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07「無知な姉、日本一のVtuberを罵倒する」

 

「独立路線で行くか、事務所に所属するか……」


 ゆいが大手Vtuber事務所からのオファーを見ながら考え込んでいる。

 日本で登録者数トップを走るエースを抱える名門だ。

 所属すれば、コラボ効果で間違いなく成長速度は上がるが自由度は確実に下がる。

 ここで罵倒系がどこまで許されるのか未知数だった。


「どうする?お姉ちゃん」


「うーん……」


 私も迷っていた。昨日まで普通のフリーターだった私に、こんな重要な判断ができるんだろうか。


「まだ……判断するには早すぎるかも」


 ゆいがスマートフォンを置く。


「そうだね。もう少し状況を見極めてから決断しましょう。今は32万人だけど、これからどこまで伸びるかわからないし」


「うん。勢いだけで焦って決めて後悔するより、慎重に行こう」


 その時、ふと気になることがあった。


「ねえ、ゆい。なんか汗臭くない?」


「え?」


 ゆいが慌てて自分の脇の匂いを嗅ぐ。


「うわあ!本当だ!旅行から急いで帰ってきたから、まだお風呂入ってなかった!」


 確かに大きなスーツケースを引きずってそのまま話し込んでいた。


「とりあえずお風呂入ってくるから、お姉ちゃんはいつも通り配信始めて!」


「わかった」


 ゆいが浴室に向かう途中で振り返る。


「あ、これだけ注目されたら必ずアンチも沸くから注意してね」


「アンチ?もし来たらどうすればいい?」


「お姉ちゃんの場合は罵倒系だし、強気で殴り返せば盛り上がるでしょ」


 そう言ってゆいは浴室に消えていった。


 私は一人でゆいの部屋に向かい、配信の準備を始める。



【配信開始】



「こんばんは、皆さん。今日もよろしくお願いします」


『お嬢様お疲れ様です!』

『今日も相談乗ってください』

『ブタども集合!』

『待ってました!』


 視聴者数は開始早々6万人を超えている。もうこの数字にも慣れてきた。


「はい、今日も人生相談やっていきますよ。何かお悩みがある方はどうぞ」


【スパチャ:2000円】

 メッセージ『お嬢様!職場の後輩が生意気で困ってます』


「職場の後輩ですか……具体的にはどんな?」


 詳細を聞いていると、それなりに複雑な人間関係の話だった。どうやら最近入ってきた後輩が、先輩である相談者を馬鹿にするような態度を取るらしい。


「なるほど……でも、後輩って最初はそんなものじゃないですか?」


『でも明らかに舐められてる感じで』

『指示しても聞かないし』

『飲み会でも態度悪いんです』


「あー、それは確かにムカつきますね」


 私は画面に向かって溜息をついた。


「でもね、そういう後輩って大体、自分に自信がないから虚勢張ってるだけなのよ」


「あなたがビビって遠慮してるから、余計に調子に乗るの」


『どうしたらいいでしょう』


「簡単よ。一回、キッチリ怒りなさい」


 私の声がだんだん低くなっていく。


「『なめんなよ』って、はっきり言ってやりなさい。後輩なんて所詮後輩なんだから」


「いいこと?遠慮なんてしてたら、ずっと舐められ続けるわよ」


『でも関係が悪くなったら……』


「ぐちゃぐちゃうるさい!社会を舐めるな!って言ってやんなさい」


 私は画面に向かって呆れたような表情を作る。


「結局、無知やつにはガツんと言わなきゃ。その方があなたもスッキリするわよ」


『無知かぁ。確かに……そうですね!』

『やってみます!』



 その時だった。



 チャットに見慣れない名前が現れた。


【スパチャ:10,000円】

鳳凰院(ほうおういん)セイラ:『後輩の罵倒系Vtuberが調子に乗ってて困ってます』


 ——え?誰この人?罵倒系って……まさか私のこと?


 1万円のスパチャに、チャットが急に騒がしくなる。


『え?このアイコン……艦長じゃね?』

『マジで?本物?!艦長来たの?』

『YUICA♡様!やばい!艦長だよこれ!』

『うわああああ艦長降臨!』


 ブタどもが急に騒ぎ始める。


 ——え?艦長ってだれよ?彼らが知ってるってことはVtuber?


