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83「偽物たちの咆哮」


 運命の時が来た。


 CRIMSON GATEのステージが終わり、次への転換作業が完了した。


 8万人の熱狂が、まだ会場を満たしている。


 私たちは、特設ブースの中で準備を終えステージを見つめていた。

 目の前には巨大なステルススクリーンがあり、私たちのMVがそこに投影されている。


※ステルススクリーン(内側からは外が見えるが、外側からは見えない特殊な透過型LEDビジョン。ただし内側の照度を上げると内部が透過する)



 心臓が、早鐘を打っている。

 手が震えている。


「——5分前です」


 スタッフの声が、インカムから聞こえた。


 あと5分。


 あと5分で、私たちは8万人の前に立つ。


「……いよいよやな」


 シオンが、小さく呟いた。

 ギターを握る手が、白くなっている。


「うん」


 私は、頷いた。


 そしてセイラを見た。


 セイラは——マイクを握りしめたまま、じっと前を見つめていた。


 その横顔は、いつもの不敵な笑みではなかった。


 唇が、わずかに震えている。

 額に、汗が滲んでいる。


 ——セイラ。

 ——あなたでも、緊張するんだね。


 あたりまえだよね。

 8万人の前。世界的アーティストの直後。Vtuberへの偏見。


 そして——自分の体調。


 この場面で緊張しない奴は、人間じゃない。


 セイラだって人間だ。

 日本一のVtuber、完璧な艦長。

 でも、実際は傷だらけの、一人の女だ。


「——3分前です」


 スタッフの声。


 セイラが、深く息を吸った。

 そして——マイクを握り直した。


「アタシの……MCから入るよ」


 その声は少し震えていた、明らかに硬かった。

 私は—— 一歩、前に出た。


「待って」


 セイラが、振り返った。


「YUICA?」


「——最初のMC、私にやらせて」


 セイラの目が、わずかに見開かれた。


「……おまえが?」


「うん」


 私は、セイラの目を見つめた。


「このステージに立つために、何年もかけたセイラが怖いの、わかってるよ」


「だから——最初だけ、私が引っ張る」


「セイラは、歌に集中してほしい」


 セイラは——しばらく、私を見つめていた。


 そして——小さく、笑った。


「……生意気になったな、YUICA」


「あんたに鍛えられたからな」


「……そうか」


 セイラが——私の肩を、軽く叩いた。


「——じゃ、頼んだ」


 その声には、信頼があった。


 私は、頷いた。


「任せろ」


「——1分前です。照明、スタンバイ」


 スタッフの声。


 私たちは、所定の位置についた。


 シオンがギターを構える。

 セイラがマイクを握る。


 私は——婆のマイクを、握りしめた。


 ——婆さん。

 ——見ててくれ。


 ——あなたがマイクを託した弟子が、今から8万人のステージに立つ。


「——10秒前」


 心臓が、跳ねる。


「5、4、3、2、1——」


 照明が、灯った。



 ◇



 バックライトが、私たちを背後から照らした。


 強烈な光。


 その光が——私たち本人のシルエットを、巨大スクリーンを透かして現している。


 それはアバターじゃない。


 生身の人間の影。


 三つの女性のシルエットが、8万人の前に浮かび上がった。


 会場が——ざわめいた。


「……影?」

「これ本人のシルエット?」

「アバターじゃないの?」

「でも、体型は同じだ……」

「これ現実?仮想?どっち?」


 ——どっちでもある。

 ——どっちでもない。


 それが、私たち。


 偽物であり、本物である存在。


 現実と仮想の境界に立つ、FAKE-3。


 私は——客席を見渡した。


 8万人の海。


 CRIMSON GATEの余韻で、まだ熱を帯びている。


 でも——私たちに向けられる視線には、まだ疑念があった。


「Vtuber?」「さっきの後に?」「大丈夫か?」


 様子見の空気。

 やっぱり完全アウェイなのか——


 そう思った、その時。

 アリーナ中央に、三色の光が見えた。


 赤。青。ピンク。


 セイラの赤。

 YUICAのピンク。

 シオンの青。


 フェス専用のスティックライトは、自由に色を変えられる。


 あの三色は——偶然じゃない。


