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風、選択のとき  作者: 片桐
本編
14/22

ACT.十四  ムウ、発進!

 近衛の指がキーボードの上を滑ると、黒い画面に白い経緯線が現れた。次に、その上へ緑色の線が何本も書き加えられ、あっという間に画面を塗りつぶしてしまう。膨大な数だ。とても、数を数えてなんかいられない。

 タン、とエンターキーを叩く。複雑に絡み合った糸のうち、一本が赤く点滅した。

 和音はイスの背もたれをつかんだまま、じいっと画面を注視する。左隣にいる黙が、


「ムウの現在地入力」


 と命じると、イスに腰掛けた近衛が従い、画面にオレンジ色に光る点が出現する。

 赤い糸と、オレンジの点は、明らかに近かった。


「到達予想時間は、どんくらいだ?」


 右隣の兵衛が言う。答えの代わりに近衛はキーを打ち込んで、ごちゃごちゃした計算式を展開した後、


『約四時間後』


 と、画面に結論を出した。


「……ま、つまりはコレが、アンタに残された挟間滞在時間になるワケだな」


 どこまでも、けろりんぱとしたリーダーに、部下の兵衛は天を仰ぐ。


「『ま』じゃねーっすよ。結局、外れなかったじゃないすか。T・M」


 首を振る彼の隣で、和音は自分の手首を見た。頑固にもくっついている読風機。すべての事件の原因たるものは、つまるところ、取れずじまいだったのだ。

 ようは読風機にかけられた魔法を解けばいいんだろ、と言って、黙は魔法使いを連れてきたり、解呪のアイテムを持ってきたりした。電話一本で本物の魔法使いが呼べるなんて、挟間ならではのことだろうが、結果はかんばしくない。本物の魔法を見ることが出来、初めは興奮していた和音も、来る人来る人失敗していくので、のん気に喜んでもいられなくなってしまった。

 五千いくつも世界があるなら、こんな小さい読風機を外す方法ぐらい、すぐに見つかりそうなものである。だが、基本的に挟間では科学世界が幅を利かせているため、魔法に詳しい者を探すだけで一苦労らしい。

