1-ⅰ)邂逅(めぐりあい)〜旅人たち
美しい三人の踊り子たちが広場で艶やかに歌い、華麗に舞う。
ある日 突然 一瞬にして
狂った運命の歯車
戻したくても 戻せない
前触れなく始まった恋
一切 全然 通用しない
どんな駆け引きさえも
思い通りにいかなくて もどかしくて
狂おしい この想い ──
白地に金糸の刺繍を施した衣装に身を包んだ踊り子たちを「天使」とか「天女」などと、観衆が口々に誉め称えている。
「なんだなんだ? 何の集まりだ?」
偶然、通りかかった旅姿の金髪の若者が、群衆の端で「ぴょんぴょん」飛び跳ねる男に訊ねた。
「今、話題のッ、踊り子ッたちッ、のッ、『恋愛天使』だよ!」
男は興奮気味に答える。いつの時代にもアイドルの需要はあるものだ。そして、熱狂的ファンも付き物である。
「は〜、人が多くて、あんまり見えねぇな」
と、手をかざして見遣る金髪の若者の隣に、これまた そっくりな顔の銀髪の若者がいて、
「ヒカル、もっと近くに行ってみるか?」
と、訊くが、金髪のヒカルは手を横に振って、
「それより腹減った〜。市場でなんか食ってこうぜ、カヲル」
スタスタと歩き出した。
「え〜、待ってくれよ、ヒカル〜!」
銀髪のカヲルは未練がましく、その場を後にして、金髪のヒカルを追いかけて行った。
時を同じくして、観衆の最前列の中に背の高い若者二人がいた。
「ああ! 兄さん、踊り子が今こっちを見たよ! ほら、ほら!」
「ああ……、はいはい」
妖艶な三人の踊り子たちの姿を目の前にしてマントのフードを脱いで興奮する弟とは対照的に、フードをかぶったままの兄の方は冷淡な反応を示す。そのフードからは弟とよく似た端整な顔立ちが覗く。
三人の踊り子たちは踊りの合間で彼らに向かって、やたらウィンクをしてくるが、
『あんなものは色目をつかうのが仕事だろ』
と、兄の方は内心で目の前の踊り子たちを軽蔑している。いつの時代にも、こういう妙に覚めた人間もいるものだ。
兄の冷淡な反応に弟は全く共感できず、興醒めする。
「兄さんは本っ当に覚めてるなぁ。そんなんで人生楽しいか?」
「余計なお世話だ。お前こそ変な女に騙されるなよ、ルーク」
弟ルークの肩を叩いて、立ち去ろうとするクールな兄。
「どこ行くのさ?」
「市場だ! ちょっと、あちこち見てくるよ」
弟ルークを残し、兄は群衆から抜けた。
青い蝶が一羽、どこからともなく飛んで来て、市場の通りを舞う。
たらふく食べた後の腹を満足そうにさすり、市場の中をうろうろする ヒカルとカヲル。
「次の仕事 探さないとなぁ」
と、歩いていると、誰かがぶつかってきた。人を避け損ねてヒカルにぶつかったのだった。
「おいおい、気ィ付けろよ」
「す、すみません!」
「まぁ、いいけどよぉ。お前、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です」
と、下げていた頭を上げた拍子に少女の上着のフードが脱げて、ヒカルたちの浅めの彫りの顔が彼女の視界に入る。
「あれっ? ひょっとして、東洋の人?」
「おお。俺らは『和の国』からだ」と、ヒカル。
「えー!? わたしも!」
と、少女は口元を手で覆い、驚きの声を上げる。
「へー、お前もか」
と、言う目付きの悪いヒカルと、その隣の同じく目付きの悪いカヲルを見て、少女が訊く。
「あ、二人とも顔そっくり。双子なの?」
「まぁな。よく間違われるから、髪を染めてんだよ」
と、ヒカルは自分の金髪を一房 指でつまむ。うなずくカヲルは銀髪だ。
「いいなぁ……。そっくりな双子」
少女は両手を握り合わせて瞳をキラキラとさせて羨む。
「そんなに双子が珍しいか?」と、ヒカル。
「そういうわけじゃないけど、なんか、憧れるなぁ、と」
「ふーん。そんなのに憧れるって、変わってんな。あ、変わってると言やぁ、お前、顔の彫りは浅いけど、ちょっと東洋らしさに欠けるなぁ」
「そぉお?」
ヒカルに言われて、小首を傾げる少女。
「ふつうはこーんな細ッい吊り目でよー、鼻も団子っぱなで」
と、自分の顔を人間離れした変顔にして説明するヒカルに『そぉんな変な顔の人は、この世のどこにもいないよ……』と内心で突っ込む少女。
「そうだよね。黒髪で色っぽい切れ長の目の東洋美人もいるけどさ、君はタイプが違うよね。髪の色も明るいし、目はわりとパッチリしてる方だし、鼻筋もスッとして小鼻も小さめだし ──。君さ、お姉さんいる?」
と、食い付くカヲルに少女は若干、引く。
「い、いるけど……」
「ぜひ、紹介して!」