 ——銀河歌劇艦隊。


 チケット争奪戦で、私たちのために戦ってくれた人たち。


 自分の推しでもないのに、FAKE-3のチケットを取ってくれた人たち。


 8万人の中では、ほんの一握りかもしれない。

 でもその3色の光の塊は、確実にそこに存在している。


 ——ありがとう。

 ——あなたたちのおかげで、ここに立ててる。


 そう、完全アウェイじゃない。

 私たちを見に来てくれたファンが、いるんだ。


 ——だからこそ。

 ——最初のMCが、大事だ。


 あの世界的アーティストから受けたバトン。


 ジェイクの言葉が、脳裏に蘇る。


 『Show us what you got, FAKE-3』

 『I'm counting on you』


 ——期待してるぜ、か。

 ——上等だ。

 ——喰ってやる。全部。


 ——見せてやるよ、世界。

 

 36年間、ずっと逃げてきた。

 人前が怖くて、目立つのが怖くて、失敗するのが怖くて。


 でも——もう、逃げないって決めた。


 この緊張を、この恐怖を、全部飲み込んで。


 ——私は、モンスターになる。


 私は一歩前に出る。そして——口を開いた。



「Yo——8万人」


 

 私の声が、会場に響いた。


 静寂。


 8万の視線が、シルエットの私に集まる。


「さっきのCRIMSON GATE、やばかったよな」


 歓声が上がる。まだ熱が残っている。


「正直、袖で見てて震えた。『これが世界か』って」


 観客が頷いている。共感の空気。


「で、その直後に出てきたのが——Vtuber?」


 私は、自嘲気味に笑った。


 観客からも、笑いが漏れる。


「大丈夫か?って思った奴、正直に手挙げてみ?」


 ちらほら、手が挙がる。


「いいね、正直で。——私も同じこと思ったよ」


 今度は大勢の笑い。空気が、少しずつ和らいでいく。


「——でもさ」


 声のトーンを、変えた。


「私たちは、ここに立ってる」


 会場が、静まる。


「偽物だって言われても。場違いだって笑われても」


「——逃げなかった」


 私は、一呼吸置いた。


「なあ、8万人——」


「本物って、なんだと思う?」


 沈黙。


 誰も、答えない。


「顔出すこと? 名前出すこと? テレビ出ること?」


 私は、首を振った。


「——違うだろ」


「本物ってのは——ここだよ」


 胸に、手を当てた。


「魂削って、全力で届けようとする。その覚悟だろ」


「私たちは偽物だ。仮面被ってる。顔も見せない」


「——でも」


 声を、張り上げた。


「この音は、声は、想いは——」


 

「——本物だ!」



 歓声が上がる。


 でも——まだ終わらない。


「——なあ」


 私は、8万人を見渡した。


「『Vtuberはロックフェスに来るな』って言った奴がいる」

「『偽物は引っ込んでろ』って言った奴もいる」


「『本物の音楽を、ロックをなめるな』ってな——」


 私は、笑った。


「——うるせえよ」


 会場が、ざわめく。


「誰が決めたんだ、そんなルール」


「誰が決めたんだ、本物と偽物の境界線を」


 私の声が、熱を帯びていく。


「顔を出さなきゃロックじゃない?」


「アバターじゃ魂が伝わらない?」


「——ふざけんな」


 マイクを、握りしめた。


「そんなくだらない常識——」


 私は、叫んだ。


「——ぶっ壊してやる!」


 歓声が、爆発した。


 でも——まだだ。まだ足りない。


「これは——偽物と言われた人間の——」


「——反抗だ」


「何を言われようが絶対に——屈しない!」


 私は、拳を突き上げた。


「これが私たちの——」


「——ロックだ!」


 その瞬間——


 シオンのギターが、唸りを上げた。


 重低音から駆け上がるサウンドが、会場の空気を震わせる。


 8万人の鼓動と、共鳴する。


 セイラが、一歩前に出た。


 息を、深く吸い込む。


 そして——


 Ahaaaaaaaaaaaaa————


 ギターと合わせたロングトーンが、8万人の頭上を突き抜けた。


 ——さすがシオンとセイラ。

 ——この声が、この音が、私の言葉と最高のタイミングで重なった。


 ——いま三人が、一つになっている。


 私自身にも鳥肌が立つ。

 そして、会場全体が、震えている。


 私は——最後の言葉を、叫んだ。


「聴いてくれ!」


 

