ACT.十六 グラーデル・ハック
おそらくは管理局船の一室だ。空いていた倉庫、なのかもしれない。薄暗い部屋には十人以上の局員がいて、みな、油断なく和音のことを見張っている。一挙手一投足見逃すまい――そんな雰囲気だ。
グラーデルは後ろ手に組んで立っている。物悲しそうなのは相変わらずで、座り込む和音を見下ろした。
「……何が起こったのか、理解できていないみたいだね」
無茶を言う。こんな唐突に起こった事件、何がどうなったのか即座に分かるほど、自分は超能力者ではない。
何となく押し黙っていると、ご丁寧にも、説明をしてくれた。
「これは、君のものだろう?」
何かを目の前に掲げられる。くすんだ朱色の、小さい布。
覚えがないので眉をひそめた。あんなもの自分は持っていただろうか。しばらく悩んで、それから、地のデザインに心当たりがあることを悟り、アッと声を上げる。
「私のハンカチ……!!」
いくつもの光景がフラッシュバックする。管理局に捕まって、脱獄したとき。甲板に出たところで、空から負傷した局員が落下、思わず手当てしようと傷口に押し当てた……あのハンカチではないか。
色が違ったので分からなかったのだ。もともと白かったそれが、現在朱色になっているのは、局員の血で染まったからに他ならない。
「人のみならず、生物の体液とは命を宿し、もっとも妙なる力が宿るものなんだよ」
グラーデルの声は幽愁に満ちあふれている。
「君の持ち物だったこれは、血を受けたことで、君自身と強く引き合う力を持った。そう、それは魔法世界出身ではない君すらも、召喚できるほどの力だったんだよ……残念だけど」
「召喚――」
本やゲームの中でしか存在しないはずの単語だ。そして、だからこそ、あらゆる世界が繋がる挟間にあっても、おかしくない。
床に描かれた幾何学模様、これは召喚のための、いわゆる魔方陣だったのだ。
「……本当であれば、こんな方法は使いたくなかったんだ。科学世界先行の挟間で魔法を使用することは、大変な危険を伴う行為だから。でも、BSを捕らえるため――と、心を鬼にして実行させてもらったよ」
「あ……あなたが、召喚をしたんですか……?」
「管理局員のすべてが科学世界出身者だと思いこむのは、大いなる過ちだということだよ。私のような者もいるから……」
右手が差し出され、つい、と空間を横に斬る。とたんに魔方陣が光った。和音の身体に、何か強烈な力――重力が一気に二倍になったかのような圧力がかかり、声を上げる間もなく、その場にべちゃっと押しつぶされる。
「ーーー!」
四肢を投げ出し、うつぶせになったまま、ピクリとも動けない。上から押さえつけられているのか、それとも地面に吸いつけられているのか、分からない程度の拘束力だ。
彼の仕業であることは明らかである。見た目が普通の人なので、油断していた。十三号船の船長グラーデル・ハックが、召喚魔法を使える人物だったなんて!
「わ、私をどうするつもりなんですか!」
肺が圧迫される息苦しさに耐えながら叫ぶと、頭上から船長の声が降る。
「無知を装うは定石……か。けど、私は局員として、常に正々堂々とありたいと思っているから、教えてあげるよ。――言うなれば、人質だ」
「なっ……」
「君の身柄と引き換えに、T・Mを管理局に渡すよう交渉するつもり。それが私の務め、挟間の安全を守るためなんだ。……悪いけれど」
そう言ってグラーデルは、無常観たっぷりに息をついたのだった。
……黙と兵衛・近衛は、広々とした通路を歩いていた。
靴音は滑らかに響き、足の裏に感じる床板は、ほどよい弾力を留めている。落ち着いた色合いに染まる左右の壁、洗練されたデザインの照明、どれもこれも一見シンプルだが、その実良質の材料で趣味よく作られていることがわかる。
はあ、と兵衛が感嘆したような声を上げた。
「ムウより数倍すごいっすね。この空間圧縮率」
「当然と言えば、当然だろ。挟間に関する技術開発なら、ザック家の右に出るヤツらはそうそういねェもんなァ」
ジロジロと無遠慮に周囲を眺め回す、BSの背中に銃口が突きつけられた。三人の背後に立つ筋骨隆々の男が、目をいっそう険しく光らせ、さっさと進むよう無言の命令を下す。
突き当りは部屋になっているようだった。マホガニー製の重厚なドアが立ちふさがり、先回りした男がノックをする。
「連れてきやしたぜ、船長」
短い返答が返り、そこでBS一味は、銃を手にした男どもに見張られつつ、部屋の中に足を踏み入れる。
