38.慌てるな、今は急ぐ時ではない
シフトはザール殺害後もヘルザード辺境伯領の首都ベルートにいた。
理由はいくつかある。
1.すぐに首都を離れればザール殺害を疑われる
2.実親ヤーグとヨーディに関する情報集め
3.『勇者』ライサンダーたちに関する情報集め
1は言うまでもなく、事が公になれば今度こそシフト対首都の全警備兵になる。
全滅させることは出来ても何かしらの情報が王国内に流れるだろうし、指名手配犯になったら行動が大幅に制限される。
そうなると『復讐』どころではなくなり、最悪隣国に亡命せざるをえないので、あえて首都に残り、少しの間冒険者活動をすることにした。
2はこの都市で一番の情報屋で聞いたが、7年も前の情報など古すぎるし、そもそも個人で大きな袋を持って歩いている人なんてそこら中にいるのだ。
有名でもない限り2人の消息などわからないのである。
3はここ1年は王命でどこかに赴いているらしい。
どこに赴いているのかは不明である。
あと、情報収集に関しては基本身元がバレないようにシフト1人で【偽装】して集めることにした。
今の傷顔で情報収取したら下手したらルマたちを巻き込みかねないからだ。
そういう理由でしばらくは首都ベルートで冒険家業に勤しむことにした。
シフトはルマたちと冒険者ギルドに行くと以前盗賊から助けた娘たちが依頼掲示板の前でどの依頼を受けようか迷っていた。
「ねぇ、これなんかどうかな?」
「薬草採取? あなたは薬草が解るだろうけど、私たちじゃ薬草の見分け方とどう採取すればいいのかわからないわ。 それよりこっちの依頼はどう?」
「魔物討伐? 私戦うのが苦手で・・・」
シフトは彼女たちに声をかけることにした。
「やぁ、元気にやっているかな?」
「あ、あなたたちは」
「こんにちは、えっと、あなたたちも何か依頼を?」
「ええ、これから何か依頼を受けようと、よければ一緒に依頼を受けないか?」
「ちょっと待ってくださいね」
彼女たちは顔を見合わせて『どうする?』と相談し始めた。
少し経つとリーダーの女性が返答する。
「あのその申し出お受けします」
「なら依頼はどうしよう?」
「お任せします」
「そうだな・・・」
任されてしまったので依頼掲示板に貼られている依頼票を見る。
そこにはモンスター退治、護衛依頼、薬草採取、鉱物採取、公共事業、個人的な依頼などなど様々な依頼が貼られていた。
『オーク退治 3匹で報酬銅貨10枚』
『○○村までの護衛 報酬銅貨20枚』
『癒し草採取 5束で報酬銅貨20枚』
『魔力草採取 5束で報酬銅貨30枚』
『鉄鉱石採取 10個で報酬銅貨20枚』
『街の清掃作業 1時間で報酬銅貨5枚』
『犬の散歩 1時間で報酬銅貨5枚』
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『捜し人 紅い般若の仮面を被った性別不明の人物 報酬金貨100枚』
一通りの依頼票(一番最後のはスルー)を見てシフトは考えた。
(なるほど・・・どうしたものか・・・)
シフトは依頼掲示板からオーク退治、癒し草採取、魔力草採取の依頼票を剥がすとリーダーの女性に渡す。
「この3つの依頼を受けてきてほしい」
「? 3つですか?」
「そう、今回僕たちは君たちのサポートに徹するよ」
「あの・・・いいんですか?」
「僕たちのことは気にしないで早く受け付けてきなよ」
「わかりました」
リーダーの女性は3つの依頼を受付嬢に渡すと3つとも受理されたらしい。
「3つとも受理されました」
「それじゃ行きますか」
シフトたちはオーク退治、癒し草採取、魔力草採取に都市の外へ向かった。
班分けは以下の通りである。
・オーク退治はローザ、フェイと武器に精通した5人
・癒し草採取と魔力草採取はルマ、ベル、ユールと残った5人
シフトはどちらにも対応できるようにフリーにしている。
オーク退治のほうはローザとフェイがオークの利き腕を攻撃してから5人で止めを刺すパターンで依頼よりも多い9匹をやっつけて魔石を回収する。
癒し草採取と魔力草採取はベルの鑑定で各10束づつ手に入れた。
都市に戻り冒険者ギルドで無事に依頼を達成して彼女たちは複数回分の報酬銀貨1枚と銅貨30枚を手に入れた。
「凄いです!! わたしたちが頑張っても1つ成功するのがやっとなのに・・・あの報酬は・・・」
「僕たちはまだ路銀はあるから君たちで有効に使うといい」
「あ、ありがとうございます。 お言葉に甘えます」