 白魔法、黒魔法、四元魔法、精霊魔法、禁術、聖水、聖油、ユニコーンの涙、ドラゴンの血、人魚の鱗……どれもこれも空振りに終わっている。


「こうなったら、アブノーマルな方法でいってみよーか」


 自分の三つ編みをいじりつつ、不意に黙がそんなことを言い出した。

 本気とも冗談とも取れぬ口調だったので、和音と双子は顔を見合わせる。彼が言うと、本当に異常な方法を持ち出しそうで怖い。


「出来ればまともな方法にして欲しいんですけれど――……」

「心配ご無用、ノープロブレム。ちょいと神々のお力を借りるまでよ」

「――何考えてるんですかっ!!」


 文字通りの異口同音。和音と兵衛はそろって叫んでいた。近衛も目を見開いていたので、極端に寡黙でなければ、間違いなく三重奏になっていたことだろう。


「所長が言ってんのは、界号『#一〇〇〇〇〇〇』番台の世界のことっすよね!?」


 兵衛が詰め寄り、


「あなた、自分が間賊だってこと、分かってるんですか!」


 とんでもないという思いを込めて、和音もにらみつける。

 一筋縄でいかない逆黒星は、アメリカナイズな仕草で肯定した。


「どっちもその通り~」

「……黙さん」


 呼吸を整え、和音は言う。


「私は別に信心深くないし、大方の日本人と同じく、いい加減な宗教観しか持ってません。けど、それにしたって罰当たりですよ!」


 ここは挟間だ。黙の言葉は、アヤでもホラでも何でもない。本物の神々が住む世界くらい、存在して当然だろう。そこに、第一級の犯罪人が、大手を振って入ろうというのか。


「考えてもみなサイ。神様なら、くっついた読風機のひとつやふたつ簡単に外せるでしょー」

「そうかもしれないっすが、神々と会う前に死にますよ、所長。あそこの世界構成元素が、俺らの身体にどんな影響を及ぼすか、知ってて言ってるんすか?」

「じゃァ、その逆にすりゃあイイ。悪魔界なら行くのは簡単だろ?」

「今度は帰って来れなくなりますよ!!」


 とんとん、と和音は近衛に肩を叩かれた。漫才をする二人から目を離し、そちらを向く。


「どうかしましたか、このさん?」


 彼の指は真っ直ぐT・Mを指している。それから無言で、空中に三日月のようなマークを描いた。


「……フェルマータ?」


 まさか、ただの三日月ということはあるまい。近衛は静かにうなずく。

 今度は、壁に飾ってあったマスケット銃を示された。正確には指をかける場所、引き金部分を抜粋で。


「トリガー……」


 つぶやきに、ニコッとした笑みが返された。当たったらしい。

 T・M、フェルマータ、トリガー。

 これらで近衛は何を伝えようとしているのだろう。暫時考え込んだ和音は、今までの話の流れを思い出し、ハッとする。


「黙さん! この読風機に魔法をかけた人って、フェルマータの船長さんでしたよね。名前は、確か、トリガーとかいう」


 その名を口にしたとたん、黙と兵衛のくだらない掛け合いが止まった。


「その人にどんな魔法をかけたのか尋ねれば、外す手がかりがつかめるんじゃないでしょうか? もしかしたら、手がかりどころか、解き方そのものも知っているかもしれません……」


 言いながら、和音は、黙が次第に「うへェ」という面持ちになっていくのを見逃さなかった。いかにも嫌そうな表情。そういう顔をするということは、十中八九、彼もこの可能性に気付いていたに違いない。


「そうだ……そうだよ、それが一番確実じゃんか! 所長、さっそくトリガー船長に連絡を取りましょう!」


 と、素直に息巻いて賛同する兵衛は、どうやらまるでこの思考に到らなかったらしい。

 黙は心の底から顔をしかめた。当然だろう。気付いていながら黙っていたということは、つまり、彼はこの選択肢を選びたくなかったことになる。二つ返事で了承を得られるわけがない。


「バカ言っちゃいけねェなあ。T・Mは俺がトリガーのところから盗み出したんだぜ? 『T・Mが外れませ~ん、お力添えを~』とかって頼んだら、あの金にウルサイ船長のこと、報酬はT・Mそのものと俺の首になっちゃうわい」


 ヤダヤダ、と自分の首筋を撫でているものの、兵衛は容赦なかった。


「自業自得っす。その場合はまた、T・Mも首も盗り返せばいい!」

「……簡単に言うねェ……」

「それぐらいやってのけてこその、挟間四天王でしょう」

「――だったら、そのときは、T・M奪還を手伝ってくれる?」

「仕方ねーっす」

「首を胴体に縫い付けてくれる?」

「しゃあねーっす」

「なら、まあ、イイか。妥協しよう」


 しぶしぶではあるが、黙は重い腰を上げ、電話へと向かった。

 今の会話のどこが「イイ」のかまるで分からず、和音は額に指を当てる。T・Mはともかく、首がなんちゃらの話は冗談だと思うが、BSがそういう世界の出身ではない保障はない。ゾンビかロボットみたいに、首が取れても平気な存在だったら、どうしよう。

 こちらの心配をよそに、柱に設置された受話器を取り、「ザック・トリガー」と相手の名前を言う黙。ボタンを押すでもなく、名前を宣言するだけで、話したい相手と回線が繋がるのだから、便利なものだ。

 一拍置いて、話し始める。


「ハローハロー、こちらはお耳の恋人、黙さ―――」


 ない、と名乗る前に、ガバッと耳から受話器を引きはがした。何だかものすごい怒鳴り声がそこからあふれている。はっきり聞き取れはしないものの、相手は「ふざけるな」とか何とか、えらい剣幕だ。

 ひとしきり嵐が過ぎ去ってから、BSは再度口を開いた。


「お前の言いたいコトは山ほどあるだろうが、コッチだって負けてねェのよ。口ゲンカのための電話じゃナイだろ? ま、なんだ、とにかく落ち着け。OK?」


 サクサクいなす姿だけを見ると、大人の余裕にあふれた、堂々たる人物に思えてしまう。彼の場合は単に、相手の怒りの原因が、自分にあることを微塵も気にしてないだけなのだが。