 たしかにアイコンからしてVtuberっぽい、でも業界に疎い私にはまったく誰なのかわからない。


 するとその艦長から音声チャットの通知が。

 私はそれを受けることにした。


「えーっと……鳳凰院(ほうおういん)さん?この相談って私を煽ってるのかな?」


 鳳凰院セイラ『やぁ、ちっぽけな地球の民たち。今日もこの銀河の頂点から見下ろしてやろうか?』


 ——何よこの人。アニメキャラみたいな可愛い声に反して、上司みたいな不遜な態度。


「なんなんですかその、どっかの歌劇団みたいな名前は」


 鳳凰院セイラ『銀河歌劇艦隊を知らんだと?……まさか貴様、地球圏の通信網から遮断されてるのか?』


 ——なんだぁ?語彙や話し方が独特だな。

 でもスパチャ1万円もくれたし、もうちょっと様子見るか。


「いや、よく知らないのでまずは名乗ってもらえますか?」



 するとコメ欄が騒がしくなる。


『え?ちょっとお嬢』

『YUICA♡様マジで……知らないの?』

『これはヤバい予感しかしない』

『艦長を知らないVtuberとか都市伝説だろ』



 鳳凰院セイラ『お、おまえ生意気だな。いいだろう……銀河を駆けるは愛と栄光の航路ッ!我こそは銀河歌劇艦隊!艦長、鳳凰院セイラだッ!』



 なんだそれは。アニメか何かの影響か?



「……あら、急に詩人さんでも来たかしら?『銀河』とか『歌劇』とか、なに?宇宙船に乗ってるの?……だから『艦長』?ふーん。なんかヤバいね」



 鳳凰院セイラ『なんだと?てめぇ!ぽっと出の毒舌モドキがよぉ、調子こいてんじゃねぇぞおい!』



 なるほど、これがゆいの言ってた”アンチ”ってやつだ。


 よし、二度と煽れないようにキツめに対応しとくか。



「毒舌もどきですって?……そのような私ですら、あなたのこと知らないんですけど。何様のつもりですか?」



『あっ終わったwwwww』

『YUICA♡様の無知さがまたイイ』

『艦長相手に舐めプ……初めて見た……』

『あああああ!!ヤバイこれは神回』


 なぜかコメントが激しく盛り上がっている。



 鳳凰院セイラ『まあいい。生意気な奴も嫌いじゃないけどなぁ!』『どうだ、我の配下になればこの艦にのせてやってもいいぞ』



「はあ?なんでそんな痛そうな艦に私が乗らなきゃいけないんですか?ちょっと先輩だからって上から目線はやめていただきたいですねぇ」



 鳳凰院セイラ『……おい。まさかおまえ、本気で我を知らんのか?プロレスって意味、分かるか?バカでも知ってるエンタメの教養だぞ?』



 艦長が、また意味不明なワードで煽ってくる。


『艦長、また始まったwww』

『愛の新人焼き芸きたーー!!』

『すんません艦長!あとで教育しときますんで』


 そして相変わらず興奮してて騒がしいブタども。



「いえ、知らないですけど?そちらこそ、誰に向かって『おまえ』とか言ってるのかしら。あと『プロレス』って、なんか中学生みたいで痛々しいですよ」



『ああああ!YUICA♡様それはマズイ!!』

『艦長に"痛々しい"とか言ったV初めて見たw』

『お願いだから本気にしないで艦長ぉぉぉ!!』

『艦長に楯突いた底辺Vって伝説になるぞこれ……』



 鳳凰院セイラ『ふふっ……いい度胸だな。貴様のような半人前の駆け出しが、我にその口をきくか』


「ちょっと待って、マジで何なのこの人?『宇宙がどうとか』言ってる割に、器が小さいのよ。そうね……『宇宙船』っていうより、『痛車』の艦長って感じ?」


 鳳凰院セイラ『おまえ!なんなんだよ!そっちがその気ならやってやんぞこら!』


「うるさいなあ。そんなキレて見っともないと思わないの?大人のすることじゃないでしょ」



『ブヒ、お嬢がそれを言うのか』

『YUICA♡様、女王すぎるブヒ』

『業界に嵐が来てる……ブヒー!』



 鳳凰院セイラ『ぷぷ、じゃあ逆に聞くけどぉ〜?お前の配信、あれなに?"正論"って名の説教?ねえ、ママに構ってもらえなかった子供の成れの果て?』


「あらあら、今度は私の悪口ですか?自分が馬鹿にされたら逆ギレって、本当に器小さいのね」


 鳳凰院セイラ『だいたいオマエ、リスナーの呼び名が"ブタども"って何だよ。あ、ちょっと共感したけどな?我も"家畜"好きだけどな?つうか、さっきからうるせえぞブタども!』


 ——は?


