依頼開始
「私が貴様らを雇ったオールブラン商会のブランだ。貴様等の役目は護衛として我が身を盾に私を護る事だ! いいか、命を賭してでも私を都市へと連れていくんだ、わかったな!」
贅肉を蓄えた依頼人ブランが俺を含めた冒険者に渇を入れるように声を響かせる。
「朝っぱらからうるさいな」
まだ村人も畑仕事で起きる前位の時刻だというのに随分と声が大きい。住民から苦情が来ても知らないぞ。
「ねむい」
「起きろエル、仕方ないだろ。日の出と共に出立するんだから」
俺達がこうして早起きしたのは依頼の出発が日の出の時刻の為だ。というのも、俺達が抜けたあの森を本日中に抜けるため出発時間を早めにしたらしい。
しかし、朝に弱いというエルにとっては辛いらしく先程からうつらうつらと眠りに落ちそうになっている。
「ほら、出発前の最終確認するぞ」
「ん」
眠そうながらもエルは肩に掛けたバッグから僅かな食料や水を出し、装備の短剣を点検していく。
「よう、少年。来たか」
俺もまた石槍を点検していると後ろから声をかけられる。
相手は振り返らなくても分かる。ラインハルトだろう。億劫さを滲ませずに振り返るとそこにいたのはやはり、ラインハルトだった。その隣には見知らぬ男がいるが兵士仲間だろう。
「はい、約束通りに来ました」
「ねむいけどきた」
「ガハハハ、嬢ちゃんにゃ、そりゃ早い時間だもんな」
「……ラインハルトさん、この少年達は?」
ラインハルトと一緒に来た男が俺達の事を尋ねている。
俺の事はてっきり知られているものだと思っていたが兵士全員に情報が回っているのではないのか。
「おお、言ってなかったっけか。この少年は俺が間違えて捕らえてしまったジンって云うんだよ」
「間違えて!」
ラインハルトの言葉に当然ながら男はギョッとしている。
「それも知らないのか? ……ああ、お前最近入った新人だったな」
「知らないですよ……しかし、誤認逮捕って問題ですよ。良く親しげに話せますね」
何だこの男、若いと思ってたら新人だったのか、それにこいつ常識人だな。余りにラインハルトがスルーしてたから気づかなかったけど確かに地球だったらニュースになるほどのスキャンダルだもんな。しかも、なお疑われているって……何か、思い出したら置かれている状況に苛ついてくるな。
「申し訳ない。君には多大な迷惑をかけたようだね。でも、こんな人だけど悪い人ではないんだ許せとは言わないけど憎まないでやってくれると有難い」
「いえ、状況が状況でしたから。それに、ラインハルトさんにはこうして高額な依頼を紹介してもらいましたから」
「本当に申し訳ない。私はリオ、新人だが困ったことがあったら言ってくれ直ぐに駆けつける」
リオと名乗った兵士は頭を垂直に下げる。
「そんな……でも、分かりました。何かあった際にご相談させていただきます」
折角なんだ。好意に甘えておこう……しかし、本当にいいやつそうだな。
「ガハハハ、仲良くなったようで何よりだ」
「何よりだ。じゃないですよ! 反省してください」
怒りながらもきっとリオはラインハルトを尊敬しているのだろう。じゃなければ頭など下げるはずがない。
「分かってるって。反省してるって……所で少年何してるんだ」
「そんな、露骨に話を逸らして!」
リオの説教から逃げるようにラインハルトが此方に水を向けてくる。
「見ての通り装備品の点検ですよ」
「違う違う。そっちじゃなくて、そこに置いてあるリングだよ」
ラインハルトの視線が拭いた布に乗せっぱなしになっていた指輪に注がれている。
「その指輪、普通の指輪じゃねーよな」
「分かりますか」
「ん、ああ、いや、何となくだけど高そうだなーって」
指輪に嵌められた鉱石は確かに見ようによっては高めに見えるかもしれない。ラインハルトが見た目に驚いていると隣のリオが信じられない事に気づいたような驚愕の声をあげた。
「ラインハルトさん、これ明鉱石ですよ」
「あ、明鉱石だと、それをこんな小さいサイズに加工してるのか!」
「そうですよ!」
「あの、これがどうかしたんですか」
二人が何に驚いているのか、ある程度推測はできているが折角の機会だ情報を得るとしよう。
「どうかしたって、ジン、君は分かっていないのか、この指輪がどれだけ凄いか」
「ええ、まぁ、貰い物ですし」
「っ、そうか。いいか、この指輪は明鉱石が埋め込まれている、そして明鉱石は明かりを放つ、これは分かるね」
「はあ、そうですね」
実際この目で指輪が明るく発光する所を目の当たりにしたしな。
だが、それがどう驚きに繋がるのか見物だな。
「明鉱石を加工してるのは職人だ。一流の職人が加工した最小サイズが掌サイズなんだ。こんな小さな鉱石は初めて見たよ。これを加工した職人は超一流なんだな」
「そうだったんですか」
まさか君島さんのスキルで造ったものがここまで凄いだなんてな。たかがサイズと一見思うがより小さなサイズで明かりを手にできれば夜間時に随分と楽に持ち運びができるようになるだろう。
「ジン、指輪、だれから?」
「そうです! 一体何処の何方がこれを!」
エルは相手が純粋に、リオは技術を求めて、食いつくように迫ってくる。
「おいおい、お前らガッツキ過ぎだろ……ま、俺も気になるけどな少年のいい人がどんななのか」
ラインハルトもまた、いや、面白がっているだけか。
「違いますよ。俺にそんな人はいませんよ……」
「……ジン」
心なしかエルが落ち込んでいる。
……心配させてしまったか?
