ACT.十五 VSフェルマータ
浮き島から一直線に伸びてきた光線が、赤銅グライクを貫いた。泡をくって乗り手が離脱すると、間髪いれずに爆発が起こる。吹き飛ばされた者は、小型ジェットを身につけているため、はぐれることはないものの、破壊されたグライクはもとに戻しようがない。
爆煙の間を縫うようにして、黒いグライクが走る。ハヤブサのようなスピードで、襲い掛かる光線銃をひらりとかわし、撃った弾は恐ろしく正確にフェルマータのグライクへ命中した。この混戦の最中、当てるだけでも難しいというのに、乗組員が死傷しないよう機体だけを狙う……それはまさに、神業もいいところの狙撃だった。
眼下に広がる光景を、透明な壁越しに見下ろしている者がいた。長い臙脂色の上着に、高い襟、黒のコンバットブーツ。白い手袋をはめた手には、酒を満たしたゴブレットがある。
微動だにせず戦場を見据える人物がいる場所は、フェルマータの中枢部分だった。背後では何人もの部下がバタバタ入り乱れている。管理局と違い、全員格好はまちまちで、その誰もが「間賊」の名に相応しい容貌だ。
「あーあ、また撃ち落されやがって。ヘボい運転しやがるからだ」
一人が他人事のようにぼやき、それを聞きつけたもう一人が、
「相手が相手だし、ちょっとは仕方ねえさ。この正確な狙撃に、尋常じゃねえグライクさばき……噂に聞く『ジェミニ』の仕業に間違いねえよ」
と、頭の後ろで手を組んだ。
緊急事態でも微妙に緊張感に欠けているあたり、間賊として黙に共通するものがある。だが、そんな一同の様子は、ある人物の行動によって激変することとなった。
みし。ごき。べき……
神経に障る嫌な音。フリーズドライもかくやと思わせる勢いで、部下の動きがいっせいに止まる。恐る恐る移動した視線は、やがて、臙脂の上着を着た人物に固定された。
「トリガー船長……」
一人がうめいた。屈強であるはずの男達が、いまや全員、顔色を紙のように白くしている。
無理もない。船長の握っているゴブレット、あれがべきべきという音と共に、どんどん歪んでいっているのだ。金属製で、相当分厚いのにも関わらず、みし、みし、と指が食い込んでは、中の葡萄酒が零れ落ちている。
ごくっ、と一同の喉が鳴る。表情は見えねど、後ろ姿の船長から、禍々しい怒りのオーラが立ち上っている。空気に色がついたとしたなら、たぶん、真っ黒か真っ赤のどちらかだろう。不用意に近寄ったが最後、コンマ一秒で細切れにされそうなほど、激しく殺気立っている。
肩が動いた。ゴブレットを握りつぶしたのと違う手を、すっと横に伸ばす。人差し指が、真っ直ぐ、とある部下の顔を指し示した。
「……承知!!」
賢明なる部下は、それだけでキャプテンの思惑を読み取ったらしい。
さっきと打って変わり、誰もが必死の形相で、フェルマータの計器類を操り始める。あわただしく指示が飛び交い、準備を整え、ものの二分もたたずに、一人がピッと姿勢を正した。
「主砲準備、整いましたぜ!」
船長は無言でうなずく。それから、キッと鋭い眼差しを前方へと飛ばした。煙の上がる挟間、その先にある浮島「ムウ」の姿。
「…………BS……」
聞き取れないほどの低音でつぶやく、その瞳は、溶鉱炉よりも危険極まりない赤色に燃えていた。
「ムウって、びっくり箱みたいな島だったんですね」
「おや、言い得て妙。――最高だろ?」
「確かに、すごい設備とは思いますけれど。何だってこう、もっと普通のコックピットにしなかったんです?」
鏡が画面、引き出しに収められているものが機器、カサの取っ手がエンジンストッパーの船なんて、見た事がない。どこまで常識に逆らえば気が済むのだろう。
挟間にその名をとどろかせている間賊は、快笑する。
「遊び心のない人生なんぞ生きる意味ナシ。そいつが俺の選択だ、誰にも文句は言わせねェ」
彼の言葉に相違はない。モニターに映ったムウはおよそ、遊び心以外の何物でもない姿になっているのだ。地面の左右から翼が生え、どこからともなくせり上がった透明なシェルターが、弾痕の残る庭を覆い、グライク発着場だった場所すら、尾翼らしきものを生やしている。
今や、ムウは「浮き島」としての外見を捨て、完全に「船」へと変身を遂げたのだ。