そこはまるで、中世貴族の館の一室のようだった。高い天井、厚みのあるカーペット、どっしりした調度品に、壁にかけられた絵画・銃機器の数々。横にはレトロな甲冑も飾られ、そのまま美術館でもひらけそうだ。素早く視線を走らせた黙が、置いてある燭台やアンティークランプに目をとめ、口笛を吹いたところからすると、いずれもかなりの値打ちものらしい。
やや奥まったところにある机の横に、一人の人物が立っていた。
丈の長い上着を羽織り、首元にスカーフを巻く。そでは肘までまくっていて、腕を組み、微動だにせず真っ直ぐその場にたたずんでいる。
身の丈は一八〇センチ以上あるだろう。しかし、均整の取れた体躯は意外にもすらりとしており、金髪に白い肌の対比が鮮やかで、顔立ちは秀麗と呼んでもおかしくない。左目を縦一文字に斬る刀傷と、腕に残る大きな傷痕、腰に下げた銃や剣の存在が、その者が堅気でないことをあらわしている。
目を閉じて沈黙を守る人物に向かって、黙は場違いな明るさで話しかけた。
「いよォ、お久しいトリガー♪ しばらく会わねェうちに、ますます美しさに磨きがかかって」
コンマ一秒後、彼は大きく身体をのけぞらせた。鼻のほんの数ミリ先を、ビュッと白刃が飛んでいって、派手に扉へ突き刺さる。
必要最低限の動きで、しかも目視なしの投げナイフをやってのけた者は、再びむっつりと腕を組んだ。さすがに、兵衛が青くなってリーダーを小突いたが、BSは愛想笑いを浮かべ、わざとらしく腰に両手を当ててみせた。
「そーカリカリするなよ。挨拶は立派な社交辞令だろ? 人間、余裕を失っちゃ終わりだぜェ」
ぴく、と、フェルマータの船長の眉が動いた。さっきにも増した剣呑さが全身からにじみ出ている。いち早く危険を察知した双子のうち、弟がわたわたと黙を押しとどめ、兄がそれに代わり身を乗り出す。
「え、えーっと、トリガー船長。実はですね――」
「黙れ」
言をさえぎるトリガー。目をつむりながら、
「私の部下以外に『船長』呼ばわりされるは好かん」
と、微塵も友好心なく言い放つ。う、と兵衛は口ごもった。
「じゃあ、あの。トリガーさん――」
「口を閉じろ」
「え、また!?」
「たかがBSの一味ごときに『さん』付けされるいわれはない」
「………うーん。そうなると、……トリガー?」
「呼び捨てにするとはいい度胸だ」
「じゃあ、どうやって呼べばいいんすか!!」
情けなくも悲鳴を上げた彼を、押しのけるように黙がしゃしゃり出る。
「ンなことやってる暇はナイっての。トリガー、いいからちょっと俺の話を聞けよ。OK?」
「……」
あからさまに嫌そうな気配をかもしだして、トリガーは無言になる。だが、そんなものがBSに通用するはずもなく、彼はヌケヌケと進み出て、その辺にある椅子に勝手に腰を下ろした。
「お前に休戦を申し込んだのは、ほかでもナイ。フェルマータと争ってる場合じゃない、緊急事態が発生したからなのよ」
ふん、と息吐く敵船長はにべもない。
「貴様の緊急事態など、知ったことか。私には関係ない」
「そう言いなさんな。予期せぬ選択肢が発生しちまったのよ、助けてくれナイ?」
「断る」
「じゃ、サッソク事態の説明に入ろう」
「――断るといっている!」
カッ、と目を見開いて、トリガーが腰の銃を抜き放った。苛烈な炎を宿す朱の瞳。銃口が真っ直ぐBSの額を狙っているから、反射的に双子が身構え、それを見て、周りの男どももかかとを浮かす。にわかに室内を緊迫感が縛り上げた。
黙は、顔色ひとつ変えなかった。
「T・Mがグラーデルに奪われちまったのよ」
あっけらかんとした口調で、どかんと爆弾を落とす。声にならないどよめきがフェルマータ一味に走り、そのリーダーたるトリガーも、引き金にかけた指を止め、眉間にさらなるシワを刻んだ。
「……どういうことだ?」
「どーもこーも、そのマンマ」
黙の顔に、しょんぼりした表情がよぎる。
「T・Mを腕にくっつけたまま、俺の子リスちゃんがグラーデルのところに呼び出されちまったってワケ」
「――戦闘中、急に消えちまったんすよ。だから、こりゃ戦ってる場合じゃねーってことで、白旗掲げたんです」
兵衛も戦闘体勢を解いて、言い添える。
トリガーはしばらく黙と兵衛を見比べていたが、やがて、静かに銃を下ろした。
「油断するとは貴様らしくもない。髪の毛一本、書いた文字ひとつですら、手がかりを残せば、あの男は召喚をしてのける。――十三号船の船長にまで上り詰めた経緯を、忘れたのか」
腕を組み、長い足を投げ出すようにして腰掛ける。ひとまず話は聞いてくれるということだろう。また、いつ、どのタイミングで銃口を向けてくるかは、分かったものではないが。