今となっては俺自身落ち込んで等いないのだが心配させたのなら悪いな。
「……僕達は行くとしましょうか」
「だな。それじゃあ少年、また後でな」
何か感じ取ったのかラインハルトとリオはこの場を去っていく。
「……ジン、ごめんなさい」
「大丈夫だよ。俺はもう気にしてないから」
「でも、指輪もってる」
「指輪がどうか……ああ、そういう事か、これは朱乃がくれたものじゃないんだよ」
思い返せばエルは俺が裏切られた事については教えていたが君島さんの事は伝えてなかった。
恐らくだが裏切った者が俺に指輪を渡して俺がそれを大事に持っているから未だに気にしていると思われたのか。
「言ってなかったけどこれは君島さんという俺の恩人が造ってくれた物なんだ。この槍だってそうだ、彼女のお陰で俺はこうして生きている」
本当に彼女には助けられた。もし、彼女が生きていたら俺は裏切りに合わなかったのだろうか、それとも彼女もまた、俺を裏切っていたのだろうか。
……今考えても栓無き事か。
どうなのかは分からない。分からないからこそ俺は彼女に深い恩を感じているのかもしれないな。
「彼女には感謝してるし、俺も過去の事に引きずる余裕はないし気にするな。今は此れからを考えて準備しようぜ」
何せ初の対人戦を行うかもしれないんだ。準備は万端にしておきたい。
「ジン、おなかすいた」
エルが押さえたお腹からきゅうぅぅ~と可愛らしい音が聞こえてくる。眠気の後は食い気か。
「飯食ってからやるか?」
「……ん」
エルは恥ずかしそうに頬を染め、首肯した。
「二度と来たくなかったんだけどな」
準備を終えて進軍を開始してから数刻、真ん中にブランを乗せた馬車を置く布陣で進む俺達は忌々しきあの森に辿り着いていた。
勝手知ったる森なのか散々道に迷った俺とは違い足取り軽く俺達は森の中を進んでいく。
「グルァァ」
森を進んでれば当然の如くモンスターは現れる。
幾度目かの邂逅では因縁のある狼型のモンスターの群れが牙を剥き出しにして此方を食いつくさんと迫ってきていた。
俺一人だったら尻尾を巻いて撤退するところだが此処には幾人もの冒険者がいる。
「前衛、魔法が完成するまでモンスターを抑えろ」
ラインハルトが指示すると各々の武器を携えた冒険者がモンスターへと突撃していく。
その中にはラインハルトの姿もある。
指揮官が真っ先に先陣を切るのはどうかと思うのだがあれがラインハルトのスタイルなのだろう。
……それにしても魔法が完成するまでか。
先の発言を言葉そのままに受けとれば魔法とは発動までに時間を要するということだ。
しかし、俺の魔法はイメージと魔力の収束と魔法発動にそこまでの時間を要する事はなかった。
俺のスキルが[精霊魔法]だからか。
いや、クラスの奴等は精霊魔法でなくとも魔法発動速度は俺よりも速かった。
奴等が特別なのか村の冒険者のレベルが低いのか……恐らく前者だろうな。
何はともあれエルとあいつら以外の魔法を見る機会だ。目の当たりにすれば答えも自ずとでるだろうしな。
「【精霊魔法】発動」
精霊魔法を発動できるようにし感知能力を上げる。
感知能力を上げたままで魔法を発動しようとしている背後の冒険者達に目を凝らすと確かに俺が使う魔法とは若干違う事が分かる。
冒険者が使う魔法は精霊魔法とは違い、魔法という現象をどういう形で顕現させていくのを自ら図面を構築していくのに対して精霊魔法は初めから図面が完成されてるように思える。そこで魔法発動の一連に時間差ができるのだろう。
翌々観察すると早口で何か呪文を紡いでいく。
小説などでは当たり前の呪文はなるほど、確かに図面の補完という意味では効果的だろう。