そこへ、ザザッと緊急連絡――。
『ヤバいっすよ所長!! フェルマータの奴、「ヴィヴァーチェ」をぶっ放すつもりだ!!』
悲鳴混じりの報告に、黙の顔から笑顔が消えた。マイク代わりの香水をわしづかむ。
「即刻帰艦せよ! ――この君、『ヴィヴァーチェ』の砲撃進路予測! 防衛体制『V』展開!!」
そうしてバッと振り向き、和音に、古びた椅子を指差した。
「ソコの椅子にベルトがあるだろ? 今すぐ腰掛けて締め、最大限身体を固定しておけ!」
早口でまくし立て、みずからも足元のベルトを装着し始める。「あの」黙が、少しもふざけずに、すべきことだけをしているのだ。どれだけ事態が切迫しているかは、いちいち口にしなくても明らかである。
和音は飛んでいって座り、しっかりとベルトを締めた。面白いことに、この椅子には腰だけでなく、首や手、足の周りにも固定用ベルトがある。まるで宇宙船の座席みたいだ。疑問は棚上げして、それらもガチャガチャと取り付ける。
再びスピーカーから、兵衛の声がした。
『帰艦、ならびに防衛体制完了!』
「ヴィヴァーチェの発射予想時刻は?」
『約八秒後! ……七……六……』
始まったカウントに、胸がどきどきと早鐘を打つ。これから何が起こるというのだろう? 先の見えぬ不安が辛い。黙や兵衛が、あんなに切羽詰った様子を見せるなんて。
「怖いか?」
画面から目を離さずに、尋ねられた。ここで強がるほど無謀ではないので、力いっぱい肯定すると、
「安心しなサイって。アンタはBS一味じゃナイが、取引した以上、身の安全は保障いたしますゆえに」
どう考えても気楽な口調で、返された。信じていいのか悪いのか、微妙なところである。
モニターが光る。フェルマータの中心――本体に付随して付き従っていた球体の部分が、白い輝きをまとい震えた。『ゼロ!』と兵衛が叫ぶと、輝きは目覚しい爆発を起こし、その白い腕を真っ直ぐムウに向けて差し伸べる。
拍子抜けしたのは、思っていたより光線が緩やかだったからだ。「ヴィヴァーチェ」というより、「アンダンテ」に近い。むろん、のうのうと被弾するわけもなく、ムウはするっと光を避け、そのままフェルマータから遠ざかろうと直進する。
これだけ? と首を傾げた和音の身体を、次の瞬間襲ったのは――すさまじいばかりの衝撃。
「……ッ!」
自分の悲鳴が自分で聞こえないほど、大きな音が響いた。さながら天地を揺るがすとどろきだ。次いでムウの本体が、洗濯機に放り込まれたよりも酷い、縦揺れと横揺れを起こし始める。
テニスラケットで打ち合うボールを乗り物にして搭乗したら、こんな気分を味わえるのかもしれない。激しく振り回される。その場で高速回転する。がっくん、がっくん、ぎこちない上下移動をしたかと思えば、三六〇度駆使して無秩序な暴走を繰り広げる。
あまりの勢いに、舌が根元からもげそうだ。ぎっちり身体を拘束していなければ、部屋中の壁に全身をぶつけ、確実に命を落としていただろう。目なんて開けていたところで何も見えず、それどころか全身に力を入れていないと、今にも体の一部だけどこかに吹っ飛びそうである。
「……これが、世に名だたる間賊を次から次へと死の世界へ追いやった、フェルマータ秘蔵の、主砲の威力だ!」
世界が崩壊しているのではと思うほど大きい轟音に混じって、黙の声がする。
「挟間風の流れをかき乱し、台風にも似た『荒流』を、強制的に作り出す……」
ぐぅん、とムウが浮き上がった。全身を縛り上げていた強烈な力が、一瞬だけ、和らぐ。
「巻き込まれたが最後、大方の船はバラバラに分解され、チリとなって消えるってえ寸法よ!」
大きくバウンドして、それで七割がたふらつきが収まった。
和音が、ジグソーパズルのピースのように頭の中で散らばった意識を、必死で組み立てている最中、黙の手はめまぐるしく化粧台の上を飛び回る。あちらこちらをいじるにつれ、翻弄と呼ぶに相応しかった動きが、制御あるものへと変わり、依然として荒れ狂う挟間風の隙間を滑るように飛び始める。
彼は、へっ、と口の端をあげた。
「こちとら伊達に『風読み』が出来るわけじゃねェ。荒流なんぞに負けてたまるかよ」