「——Revolt.!!」


 

 その瞬間——


 バックライトが、消えた。


 闇。


 一瞬の、静寂。


 そして——


 巨大スクリーンに、光が灯る。

 三人のアバターが、映し出された。


 鳳凰院セイラ。YUICA。シオン。


 偽物たちが——今、姿を現す。


 イントロが、炸裂した。


 8万人の歓声が、爆発する。


 ——反抗の幕が、上がった。


 ◇



 シオンのギターリフが、会場を切り裂いた。


 重く、鋭く、容赦ない音。


 風間和志の血を継ぐ者の、魂の咆哮。


 観客が、息を呑む。


「ギター、やべえ……」

「マジか、このレベル……」

「Vtuberの音じゃねえ……」


 セイラの歌声が、重なる。


 力強く、でも繊細に。


 怒りと悲しみと希望が、混ざり合った声。


 500万人を魅了してきた、あの声が——今、8万人の心を鷲掴みにしようとしている。


 そして——私のラップパート。


『Fake? Laugh? — 上等だよ。

 名前だけで測る声なんて

 ここにいる三人の“始まり”になるだけ』


 『Hello, world —— 革命、始めるよ』

 


 そしてセイラの歌が、私の言葉が、弾丸のように飛んでいく。


 婆から受け継いだマイク。

 MCバトルで磨いた技術。

 36年間溜め込んだ怒りと反抗。


『倒れたって 立てば winner

信じた仲間がいる 三人だ

見てろよ この世界のセンサー

撃ち抜いてやる revolution trigger』


 全部を——今、ぶつける。


 観客が——変わり始めた。


 最初は様子見だった8万人が。


 腕を振り始める。声を上げ始める。


 ペンライトが揺れ始める。


『三人の魂が、世界ステージを撃ち抜く』


 ——届いてる。

 ——私たちの音が、言葉が、想いが。


 ——8万人に、届いてる。


『Fake?なら見せてやるよ 

偽物が世界を変える瞬間を!』


 ——これが、私たちの反抗だ。

 ——これが、偽物の本気だ。


 サビで、三人の声が重なる。


『Revolt——!』


 一曲目が終わった。


 8万人が、拳を突き上げた。

 アリーナが揺れる。スタンド席が揺れる。


 新国立競技場全体が、私たちの音で震えている。

 

 爆発的な歓声が、会場を包んだ。


「FAKE-3!」

「FAKE-3!」

「Revoltやべえ!」

「最高!」


 さっきまでの「様子見」の空気は、完全に消えていた。


 8万人が——私たちに、熱狂している。


 歓声が、鳴り止まない。


 私は、息を切らしながら——セイラを見た。


 セイラは、額の汗を拭いながら——笑っていた。


 あの不敵な笑みが戻ってる。


 でも——どこか、安堵が混じっている。


「……やるじゃねえか、YUICA」


「そっちこそ」


 セイラが、マイクを握り直した。

 そして——8万人に向かって、口を開いた。



「なあ——8万人の仲間たち!」



 セイラの声が、響く。


「さっきのMC、アタシの役だったのに、いきなりYUICAに持っていかれた」


 観客から、笑いが起きる。


「悔しいから、アタシからも一つだけ言わせろ」


 セイラが——客席を見渡した。


「アタシは——鳳凰院セイラだ」


「日本一のVtuberとして、5年間やってきた」


「500万人の仲間と一緒に、ここまで来た」


 セイラの声が——少しだけ、震えた。


「正直——怖かった」


 会場が、静まる。


「Vtuberがロックフェスに出る。馬鹿にされるって、わかってた」


「偽物だって言われるって、覚悟してた」


「でも——」


 セイラが、アリーナ中央を見た。


 赤、青、ピンクの三色の光。


「——来てくれた奴がいる」


「私たちを信じて、ここまで来てくれた奴がいる」


 セイラの目が——潤んでいるように見えた。


「ありがとな」


「おまえらのおかげで——私は、ここに立ててる」


 歓声が、上がる。


 三色の光が——大きく揺れた。


 セイラが、続けた。

 