 こちらの状況を説明する声を聞きながら、和音はひとり嘆息する。自分がたどってきた運命の偶然さは、改めて考えると、感慨深いを通り越してたそがれたくなるほどだ。


「――ってワケよ。魔法をかけた本人なら、外す方法ぐらい分かるよな。……は? いや、別に魂胆なんてナイナイ。……エ? ちょ、ちょい待て、オイ。勝手に決め付けるのは、良い選択とは言えねェぞ?」


 会話が続くにつれて、黙の眉間のしわが次第に深くなっていった。

 きょとんとする双子に、瞬く和音。気のせいだろうか。そこはかとなく話の雲行きが怪しいような……。

 チッ、と舌打ちして、BSは盛大なため息をこぼした。


「……わぁかったヨ。お前の言いたいことはよーく分かった。今度、もっとちゃんとした場所で、じっくり話し合おうじゃナイか。腹を割って語り合えば、両者の間にわだかまるモノなんて、夏場のドライアイスも真っ青になるほど消滅する――――、は? 『直接話すからもういい』??」


 受話器を持ったまま首を傾げた、その刹那。

 割れるようなアラームが鳴り響いた。和音は飛び上がり、それを上回る勢いでBS一味が騒然となる。


「マジかよっ!!」


 みずからの台詞をその場に置き去りにして、兵衛がとある壁に飛びついた。拳で叩いてフタを開け、中のコックをひねる。

 ガラガラガラ、と重い音を立てて、窓によろい戸が下りた。ガシャン、ガシャン、という音は、今いる部屋以外からも聞こえてくるので、おそらく、ムウすべての窓という窓がふさがったのだろう。

 ほとんど間を置かず衝撃があった。象に体当たりされたみたいに、ムウが揺らぐ。にわか地震に和音はよろめき、慌てて机にしがみつく。

 そのころにはもう、近衛の指が猛然とキーを叩いていた。画像が切り替わり、ディスプレイに表示されたのは、吹き荒れる挟間風と、そこに浮かぶ―――三日月船の姿。


「……相変わらずセッカチだねえ……」


 半ば感心した風情で、黙が受話器を置いた。電話は、とうに切れている。

 映し出されたフェルマータから、白い光がいくすじも伸びて、ムウは激しい振動に見舞われる。轟音と共に傾き、ふらつき、ぐうっと沈み込むものだから、テーブルの上にあったカップが落ちて、粉々に砕け散る。

 何が起こっているかは、火を見るより明らかである。


「――この君は防戦、ひょう君は応戦! ただし、逃亡(とんずら)最優先にすること!」


 別人のようにテキパキ指示を飛ばす黙に、双子が「了解(ラジャー)!」とばかり敬礼する。

 部屋の外に飛び出す兄、パソコン作業を続行する弟。見ていた和音は、背後からBSにこづかれた。


「ボンヤリしてるヒマはねェぞ。仮にも相手は、間賊最高の破壊力を誇る精鋭軍団だからな。迅速に手を打たナイと、こわーいトリガー船長の餌食になっちまうって」


 言う割りに、彼は楽しそうである。双子もそうだが、ピンチに陥ってこそ生き生きするのは、どうやら間賊の必須条件らしい。

 うながされたので後に着いて行くと、狭い階段を上り、屋根裏部屋に案内された。再び派手な音。定まらぬ床に足を取られつつ、何とかバランスを保って、叫んだ。


「大丈夫なんですか!? こっちは四人、向こうは大勢。しかもただの浮き島と船ですよ。対抗出来るんですか!?」


 声が大きくなるのは、周りの騒音に負けじとするためだ。同じように大声で、黙はそれでも、不敵な笑みを崩さない。


「大丈夫なンだよ! このムウをただの島だと思ったら、大間違いだぜ」


 和音は口を閉じた。……よくよく考えてみれば、小屋は木造だというのに、度重なる攻撃を受けても揺れるだけで、まったく壊れる気配がない。そうだ、だいたい間賊たるBSの本拠地が、丸腰であるわけないではないか。