彼女たちはシフトたちに頭を下げる。
「気にしなくていいよ」
「あの・・・できれば明日から少しの間だけでいいので私たちと一緒に行動しませんか?」
(ザールのところにいた読心術者のせいで)しばらくはこの都市にいる予定なので彼女の申し出は渡りに船だった。
「うん、いいよ。 ここにはあと1ヵ月くらい滞在する予定だ。 その間、必要であれば力を貸すよ」
「ありがとうございます。 恩に着ます」
「冒険者になったあと、いくつか受けて依頼にはなんとか成功しているのですが正直困っていたところなんです」
「助かります」
彼女たちは嬉しそうに仲間内で会話していた。
「それじゃ、また明日」
「はい、よろしくお願いします」
冒険者ギルドで彼女たちと別れた。
「じゃあ、僕たちも食事に・・・って、ルマ?」
なぜかルマが怒っているような悲しそうな寂しそうな拗ねているような嫉妬しているような何とも取れない負の感情をしていた。
「え、あ、ご主人様・・・」
それに気付いたルマが恥ずかしそうに下を向いた。
「も、申し訳ございません」
「ルマ」
「あ」
シフトはルマの頭に手を置くと優しく撫でて小声で話し始めた。
「ごめんよ、ルマに心配させて。 彼女たちを助けた手前あのまま放置する訳にもいかない。 また誰かの慰み者になるかもしれないし・・・」
「・・・」
「それに当分はここに滞在しないといけないんだ。 僕としても次の『目的』に急ぎたいけどここは我慢するところだから・・・」
「・・・はい・・・」
「ちょっとルマちゃんずるくない?」
「ベルも頭撫でて」
「独り占めされると流石に妬いてしまうな」
「ルマさん、羨ましいですわ」
「そ、そんなことは・・・」
フェイが小声でルマに話す。
「大丈夫だよ、ルマちゃん。 ご主人様は彼女たちを助けるだけで自分の物にするつもりはないから」
「・・・フェイ・・・」
「だから気にしないほうがいいよ」
フェイは笑顔でルマを見ている。
「ごめんなさい。 みんなに迷惑かけて」
「別に謝ることじゃないさ」
「ルマ、悪くない」
「どちらかというと女っ垂らしのご主人様が悪いですわ」
ローザたちも笑顔でルマを見ている。
「ユール、それはきつい一言だ」
シフトだけがただ1人凹んでいた。
それから1ヵ月の間シフトたちは彼女たちと依頼を共にする。
武術に長けた娘たちには薬草などの知識を教え、戦闘が苦手な娘やレベルが低い娘は魔物を弱らせてから戦わせた。
その甲斐あって彼女たちは1ヵ月前とは見違えるほど強くなった。
なにしろシフトが上位種であるオークジェネラル、オークプリースト、オークウィザードなどを弱体化させて彼女たちが止めを刺すように仕向けていたからだ。
(上位種とばれるとまずいので魔石はすり替えたけど)
ついでにルマたちも上位種オークと戦わせて、シフトがいなくても余裕で勝てるほど強くなった。
特にフェイは1人でオークジェネラル単体に勝てるだけの実力を身に着けていた。
そういう訳で彼女たちはそこらの冒険者なんか圧倒できるほどの戦力と知識を身に着けたし問題ないだろう。
今なら班分けして2つあるいは3つの依頼を同時にこなせることもできる。
冒険者としてもEランクからDランクへ昇進もしたしCランク以上になるのも夢じゃないだろう。
(これで彼女たちも冒険者として立派に巣立つことができる)
そしてついに首都ベルートを去る時が来た。
日が水平線から昇り始めた頃、冒険者ギルドの手前でシフトたちは彼女たちに別れを告げる。
「今日この都市を出て他の場所へ行くよ」
「行ってしまうのですか?」
「もっと色々教えてほしいです」
「他のところに行かないでここで一緒に冒険者しましょうよ」
彼女たちは別れるのが寂しいのか引き留めようとする。
もし、力がなければ、『復讐』がなければ、ルマたちよりも先に出会っていれば、彼女たちの厚意に甘えていつまでもここに留まっていただろう。
「ごめんね、僕にはどうしてもやらないといけないことがあるから・・・」
「そうですか・・・」
シフトの言葉に強い意志を感じて彼女たちは萎れてしまう。
「もう、君たちは僕たちの手助けがなくても立派にやっていける。 次会うのが楽しみだよ」
「! はい、頑張ります!!」
リーダーの女性が元気よく返答すると他の娘たちも首を縦に振った。
「願わくば君たちに幸せな人生を送れることを祈るよ。 それじゃ」
シフトたちは彼女たちに背を向けると首都ベルートを去った。




