無力
本日2話目
「坂井和也」
今でも鮮明に覚えている。お互いに殴り合おうといいながら俺の拳を全て避けて一方的に殴ってきたことを。何より俺をあの異形に対する生け贄に差し出し逃げたした事を俺は絶対に忘れない。
殺してやる――――
「待て、何をやろうとしている」
一歩地面を踏みしめた時、背後からラインハルトが肩を押さえてくる。
振りほどこうにも痛む肩を押さえられ思うように動けない。
仕方なしに顔だけで振り返る。
「何って。俺は行かなければいけないんですよ」
「駄目だ。あの少年を見て何となく理解したが、あれば駄目だ。ここは撤退だ」
「っ、だけど」
だけど何だ……
坂井にこのまま戦いを挑めというのか。
いや、違うだろ。
このまま行けば俺は殺される。クラスメイトが盗賊の一団にいるという確認も取れたし成果としては上々だろ。
「……っ、わかった。撤退する……」
「分かってくれたか」
「ああ、このままでは無駄死にするだけだしな」
力の差は痛感した。追い付くのは直ぐには無理だろう。策を講じるにも時間も魔力も足りない。
今回は撤退するのが善処なんだ。
「――だけど、逃げるだけなのは嫌なんだ」
「なっ!」
力が無いから、無力だからといってただ臆病に逃げていては俺は一歩も前進していない。
生き抜くのは確かに大事だ。だけど、俺はもう逃げないと決めたんだ。
「せめて一撃!」
一太刀でも浴びせないと俺の気が済まない。ラインハルトの手をを振り切り腕を前に付きだす。残りカスを必死に絞り出すようにして捻出した魔力を組んでいく。
今構築している魔法で坂井を倒せない事は分かっている。それでも、傷を負わせる事くらいはできるはずだ。
「いけぇぇ!」
野球ボールサイズの小さな炎の玉を射出する。
残りの魔力を込めた炎の玉は威力は低くとも速度を重視したものだ。あっという間に坂井との距離を縮めていく。
「んなもん効かないっしょ」
俺が残りの全てを賭けて放った一撃は銃弾に匹敵するほどの弾速だっただろう。
常識的には視認することすら不可能な炎の玉を坂井は事も無げに首を横にずらして避ける。
魔法で相殺される可能性は想定していた。それなのに魔法を使わせることすらできなかった。
再三に突き付けられる圧倒的な実力の差。
何れだけの隔たりがあるのか推し量る事さえ俺には出来ない。
「クソが」
「満足したか。悔しがるのは後にしろ。今は撤退だ」
撤退を促すため置かれたラインハルトの腕を今度は振り払う事ができない。
俺は今、完膚なきまでに敗北した。
「そうだ。俺達は負けた。敵の実力を見誤ったんだ。俺はあいつ等を助けに行くことすら出来ないんだ」
ラインハルトは唇を噛み締めて血を流していた。
肩を押さえる腕に痛みを感じるほど強く力を籠めていた。
そこまでしてやっと俺は気づいた。
坂井の近くには生き残ったリオ等がいる。
「まさか――見捨てるのか」
ラインハルトの発言の意味はそういうことだ。
だから、否定してほしかった。自分が生きるために他者を見捨てるなんてことは否定してほしかった。
「……そうだ。俺には成すべき事がある」
な……なんだそれ? 成すべき事。
分かっている。この敗戦をブランに伝えて村に撤退する役目を負うとしたらラインハルトだろう。
だけど、その代わりに見捨てろだって。
「俺には……無理だ」
見捨てるなんて出来よう筈がない。自分が憎んだ行為と同じ事を俺自身が行える筈がない。
同じ事をしてしまったら今の自分の全てを否定することになってしまう。
「俺はあいつ等を見捨てられない」
ラインハルトにとっても苦渋の決断なのは理解している。それでも、やはり俺はそれを受け入れられない。
「死ぬぞ……」
そんな事言われるまでもなく分かっている。
それでも、俺が俺であるために譲れないものがある。
それを守るためなら命を賭す意気込み位は持っている。
「待てや、坊主」
ラインハルトを振り切り突っ切ろうとすると、山賊風の男、ドグマが呼び止めてくる。
「貴方も俺を止めると」
「いや、突撃は俺がする」
意外な事にドグマは俺を止めるのではなく、自らが代わりに行うと言い出した。
「ドグマ、貴様」
「ラインハルトも分かっているでしょう。あれが黙って見過ごしてくれるはずがないと、だから俺が突っ込むしかないでしょうよ」
言うとドグマは背にしていた斧を抜き去る。
「坊主もここは俺に任せろ」
「今行けば死にますよ」
「なら、尚更ここは任せろ。坊主はここで死ぬべきではない。それに俺は無駄死にするつもりはない。勝算はある!」
「勝算……」
「まぁ、見てろ」
ドグマはそう言うと坂井に突っ込んでいく。
巨体からは考えられない速さだ。
「……魔力」