椅子の背もたれに腕を乗せつつ、黙は言う。
「だから、それが予期せぬ選択肢ってヤツよ。子リスちゃんがグラーデルのところに手がかりを残しちゃってたなんて、計算外もいいトコだわ」
「さらに悪いのは、その者こそT・Mの現所有者である点。そうだな」
「そうそ。たぶんグラーデル君は、まだソコまでは気付いてないと思うぜ。俺をおびき出すエサとして、お嬢さんを召喚した。せいぜいその程度だ」
ここで、彼は身を乗り出し、テーブルに肘をついた。
「――逆に言うと、今のうちに彼女を救出せにゃヤバいってわけよ。あの娘の手にT・Mがくっついてると知れたら、グラーデルの次にとる行動は想像に難くねェ」
「奴にT・M、か。猫に小判を通り越し、殺人鬼にライフル銃を持たせるようなものだな」
トリガーの赤い瞳が光る。ひとつうなずき、黙はおもむろにニヤリと笑った。
「そこで、間賊最強と名高い、フェルマータのお力を借りたい所存にございます」
一気にしゃべり方が胡散臭くなったものだから、相手の目が据わる。
「……力を借りたい、だと?」
「人質がいる時点で、俺がこっそり管理局船に忍び込んで助けてくる、という選択肢は潰えた。向こうはソレを待ってンだからな、虎の穴に飛び込むようなものだ」
「……」
「そうなると、真っ向勝負した方が話は早い。だが、正面きって戦いを挑むには、ちと相手の数が多すぎだ。さすがのBSといえど、このままじゃ勝算は限りなく低くなっちまうのよ」
深々と椅子に座りなおし、黙は口角上げながら、人差し指をしゅっとトリガーに向けた。
「どうだい、キャプテン・ザック・トリガー。俺と組んで、この際、忌々しい十三号船を叩き潰しにいかねェか?」
相手は、すぐには答えなかった。じっと黙を見据えたまま、口を閉じて動かない。視線を切り結ぶことしばし、その唇を割って流れ出たのは、「イエス」という肯定ではなくて、
「………報酬は?」
という、現実的な台詞だった。
エ、と黙は瞬いた。
「ほーしゅー?」
「そうだ。得無しに動くほど、フェルマータは慈善活動を推奨していない。貴様と手を組み、十三号船を叩き、捕まっている者を助け出したところで、我らに何の得がある?」
「エーと……それは、ほれ、邪魔だったグラーデル君がいなくなる!」
「他には?」
「俺に恩を売れる!」
「他人に売る恩など持ち合わせていない」
「俺に借りができる!」
「返すつもりなどない相手に借りを作ったところで、無意味だ」
「じゃあ――俺の好感度が十ポイント上がる!」
「いらんくだらん馬鹿馬鹿しい!!」
ドン! と握った拳で机を叩き、その衝撃で上に載っていたペン立てや燭台が跳ねた。同じように飛び上がる黙に腕を伸ばし、片手でガッキと頭をわしづかむと、
「お前の世迷言は聞き飽きた。恩? 借り? 好感度? ……片腹痛い。目に見える形で報酬を払うと約束しろ。でなければ、今ここで頭を割って、五体ばらばらに引き裂いてくれる」
全身総毛立つほどの迫力で、ギリギリ頭部に指を食い込ませる。見下ろす目は、どう見たって本気だ。笑って済ませられる雰囲気ではない。
さすがに危ないと思ったらしい。黙は、引きつったような笑いを浮かべ、
「ま、待て待て、分かった、分かったから痛い、痛いから離してくれナイ?」
多少なりとも声を上ずらせたが、何度も煮え湯を飲まされてきたトリガーは用心深かった。
「今すぐ約束しろ。そうすれば離してやる」
「するするするする。約束するっての、ちゃんと報酬払うって! 現金で!」
「誓え」
「……お?」
「誓え、と言っている。貴様は誓わん限り、うなぎのようにヌルヌル逃げ回って契約を反故する男だ。違うか」
「……うはー、こいつ、気付いてンのか……」
「誓わんなら殺す」
「痛たたたたたたたたた分かりマシタ誓いますよ仕方ねェ、誓ってイエス!」
ぱっ、と手を離され、それで黙は床に転がり落ちる。トリガーは、指が汚れた、といわんばかりに手を振って、固唾を呑んでやり取りを見守っていた双子に目を向けた。
「そこの『ジェミニ』。どちらでもいい、今すぐ私の部下をムウへ案内しろ」
ぎく、として、兵衛が恐る恐る尋ねる。
「……なにするんすか?」
「知れたこと。今回の働きに見合うだけの報酬を、奪いつくす」
「――ワ、うわ、それじゃ、それの案内は俺が――」
と、起き上がりかけたBSは、もう一度舞い降りたトリガーの鉄拳によって、強制的に沈黙させられた。
船長は、冷酷にも宣言する。