 私の中で何かが切れた。


「ちょっと待てこの野郎!」


「こいつらをブタって罵っていいのは私だけよ!」


「勝手に私のブタどもに手を出すんじゃない!」


 チャットが爆発した。


『うわああああ!』

『お嬢様がブタどもを守ってくれた!』

『感動で涙が止まらない!』

『これぞ真の愛だ!』

『ブヒーーーーー!』


 鳳凰院セイラ『あーっはっは!怒った怒った♪おいおい、マジで本気で怒ってんのか?やっべぇ……おまえ、天才じゃん』


「そうよ!私の上には私しかいない!あんたなんてブタ以下よ!」


 鳳凰院セイラ『ブタ以下だとぉ!あったまきた!上等だァッ!じゃあ証明してみせろよ、我より上だってことをよぉおお!!』



『艦長がマジトーンだ!』

『ブヒィィィィ!!これは神回』

『ブヒィ!歴史が動いてる』



 鳳凰院セイラ『ホームで吠えてるだけのくせによぉ!じゃあてめぇ、今度はこっちの土俵に来いや!!

どうせ外じゃ歌も踊りもできない陰キャなんだろ!?』


「はあ?望むところよ!上から目線の昭和センスな喋り方してさぁ」

「あ“艦長”って、船じゃなくて勘違いの“カンチョウ”じゃなくて?」



 鳳凰院セイラ『……ふふん。こいつ、気に入ったわ。そのまま無知で突っ走れよ地雷姫』『後で日時を送るから!ぜってえ逃げんなよ!ボコボコにしてやるからな』


 そう言って艦長は配信から去っていった。



『艦長ガチで顔真っ赤やんw』

『これは喧嘩案件』

『強制コラボきたーーー!』

『艦長に喧嘩売るVtuberなんておるんや』

『YUICA♡様だけです!それがいい』

『失禁レベルの興奮!ブヒー!』

『俺たちは今夜、歴史的瞬間に立ち会ったんだな』



 この段階で登録者数は40万人を突破していた。


 ブタどもは、コメントでわいのわいのと盛り上がっていたが、三日連続になるので、今日は早めに配信を終了することにした。



【配信終了後】



「ふう……疲れた」


 配信を終えて、椅子にもたれかかる。今日は特に疲れた気がする。


「お姉ちゃん、お疲れ様!」


 お風呂から上がったゆいが、バスタオルを巻いてリビングに現れた。


「あ、ゆい。お疲れ様」


「今日の配信どうだった?」


「うん、まあまあかな。でも変な人に喧嘩売られたから買っといたよ」


「え?アンチと喧嘩?」


「うーんVtuberらしい。鳳凰院セイラとかいうわけわからん女に絡まれてさ」


 ゆいの顔が青くなった。


「え?え?鳳凰院セイラって……言いましたか?」


 バスタオルを落としそうになりながら、ゆいが慌ててPCに駆け寄る。


「うわぁぁぁ!本物の艦長じゃん!!しかも……めっちゃ罵倒してるぅぅ!」


「え?この人有名なの?」


「ていうか……ガチで言ってる?」


 本当に知らなかったのだ、それが登録者数420万人。

 Vtuberの界の玉座に君臨する日本一のVtuber、

 銀河歌劇艦隊(GKSA)鳳凰院セイラ(通称:艦長)だったということを。



(つづく)



 ——日本一のVtuberを罵倒した上に

 宣戦布告してしまったお姉ちゃんの……運命はいかに。




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 ターニングポイントの7話になりました。

 ここまでの感想など参考にしたいです。


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こんばんは。 艦長…元ネタは某船長かな?昭和臭い言うてるしww
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