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20-ⅳ)運命は残酷に〜未だ悪夢は覚めず

 新当主決定報告の集会解散の直後 ──

 ライトは

「夕飯時に今後の事を家族で話し合おう」

 と、元気のない息子ブランと嫁たちに伝えると、仕事に戻って行った。マンダネも食材を見に倉庫へ向かった。


 そして、女中メイドを従えて、ブラン専用テントを訪れた本妻のロクサネがブランと言い争う。

 目の前に威圧感のある長身のローゼンがいない事で、先程の不満を爆発させたロクサネがブランの頬を平手打ちした。そして、叩かれた頬を押さえる彼を指差して罵倒する。

「このクズ! カラヤ家の当主になるって言うから結婚してやったのに、こんなの、話が違うじゃない!」

 頭に来たブランも頬から手を離し、激しく言い返す。

「ふざけるなッ!! それはこっちのセリフだ! 破産するような実家なんぞ、只の役立たずだ!」

「そんなの仕方ないでしょ!? お父様だって好きで破産したわけじゃないんだから!」

 傍らで控えていた女中メイドがロクサネの不運を聞いて

『いい気味』

 と、ほくそ笑む。

 ブランとロクサネの言い争いは続く。

「そのお父様とやらが、まともなリスク管理をしてなかったから、破産したんだろうが!」

「リスク管理とか、そんなの知らないわよ! それより、あなた、お父様に援助してよ!」

 自分の今の立場もわきまえず、上から物を言うロクサネに、ブランは呆れ、そして、自らのままならぬ現状にイライラしながら頭をかく。

「簡単に言うな。俺はローゼンの監督下に置かれたんだぞ。店のカネは使えない」

「だったら、あなたの私財を使えばいいじゃない」

「ハァ? なんで俺が自腹を切ってやらないといけないんだ?」

「あなたは わたしの夫なんだから、愛する妻の実家の窮地を救うのは当然の事でしょ?」

 ロクサネはまだ勘違いしていた。ブランは自分に惚れて結婚したのだと。しかし、ブランがロクサネに対してしたに出ていたのは、実父である海運王に利用価値があっただけに過ぎない。

「いい加減にしろッ! 何が愛する妻だ。お前のワガママにはもう、うんざりだ!」

「わ、ワガママ?」

 と、口をぽかんと開けるロクサネには自覚が無い。

「ああ、そうだ。お前のワガママのせいで、何人の使用人が辞めていったと思ってるんだ !? あんまり成り手がいないから高いカネを払って、やっと、こいつを繫ぎ止めているんだろうが!」

 ブランは怒鳴りながら、女中メイドを指差す。

「へ?」と、ロクサネが女中メイドの方を見ると、彼女は気まずそうに視線を逸らした。

 ブランがゆがんだ笑顔を見せた。

「分かったろ。実家は借金まみれ、お前はワガママの金食い虫、今は利用価値ゼロだ」

「り、利用価値……」

 と、ロクサネは放心する。自らは人を利用する存在でいる事が当たり前、愛される事が当たり前と思っていたロクサネ。まさか、自分が人からそのような目で見られていたとは思ってもみなかった。

