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たどり着いたモーテル ~後編~

 7月3日(土)

 0200時/ラブホテル


「ふぅ、やっぱ人間て重いね。三人がかりでやっとベッドに移せた」

「あ、服着せんの忘れた。まいっか、布団かけてりゃ暖かいだろ。ミホ、由美寝た?」

「よっぽど堪えてたんだね、かなり眠りは深そう」

「それにしても……男が怖いから、傷つけられたくないからこそ、攻撃しちゃう、か」

「聞けば聞くほどむちゃくちゃな攻撃だったけどね。親友が自分を疑うわけない、自分より男を信じるわけない、そう思い込んでただけで、いざ疑われても潔白を証明できる手段なんて持ってなかったとか、ヤバい橋渡り過ぎでしょ」

「もしこの子が普通のキャラだったら悪評広めた時点で超こじれてるね。男がからんでぶっ壊れるのが女の友情あるあるだもん」

「そんな当然の道理すらわからなくなるほどなんだね、男性恐怖症が齎す恐怖の苦しみって」

「はぁ、この陰キャ野郎が陰キャ野郎でよかったのか悪かったのかわかんねーわ。なぁフルチン小僧め」

「……同意を求められても」


「「「ひゃあ⁉」」」


 話を振られたので応えたのにめちゃ驚かれた。


「あ、あんた起きてたの⁉ 覚醒早っ!」

「ショートスリーパーなんで」

「昏睡にそんなの当てはまるん……?」

「まる一日寝たきりコースなのに……やっぱこの子キモイ」


 クイーンサイズと思しき大きなベッドで温かな布団に包まっている俺の視界には見慣れない照明と天井のみが広がっている。ラブホへ行くよう指示したのは記憶の断片にあるから、ここがそうなのだろう。

 しかし聴こえてきた声は月代ではなく、目暮警部(めぐれけいぶ)もといアゲハさん、そしてミホさんとヨーコさんのものだった。どうやら俺は彼女らに介抱を受けたらしい。


「いつから意識戻ってたんアンタ」

「ベッドに移って布団をかけられた時に」

「……聞かせてよ、キミが由美に感じてたこと」


 俺の眼に映っていた月代由美とは……。


「月代がアンドロフォビアなのは最近気付きました。厳密に言えば、"高圧的な男性に対する"恐怖症といった感じでしょうか」


 最もポピュラーな原因として考えられるのは、恋人もしくは家族による――、


「原因は聞かれても答えないよ」


 まるで俺の思考を遮るかのようにミホさんは釘を刺してきた。

 しかしそのセリフは俺が聞いてから言ってほしい。


「大丈夫です。聞く気はありません」

「なんで?」

「俺には関係ないんで」

「冷たいねあんた……でも、それが由美にとっての救いにもなってるわけだ。由美からの攻撃についてはどう思ってた?」

「不快感よりも不可解さが強かったんですが、月代の性質が発覚した今となっては納得できます。前科者の俺に対する敵意や嫌悪感にも、そんな男を親友に近づけたくないとする感情にも、ある程度は理解できます」


 ある程度は、だが。


「ムカつきとかねーの? それに由美がいなきゃ由美の親友だっていうあんたの彼女とだって堂々と仲良くできんじゃん」

「月代がいてもいなくても俺は彼女と堂々と仲良くやります」

「揺るがないんだねキミ……。じゃあ由美のせいで死にかけたとかも思わないの?」

「状況を打開するためにケンさんへ飲み勝負を吹っ掛けたのは俺の意志なんで、やっぱり月代は関係ないですね」

「どこまでも由美は脇役ってか、ガンチューないわけね。じゃあアンタにとって今日って日はただのツイてないだけの日だっての? イカれてんねー」

「いえ、トータルとしては有意義だったと思います」


 はっとした息使いが聴こえた。意外な回答だったのだろう。


「月代がなんでああも日向からの信頼を失うことを恐れず強硬策に出られるのか、ずっとわからなかったんです。まさか根拠なんてなにもなかったとは青天の霹靂でした。でもお陰で俺の中で月代の本質というか、核心みたいなものが明確になったんで、かなりすっきりできています。今後の対応もかなり楽になる」

