邂逅
「何があったんだ」
僅かな時間離れている間に騒々しくなった野営地点に戻るとやはり、雰囲気が張り詰めたものに変わっている。
「ジン、ばしゃ」
エルは馬車を守るように立っているラインハルトを指差す。
そうだな。ラインハルトに聞くべきか。
「どうしたんですか?」
「おっ、戻ったか少年。実はなこの先直ぐに盗賊の一味が居るようなんだ」
「盗賊……ですか」
「ああ、依頼主さんの要望で果実を探しに行こうとしてた者がな発見したんだよ」
「というか、僕なんですけどね」
ラインハルトの横にいたリオが憮然とした様子で言う。
「まだ怒ってるのかよ。しょうがねーだろ依頼主さんには下手に逆らえねーんだから。お陰で盗賊の発見も出来ただろ」
「それとこれとは別です! ガッカリですよあんな我儘言われても何も言い返さないなんて」
尊敬しているラインハルトが依頼主とはいえ、下手に出ているのが気に食わないのだろう。
気持ちは分からなくはない。しかし、時と場合は考えてほしい。
「それで、これからどうするです?」
逸れてしまったし本題に戻す。
「ああ、これから皆と一緒に説明する。リオ、お前は依頼主さんに説明だ」
不承不承の表情でリオが馬車に声をかけるのをのを見てからラインハルトは火の前へと移動し、注目を集める。
「皆、想像している通り問題がおきた。三百メートル程先に盗賊を発見した」
静まりかえった中、誰からともなく喉を鳴らす音が辺りに響く。
「幸い向こうは此方に気づいていないしいりくんだ森の中だ。早々に発見される事はないだろう。そこで俺は撤退すべきと考えている」
ラインハルトが提案を述べると一人の冒険者が腕をあげる。
「ちょっと、いいか。撤退は構わないけど本当に進むことは出来ないのか? こちとら生活がかかってるんだもう少し詳しく教えてくれないとな」
冒険者としては引くわけにはいかないのだろう。
依頼料は達成しないと貰えないし、やむを得ずの撤退だとしてもあのブランが金を払うとも思えないし確かにもう少し事細かな情報を聞きもせずに判断は出来ないだろう。
「盗賊の数は此方と同数の二十名程、これは確認できた者だけだから確実ではない。装備品は盗賊にしては珍しく上質な皮鎧と良く研がれた物を帯剣していると、装備が充実している。確認できるだけでこの人数、依頼主さんがいる以上迂闊に攻めこむべきではない。とはいえ、先に進まなければ森は抜けられない。ここは、一時撤退し、間をあけるべきだと思う」
ラインハルトの言葉に全員が押し黙る。
其々、言葉を吟味し、リスクとリターンを検討しどうするべきか考えているのだろう。
「皆の二度手間が大変というのも分かる。一度撤退はするがその分は僅かながらも依頼料に上乗せしてもらえるように俺が上に進言するぜ」
それが決め手だった。
この場にいる者は冒険者になってから時が経ったベテランが多いのだろう。リスクを避けてリターンが増えるなら迷うべき事はないとばかりに全員が頷く。
「じゃあ、決まりだ。急ぎ準備を整えて――――」
「待て、撤退なんて許可できんぞ! 勝手に話を進めるんじゃない」
馬車から降りたブランが話を遮る。怒り心頭といった様子だ。
「いいか。撤退なんて認められん、何のために貴様らを雇ったと思っているんだ!」
「ですが依頼主さん。確か危険はなるべく避けるというのが方針だったんでは? それに、一時下がり、様子を見るだけです」
「馬鹿者! 明日までに届けると言っただろう」
明日までに届けるって、そういえば何を運んでいるんだ?
