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序章 封筒
人生は、少しだけ不親切にできている。本のようにしおりを挟んで途中で閉じることもできないし、あとどれくらいページが残っているのかも教えてくれない。
女の左側に、人ひとり分の空白がある。男は彼女の右側に腰を下ろした。病院の中庭には風がなく、枝先で重なった葉だけが、かすかに身じろぎしている。
女の膝には、男から渡されたばかりのしおりが置かれていた。透明な板のあいだで色褪せた銀杏の葉が、十年分の時間を押し潰されている。
「どうして、あの人は何も言わなかったんでしょう」
男は薄い茶色の封筒を差し出した。
「それは…。もしかしたら読めばわかるかもしれません」
女の手が伸びる。その指先が封筒に触れるより先に、頭上の木々が、遠い雨のような音を立てた。
人生は、少しだけ不親切にできている。本のようにしおりを挟んで途中で閉じることもできないし、あとどれくらいページが残っているのかも教えてくれない。
だから人は、本当は人生を変える伏線だった一節を、二度と読み返すことができない。