「でもな、これって偶然じゃないんだよ」


 セイラが——私とシオンを見た。


「この二人と出会えたことも」


「おまえらと出会えたことも」


「今日、この場所に立てていることも」



「——運命だ」


 

 セイラが、マイクを握りしめた。



「全部の運命に——感謝を込めて」

 

「聴いてくれ」



「——『Destiny』」




 シオンのギターイントロが、静かに始まった。


 さっきの激しさとは、対照的。

 繊細で、優しく、でも芯のある音。


 この音が——会場を包んでいく。


 セイラの歌声が、重なる。


『ねぇ ねぇ ねぇ 星が落ちた夜 あなたに出会った』

『broken soul × lonely heart 光の海で 見つけた truth』


 そして私のラップが曲に勢いを作る。

 

『銀河を越えて あなたに届く love song

 星と星が重なる 奇跡の timing

 欠けた魂  アナタとなら shining

 You and I — align in the sky, like lightning』


 そしてセイラの感情のこもった歌詞が、胸に刺さる。


『でもあなたは見抜いてたんだ 仮面の下の傷に気づいてた』

『裸になって 呟いた言葉 胸を刺して涙が溢れた』

 

 これは、セイラの本音だ。


 孤独だった日々。仮面の裏で泣いていた夜。

 でも——仲間と出会って、変わった。


 私も、同じだった。


 36年間、ずっと一人だと思ってた。

 世界は敵だらけで、誰も私を必要としていないと思ってた。


 でも——ゆいがいた。セイラがいた。シオンがいた。


 運命が——私たちを引き合わせた。


『銀河を渡る lonely star 素顔を隠したまま』

『眩しすぎるその瞳に 心ごと焦がされた 』

『壊れていいよ 夜を越えて』

 

『ねぇ ねぇ ねぇ ——』

 

『——君を探してた』


 銀河を彷徨う孤独な星が、運命を叫ぶサビ。

 

 そして曲が、進んでいく。


 観客が——Revoltの熱狂とちがい、聴き入っている。


 でも——確かに、心を掴んでいる。


 ペンライトがゆっくりと揺れる。


 まるで、8万人が一つの生き物になったように。


 そして——シオンのソロパートが来た。


 シオンが——一歩前に出る。


 ギターを構える。


 私は——シオンの背中を見つめた。


 小さな背中。でも——今は、大きく見える。


 シオンの指が——動き始めた。


 急激な転調を見せるギターのフレーズ。


 父から受け継いだ、激しくも繊細な音色。


 ギターが歌っている、叫んでいる、泣いている。


 ——まるで風間和志の音だ。


 ギターの音色が徐々に、熱を帯びていく。

 速く、激しく、でも美しく。


 これは、風間和志にはない、シオンだけの音色。

 

 父の音を受け継ぎながら、自分に今できる限界を重ねていく。


 ——ステージで聴くシオンのギターはすごいと思った。

 ——否応なしに、心を鷲掴みにしていく力がある。


 これが、シオンなんだ。


 観客が——息を呑んでいる。


 8万人が、シオンのギターに支配されている。


 でも——私は気づいた。


 シオンの足が、肩が——震え始めた。


 ——やっぱり怖いんだ。

 ——父のように倒れるんじゃないかって。

 ——ソロを弾き切ったら、死ぬんじゃないかって。


 ——でも、耐えて弾いている。

 ——私たちのために、シオンは弾いている。


 その時——セイラの声が、重なった。

 