「元はといえば、私に譲り渡してしかるべきものだったT・Mを、勝手に盗み返した不届き者たる貴様が悪い。命があるだけでも有難いと思って、溜め込んだ宝は明け渡すんだな」
二度目の投獄は、一度目とは比べ物にならないぐらい厳しかった。
まず、両手は背中で、両足はそろえて、それぞれガッチリ縛られてしまったのだ。歩くこと叶わず、だから局員に米俵のように担がれ、牢屋へと運ばれた。
押し込められた場所自体は、前と同じだったものの、床一面に魔方陣がしかれている。きっと逃げようとすると、その陣が何かしら効力を発揮するのだろう。表には三人もの局員が立ち、こちらの動きに逐一注意を払う。まさしくの厳戒態勢だ。
BSの部下は本当に要注意されているんだなあ……と、和音は他人事のように思った。いや、実際、他人事なのだ。自分は黙と取引したとはいえ、部下でも仲間でもなんでもない。むしろ被害者なのだから、管理局にここまで警戒されると、滑稽すぎて笑うしかないではないか。
壁に寄りかかりながら、はぁ……とため息をついた。
人生は選択肢で構成されている、という黙の言葉が、今になって胸に響く。選ぶことの重要性もだ。深く考えず、「負傷した局員を手当てする」選択肢を選んだ結果――この土壇場になって捕まってしまった。
幸い、グラーデルは自分がT・Mを所持していることに、気付いていないらしい。けれどそれも時間の問題だ。いつかはバレるときが来る。
さらに、自分を人質にBSと交渉するだなんて、どんなに懸念や不安を抱いてもなお余りある。黙の行動、グラーデルの行動、いずれも想像すらつかないほど読めないではないか。事態がどう転ぶか、こんなに不確かなことはない。
ひとつ明確なことがあるとするなら、自分の運命が坂を転がる石のように悪化していっている点だけだ。あと数時間で元の世界に戻れるはずだったのに、こんなどんでん返しはお邪魔虫もいいところ。心安らかに帰還したいという願いは、どこまで打ち砕かれれば収まるのだろう。
――こんなことになるんだったら、あのとき、局員を助けなければよかった。
やけくそ交じりに思うが、同時に、そんな選択肢はあったところで選べないのが自分という人間だと悟っている。たとえ相手が敵だろうが、目の前に負傷している人がいたら、結末さておき和音は助けずにいられない。見捨ててどこかに行くなど、考えられないことだ。あの選択肢はもう、こういう性格で生まれてしまった以上、避けられないものだったのである。
身体を折り、ひざこぞうに額を乗せる。もう一度息を吐き出して、その拍子に、周囲が静まり返っていることに気がついた。前に投獄されたときは、うるさいほど賑やかだったはずなのに、今は自分の呼吸が聞こえるほどシンとしている。
「誰もいないのかな……」
ずり、ずり、ずりとイモムシのように身をくねらせ、何とか鉄格子のほうまで移動した。隙間から周囲を眺めてみたが、向かい側の房も、隣も空っぽで、生き物がいる気配すら感じない。
思い切って、見張りをしている局員に尋ねてみた。
「ここに前、捕まえられていた人たち――どこへ行ったんです?」
三人の局員は一様に目を丸くした。お互い顔を見合わせ、次いで、一人があざけるような声を上げる。
「貴様、BSの部下の癖にそんなことも知らんのか? 死の世界に決まってるだろう」
「…………え……?」
―――死の世界―――
呼吸を止める和音に、局員は事もなげに言い捨てる。
「間賊はすべて、死の世界へ送り込まれる。早い話が死刑だな」
「しっ……!? な、何故です!? どうして、だって、終身刑って……」
BS、そして、牢屋で会った銀髪の男は言っていたはずだ。間賊は全員が全員、終身刑に処せられると。終身刑、すなわち一生拘束されるにはされるが、死刑とそれとはまったく別次元の話であるはず。
「何をいまさら。あんなに大勢の間賊を収容できる刑務所なんて、あるわけないだろう。法律の上じゃ終身刑と定められているが、それより、たくさんある死の世界にまとめて送った方が、処分は早いに決まってる」
肩をすくめる局員の、淡白な口調にぞっとして、和音は思わず身を乗り出していた。
「どうして――なんでそんなことを! 間賊って、確かに悪いことをした人達なのかもしれませんが、それぞれの詳しい事情を聞きもしないで、みんな殺してしまうんですか!?」
信じられない。挟間の安全を守るという管理局、それは公的な組織であるのではないのか。警察のような組織であるのではないのか。その者たちが、犯罪人とはいえ命ある存在を捕まえ、「処分」という認識のもと、死の世界に送り込んでいると――?