 ブランがとどめの一言を発した。

「貴様なんぞとは離婚だァ──ッ!!」

 しばし、放心していたロクサネが狼狽うろたえる。

「ま、待って! 離婚だけはやめて! お、お願いよ! あ、あなたに離婚されたら、わ、わたし、どうやって生きていったらいいの !?」

 ブランの服にしがみ付くロクサネをブランは無情にも引きがそうとする。所詮は愛の無い結婚だ。

「そんなもの知るか! とっとと出て行け! 二度と俺の前に現れるな! この疫病神ッ!!」

「ひ、ひどい!」

 「疫病神」と言われてショックを受けた際に、ロクサネの手から力が抜け、ブランに押しのけられた彼女は床の上に倒れ込む。

「おい! 誰かッ! この女をつまみ出せ!」

 ブランが男の使用人を呼んで、ロクサネを自分のテントから放り出させる。命令された男の使用人はロクサネの襟首をつかんで引きずりながら、テントの外へ出て行く。

「ブラン、ブランー。お願いよ、見捨てないでぇ……」

 弱々しく泣きながら訴えて引きずられてくロクサネの姿から顔を逸らし、ブランは舌打ちした。

 ロクサネの姿がなくなると、ブランは「ドサッ!」と腰を下ろしてソファーにもたれ、疲れたように大きく溜め息をく。

 ポツンと立ち尽くしていた女中メイドがブランに伺いを立てる。

「あ、あの…、わたくしはどうすればいいのでしょうか?」

「あ? お前か。ロクサネの専属だったな」

 ブランは他人ひとごとのように冷たい眼で女中メイドを見る。

 つい先程、ロクサネの事を『いい気味』と、ほくそ笑んでいた女中メイドが恐る恐る願い出る。

「で、できれば、ブラン様にお仕えしたく……」

「はぁ? お前、図々しいな。クビだ」

 薄情なブランの事だ。これ以上なにか言えば、ロクサネのように乱暴に放り出されるのは目に見えていた。失意の中、彼女は渋々ロクサネの後を追った。



 その頃、ローゼンの祖母・リナに呼ばれて、ローゼンを初めとする当主一家と兄レイと一緒に、おやつを食べていたサク。女の泣き声が聞こえたので、

「誰か、泣いてる……」

 と、つぶやいた。

「あら、ホントね」

 と言うリナだけでなく、他の家族も泣き声に気になり始めて、「何事だろう」と、互いに顔を見合わせた。

「ちょっと見て来ます」

 サクが席を立ち、テントから外へ出てみると、ロクサネとその女中メイドが近くのテント ── ロクサネ用のテントのそばで座り込んで「わんわん」と泣いていた。それを、うんざりした様子でサクの護衛たちが眺めている。

「どうしたんですか?」

「さぁ? ブランと喧嘩でもしたんじゃないんですかね」

 サクが訊ねると、護衛隊長キルスが肩をすくめて返事した。

 ロクサネ用のテントのドアの前では男の使用人が仁王立ちになり、中へは入れてもらえないようだった。

「いくら泣いても、ダメなものはダメだ。ブラン様のめいだ。身一つで出て行ってもらう」

 男の使用人の言葉を聞いて、かなり酷な話に思えたサクは、しばし、あごをつまんで考える。泣いていて可哀想に見えるロクサネたちだが、少なくともロクサネに限っては激昂すると怖いからだ。

『暴力的になられたらおとろしぃけど、キルスさんたちもるし、テントにはローゼンと家族も皆、集まっとるしぃ……』

 現状を踏まえた上で、サクはひとまず、ロクサネたちをお茶に誘った。

「あのぉ…。一緒に、おやつでも食べませんか? 甘い物 食べたら、元気出ますよ?」

「へ?」「え?」

 ロクサネと女中メイドが振り返ると、そこには妖精のようなサクの、いつもの美しい微笑みがあった。


 卓上には当主家の女中メイドが用意したフルーツゼリーと水出し紅茶が並べられている。フルーツゼリーはあらかじめ井戸水で冷やしてあるので、その冷たさが気持ち良くて美味しい。

 ロクサネと女中メイドの話を聞いて早々、ローゼンの母・カーラが身もふたもない事を言う。無論、ロクサネの話に客観性はないので、彼女の女中メイドの話の方が参考になる。

「馬鹿だねぇ。カネの為に結婚するから、カネの為に別れる事になるんだよ」

 しかし、その言葉にサクだけでなく、周りも深くうなずいていた。

「しかし、あれだな、西洋へ戻ったとしても、借金取りに追われる生活になるな」

 ローゼンの祖父・ローキの言葉に、ロクサネとその女中メイドは青ざめる。

「どうだろ。借金取りはここまで来るかな?」

 と、ローゼンの弟・ルークが兄の方を見ると、ローゼンが腕組みして少し考える。

「さぁて、どうだろうな……。少なくとも、海運王からブランのもとへ援助の要請は来るだろうな」

 ロクサネたちは祈るように両手を握り合わせて、援助の要請が通る事を期待するが、ローゼンの父・カイトが

「だが、ブランの事だ。『離婚しているから、その義務はない』と突っぱねるだろう」

 と言い、同じ予測をするローゼンもそれにうなずくので、ロクサネたちは失望する。

「御当主様のお力でなんとか……?」

 ロクサネはブランよりもずっと強い権限を持つローゼンなので、上目遣いでへりくだるものの、厚かましいお願いをする。

「無理だな」

 だが、ローゼンに、にべも無く断られた。

「そもそも、俺はリスク管理ができない奴と組む気は無い」

「そ、そんなぁ……」

 落胆するロクサネを尻目に、ルークが兄ローゼンに訊ねる。

「ところで、兄さん。鉄砲や大砲の調達先は、これからどうするのさ?」

「それはもう考えてある。すでに、サドリも動いているよ。西洋に残している人員にも最悪のシナリオを伝えてあるから、海運王を通さずに、メーカーと直接契約を結ぶ行動を起こしているはずだ。当然、うちの船は保険契約もしてあるし。あと、災害対策や海賊対策などの計画も抜かりは無い」