盗賊を恐れてなお、多数の冒険者を雇ってまで届けたい物とは如何様な物なのか気になる所ではある。
馬車の中身が気になっている間にもブランの叫びは続いている。
「いいか、盗賊なんて貴様らが殺せばいいだろう!」
「ですが危険ですぜい。相手は確認できただけでも此方と同数なんです。現状相手の人数が不鮮明なんでさぁ。他に居たら此方が不利になりますぜい」
「馬鹿か貴様は、話を聞く限り向こうはこちらに気付いていないのだろう、なら多少の数の差など問題にならんわ」
思ったよりまともな事を言ったブランにしかし、ラインハルトの表情は余り芳しいものではない。
「そりゃそうかもしれないんですがね……例の盗賊達だったとしたら迂闊に突っ込むのはまずいでしょうよ」
例の盗賊――奴隷狩りを行う盗賊団。エルがいた奴隷商人の一団をたった三名で虐殺した盗賊、それが二十人前後いる。確かにとても恐ろしいように思える。
本来ならラインハルトの言う通り撤退し応援を呼ぶのが尤も安全なのだろう。
だけど、俺はブランの襲撃を行うという作戦もまた魅力的に感じていた。
もし、この先にいるのが本当にあの奴隷狩りの盗賊団なら、もし、俺の推測が正しくてクラスの誰かが盗賊団に与しているなら――それは、危険を犯す価値がある襲撃だ。
だが、撤退すべきというラインハルトの考えもまた、正しいものと俺は認識してしまっている。
どう行動すべきか決めあぐねている。しかし、気にする必要はないだろう。
この場で俺に行動方針を決める権限などないのだ。物語の主人公ではない俺にはこの場の中心になることができない。今、この場を支配しているのはブランとラインハルトだ。
結局の所、上の立場の者に従うしかないのが現状だ。
「構わん! 早く荷物を商会に持っていかなければいけないのだ! そのために、そのために私は高い金を払ったのだぞ! いいから進むんだ!」
「……わかりやした。依頼主さんがそう言うなら俺達は従います」
不承不承とだがラインハルトは確かに頷いた。
「聞いての通りだ。予定を変更してこれから盗賊狩りを行う」
「ふん。分かれば良いのだ。ああ、勿論私は行かないからな。殲滅したら報告しに来い」
「分かりました」
「それと、護衛で何名か連れていくからな。そこのお前とお前」
ブランは護衛のメンバーを選ぶべく次々と冒険者を指差していく。
「――最後に貴様だ。聞いたぞ中々強いみたいじゃないか」
五名を指差し、最後に指差されたのは俺の隣――エルにだった。
「そんな! 待機を残していくのには賛成ですが、彼女の魔法は貴重な戦力です。襲撃をかけるなら是非連れていくべきだ!」
ブランの指名に食って掛かったのは、俺でもラインハルトでも、等の本人でもなく若き新人兵士のリオだった。
勝算を上げるべく強大の戦力は投資すべきというリオの訴えをブランは鼻で笑う。
「ふん、若僧が、いいか? 貴様等は私の護衛なのだろう、ならば私にいちいち逆らうんじゃない。逆らう暇があるならさっさと盗賊共を駆逐してこい!」
「なっ! 何を! あなたは――」
「黙れリオ」
怒ったリオが声を荒げる前にラインハルトがその口を塞ぐ。
「分かりました。護衛は勿論置いていきます。しかし、人数は減らしもらいたい」
「何を……」
「エルフの嬢ちゃんを護衛につけるなら人数はもう少し減らしておいた方がいいのですよ。じゃなければ本気を出したとき巻き込まれちまう奴が出てきちまうんです。だろ? 嬢ちゃん」
「ん」
ラインハルトがエルに問うとエルは小さく頷く。
俺もエルの実力を全て把握しているわけではないから本当かは分からないが、もし本当なのだとしたら先程見せた実力の更に上がエルにはあるということになる。
「というわけで、少し護衛を減らしても大丈夫だと進言いたしますが」
「……ふん。わかった。二名ほど連れていけ。ただし早急に殲滅させるのだぞ」
「善処いたしますよ」
俺が何も口にだせず見守るなかで事態は進行していき、結論がなされる。
やはり、現実は物語と違い自分は脇役に過ぎないと改めて思い知らされるも、事態は進行を止めることはなく、ただただ進んでいく。
見つめる視線の先では枯れ葉と枝で焚いた炎が煌々と輝き輪郭を朧気にしながら揺れている。
炎を囲むようにしてお酒を飲み談笑しているのは盗賊達だ。その人数はリオが言った通り二十名程だ。盗賊達は此方に気づく様子もなく楽しそうに酒盛りを交わしている。
俺は、いや、俺達は酒盛りの様子を林に身を潜めて覗き伺っている。
エルと分かれた後、襲撃を掛けるため盗賊がいる現場へと訪れた俺はラインハルトと二名の冒険者と共に遠回りするようにして盗賊の背後側に回り挟み撃ちを仕掛けられるような配置についている。