クラスの奴等は呪文等唱えていなかったからやはり、特別なのだろう。だが、クラスの奴等に通じないとはいえ俺の魔法発動もまた、武器になり得る事が分かった。
「……ジン!」
側に控えていたエルが悲痛そうに叫ぶ。
どうしたと問う間も無く近づいてくる足音に理解した。
「グルァァ!!」
高まる魔力に魔法の兆候を感じて危機を感じたのか一匹のモンスターが冒険者達を押しきり後方へと駆けていた。
モンスターへと先に衝突するのは前衛にも後方にも加わらず中間に佇んでいた俺とエルだ。
油断していた。戦闘においては尤もしてはいけない行為。戦闘経験の無さが見事に露呈してしまった。
悔やむのは後だ。今はこの状況を乗りきらなければいけない。
イメージを図面との整合、魔力の収束、魔法構築――――一連の流れは訓練のかいもありスムーズで過去最速だ。火事場の馬鹿力というやつか。
だが、ダメだ! このままではモンスターの顎が俺に到達すると共に魔法が完成する。
一歩、後一歩分だけ距離がとれれば――――
「ギャウ!」
モンスターの顎が俺へと至るまさに直前で見えない壁にぶつかったようにモンスターの動きが止まる。
誰の仕業か考えるまでもない。俺よりも速く魔法を構築させるものなど恐らくこの場には一人しかいない。
「悪い、エル」
「ん、気にしない。エルもごめんなさい」
モンスターの事を言っているのだろう。エルは命が散る瞬間に恐怖を覚える。一緒に暮らす内に命が散るその中でも自身の手で命を奪う事を何よりも恐れていることに気づいた。自分では止めをさせない、かといって目の前のモンスターの瞳に宿る殺意は収まる様子を見せない。ならば、殺すしかない。
そして、その役目が俺だ。
「魔法を使うまでもなかったな」
魔力温存のため完成しつつあった魔法を霧散させ、無防備に地に伏すモンスターの頭蓋目掛けて槍を突き刺す。
頭蓋を穿ち容易に脳髄に達した槍はモンスターの命を急速に奪っていき。体を痙攣させたモンスターの心の臓は鼓動を停止した。
「危なかったな」
「ジン、ゆだんたいてき」
「ああ、本当に助かったよ」
いくら肝に銘じてもここまで何度も何度も俺は油断してきた。結局温い地球での生活が見に染みていて甘さを拭いきれていないのだ。それでは駄目だ。この世界ではきっとその甘さで命を失う。
「もうこんな事ないように気を付けるよ」
「ぜったい、めだからね」
「わかってるよ……と、どうやら向こうも決着がつくようだな」
冒険者の魔法が形をなしていき完成する。
完成された力はモンスターへと照準が向けられる。
「よし、全員下がるぞ」
ラインハルトの号令で全員が下がると共に魔法が放たれる。
巻き沿いを防ぐために収束された魔法は攻撃範囲を狭くそれでいて鋭くしている。
炎の玉が、水の水弾が風の刃がモンスターの群れに到達しその悉くを葬っていく。
発動が遅くとも俺よりも魔力が込められているのだろう魔法は一発一発が俺のそれよりも威力が高い。
かつて苦戦したモンスターの群れを冒険者達は圧倒した。前衛だけでも壊滅できたろうに魔法ならば発動までもてばいいと防衛に集中して体力を温存することにも繋がる。合理的な戦略だ。
あいつらに劣るであろう冒険者よりも俺は劣っている。武器を手にしてもそれを研いで研いで研がなければいけないのに俺は油断し、命を危機にまで合った。
覚悟は決めたつもりだった。だが、それだけだと駄目だ。口先ではなく行動に移さなければ何ら意味がない。
鋭くだ。武器と同じように覚悟もまた研いで研いで研いで研ぎまくって鋭くしていかなければいけない。




