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「祐奈、お疲れ様!」今一番聞きたい声が聞こえる。声の主がカレンダーを指差した。来週訪れるバイトの給料日だ。「美波も無事に単位が取れました。そのお礼も兼ねてもしよろしければ食事に行きませんか?美波に代わって、私がごちそうします。」いつもフランクな彼の口調が丁寧になっていた。改めて謝辞を述べる時に口調が丁寧になるのは河口家の教育によるものだと兄弟全員に会ってから気づいた。河口建基さんの妹の美波さんの臨時講師を勤めた時にご両親から丁寧な美しい文字で書かれた感謝の意が記された手紙と謝礼を頂いた。フランクな建基さんに時折、丁寧な口調が混じるのは両親の教育によるものだと実感してから口調の変化が恐く無くなった。
「建基さんとバイトの日以外で会えるだけで嬉しい」思わず声が高くなる。建基さんからも笑顔が出る。「了解。イタリアンで美味しい店があるから予約するよ。」私がイタリアンが好きな事を覚えていてくれた事に驚く。驚きが顔に出たらしく建基さんは軽く私の肩を叩き、予約を取るために携帯電話を手に取った。営業用の声で丁寧に応対をしていった。電話を切り、「今度の日曜のランチでお願いします。」と私に声を掛けスーツ姿の彼は研究のため大学に向かっていった。
木曜日のゼミが終わった時に建基さんからメールが届いた。今週の金曜日は建基さんは研究室のゼミの当番なのでシフトに入っていない。「日曜日、11時、有楽町マリオン前でよろしくお願い致します。」建基さんからのメールはいつも丁寧語だ。こちらも思わず丁寧語で返す。今までの彼氏とは違う甘さが無い素っ気ないメールに少し味気なさを覚える。「甘いだけで誠実さが無い男よりも河口さんのような真面目な人のほうが長く見た時には良いよ」研究室で私が建基さんとの事を相談した先輩-遠藤梢-はバッサリ切った。恋愛の猛者はやはり違う。恋に恋する傾向の私に厳しい言葉を投げかける。「25歳の男が学生の地位に甘んじて、社会性が無く、中身も無かったら結婚も視野に入れるとしんどいよ。ゆうちゃんの22歳はブランドなんだからね。」結婚という言葉に縁遠さを抱く。軽く目眩がする。2つしか違わない梢さんは将来の事も視野をいれている。覚悟が違う。恋愛に甘さだけを求める私とは雲泥の差だ。-甘さはマヒする。甘さだけだと新たな強い刺激を欲するようになるだけだ-それを梢さんは私に説明をしていった。
土曜日は内定先の会社の研修で終わった。研修後に同期と会社の先輩と打ち上げをした。アルコールが入る。先輩から「廣瀬さん、彼氏いるの?」定番の質問をされた。軽く受け流す。それでも質問はヒートアップしていく。「同い年?年上それとも年下?」「彼氏の職業は?」「写真見せて!」品の無さに怒りを覚え、答えずにいると「本当は彼氏いないんでしょ。」と失笑された。会社の先輩は社会人歴3年で25歳だった。建基さんと同い年。アルコールが入っている事とは関係なく幼稚だった。建基さんの方がずっと大人だ。何度も時計を見つめる。時がすぎるのが遅かった。会話に入ること無く一人でウーロン茶をちびちび飲んだ。
日曜日の朝、鏡に向かう。顔が浮腫んでいる。ストレスからできたニキビをコンシーラーで必死に隠す。待ち合わせ場所には待ち合わせ時間丁度に辿り着いた。建基さんが手を上げて挨拶をする。建基さんの私服姿を見たのは二度目だ。オレンジのストライプのシャツにベージュのチノパン、上品なネイビーのシューズだった。きれいめカジュアルだ。私はレストラン用にピンクのカットソーに白のレースのタイトスカートにハイヒールと少し大人っぽくした。私を見て建基さんが照れ笑いをした。「やっぱり祐奈はピンクとレースが似合うよ。」こちらも照れる。はにかむと建基さんが笑顔をこちらに向ける。しかし、建基さんは真面目な顔になった。小声で「祐奈、ちょっと顔色が悪いけど大丈夫か?ランチがキツイようならキャンセルもできるから無理するなよ。」とことん気遣いを忘れない人だ。必死に笑顔をつくる。建基さんの表情が固くなる。「一つ約束をするよ。俺には遠慮をしない。それが二人の間の約束だ。」建基さんは抑えたトーンでゆっくりはっきりと告げた。「祐奈には遠慮はさせたくない。本当の笑顔を向けていて欲しい。」始めて見る真剣な表情だった。
レストランで、いつの間にか昨日の会社の先輩との事を話していた。「会社の先輩に大切な建基さんを汚されたくなかった。」思わず涙が出る。アイメイクが崩れる。建基さんが身体で死角を作り他の席から私の顔が見えない様にする。「俺は25歳でも学生だから社会人に学生の身分である事を馬鹿にされる事は多いよ。確かに揺らいだり滅入る事はある。祐奈がこれから俺よりも先に社会人になって新しい世界に身を置いた時に俺の事が嫌になったらいつでも別れる。それは覚悟を決めている。」冷静に言葉が選ばれていった。言葉が見つからず私はただ頷いてばかりだった。甘い恋愛では無いかもしれない。だけど建基さんは私と真剣に向き合ってくれる。甘いだけの恋から卒業しよう。ほろ苦いチョコレートも美味しいのだから。FIN.
シリアス回です。
最初はデートの仕方を忘れた建基のコメディ回にする予定でしたが書いていくうちにシリアス回になりました。
祐奈の研究室の先輩の遠藤梢さんは知世さんの研究室の大森翼君の彼女です。梢さんは悠人とは面識はありますが建基とはあった事がありません。
河口家は人として恥ずかしくないように厳しい躾を子供達にしています。河口兄弟は剣道と野球を小学生の頃からしている設定です。(美波は剣道と茶道を嗜んでいます。)
なかなか、建基と祐奈のコメディデートが書けません^^;
いずれ書きたいです。
BGM:ポルノグラフィティ allsingles
2017/6/29
寝付けない夜。
長谷川真美