局員は、逆に軽蔑するような視線をよこしてくる。
「それは、挟間という場所の特異性を知らない者の言葉だ。あらゆる世界が交錯するこの挟間を、万人に向けて開放していたら、どうなると思う? 悪意ある生命体は数え切れない。そいつらが我が物顔で世界を横断し、挟間の存在すら認知されていない世界に乗り込んだら、いったいどうなる? ……想像できないほど馬鹿じゃないだろう」
「でも……でも、だからって――!!」
「金銀のみの世界。神々の世界。悪魔の世界。願いがすべて現実と化す世界。――取り扱いの危険な世界はいくらでも存在する。それらをひとつひとつ守るのは、管理局といえども不可能だ。我々が取れる最良の方法は、挟間に足を踏み入れたものを全て、排除することに尽きる」
「そんなの――は……っ」
いきどおろしくて、言葉がのどに詰まる。
局員の言っていることも、分かるつもりだ。どれだけ厳しい法律を定めようと、悪意あるものは限りなく存在し、なくなることはない。挟間がどれだけの危険をはらんだ場所であるかも、ここ数日間で悟り始めている。管理せずに放置しておけば、それこそ世界をまたにかけ、未曾有の大混乱が生じてしまうだろう。
だが。だからといって、そこに来てしまったものすべてを排除するという手段が、果たして許されるのだろうか。和音のように暗流に飲まれ、他意なく来てしまう人も確実にいる。それを、捕らえるだけならまだしも、「元の世界に戻してやる」というプロセスを経ることもなく、軒並み死の世界へ追いやろうというのか。
「管理局は何様ですか……!! 何の権限があって、あんなにたくさんの人たちを殺すんです! そんなの、横暴すぎますよ!!」
目の前を、銀髪の男性がよぎる。わずかな時間しか言葉を交わさなかったが、そこまでの極悪人とは思えなかった。雑談をする余裕があったところをみると、おそらく彼だって、終身刑に処せられると信じ込んでいたに違いない。
なのに、実際に到着した場所は――死の世界。
「仮にも管理局が、それでいいんですか……!」
絞るような声で言い、頭を鉄格子に押し当てると、七割方惰性でしかない台詞が返る。
「悪いのはお前たち間賊の方だからな。はいて捨てるほどいる秩序を乱す奴らを、苦労して捕まえてまで、終身刑にしてやる義務はないだろ」
「そうそう。本当に、年がら年中働かされる俺たちの身にもなってみろよ」
「――その点、グラーデル船長はいい方法を思いついたよなあ」
「ああ。考えてみれば、せっかくある死の世界を使わない手はないってもんだ」
「経費大幅削減、作業能率UP、ついでに業績UPで万々歳。さすがは十三号船のボスだよ」
ごく軽い冗談口調でしゃべりあう、局員たちの言葉はもう、和音の耳に届いていない。
足元からゆっくり血の気が引いていくのが分かって、震える唇を噛み締める。ぎゅ、と後ろ手に拳をつくった。
…………彼、なのか。
本来は終身刑であるはずの間賊を、片端から死の世界へと送って、死刑とする方法を確立した者。人のサガを嘆く一方で、「挟間の安全を守る」という大義名分を推し進める裏で、ならばすべて排除するのが良いとためらわず個々を斬り捨てる。
グラーデル・ハックは、そういう種類の人間だったのだ。