「大丈夫か坊主」
息を潜め隠れていると、傍らに居た冒険者の一人の男が小声で声をかけてくる。
蓄えた髭に毛皮と一見賊のような出で立ちの男はその顔を心配色に染めている。
「……何がですか?」
此方もまた小声で返事をすると男は心配を深めるような表情になる。
「坊主、オメェ気づいていないのか。物凄い冷や汗だぞ」
「え?」
男に指摘された頬を撫でるとぬめりとした汗が掌を水浸しにせんとばかりに溢れでていた。
「まぁ、無理もねえか、見た感じ余り経験がありそうにねーもんな。緊張もするか」
確かに男の言う通り。余り経験の無いことに緊張していたようだ。それも自覚出来ないほどに。
意識してしまえば呼吸が早く浅い事にも気づく。
やはり、自分は緊張しているのだと強く認識させられる。
「いいんですよ。楽しむもんでもないですし」
「坊主……はは、そりゃそうだな」
そうだ。此れから行うのは人の命を奪う行為。
間違った行為や罪悪感を抱いているだとかは言わないが決して楽しみたいものでもない。
ならば、緊張感の一つや二つ、抱くのが自然の摂理だろう。だったら、緊張し、恐怖するのではなく緊張をも飲み込み受け入れればいい。
きっとそれが出来れば慎重かつ確実に事を進めることができる。
呼吸を整えよう。全てを飲み込んで見に染み込ませるんだ。
「落ち着いたか?」
「はい。だいぶ楽になりました」
「自分で緊張を鎮めるとは凄いな坊主」
「そうですか?」
俺から見たら全く動揺せずにいる男の方が凄いと思うのだが。
「それは、年だけはとっているからな経験が幾度とあるだけさ」
「そうだぜ坊主。こいつなんて初めて戦闘したときなんてチビったんだぜ」
もう一人控えていた細身の冒険者がちゃかすように笑う。
「な、てめー。何バラしてるんだ!」
「こいつは図体だけは大きいのにびびりだからな。その点坊主は凄いって事さ」
「……有難うございます」
二人が巫山戯ているのは緊張していた俺を和ませる為だ。
「何、このバカが言った通り、俺は昔ちびっちまったがその時、色々な人に助けてもらってんだ。冒険者稼業は助け合いだからな。ガハハ」
「――――そろそろ、仕掛けるぞ」
ラインハルトが一言発するとその瞬間に俺達は押し黙り表情を真剣なものに変える。
「トニル。かましてやれ」
「あいよ」
トニルと呼ばれた細身の冒険者は魔法を使えるらしく襲撃の合図である魔法を放つ役目をおっている。
「ラインハルト、どっち狙うんだ?」
トニルの視線の先には焚き火から少し離れた所に立てられた天幕に向けられている。
一つだけ立てられた天幕。盗賊の中でも上位の者が居るとみていいだろう。
「構わん。中心を狙え」
「あいよ――――」
返事を返したトニルは聞き取れない呪文を早口で紡いでいきながら魔力を高めていく。
盗賊達は高まる魔力を感知できないようで此方に気づいた素振りは見せていない。
盗賊達が呑気に酔っ払っている間に魔法は完成した。
「『炎弾』」
叫びと同時に完成した炎の塊が薪の中心に向かっていく。
「あん、何だありゃ?」
盗賊の一人が此方から発せられる光に首を傾げるが時は既に遅し。銃弾の如く発射された炎の弾は盗賊達の中心にぶつかり飛散し土煙を巻き上げる。
「うわ」
「なんだこりゃ!」
「誰だ!」
突然の土煙に視界を塞がれた盗賊達は混乱を来たし事態を理解できていない。
「突撃――――」
「「「「うおぉぉぉぉぉ」」」」
ラインハルトが叫ぶと鬨の声を上げながら冒険者達は突っ込んでいく。
「襲撃――襲撃!!」
聞こえてきた大声に襲撃を理解した盗賊達だが視界は今だに塞がれている。
対して此方はトニルの放った炎が今だに残っているため相手の姿が鮮明に見える。
此方が有利なのは言うまでもない。
「盗賊供の視界が回復する前に倒すんだ!」
先に盗賊に到達したリオ達は視界が効かず右往左往している盗賊達を切り捨てていく。
「はは、簡単だな」
「楽すぎだぜ!」
冒険者や兵士達は一人一人とまた、盗賊達を戦闘不能にしていく。
視界を奪ったのは効果覿面だったようでこのままだと俺達が行く間もなく方が着きそうだ。
「――――おいおい、何やってるんだよ、お前ら」
本当に偶然だった。偶々天幕に視界を向けると腕が飛び出ているのを視認できた。
偶々初めて得たスキルが精霊魔法と魔法関係に特化したスキルだった。
だから、気づく事ができた。
これまでに感じた事のない強大な魔力の波動に――――
「リオ! 逃げろっ!」
「ジン!」
急速に高まった魔力の照準はリオ達だった。
それを察知した俺が忠告を叫ぶタイミングでそれは放たれた。