「いいけど…、あんまり期待しない方がいいよ? お姉ちゃんたち、意外と好みにうるさいから」
姉たちに対して、うんざりした感情を抱えつつ答える少女。
「会うのはいいけどよー、俺ら、そろそろ稼がないと」と、ヒカル。
「ああ、そうだった……。先に仕事探さないと。君、この街には ずっといるの?」
と、訊ねるカヲルに少女は首を横に振る。
「旅をしてるから、ずっといるわけじゃないけど、しばらくはいると思う」
近くの宿の側に赤い組紐を付けた二頭立ての馬車があるから、それが目印だと少女が居場所を教える。
「俺はヒカル。天堂ヒカルだ」
「僕は天堂カヲル。カヲルでいいよ?」
「わたしはサク」
それぞれ名告り、「後でな」「じゃあね」「またね」と別れた。
ルークの兄は市場の或る通りに入って、しばらくすると、違和感を覚えた。
『ここ、前はこんなんじゃなかったぞ。全ての店じゃないが、所々で東洋の文字が入った看板がある』
しかし、よく見ると、
『ん? 店主は東洋人じゃない。ここも、あそこも地元民ばかりだ』
ルークの兄は適当に店を選んで、店主に声をかけた。
「すいません。この店の看板ですけど ──」
と、「福」の字の看板を指差す。
「ああ、これね。いいだろ? 遠い東の端の『和の国』って島国から来た女の子に書いてもらったんだ。縁起のいい文字なんだってさ。うちも書いてもらってね。その字を元にして、彫ったんだ」
と、説明する店主。
「ノッポのお兄さんも書いてもらいなよ。うちも、あそこも、書いてもらったとこは皆、繁盛してるよ」
店主は親切に「あの子、また、ナンを焼いてる女将の店に来てるんじゃないかな」と、居場所を教えてくれる。
青い蝶が一羽、ひらひらと舞う。
パン屋ならぬナン屋の近くで近所の子供たちと地面に絵を描いて遊ぶ少女こと『サク』に
「君、俺にも何か書いてくれないか?」
と、フード付きのマントを着た長身の男が声をかけた。ルークの兄である。
「……いいけど」
相手が長身である為か、少し警戒しつつも、サクは引き受け、「後でね」と笑顔で子供たちの輪から離れる。
「おばさん、また机と書く物、貸して?」
「いいよ!」と快諾する女将にサクは
「ありがとう!」と、にこやかな声をかける。
店の前の机を挟んで丸い腰掛けに座って対面する二人。羽根ペンと紙を用意したサクに男は
「え? それで書くのか?」と驚き、サクは「うん」と答える。
「それ、筆じゃないぜ? 墨も硯もないのに……」
「お兄さん、東洋の文化に詳しいんだね」
「まぁ、詳しいほどじゃないけど」
布張りの日避けの下に入っているので、サクが字を書くために、かぶっていたフードを脱いだ。男もフードを脱ぐ。
「どんな言葉がいい?」
サクが顔を上げて訊くと、男が思わず、ハッと目を見張ったので、違和感を覚えたサクが小首を傾げて
「どうかした?」と、訊く。
「ああ、いや、なんでも……」
と、男は気まずそうに視線を逸らす。そのぎこちない様子に、サクは最初に声をかけられた時より少し警戒心を強める。
「……一応、断っとくけど、わたし、こっちの文字は読み書きできないから、和の国で遣ってる文字にさせてね」
「つまり、こっちが言った言葉を『漢字』で書いてくれるわけだね?」
「そ、そう」
男が「漢字」と言うので、驚くサク。彼女は『やっぱり東洋の事に詳しい人だ』と思う。
「う〜ん、そうだな……」
男が顎をつまんで迷っていると、かわいそうに思えてか
「みんなからはよく『幸せ』を意味する言葉を頼まれるけど」
と、サクは助け船を出してあげた。
「いや、何か違うな。俺が書いて欲しいのは ──」
男はサクの化粧っ気のない顔を「ちらちら」と見て、言葉をひねり出す。
「なんていうか、清らかで穢れてないというか、穏やかというか……」
「ふ〜ん……。珍しい事ゆうね」
と、サクに不思議そうに言われて、微苦笑するしかない男。
サクは無意識に右の人差し指をくちびるに当てて真剣に考え始める。
「純真無垢がいいかな……? 長いなぁ。穏やかなら『なごむ』を一文字で『和』がいっか」
彼女はぶつぶつと独り言で考えをまとめると、くちびるから細い指を離し、
「穏やかな方で いいかな?」
と、訊く。サクの普段に見せる無邪気な笑顔があまりに可愛く見えたので、思わず男は「ヘラヘラ〜」と釣られ笑いをして「いいよ」と承諾した。最早、どんな言葉であっても受け入れてしまいそうな面持ちだ。
サクは右手に羽根ペンを執ると、器用に筆文字を再現する。それは文字を書くと言うより、絵を描くような感覚に近い。最後はインクで文字の輪郭の中を軽く塗りつぶして筆文字のように見せる。