言い終わるか、終わらないかのタイミングで、ぼつ、と嫌な音がした。
和音のそばにあった目覚まし時計が鳴る。鏡面の画像が勝手に切り替わり、現れたのは、ばしゅ、ばしゅ、とこちらに向かって砲撃を仕掛ける三日月船だ。
『フェルマータの攻撃により、外壁破損!』
兵衛の連絡に、再度けたたましい爆音が覆いかぶさる。音は左後方から聞こえた。目覚まし時計は、つまるところ緊急アラームだったらしく、ムウが被弾するたび騒々しさを増している。
荒流で気を惑わせておいて、その隙に、本体が攻撃するというわけだ。計算されたフェルマータの作戦に、さすがのBSもうならざるを得ない――かと思いきや。
「はっはぁ! さすがにトリガーだ、そう簡単に逃がしちゃくれナイか!」
むしろ、さっきよりも鋭気に満ち溢れている。売られた喧嘩が楽しくってたまらないようだ。瞳なんてキラキラだし、ほとほと自分とは住む世界の違う人間なんだなと、和音は思う。
「船首旋回! 砲撃目標『フェルマータ』! 『ヤマトナデシコ』発射準備!」
『発射準備、了解!』
ムウが旋回する。逃げるのを止め、大きくUターンして対戦モードに入ったのだ。雨アラレと打ち込まれる砲撃をかわし、荒流のうねる流れに上手く乗り、信じられない鮮やかさで敵艦に迫る。黙のハンドルさばきはまさしく妙技、只者でないのは疑いようもない。
対するフェルマータも、こちらの攻撃を甘んじて受けるほど、甘くはなかった。中心の球体が、今度は赤い色の光を帯び始める。ヴィヴァーチェとは違うようだが、迎撃する気満々だ。
ひゅー、とBSから口笛が飛び出した。
「もうエネルギーあんまり残ってナイだろうに、ここで『リタルダンド』を用意するかね、普通。そんなに俺を消したいのかね~」
『――ぼやいている場合じゃねっすよ! この距離ならばっちり攻撃範囲内ですって、黒こげにされます! 回避を!!』
「そうそう、リタルダンドってのは、言うなれば巨大な火炎砲でな。炎という単純な攻撃方法だからこそ、意外にキクんだよコレが」
「私に対する解説はいいですから、ひょうさんの言葉をちゃんと聞いてくださいってば!」
和音はじれて足をばたつかせた。ちょっと真面目になったかと思えば、すぐこれだ。切羽詰っている状況をまるで気にしないなんて、性質が悪いことこの上ない!
このときの彼女は、戦況がどう動くかにすべての意識を奪われていた。あんなすごい武器をいくつも装備している船に対して、こんな不真面目の塊然としたリーダーの乗る船が、逃げ切れるのかどうか。考えれば考えるほど無理な気がして、そわそわ心が落ち着かない。
だから、気が付かなかった。
自分の身に起こっている異変に。椅子に座り、ハラハラしながら黙の様子を見ている自分の身体が、少しずつ、少しずつ……透けていっていることに。
「――ってワケで、この君が計算してくれた砲撃予測が正しければ、この進路でギリギリかわせるはずなのよ。リタルダンドかわしたら、ヤもタテもたまらない勢いで、ひょう君は『ヤマトナデシコ』を撃つこと。いいな。さて――これでお気に召しましたかね、お嬢さん」
へろりと振り返った黙が、和音を見るなり表情を急変させた。
「アンタ……!」
「え?」
なに、と答えようとした寸前、ぱぁっと視界が光に包まれた。驚愕をたたえる黙の顔が、たちまち白い綿のようなもので埋め尽くされ、ふっ、と瞬間的に全身が重力より解き放たれる。
ひっくり返った。ごちんと後頭部を打ちつけ、ぎゃっと叫ぶ。下にした頬が冷たさを感じ、手足が無機質な硬さを感じ、何事かと目を開けてみれば、見えたのは不思議な幾何学模様。
和音の寝転ぶ床一面に、赤い文様が走っていた。自分を中心にした円を描いており、複雑な文様、文字のような羅列、絵のような記号、それらがところ狭しと記されている。
何故か生理的にぞっとするものがあり、身震いすると、嫌な視線を感じた。
顔を上げる。周りの様子が目に入る。こちらを取り囲む、見覚えある軍服の一団。中心に立つ、よく知った人物。
「また会ってしまったね、お嬢さん。……哀しいけれど」
悲哀をたたえる彼の様子に、呆然とつぶやくことしか出来なかった。
「…………グラーデルさん……」