「由美の核心? それってどーいうものなん?」

「端的に言って、月代由美という人物は――」




『貞子みたいなボサボサロン毛の超絶陰キャ、つまりサダオ』


『いや普通に仲良ししてんじゃねーよっっ‼』


『ちっ、ちっ、ちっっ』


『薫は、あたしが守る』




「超高校級の――」




『いや受け入れてんじゃねーよてめえっっ‼』


『足元! ほら足元ヤバいよ! ■が来た! ねぇ、ちょ』


『うるさい黙れ‼ ――あ』


『ゔうっ、ふぅっ、うううっっ』




「おバカですね」




「「「ぷっww ぎゃははははははははははははははははははははwwww」」」


 なんかめちゃくちゃウケた。


「永遠の五歳児みたく頭に"お"がつくバカ!? きゃはははははww 的確かもww」

「その一言で片づけられるとかw マジ憐れ由美ww ひひひひひひww」

「あーお腹痛い……ねぇ椎名くん」


 爆笑の渦が収まった後、その水底には力の抜けたアゲハさんの微笑灯る声色があった。


「由美のこと、彼女の百分の一でもいいからさ、気にかけてあげてよ」


 また無理難題を。


「椎名くんは由美の恐怖対象を高圧的な男って定義したけど、私たちからすれば男であれば平等に対象だったんだよ。ダンススタジオも女性だけだし、利用するサービスもほとんどレディースオンリー。でもさ、椎名くんには胸倉掴んだりしてたじゃん。怒鳴りつけたりしてたじゃん。あれってけっこう衝撃の光景だったんだよね」

「あー確かに。あんな風に男に接する由美見たことないかも。見ようによってはツレとの戯れに見えなくもない」


 強敵と書いて友と読むとでも言いたげだが、それは無理があり過ぎる解釈だ。その点をヨーコさんが疑問として言葉にする。


「でもそれってどういう心理なん? 実際由美にとって危ない系の男って間違いなく恐怖の対象じゃん。コイツ去年暴力事件起こしてんのはマジなんでしょ? だから親友に近寄らせたくなかったんでしょ? なんか辻褄合ってなくね?」