 その震えを、恐怖を包み込むように、セイラのロングトーンが天へと響く。

 

 幻想的で美しい、コーラス。


 まるでシオンのソロを、支えるように。


 シオンの表情が——変わった。


 震えが、止まった。

 そして——最後のフレーズに向かって、指が加速する。


 高く、高く、高く——


 最後の一音が、8万人の頭上を突き抜けた。


 一瞬の静寂。


 そして——爆発的な歓声。


「やべえ……」

「泣いた……」

「ギターソロ、神だった……」

「鳥肌止まらない……」


 シオンが——振り返った。

 目が——潤んでいた。

 私は——小さく頷いた。


 曲が、クライマックスに向かう。


 シオンのギターが、うねりを上げる。


 セイラの歌声が、限界まで張り上げられる。


 私のラップとコーラスが、二人を支える。


 三つの音が——一つになっていく。


『ねぇ ねぇ ねぇ 君を見つけた』

『ねぇ ねぇ ねぇ 呼び合うように』


『透明な嘘を脱ぎ捨てて 今日も誰かを照らしてる』


 最後の音が——鳴り響いた。


 そして——静寂。


 一瞬の、間。


 それから——


 爆発的な歓声が、会場を包んだ。


「FAKE-3!」

「FAKE-3!」

「最高だった!」

「泣いた!」

「本物だ! おまえら本物だ!」


 私は——息を切らしながら、立っていた。


 隣には、セイラとシオンがいる。


 三人で——8万人の歓声を、浴びている。

 歓声が、雷鳴のように轟く。


 ——届いた。

 ——私たちの音が、言葉が、想いが。

 ——8万人の心に、届いた。



 歓声が、鳴り止まない。


 三人のアバターが会場に手を振る。


 私たちは、スクリーン越しに——8万人の熱狂を受け止めていた。


 その時——


 ステージ袖から、一人の男が歩いてきた。


 観客が、ざわめく。


「え……?」

「あれって……」

「CRIMSON GATEの……」

「ジェイク・モリソン!?」


 ——ジェイク。


 ——さっき、バトンを渡してくれた男。


 ——なんで、また出てきたんだ?


 ジェイクは——私たちのアバターの前に立った。

 

 そして、中央に立つセイラのアバターの目の前にやってきた。


 8万人が、固唾を呑んで見守っている。


 ジェイクが——手を挙げた。


 高く、真っ直ぐに。


 セイラが——一瞬、戸惑った。


 でも、すぐに理解した。


 セイラも——手を挙げた。


 映像と、生身。


 仮想と、現実。


 二つの手が——重なった。


 ハイタッチ。


 8万人が——息を呑んだ。


 そして——


 爆発的な歓声が、会場を揺らした。


「うそ……」

「世界のジェイクが……」

「Vtuberと……」

「ハイタッチした……」

「映像と生身で……」

「歴史的瞬間じゃん……」


 ジェイクが——マイクを取った。


「You guys are insane!」

(おまえら、マジでヤバいわ!)


 笑いながら、言った。


「I love it」

(たまんねえな)


 歓声が、さらに大きくなる。


「This is the future of rock」

(これがロックの未来だ)


 ジェイクが——セイラのアバターを見つめた。


「Hey, FAKE-3」


 その目が、真剣だった。


「Come to LA. Our festival next spring」

(LAに来いよ。来春、俺たちのフェスにな)


「I'll be waiting」

(待ってるからな)


 ——LA。

 ——来春のフェス。

 

 ——ええ?世界が、私たちを呼んでいる……。


 会場が、どよめいた。


「LA招待……?」

「世界のフェスに……?」

「Vtuberが……?」

「マジかよ……」

「歴史が動いた……」


 セイラのアバターが——口を開いた。


「Thank you, Jake」

(ありがとう、ジェイク)


 セイラの声が、かすかに震えていた。


「We'll definitely go」

(絶対に行く)


 そして——客席を見渡した。


「But first——」

(でもその前に——)


 セイラの声に、力が戻る。


「We have to win here」

(ここで勝たなきゃな)


