩をすくめた。しかし、ちょっと嬉しそうにも見える。お世辞を言うまでもなく、祥子の料理はおいしい。周囲で何これ! とか、辛っ! とかいう声が上がるのも気にせず、リアノーラたちは食べ進める。

「おお~。ちょっとしぼんじゃったけど、スフレおいしい」

 祥子が幸せそうにチョコレートスフレを口に運ぶ。そんなにおいしそうに食べてもらえるとは。リアノーラもうれしい。

「というか、ベリティ。飾り切り、すごいわね」

 フォークで刺したリンゴを見て、リアノーラは言った。薔薇の形に飾り切りされている。どれだけ器用なんだ。

「ナイフの使い方になれるのにいいって聞いて、やってみたんだ。そうしたらはまった」

「……そう。なんだか才能の無駄遣いをしている気がするけど、あなたが幸せならいいわ」

 リアノーラは何かが間違っているような気がしながら言った。そこまでの腕を持っていて、なぜ騎士になりたいと思うのだろうか。もっと別の、安全な仕事があるだろうに、いや、別にいいけど。実際に騎士をしているリアノーラが言っても説得力がない。

「……このリンゴ、とげがチクチクする」

 アレクシアが訴えた。おいしいにはおいしいリンゴだが。わかったのはやはり飾り切りは食用に向かないということだ。

「……普通にきればよかった」

 自分もリンゴを食べて、後悔するようにつぶやく、リアノーラは首を傾けた。

「いいんじゃないの、別に」

「そうよ。こっちのほうがきれいだし」

 祥子もリアノーラに同意した。普通にきったら普通のリンゴ。それはつまらない。祥子とリアノーラは何気に感性が合っているのかもしれない。

 おなか壊しそう……という生徒もいる中、リアノーラたちは最後までどこかずれた論争をしていた。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

ほのぼのと見せかけつつ、リアの葛藤が垣間見えます。親が有名だと、こういうこともあるかなーと思いました。まして、リアは父は公爵で宰相でアルビオン最強の男、母は王女ですから、比べられるよな、と思いました。しかも、うっかり父親と同じナイツ・オブ・ラウンドになっちゃったし。

まあ、頑張れ、リア。応援してます。

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