 雑然とガラクタがひしめき合う部屋に、足を踏み入れる。最奥には古びた化粧台が置いてあって、何故かその前に黙は腰を下ろした。中世ヨーロッパを思わせる飾りのついた鏡は、豪華だが盛大に割れており、ほこりを被って薄汚れていた。


 鼻歌でも歌いかねない様子で引き出しを開けると、古い紅筆(これだけ何故か日本調である)を取り、ササッと鏡面に逆さ星を描く。

 鏡が光った。みるみる割れた部分が治り、被っていたほこりが消え、まるでパソコン画面のように、鏡面にいくつものウインドウが出現する。

 ウインドウには、ムウのそこかしこの映像が映っていた。監視カメラの制御モニターを想像すれば分かりやすいだろう。フルカラーの画面には、グライクにまたがってスタンバイする兵衛の姿と、黙々とパソコンを操る近衛の姿、そして、ひっきりなしに攻撃を仕掛けてくるフェルマータの姿が捉えられている。

 緑風の中に浮かぶフェルマータは、威風堂々たる姿だった。周囲に点在して見える、ゴマツブのような赤いものは、部下が乗っているグライクだろう。船体はメタリックな銀色で、その一部がフラッシュのように瞬くと、一定の時間を置いてムウに衝撃がある。モニターに映る菜園が被弾してしまい、植え込みが土ごと、どどっと弾け飛んだ。

 香水のビンをマイクのように握って、


「錯乱弾、発射準備!」


 命令を下すと、うなずいた近衛は、パソコンを置いてある机の引き出しを開けた。ただの引き出しかと思いきや、中にたくさんのスイッチがある。うち、赤くて丸いものに指を乗せた。


発射(ファイア)!!」


 ばちん、と、スイッチが押し込められる。


 しゅぼぼぼぼぼぼ……


 巨大なパイプから煙を吹くような音が、振動となって床を震わせた。小屋のてっぺんについた煙突から、白い煙と一緒に、何かが飛び出す。それはムウの上空で破裂し、破裂し、きらめくカケラと破片を四散させながら、さんさんとフェルマータ一行に降り注いだ。

 赤いグライクの列が乱れる。面白いほど顕著な効果だった。あるグライクはぴょんぴょん跳びはね、あるグライクは宙返りし、和音並にむちゃくちゃな操縦を披露しては、とうとうぶつかり合うものまで出る始末。

 乗り手はやっきになって操作するのだが、どうにもこうにも、完全に言うことをきいていない。正体不明の破片は、グライクの計器類を完全に狂わせてしまったようだ。すかさず離陸した兵衛が、その無秩序なグライク群を標的にし、やすやすと撃墜を重ねている。


「見とれてる場合じゃねェよ、お嬢さん。そこのツボ、三回まわしてくれナイ?」


 やぶからぼうの指示だ。ツボ、と彼が指したのは、もはや(かめ)に近い巨大な陶磁器である。うぐいす色の釉薬が塗られ、形と雰囲気がどことなく中国っぽい。

 少しだけためらってから、和音はそれに手をかける。一見意味不明な黙の言動に、実は深い意味があるのだということは、さすがにだんだん分かってきた。ここは、とりあえず、言うとおりにしておくべきだろう。

 存外軽いツボを、ぐりぐり回す。三周したところで、カチッと手ごたえがあった。


「次は木箱を開けて、中のカサを引っ張れ。そのまま隣にあるギターの、一番上の弦を弾く!」


 こんなに自分のしていることに意味を見出せない作業は初めてだと思いながら、従う。カサを引いたところ、ムウ全体が目を覚ましたように身震いし、弦を弾くと、それがいっそう強くなった。


『準備完了っす!』


 あらいざらい、ムウの周囲に近寄っていたグライクを撃ち落した兵衛が、カメラ目線で親指を立てる。別ウインドウの近衛も、人差し指と親指でマルを作って見せた。

 黙の顔に、危険な微笑が閃く。


「GOOD JOB! さァ久々のドライブだ。行ってみようか、ムウ!」

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