 そう、月代は俺を恐れているようで恐れていない、恐れていないようで恐れているといった不可解な感情を見せることがある。


「去年……もしかして」


 月代の支離滅裂な心理状態からアゲハさんはなにかを嗅ぎ取ったようだ。


「椎名くん、去年の暴力事件のこと、私らや由美に詳細な事情とか心情とかを教えてくれる気、ある?」

「ないです」


 俺にとってリスクしかない。故にお断りさせてもらう。


「……やっぱムズイね、色々と」


 哀愁のある吐息だ。アゲハさんはアゲハさんで思うところがあるのだろう。

 正直俺にもある。因果関係はわからないが、もしかしたら――、


『あたしはアンタが去年やらかしたことの、関係者だから』


 あの言葉にその辻褄を合わせられるナニカがあるのかもしれない。

 とはいえ当然、深掘りする気は毛頭ない。どう転んでも俺にとってリスクにしかならなさそうだから、可能か限りスルーしていこう。


「ちっ、教えろよサイコパス」

「ヨーコ、そろそろそれ、やめとかない?」

「……わかってっけどさ」

「椎名くん、わたし達からもキミに言いたいことがあるんだ」


 寝そべる俺の視界にアゲハさん、ミホさん、ヨーコさんの顏がアップで映り込んだ。

 その表情は真顔。真剣そのもの。相当の緊張感を漂わせている。


「椎名くん……本当にごめんなさい」

「由美の話の真偽も確認しないまま、未成年にあんなことして、ごめんなさい」

「アンタの言う通り、男に縋って人を追い詰めたあーしらは、最低だったと思う。女辞めてたと思う。ごめんなさい」


 痛そうな顔だ。心から己の行ないを悔いているのが伝わってくる。


「そんで由美を、私たちを助けてくれて、ありがとう」

「まさかわたしらまで喰い物にされかけるとは思わなかったよ。ありがとう」

「マジで甘く見てた。ほんっっとありがと。ほんっっと感謝してる」


 大きな感謝も伝わってきた。ならば俺も相応の物を返さなければならない。


「こちらこそ乱暴なことを言ってすいませんでした。吐いた言葉は全て撤回します。介抱してくれてありがとうございました」

「……どこまでも変わってるね、椎名くんて」

「ま、そのドライさが今はありがたいけどさ」

「ちぇっ、でもアンタのあの眼だけは絶対忘れねーから。あんなん女としてトラウマレベルの……ん?」


 ヨーコさんは俺の体の一部に変化が起こっているのを僅かに盛り上がった布団から感づいたようだ。


「……勃ってるじゃん」


 そらそうだ。だって俺の視界に映るミホさんとヨーコさんは何故かブラも着けずに乳を放り出しているのだから。むしろ普通に服を着ているアゲハさんに違和感を覚えるまである。


 それになにより――、俺は"人間の女性"にしか欲情できない。


「アンタ、あーしらには欲情しないんじゃないん?」

「それは遊びだったからです。でも今俺に謝ってくれた皆さんはとても真剣で――、遊びじゃなかった(・・・・・・・・)


「「「っっっ」」」


 はて、なにやら三人の様子が変わった。

 途端に顔がポポポっと赤くなったし、すごく可憐に見える。


「な、生意気、言うじゃんコイツ」

「なんだろ、めっちゃ照れくさいんだけどっ」

「んんむ、なんかむずがゆいってか、わきゅわきゅするっていうか」


 そんな擬音聞いたことない。どんな感情なんだろう。


「あー、なんだろこの気持ち。どうしたもんだろうね、コレ」

「まぁ、あれか、言葉だけってのも、アレなのか」

「さ、最近はそういうのが好きとも、言ってたっけ」


 次第に三人の視線は集約し始めた。ドコとは言わないが、アソコに。


「こ、これも介抱、だよ。健康管理。全然不純じゃない」


 ――アゲハさんの白魚のような手がすすすと布団の中に入ってくる。


「ふたりは彼氏いるし、なんならわたしが、引き受けてもいい、けど」


 ――ミホさんの麗かな指先がじわじわと我が脚部を這い上がってくる。


「いやいや、あーしコイツにプライド奪われてるし、取り返さなきゃ、じゃん」


 ――ヨーコさんの煽情的な腕がさわさわと内腿を通過していく。


「あ、てかコイツほら、罰ゲーム罰ゲーム」

「あ、そうそう、罰ゲーム罰ゲーム」

「あ、うんうん、罰ゲーム罰ゲーム」


 具体性を帯びないナニカの議論はつつがなく終わったようだ。

 そして三人の女性、その御手は布団内にそそり立つ結論(・・・・・・・)へと辿り着く。


「「「罰ゲーム♡」」」


 ……重ね重ね、誠にありがとうございます。


   ◇


 7月3日(土)

 0600時/ラブホテル裏駐車場


「真っすぐ帰んなよ由美。椎名くんもゆっくり休んでね」


「「お世話になりました」」


 早朝六時、私たちは量販店で買ってきた灰色パーカーのセットアップを二人に着せ、送り出した。

 小鳥囀るラブホ街を自宅方向へと歩いていく二人は、人目除けのフードを被りながら一定の距離を空けつつ、ゆっくりと歩いていく。


 二人の後姿を見ていると、昨日の己の失態を思い出しもする。

 けれど私たちと由美との付き合いは続くし、椎名くんには昨夜たっっっっぷりお詫びしている。

 だから目を逸らすことなく、まっすぐ二人の背中を見つめていられる。


「はぁ……ハードな夜だったね」

「由美の傷、深くなってないといいなぁ」

「しーなが薬になってくれりゃいーけど、毒にもなりそーだしねあいつ。心配だわ」


 ヨーコってばすっかり椎名くんへの態度が柔らかくなっちゃって。

 まぁ罰ゲームの途中、女豹の如く興奮し始めたヨーコは私とミホに退室を促したくらいだし、必然かも。

 もちろん止めておいた。流石に一線を超えるのはどうかと思うし。


「……あー、一個だけ吐き出しそびれた感情見っけちった」

「ぶっちゃけわたしもひとつあるんだよね」


 ヨーコとミホは突然そんなことを言った。

 正直私にもある。みんな同じものなのかな? 