 ジェイクが——笑った。


 心から楽しそうに。


「That's the spirit」

(その意気だ)


 そして——親指を立てた。


「Good luck, Fake Stars」

(頑張れよ、偽物の星たち)


 ジェイクが、ステージを去っていく。


 その背中に——8万人の歓声が送られる。


 そして——その歓声は、私たちにも向けられていた。


「FAKE-3!」

「FAKE-3!」

「世界に行け!」

「絶対勝て!」

「おまえらが日本の誇りだ!」


 私は——震えていた。


 感動で。興奮で。そして——信じられない気持ちで。


 ——世界が、認めてくれた。


 ——偽物の私たちを、世界が認めてくれた。



 ◇



 ステージが終わった。


 私たちは、特設ブースから出て——舞台裏の通路を歩いていた。


 すれ違うスタッフたちが、拍手を送ってくれる。


「すごかったです!」

「最高でした!」

「感動しました!」


 私は——まだ、夢の中にいるような気分だった。


 最初にあった紛いものを見る目も、卑下した言葉も、そこにはなかった。


 これが、音楽の力なんだ。


 スマートフォンの電源を入れた。通知が、鳴り止まない。


 ちらりと画面を見る。


 SNSが——爆発していた。


『うそだろ……』

『世界のCRIMSON GATEが……』

『Vtuberと……』

『ハイタッチ……』

『LA招待……マジ?』

『歴史的瞬間を目撃した』

『鳥肌止まらない』

『泣いてる』

『FAKE-3やばい』

『偽物が本物を超えた瞬間』


 トレンドが——埋め尽くされている。


『#FAKE3』

『#JROCKフェス』

『#Vtuberの革命』

『#偽物の本気』

『#世界が認めた』

『#LA招待』


 ——世界が、見ている。

 ——私たちの革命を、世界が見ている。


「すごいな……」


 シオンが、呆然と呟いた。


「うちら、すごいことしてもうたんやな……」


「ああ」


 私も、頷いた。


「すごいことだよ、これは」


 でも——


 私は、隣を歩くセイラを見た。


 セイラは——黙って歩いていた。


 いつもなら、真っ先に勝ち誇るはずなのに。


 「どうだ、見たか」と叫ぶはずなのに。


 ——おかしい。


 セイラの足取りが——重い。


 呼吸が——荒い。


 さっきのステージの途中から、気になっていた。


 歌声は完璧だった。パフォーマンスも完璧だった。


 でも——息継ぎが、いつもより長かった。


 汗の量も、いつもより多かった。


 ジェイクとのやり取りの時も——声が、かすかに震えていた。


 あれは感動だけじゃない。


 体が——限界に近いんじゃないか。


「セイラ」


 私は、声をかけた。


「大丈夫?」


「……ああ、大丈夫」


 セイラは——笑った。


 いつもの、不敵な笑み。


 でも——その笑みが、どこか弱々しく見えた。


「ちょっと、息が上がっただけだ」


「本当に?」


「本当だって。心配すんな」


 私は——ポケットの中のペンニードルを、握りしめた。


 今朝、控室で回収した、セイラが使ったペンニードル。


 ——これ、本当にただの解熱剤なのか。



 聞きたかった。問い詰めたかった。


 でも——


 その時、舞台裏のモニターに映像が流れた。


 次の出番——HANGOUTが、ステージに向かっている。


 1日目のトリ。グローバルミュージックの看板バンド。


「……始まるな」


 セイラが、モニターを見つめた。


「HANGOUTのステージ」


「うん……」


 私は——それ以上、聞けなかった。


 今は、HANGOUTのステージを見届けるべきだ。


 彼らの後に、投票結果が発表される。


 私たちの運命が、決まる。


 ——でも。


 私は——セイラの横顔を、見つめていた。


 青白い顔色。額に浮かぶ汗。わずかに震える唇。


 歓声の中で、私は気づいていた。


 隣に立つセイラの呼吸が——明らかに、おかしいことに。


 

(つづく)


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