高純度の魔力で形作られた水の槍。十数本にもわたるそれがリオ達に向けられる。
いや。違う! それは俺達の方へとも向かってきている。
「全員防げ!」
忠告に誰が反応できたのかは分からない。
周りに気を向ける余裕などない。
迫り来る死の一撃を防ぐことに全神経を集中させなければならない。
自分とは比較にならない魔力が込められた水の槍を防ぐのは並大抵の事ではない。
様子見程度の一撃では防ぐ事は不可能だろう。
やるなら全力の一撃だ。
天幕との間には距離は十分ある。一撃の威力は低くとも発動速度が通常以上なのは確認済みだ。
「こっちは炎の槍だ!」
全力の魔力を込めた炎の槍を水の槍に衝突させる。相殺させようと放った一撃はしかし、相殺には至らず水の槍は炎の槍を突き破り俺の肩を穿つ。
「かっ!」
槍に穿たれ体は横凪ぎに傾き地を転がるが命は失わずにすんだ。
全魔力を込めた一撃は僅かにだが射線をずらす事に成功した。
「……あぶなかった」
運良く射線をずらす事ができたが次は上手くいくかは分からない。一回は成功したが今だ危険は続いている。あの天幕の主は手を此方に向けるだけで俺の命を奪いとれるのだ。
一撃で分かる。俺達は勝てない。此処にいたら全員殺される。
「そうだ、他の奴は」
状況を確認しようと上半身に力を入れる。
肩が焼けるように熱く痛いが問題ない。あの時の皮膚全てが溶けるような熱さに比べれば耐えられる。
痛みを堪えて状態を起こす。
「よぉ、少年」
最初に目がいったのは一緒に走っていたラインハルト達だった。
「あっ……」
「忠告助かったぜ……お陰で俺は生き延びる事ができた」
ラインハルトは無事だ。
「俺も大丈夫だ。だが、このバカが何食らってるんだよ……トニル」
恐らく魔法が主体で肉体面では他の二人よりも劣っていたのだろう。そのため結果として反応が遅れて間に合わなかった。一撃を正面から食らった男は心臓を穿たれ、風前の灯という体だった。
「クフッ……誰が、バカだよ。アホ、ドグマが……カフッ」
「バカ野郎! もう喋るな」
「……アホ、最後くらい喋らせろや」
「バカやろぉ……」
ドグマは顔をクシャクシャにして涙を流す。
最早トニルが助かる術はないと誰もが分かっている。或いは俺の精霊魔法ならほんの僅かとはいえ可能性があるのかもしれない。だけど、既に俺の魔力は底をつくくらい減じている。深手を治すほどの魔法は使えない。
「……クソ、しくったぜ……それに……してもお前の腕で死ぬのかよ……まぁ、腐れ縁だし……とくべつ……だぜ……」
「……トニル、くそ、クソォォ!」
今まで何人も人の亡骸を目にしてきた。
けど、初めてだ。目の前で人が息を引き取るのを見るのは初めてだ。
トニルだけではない。
「カイヤ、キル!」
盗賊達を切り捨てていたリオ等に視線を向けるとリオが仲間であろう兵士達を逝かせないように必死に呼び止めるも息を引き取っていた。
一瞬、ほんの一瞬で半数が殺害された。
盗賊も半数以上が戦闘不能とはいえ戦況がどちらに傾いているかこの場の誰もが分かっている。
天幕の主、あの強大な魔法を操る天幕の主一人に俺達は全滅させられてしまう。
戦闘続行は不可能だ。
「ラインハルトさん」
「ああ、分かっている。撤退だ……撤退だ!」
戦況が不利だと冷静に判断したラインハルトは喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。或いはラインハルトは今の事態に想像以上に動揺しているのかもしれない。
「いやいや、逃がす訳がないっしょ」
天幕から新たに聞こえてきた声に誰もが耳を済ませ注意を向ける。
「あ~あ。折角楽しんでたのに邪魔してくれちゃって」
若く軽薄な声が天幕から漏れてくる。
その聞き覚えのある声に、態度に胸がざわつく。
まさか、とは言わない。想像していた事だし想定通りの結果だっただけだ。
それでも、静かな胸の漣を抑えることができない。
白色のワイシャツ。突き出た頭部には真っ黒な髪の毛がツンツンと立っている。
軽薄そうな態度に顔が苛烈なこの世界で何の苦労も味わっていないことをまざまざと見せつけている。
「さぁ、さっさと殺るか」
大きく伸びをしながら無邪気な笑顔で少年が焚き火の前に出る。
炎に照らされたその顔は見覚えのある過ぎるものだった。
残虐なインテリメガネの佐々木蒼汰、派手に金髪にした土田亮……そして、尤も俺をその拳で殴打してきた同郷の日本人……。
「坂井和也」
それはまさしく、クラスメイトかつ暴力を振るってきた者の一人――そして、決して許すことの出来ない男の一人だった。