「それって昨日、店出る時に言った椎名くんの捨て台詞関連?」


「「それ‼」」


 やっぱりかぁ。まぁあれは女なら誰でもズギャビシャンとくるよね。


『月代になにかあれば――、日向が悲しむ』


(彼女が悲しむからって、自分を陥れようとしたその友達を助ける? 命を懸けて?)

(しかも本人のいないところで? 与り知らないところで?)


 椎名くん超男らしいじゃん。てかどんだけ大事にされてんのその彼女。


(((そのカタルシスをいっぺんでいい……味わってみたいっっ)))


「思い出したら尚更ガンハメしたくなってきた。あーし彼氏叩き起こして朝の一番搾りいただいてくるわ」

「私もケンくんのお見舞い行ってナースの目を盗んだ看病してこよっと」


 ケンくんてば普段はあんなんだけど、ベッドでは真性のマゾなんだよね。

 てめー昨日この私になにしてくれた? 約束破って友達や後輩攫おうとしたよな? そのくせ高校生に吞み潰された雑魚野郎だよな? って言いながらビンタ浴びせ続ければ多分そっこーで果てる。

 むしろ昨日の蛮行はその前フリだったのかも。どの道しっかりオシオキしてやらないと。


「二人ともずるいっ! わたしも誰かとイチャイチャしたいぃ! 誰か紹介してよぉ!」


「「鰤泥棒(ぶりどろぼう)くんとかありじゃない?」」


「あるかぁ‼」


   ◇


 0620時/路上


「……最初はさ」


 至極ゆっくりとした時間の流れを、至極ゆっくりとした歩調で通り行く俺と月代。

 視線を交わされず、思想は交換されず、言葉だけを紡ぎ合っていく。


「悪評を流すって言えば、折れると思ってた」

「ああ」

「気にしてない風だったから、ムキになった」

「ああ」

「なにも弁解しないから、怖くなった」

「ああ」

「だから、もっとムキになった」

「ああ」

「だから、あんたにからんだ男子がたむろってるところで、フード被ってスマホを耳に当てて、『襲われたのはあたしの友人だからあの噂は事実だ。日向薫が危ない。誰かあの陰キャをやっつけてくれないか』的なこと言って、そそのかした」


 登場人物全ての知能がヤバい作戦だ。


「……あんたはあたしが、男性恐怖症だって、気付いてた?」

「通行人に空き缶ぶつけた件でなんとなく」

「……薫は、知らないんだよ」


 ――ろうそくの灯が揺れる。


「共学の学校じゃ、男子との接触は避けられない。でも絶対薫にはバレたくなかったから、男嫌いって設定でなんとかごまかしてきた」


 納得。硬派なギャルなんてのは空想上の生き物、ペガサスみたいなものだ。


「薫には、黙っててほしい。心配、かけたくないから」

「わかった」


 言ったところで。


「あと、昨日撮った写真とか動画、全部消したから」


 アゲハさんたちも俺の目の前で消してくれたが、その行動や月代の言葉を真に受けるほど俺は世間ずれしていないわけではない。

 消した気になってもどこかにバックアップとして保存されるのがイマドキの大きなお世話。なくなったと仮定することで俺に益はない。


「俺の方で記録した動画は身の安全が保障されたら消す。ケンが報復に乗り出したら一発で刑務所行きになるようセキュリティも組んでおく。そちらが動かない限り俺も動かない。そうアゲハさんたちにも告げてはおいたけど、月代からも念押ししといてくれると助かる」