「ハハハ…。さすが、兄さん」

 ルークは手を頭にやり、参ったという顔をした。

「それより、わたしたちは、これからどうすればいいんでしょうか……」

 暗い顔でうつむき加減に訊くのはロクサネの女中メイドだ。

「このままだと、居場所が無いわねぇ」

 と、リナが頬に手を当てて表面的には同情を見せる。すると、カーラが顎先をつまんだ後、

女中メイドのあんたは雇ってやってもいいけど、そっちのお嬢様は使えないしね」

 薄情にもスパッと言い放ち、手を返すように内から外へ振る。ローキからも

「それなら、荒野へ放り出すか。ハイエナのえさぐらいにはなるぞ?」

 と、薄ら笑いを浮かべて冷たくあしらわれ、優しげな顔立ちのカイトなどは平然と

「ハイエナに骨までしゃぶり尽くされる事だろうな」

 残酷な事を言うので、ロクサネは血相を変えて懇願した。

「ど、どうか、それだけはご勘弁を!」

 そこで、散々脅されたロクサネに、ローゼンが最後の機会ラストチャンスを与えようと提案をする。

「なぁ、ロクサネ。ワガママを言わず、お前も女中メイドとして働くと言うのなら、雇ってやっても構わないが、どうする」

 ロクサネ、目を見開いて、その条件を受け入れた。

「は、働くわ! いえ、働きますとも!」

 その返事を聞いて、ローゼンは雇うと決めた。

「じゃあ、二人共、ひとまずはうちで雇おう。ロクサネと、お前は……?」

 ローゼンはロクサネの顔を見た後、彼女の女中メイドの顔を見る。まだ名前を知らなかった。

「ネリです」と、女中メイド名告なのる。

「うむ。ロクサネとネリは女主人たちの言う事をちゃんと聞くように。分からない事は先輩たちに訊け。真面目に働かないと荒野に捨てて、ハイエナのえさにするからな。いいな?」

「は、はい!」

 生き返ったような目をして返事をするロクサネとネリ。

 一連の様子を黙って見ていたサクの兄・レイは何も知らぬような涼しげな顔をして思う。

『散々脅し上げといて、最後に情けをかけよった。この家族、凄い連携するなぁ……。まぁ、ロクサネにはええ薬やろ』

 ローゼンがグラスに残った紅茶を飲み干し、立ち上がる。

「さてと。俺はそろそろ仕事に戻るよ」

「俺も。ごちそうさま」

 と、ルークも立ち上がると、

「俺も行くか!」

「わたしも手伝おう」

「あたしは非番の人足たちをシゴいてくるかね」

 祖父ローキや父カイト、母カーラも続く。それを祖母リナやサクが「いってらっしゃい」、女中メイドらが「いってらっしゃいませ」と送る。

「俺も仕事に戻ります。ありがとうございました」

「いいえ」

 サクの兄・レイもリナや当主家の女中メイドたちに丁寧に礼を言うと、祖父母用のテントを出た。

「じゃあ、わたしたちは洗濯物を片付けたら、お夕飯の準備にしましょう」

「はい」

 祖母リナにサクは にこやかに返事した。



 ライトはこの物流拠点の商品のチェックをしていた。仕事でもして一時的に嫌な事を忘れて気分を切り換えたかったのだ。次は小麦の倉庫へ向かおうとするところだった。

「ライト様!」

 使用人に呼び止められたライトが立ち止まって振り返った。

「ローゼン様がお呼びです」


 ローゼンとルークのテントには新当主ローゼンと前当主で父のカイト、先々代当主で祖父のローキ、弟のルークが集まっている。そこへ伯父のライトと伯母のマンダネが呼ばれた。