前進しているドグマからは練られた魔力の波動を感じる。しかし、魔力を魔法に変換している様子はない。
まるで魔力を鎧のように全身に纏っている。
「どぉぉぉせっぇぇぇい!」
駆けながら叫びをあげたドグマは斧を勢いよく降り下ろす。
いつの間にか手に持つ斧にも魔力が伸びて纏われている。
魔力が込められた斧がもたらしたのは地面を破砕させるというものだった。
魔法を使用したわけでもない。にも関わらず信じられない事にドグマは地面を陥没させた。
「おーお、スゲースゲー……けど馬鹿だな! これで正確に認識しちゃったんだけど」
夜闇の中、坂井の視線が騒音を上げた元凶であるドグマに固定される。
当然だ。あれだけの騒音を鳴らせば。聞こえてくる音に反応するのは至極当然の事だ。
「はッは―。ならば来るがいい。今度はくらわしてやるぞ」
「うっわー、面倒なノリなんだけど。どんな姿してんだ『光』っと」
笑いながらも素早く魔力を練り上げた坂井は光の玉を召喚する。光の玉はドグマを照らしてその姿を闇に浮かべさせる。
「うわ、やっぱ暑苦しそうなおっさんかよ」
「そういう貴様は坊主と違って軽薄そうだな。そんな貴様がトニルを殺したんだ。許せんよな」
「トニル? うは、誰それ?」
自分が力を振るうのがどういう結果をもたらすのか自覚していないのだろうか、坂井の態度は余りに軽い。
まるで地球と、教室とまるで変わらないその態度はどこか不気味でさえある。
「どぉっせいぃぃぃぃぃ!」
先程と同じく、いやそれ以上の轟音が地を鳴らす。
再度振り下ろされた斧は地を割る。先程と異なるのはその目的が地を陥没させるだけのものではないことだ。
地に叩きつけられた斧、魔力が込められた斧が発した衝撃波が地を伝い坂井に迫っていく。
「全員散れい!!!!」
射線上、坂井と重なってしまう冒険者達は慌てて横跳びに避ける。
一見危険な行為だが見事に坂井の注意を集めると同時に冒険者たちとの分断にも成功している。
流石に修羅場を潜り抜けてきた冒険者なのだろう、冷静な判断だ。
「はよ散れい!」
ドグマが叫ぶとその意思を理解した冒険者たちは散り散りに去っていく。
「待て、彼を置いていくのか」
「しょうがないだろ、私たちがいても足で纏いなんだ。行くぞリオ」
ドグマを置いていくことに納得していないであろうリオは同僚の兵士に連れられてこの場から去っていく。
「おいおい、黙って見逃すはずがないって言っただろ」
坂井は逃げ始めている冒険者に掌を向ける。
「よそ見していていいのか」
「チッ」
魔法を発動しようとしていた坂井をドグマは斧を振り下ろして遮る。
「邪魔なおっさんだな……誰か追いかけろよ」
「馬鹿言うな、俺達は目が見えねーんだよ」
「役に立たねーな」
「見えんだろう! トニルの魔法はスゲーからな」
「チッ。だから誰だよ」
苛立った様子の坂井はドグマに魔法を放ち、ドグマもまたそれをものともせずに斧で対処していく。
「ふんぬ」
「ははは、遅い遅い」
ドグマが横薙ぎにした斧を坂井は余裕をもって軽々と避ける。
「凄まじいな」
坂井とドグマの攻防を見てそんな感想しか出てこなかった。
巨体からは想像できない素早さで攻撃を繰り出すドグマは勿論、そのドグマの猛攻を簡単にあしらっている坂井もまた俺とは別の次元の実力を持っている。
「おい、少年、早く逃げるぞ」
肩を掴んだままでいたラインハルトが自分の方を振り向かせようと引っ張ってくる。
引っ張る力に反抗するように俺の体はその場から僅かにも動かない。
全ての論理的思考をすっ飛ばして見捨てるわけにはいかないという強迫観念のようなものだけが俺をその場に止めさせている。
「無理だ――」
「悪い少年」
謝罪の言葉と共に衝撃が頬を襲う。
ダメージを負うような威力は込められていない。それでも、拳を放った元凶に注意がいくのは当然の事だった。
「目覚めたか少年。少年が奴とどんな因縁を持つのかは俺は知らない。だが、それでも、今、俺達がすべきことはドグマの援護ではない。あいつのドグマの意思を無下にせず尊重することだ。グダグダ考えるのはやめろ。今はただ生き抜く事。それだけを思っているんだ」
分かっている。彼が自分の代わりに皆を逃がす囮になってくれた事は。ここで彼の元に行けばそれは、その行為を無駄にしてしまう事もだ。
それでも、それでも、俺は逃げたくない。見捨てたくない。
……それなのに、俺には彼を見捨てる選択肢しか残っていない。
「くそ……クソがぁ」
無力だから嗤われながら捨てられた。
無力だから小さな少女を危険に合わせてしまった。
無力だから皆を助けた英雄を見捨てなければいけなくなった。