「うん……でも大丈夫だと思う。お酒飲んだことない高校生に潰されたなんて話、なかったことにするに決まってる。ある意味喧嘩に負けるより屈辱的だもん」


 その意見は説得力がある。何事も平和が一番だ。


「……やっぱりあんたは、あたしに対してなにも、言わないの?」

「ああ――、っつつ」


 思わず段差に躓いてつんのめってしまった。やっぱりまだ力が入らない。


「大丈夫?」

「もう少しゆっくり帰るから、先に行っていい」

「タクシー拾う?」

「いや、乗り物は気持ち悪いから勘弁」

「なら、家まで送らせて」

「逆方向だぞ」

「迷惑じゃないなら、そうさせてほしい」


 そう言って月代は俺の腰に腕を回して身を寄せ、俺を支えた。

 ……やはり月代の恐怖対象は高圧的な男性に限定されるのではないだろうか。


   ◇


 0850時/自宅


「ここが……」


 一階平屋の我が家へとうとう俺は帰還を果たした。

 正直一日千秋の想いだ。こんなにも自宅のベッドが恋しかったことはない。


「ご両親、他界してるって本当?」

「昨夜ケンに語った保険金云々の件はブラフも混ぜてるけど、親が逝去済みで一人暮らしなのは本当だ」

「薫は、そのことを?」

「知らない。聞かれれば答えるけど。すまん月代、鞄の中にマネークリップが入ってるからそれ出してこの黒い部分に当ててくれ」

「うん」


 カードキーと指紋認証で玄関のロックを外し、自宅内へ。


「おじゃま、します」


 玄関を抜けて真っすぐとした廊下を行き、リビングへの扉を開き、照明を点ける。


「わぁ……凄いPC、モニターが8つも」


 まず月代が注目したのはリビングの1/4を占めるPCスペースだった。


「それ以外は、ほとんどなんもない、ね」


 そう、リビングにはPC以外にフィットネス用のマット、60インチのレコーダー内蔵テレビと向かい合う二人掛けソファー、ゴミ箱、専門書が収められた本棚、といった最小限の生活用品しか置いていない。テーブルセットや間接照明や植木鉢も一切なく、簡素だ。


「家具を揃えるって欲求がない」

「ミニマリストってやつだ」


 月代に肩を借りながらワークチェアに腰を下ろし、少しPCをいじる。

 五分ほどで最低限の作業を終えた後、また月代に肩を借り、晴れて待望の寝室へと赴く。


「くぁぁ」


 すぐさまダブルのベッドにダイブして脱力する。

 この香りと柔らかさ、我が家のベッドってこんなにも気持ちよかったんだな。


「飲み物、ここ置くね」


 飲む点滴と名高い飲料水と水の2Lペットボトルを三本、月代は近くに置いてくれた。


「寝室の電気は消したままにしとく?」

「ああ。リビングは点けっぱなしでいい」

「戸締りは?」

「オートロック」

「そう……じゃあ、あたし行くね」

「月代」

「ん?」

「色々助かった。ありがとう」


 針でも刺さったのか、ほんの一瞬月代は沈痛な表情を浮かべた。


「……あんたって、ちゃんとありがとうって、言うよね」


 "ありがとう"


「間違ってたら、悪かったなって思ったら、ちゃんとごめんなさいって、言うよね」


 "ごめんなさい"


「その二つを蔑ろにする者を、俺は一切評価しない」


 人間だとすら思わない。


「……ごめんなさい」


 ――月代の頬を涙が伝う。


「いっぱい酷いこと言って、ごめんなさい」


 ――月代の足が寝そべる俺へと近づいてくる。


「いっぱい嘘ついて、ごめんなさいっ」


 ――月代の手が俺の手を取る。


「助けてくれて、ありがとうっ」


 ――月代の綺麗な顔がくしゃくしゃになる。


「ありがとうっっ」


 今この時より、初めてこの女は、月代由美は――、


「……どういたしまして」


 俺にとってひとりの"人間"になった。

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