『どうせ、ロクサネの事はすぐに周りに知れ渡る』

 そう考えて、ロクサネの件は早めに伯父らに伝えておきたかったのだ。

 ローゼンが椅子から立ち上がる。

「わざわざ来てもらって申し訳ない。仕事に入る前に伯父さんと伯母さんには伝えておきたくて」

 ローゼンが少し困り顔で話し始めたので、ライトとマンダネは一度 互いの顔を見合わせた後、ライトから「なんだね?」と訊ねた。

「実は今、うちでロクサネとその女中メイドを預かる事になりまして」

「はっ?」「えっ?」

 と、同時に驚くライトとマンダネ。二人はしばらく居住用テントからは離れていたので、ブランとロクサネの離婚騒動を知らない。

「どうもブランと喧嘩をしたらしくて」

「まぁ……」と、マンダネは口元を手で覆った。

 ライトは預かる経緯について訊く。

「それで、しばらく顔を合わせたくないと?」

「ええ、まぁ。なかなかの大喧嘩だったようで……」

 言葉を濁すローゼンだったが、ローキが息子相手であるだけに遠慮なくハッキリと喧嘩の原因を話す。

「ブランに離婚されて、身一つで追い出されたそうだ」

 カイトもローゼンもルークも気まずそうに顔をしかめる中、「困った奴らだ」と、ライトは額に指先を当てて顔を覆い、マンダネも思わず溜め息をいた。

 カイトが兄夫婦を慰めるように言う。

「もしかしたら、一時いっときの喧嘩で終わるかも知れないし、まだ結論を出すには時期尚早だと思うよ」

「うん。時間を置けば、二人とも少しは頭が冷めるでしょう」

 と、ローゼン。それにルークもうなずく。

 弟カイトと甥ローゼンの言葉にライトは甘える事にした。

「そうだな。でも、迷惑にはならないのか? サクさんもいるし、ロクサネはあのとおりだ」

 甥のローゼンは挙式を控えており、ただでさえ厄介事は御免なはずだ。しかも、預かるのはワガママなロクサネである。ライトが心配するのは当然の事で、それはマンダネも同じだ。

 眉をひそめるライトとマンダネにローゼンは

「なに、大丈夫さ」

 と答えると、二人に近付いて、わざとらしく声を潜めて言う。

「言う事を聞かないと、ハイエナのえさにすると脅しておいたので」

 その後、顔を離して見せたローゼンの屈託のない陽気な笑顔に、思わずライトもマンダネも、皆も笑ってしまい、言った当人のローゼンも一緒になって笑う。

「ははは!」「あはは!」

 一笑いした後に、ライトは鼻息をいて笑顔をおさめると、謝った。

「悪いな、ローゼン」

「いや、気にしないでくれ」と、首を横に振るローゼン。

「こっちも後で、ブランと今後の事をよく話してみるよ」

 気の晴れないライトの事を思い、ローゼンは静かにうなずき、当主家の男達はライトとマンダネに『心配 要らない』とでも言うような微笑を向けていた。



 その後、ブランが父ライトのテントへ夕食に招かれた時の事。しかし、夕食の席に着く前に揉め事が起きる。

 ライトは今後について真剣に家族で話し合うつもりでいたのだが、ダリア、カリーナ、マルジャーナ、三人の妾らを伴って来たブランを見て、一瞬、片眉を跳ね上げた後、わざと、本妻ロクサネの姿が見えない理由を訊ねた。直接、ブランの口から話をさせる為だ。

「ロクサネはどうした。具合でも悪いのか」

「あんな知らせを聞かされた後だものね」

 夫に合わせて知らぬ振りをするマンダネも、さすがに、実家が大変な事になったロクサネに多少は同情していた。ところが、ブランの口からは

「いや。あいつとは離婚したんだ」

 と、未練も何も無い乾いた言葉が出る。只の政略結婚とは聞かされていたものの、ロクサネの実家が悲惨な状況である。少しは同情するのかと思いきや、これだ。ライトは驚く振りをして、聞き返した。

「離婚した? 考え直す気はないのか」

「あぁ」

 と、平然とした顔で答えるブランは、さらに、追い討ちをかけるような事を口にする。

「あいつに利用価値はなくなったからさ。それに、あいつと来たら金遣いが荒くてさ、これまで服に靴に宝飾品を散々貢がされてきたから、離婚を言い渡して身一つで追い出してやった」