無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力無力――――――――俺は無力だ。
「行くぞ」
「……ああ」
駆けだしたラインハルトに追随する様に俺も走り始める。
背後を振り返ると怒涛の裂帛を上げながら戦斧を振るうドグマと相変わらず無邪気に笑いながら戦斧をいなす坂井の様子が見えた。
次第に声は遠ざかり枝葉に遮られてあっと言う間にその姿が森の闇に閉ざされていく。
姿が見えなくなった時、ドグマの声は既に聞こえなくなっていた。
「……ちくしょう」
逃走を図りどれほどの時が経ったのだろう。気がつけば空は白く鈍い明かりを発していた。
挟み込むようにして待機していた俺とラインハルトはいつの間にかに他の皆とははぐれていた。
「着いた」
「ここが?」
「ああ――――ダンジョン都市、アスタールだ」
はぐれたとはいえ、俺達は遭難したわけではない。
挟むように反対側にいた俺達は無我夢中で逃げていた。それが皮肉にも目的地に早く到着することになってしまった。
「待っていろ、今ここの兵士に話を通してくる」
ラインハルトは何度かこの都市にも来たことがあるらしく顔見知りもいるらしい。事情説明は任せても大丈夫だろう。
都市の門番に近づいたラインハルトは懐から何かを取り出して二言三言門番の兵士と言葉を交わしている。
「ん?」
気のせいだろうか、此方に視線を寄こした兵士は目を見開いて驚いていたように感じたのは。
「少年。話はついたこっちにこい」
気になることはあったものの、特に問題もなく事情は理解してもらえたようだ。
ラインハルトに呼ばれたままに兵士の下に行く。
「詳しい事は兵舎にて説明することになった。少年の話も聞きたいようだから同席してもらうが事情説明が終われば村の者に連絡がいくまでは休んでいて構わないぞ」
「はい、わかりました。だけど休みはいりません」
森にはエルも残っているんだ。安否も確認できない内は俺だけ呑気に休息を摂るというわけにはいかない。
「そうか。なら説明をする間だけでも気を休めてくれ」
「そうですね」
「こちらです」
兵士の一人に武器の石槍を預けた後その者に案内されて建物に入る。
「よく来たな」
部屋に入ると三十台と思しき男が鋭い視線をこちらに向けていた。
男はしっかりと固めたオールバックに鍛えられた体躯と威圧感が大きい。この部屋で一人でいる事から若いにも関わらず偉い立場にいるものなのだろう。
「そこにかけたまえ」
男に促されるまま俺とラインハルトは椅子に座る。俺とラインハルトが隣同士、男が正面に来る位置取りだ。
「説明を聞く前に、私はアインだ。少年君は何という名だ」
「冒険者のジンです」
「ではジン、説明を頼むぞ。勿論ラインハルトお前もだぞ」
「へいへい」
ラインハルトは面倒くさそうに頭を掻く。やり取りを見るにこの二人は前から面識があり、そこそこ親しい間柄であるようだ。
「――――というわけで、俺とジンはこうして退避してきたんだ」
ラインハルトの説明に補足を加えるようにしながら話を終えるとアインが額に手を当て溜め息を吐く。
「……なるほど。奴隷狩りの事は把握していたが一人でラインハルト達を圧倒するほどの脅威か」
「そうだ。実際に力を目の当たりにしたがあれは俺では手に負えない。アイン策はあるのか?」
ラインハルトがアインに問いかける。
水を向けられたアインは首を左右に振り質問の答えとしていた。
「ラインハルトですら無理となると、数が限られてくるな。かといって戦力の全てを迂闊に投資するわけにもいかないのが現状の上層部の判断だ」
坂井を脅威と見なすならば一気に叩くべきだと思うが敵の戦力が不鮮明な今、お偉いさん達が及び腰になるのは何となくだが理解できる。
とはいえ、及び腰のまま万が一にも町に攻め入れられでもしたら目も当てられないが現段階では幾ら考えても仕方の無い事だろう。
「まぁ、流石は来訪者という事か……」
アインが唐突に呟く。
来訪者……言葉の真意を尋ねる前にアインが再度口を開く。
「知っているか、ジンくん。十日程前にこの地を訪れた少年少女がいたことを」
「――――っ」
不意に放たれた言葉に息を呑んでしまう。
十日前に現れた少年少女に来訪者という発言の意味は一つの真実を突きつけてくる。
驚愕している間にもアインの独白は続く。
「少年達は幼いにも関わらず強大な力を持ち、変わった服装をしていた。ラインハルトが言った盗賊の服装は彼等と似ているんだ」
坂井と似た服装の少年少女……
「――――ああ、そういえば、君もまた、似た服装をしているなジンくん」
いつの間にか俺を見るアインの視線は鋭く威圧的なものになっていた。
「ジンくん。君は来訪者だね」
そして、アインは核心を口にした。