「へー、上手いもんだな」
「本当は筆で さらさらっと書きたいんだけど、間に合わせで」
「君、絵を描くのも得意だろ?」
「まぁ、普通くらいかな」
「そうだ。お代はどうしよう?」
「う〜ん。今まではみんな、お礼にって、お店の物とか、おやつとかをくれてたから」
「そうか。うちの店はこの通りからは だいぶ離れてるしなぁ……」
腕組みして考え込む男にサクは少し驚いたように「お兄さん、商人なの?」と訊く。
「そうだけど、見えないかい?」
男の服装は質素なもので、マントからは長剣の柄が覗くが、それも装飾が少なく、実用的な作りだ。パッと見、高価な物と言えば、左手薬指の金の指輪ぐらいの物。
『服装が商人にしては地味だしぃ、武人みたいに帯刀してる。でもぉ、顔が優しそうだから、武人にも見えないなぁ』
と、思うサクは微苦笑しつつ、仕方なく正直に答える。
「う〜ん、ごめんなさい。……見えない」
「いや、謝らなくていいよ。よく商人には見えないと言われるからさ」
男は書いてもらった紙を懐にしまううちに自分の金の指輪を見て、
「そうだ! 君にこれをあげるよ」
と、左手の薬指から外した。
「え !? こんな高い物、初めて会った人からはもらえない」
と、サクは両手を振って指輪を受け取る事を拒んだ。さらに、お代その物を断る。
「なんなら、お代はいいよ。そもそも子供たちと絵を描いて遊んでたら『猫の絵 描いてくれ』って、頼まれたのがキッカケで、お代をもらうのが目的じゃなかったし」
「でもね、俺の気が済まないよ」
男はサクとの再会のキッカケを作ろうと必死になる。腰を上げて机に左手を突くと、右手に持った指輪を突き出す。
「じゃあ、こうしよう。これをしばらくの間、預かってくれ」
「は?」
「それで、この指輪を持って『カラヤ商店』を訪ねてくれ」
「はぁ?」
「つまり、君がうちの店に来た時に、この指輪と、君の欲しい物とを交換しよう」
と、男に提案されたが、
『お兄さんの方が割に合わない気がする。こんな高そうな指輪、わたしがそのまま返さない恐れだってあるのにぃ。そんな心配しないなんて、この人、おかしい!』
そう思い、サクは断ろうとする。
「交換しに行くのもメンドクサイし、やっぱり、何も要らない」と、サクは立ち上がる。
「えっ!?」
「お兄さん、人が良過ぎるよ! 悪い人に騙されないように気を付けないとダメだよ? じゃあね」
と、大の男に説教をした挙げ句、早々にサクは走って帰って行った。さっきまで、その辺りを飛んでいた青い蝶もどこかへ去ってしまう。
取り残された男が
『ああ……。大口の取引をしくじった時のような、いや、もっとキツイな。五臓六腑にくるような感じがするゥ……』
胸の辺りを手で押さえて うなだれて落ち込んでいると、ナン屋の女将が
「ちょっと、お兄さん。ボーっとしてないで、一枚でも買っとくれよ」
と、催促するので、沈んだ面持ちで溜め息つきつつ渋々ナンを買う。
「じゃあ、一枚……」
と、人差し指を力無く立てる。代金を銅貨で支払うと、女将に訊かれる。
「なんだ、お兄さん、おカネ持ってるんじゃないか。なんで、あの子にお駄賃 出してあげなかったのさ?」
「ああ、いや、こっちにも事情があって……」
心が打ちひしがれつつも、めげずに
「あの子、よくここへ来るんですか?」と女将から情報を引き出そうとする。
「まぁね。ここへ来るようになって、もう何日になるかねぇ。旅をしてるから、そのうち、この街を出るんじゃないのかね」
「そうですか」
「あの子、うちのナンが美味しいって、褒めてくれてさ」
女将は上機嫌で話す。
「『おばさんの手は魔法の手だねぇ』とか言うもんだから、こっちもつい調子に乗って、一枚サービスしちまうんだよぉ」
そう聞いて、男はナンを かじってみて『確かに美味いな。他の店よりいい』と気付く。サクが女将に言った事はお世辞ではないという事だ。
「ホントに美味しいですね」
「そうかい? じゃあ、お兄さんもたくさん買っとくれよ」
「えっ?」
「あの子はいつも兄弟の分も買ってくれるよ。兄弟がたくさん食べるからって」
「へぇー」と、言った瞬間、男は閃いた。
「じゃあ、女将さん。明日の朝、焼き立てのナンを『カラヤ商店』にとりあえず300枚ほど届けて下さい」
「さ、300 !?」
今までにない大口注文にたまげる女将。いつもの客が一人で家族の人数分を購入するような数ではないからだ。
「その代わり ──」
男は飛び切り爽やかな笑顔で
「あの子の事で知ってる事は、なんでも教えて下さいな」
ちゃっかり取引を始めた。