 鈍いライトでも、最近ではブランに対する “神童の夢” から目が覚めて、ブランの薄情さが目に付く。

「た、確かに、あの女には問題はあるが、何もそこまで……」

 ライトが言葉を失っていると、それを継ぐようにマンダネが言う。

「当面の生活が立ちゆくようにしてあげるぐらいはしても良かったんじゃないの? 仮にも夫婦だったんだから」

 母マンダネのせめてもの情けに対して、ブランは顔をしかめた。

「母さんも何を言ってんだよ。俺は犠牲者だぜ?」

 息子の身勝手な言い訳に驚き、ライトが言い返した。

「な… !? 何が犠牲者だ。お前だってロクサネの立場を利用していたんだろうが」

「ブラン…。あなた、頭がおかしいわよ」

 マンダネも『末っ子だから、ちょっとワガママなだけ』というありふれた状態ではなく、深刻な状態だと気付き、ブランにその異常さを教えようとする。

「政略結婚したり、妾を持ったり、不誠実過ぎるわ? 父さんをご覧なさい。家族を大事に思っているし、浮気なんてしないし、真面目に仕事に励んでいるじゃない」

 家庭的なマンダネにとっては、それで充分だった。だが、ブランには不満だった。

「は? その真面目な父さんは当主になれなかったじゃないか」

「なッ…… !?」

 「なんですって !?」と言えず、絶句する母マンダネや、黙り込む父ライトを尻目にブランは続ける。

「そうさ。真面目だけが取り柄じゃ、野心は叶えられない」

「野心って、あなた……」

 マンダネは息子ブランとの価値観の大きなズレに今頃になって気付く。家庭的な彼女だが、なんでも、そつなくこなすブランゆえに人生について深い話をして来なかったのだ。

「一族の当主になれる事と、お前の言う野心とは別の問題だぞ」

 若い頃、当主になれなかった挫折を乗り越えたライトはそう指摘するが、本人の性根の問題である。ブランの心には響かない。

「そんなぬるいコト言ってるから、当主になれなかったんだよ。父さんは」

 それを言い返せない父ライトを冷笑するブランは男の生き様について拳に力を入れて、皆に私見を力説し始めた。

「別な訳あるか。野心があるからこそ、当主の座を目指すんだ。男なら誰だって野心の一つや二つはある。いや、持つのが当たり前だ。そもそも、男が野心を持って何が悪いんだ! 大金を手に入れ、大勢の女に囲まれ、出世して権力を振るうのが、男の夢ってモンじゃないのか」

 ひとしきり語った後、今度は父ライトを恨むような眼で睨むブラン。

「俺は当主にもなれなかった、うだつが上がらない父さんみたいな人生、真っ平御免だ! だから、上を目指したんだ」

 そんな息子ブランをライトは殴れなかった。挫折を乗り越えたと思っていても、どこかで引け目に感じていた彼は息子に期待していたところがあったからだ。

『わたしがブランに期待していたのがいけなかった……!』

 そこを後悔して黙したまま拳を握り締める。

 力一杯に本音を爆発させたブランだったが、急に力無く うなだれるのは、夢破れた現実のせいだ。

「そう…、上を、当主を目指したのに、今じゃ、このザマだ。所詮、俺は鷹じゃなく、とんびの子だったのさ……」

 落ちぶれたブランを妾たちはそれぞれの思いで眺める。沈んだ面持ちのマルジャーナとカリーナに対して、ダリアの眼は冷ややかだ。

 グッと、マンダネの拳に力が入る。

「あなた、さっきから自分の事しか言わないのね。ロクサネはどうするの? あんなお嬢様、身一つで放り出して生きていけると思っているの !?」

「ロクサネ? あんなの、生きてても仕方ないだろ」

 その言葉にマンダネの肩が震える。

「薄情にも使えなくなった道具みたいに女を捨てるわ、真面目に頑張っている父親を馬鹿にするわ、あなた、なに考えてるの ──」

 マンダネの右腕が大きく振られた。

「この親不孝者ォ──ッ!!」

 ブランを鉄拳制裁する。

 完全に油断していたブランは横っ面にまともに拳を受けて倒れた。

「か、かかか、母さん……」

 殴られた頬を押さえて母マンダネの鬼の形相を見上げるブラン。彼だけではない。父ライトもブランの妾たちもマンダネによるまさかの鉄拳制裁に驚愕して、凍結フリーズしたように動きが止まっていた。

ライト『ま、マンダネ……』

マルジャーナ『あの優しい おば様が……』

ダリア『女が平手じゃなく……』

カリーナ『グーで殴った』

 怒りで興奮して息の荒いマンダネの肩が大きく動く。そんな中、妾の一人であるカリーナがやっとの事で

「その、ロクサネの事なんですが……」

 と、言いにくそうに話し始めた。

「今、ローゼンさんのとこに……」

 カリーナの話を皆が黙って聞く。

「最初、夕食に呼ばれると思ってなくて、炊事場に行った時の事なんですけど ──」


 料理自慢のカリーナが炊事場に向かう。マンダネは妾の存在を快く思っていないので、彼女は離れた場所を選んだ。空いている所を見つけると、その隣には当主家の女主人であるリナとサク、その女中メイドたちが先に来ており、楽しげにお喋りしながら夕飯の支度をしていた。

 サクたちと軽く挨拶を交わした後、彼女は当主家の女中メイドの中に見慣れた顔がある事に気付いた。

「あれ? あんた、ロクサネの女中メイドだったよね」

「はい! つい先程、当主家の女中メイドとして雇われまして」

 嬉々として、そう答えるネリの隣で、同じく芋を洗っているほおかぶりした女中メイドが不自然にソッポを向く。しかも、ただの頬っ被りでなく、鼻の下で結んだ泥棒被りだ。顔を隠そうとするので余計に気になり、覗き込んで訊ねると、

「あれ? そっちのあんた、ロクサネ?」

「わ…、わわわ、わたしはそのような者ではありません事よ。オホホホホ……」

 と、泥棒被りの女中メイドがしらばっくれる。しかし、その挙動不審な女中メイドはどう見ても、ロクサネだった。

「なんで、あんたがこんなトコにいるの? しかも、エプロン着けて」

「お、お願い! みんなには黙ってて頂戴」

「いや、どうせバレるでしょ」

「そうよー。隠したって無駄よ、ロクサネ」

 と、包丁の手を止めたリナがロクサネに向けて言う。

「堂々としていた方がいいわよ? 何も悪い事をしている訳じゃないんだから」

 リナの隣では同じく包丁の手を止めたサクがロクサネの気持ちを思って「うん、うん」と励ますように深くうなずいているが、ロクサネはまだ自分の中で今の境遇に納得がいかないのか、複雑な面持ちで顔を伏せ、エプロンを握り締める。

 リナがカリーナに向けて伝言を頼む。

「あっ、そうそう。そこのあなた、なんなら、ブランに『ロクサネはうちで預かってるから心配ない』と伝えてくれる? あっ! いいわ。やっぱり、ライトに伝えてちょうだい。ブランじゃ、話にならないかも知れないわ」

「は、はぁ……」

 と、頬を人差し指でかきながら答えたカリーナだったが、

『まともに相手にしてくれるかなぁ? カラヤ家って、どこか妾に冷たいし……』

 鈍い彼女でもあまり好意的ではない視線に気付いてはいた。


 そんな心情はともかく、カリーナは事実だけを伝えた。

「── と、まぁ、そんな訳で」

 マンダネはカリーナに礼を言うと、本当の事を話した。

「教えてくれて、ありがとう。本当はね、わたしたち、先にローゼンからロクサネと女中メイドを預かってくれていると聞いているの。ブランが本当のところ、どう思っているのか知りたくて、こちらからは、あえて離婚の話をせずにいたの」

「だ、騙したのか。息子の俺を……」

 啞然とするブランにライトが答えた。

「いや、そうじゃない。一時いっときの感情で言い出した事かどうか、わたしたちも知りたかったんだよ。ブラン」

 ライトは溜め息を一ついた後、

「しかし、そこまで打算しかないのなら、正式に書面で離婚するんだな。後で、わたしからも改めてローゼンに頭を下げに行く。『馬鹿息子の尻拭いをさせて、すまない』とな」

 諦めの表情で伝えると、ブランと妾らを下がらせた。

「話は終わった。夕食会は取りやめだ」

 こうして、ブランの家族の夕食会はなくなった。



 その夜の事。それはローゼンが新当主に決定した日の夜だ。カラヤ兄弟のテントに招かれざる客が忍び込んで来た。

 最初にキツイ香水の匂いが鼻を刺激し、後から柔らかくて生温かい、しかし、暑い夏の夜なので暑苦しく感じられる感触に襲われ、彼は目を覚ました ──


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