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コーヒー砂糖ミルクあり  作者: 長谷川真美
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【明日はどんな顔をして会おう】

 『兄ちゃん’s(ニイチャンズ)助けて』美波(みなみ)からの久しぶりのメールが俺と悠人(ゆうと)の携帯に同時に届いた。「タスケテ、タスケテ。このままだと専門の必修科目の統計学の単位を落とします。要ヘルプ」思わず悠人と顔を見合わせる。実家にいる美波に電話をして家族会議を始める。


 美波は都内の私大の経済学部で環境経済学を専攻している。問題の統計学はR(アール)を利用したものだった。兄弟揃って頭を抱える。そんな中、一人の適格者が頭に浮かんだ。廣瀬祐奈(ひろせ ゆうな)。美波と同じ大学で情報工学専攻かつ統計学に明るい彼女。しかも数学の塾講師歴4年というオプション付き。欠かせない条件である女子というのもクリアしていた。妹の美波に変なハエは(たか)ってほしくないのは兄貴の意地だ。


 バイト前の短い時間の中、いつもの喫茶店で廣瀬に美波の臨時講師の話を持ちかける。廣瀬はあっさりとその話を引き受けた。ただし、一つ条件がついた。俺が廣瀬の事を祐奈(ゆうな)と呼ぶことだった。動揺が隠せない。顔が赤くなるのが自分でも分かった。「廣瀬」無言の空間になる。声を振り絞る。「祐奈」その大切な人の名前を発した。恥ずかしくて廣瀬まちがえた-祐奈-の顔が見れない。「廣瀬、もう勘弁して。俺限界だわ。」消え入りそうな声で懇願する。美波の勉強会の打ち合わせのために明日も祐奈と会う。しかし、どんな顔をして会えば良いのだろうか。祐奈は困り果てた俺を尻目に俺の奢りであるちょっと豪勢なアイスココアを美味しそうに飲み干して「明日もよろしくお願いします」と言い残して一足先にバイト先に向かった。こんな顔をしてバイト先に向かえばいじり倒されることが必然なのでクールダウンのためにコーヒーをお代りして担当の講義の時間ギリギリまで喫茶店で粘った。幸運なことに今日はチューターの仕事もあったため早上がりの祐奈と退勤時間が合うことはなかった。


 同居人が鈍感な悠人で良かったと心から思った。悠人は俺の異変に気づくこと無く、料理に励んでいた。夕飯ができるまで一人反省会にふける。今日の夕飯は鯵のたたきと切り干し大根の煮物、オクラのせピリ辛やっこ、なめこと三つ葉の味噌汁だった。いつもなら軽口を叩きながら大学四年の22歳の男が作ったとは思えない夕飯に舌鼓を打つが今日は上の空になっていた。こういう時はさっさと寝るに限る。「兄貴、今日の夕飯不味かった?」と見当違いの心配をしている悠人に生返事をして睡眠の世界に逃げていった。


 朝はあっという間に訪れた。祐奈に一人で合う顔がやっぱり見つからなかった。美波が来る前に祐奈と二人きりで会う勇気がわかない。美波が悠人にも会いたがっていると真実と嘘が入り混じっていることを言って悠人と一緒に美波と祐奈が待つファミレスに向かった。悠人が彼女である知世さんと犯したミスを俺も犯したことに気づいた時は手遅れだった。祐奈は俺のドッペルゲンガーの悠人を覚えていた。悠人は祐奈よりも一呼吸遅れて祐奈のことを思い出し、慌てふためいていた。しかし、この図らずともたまたま同い年だった同学年コンビは電車が強風のため遅延していて来るのが遅れている今日の主役の美波が来るまでの時間ですっかり打ち解けていた。祐奈が持っていた美波の課題図書の「R(アール)での統計学」という教科書を開きプログラミングが嫌いな俺では分からない世界を二人で繰り広げていた。意気投合し、携帯のメールアドレスを交換しようとしていた二人を慌てて止める。悠人に小声で知世さんの名前をつぶやき、そっと左手の薬指を指差した。やっと悠人は自分が犯しかけた愚行に気づく。「廣瀬さん、ごめんね。メルアドの交換はできないんだ。」と悠人は祐奈にひたすら謝っていた。メールアドレスの交換には至らなかったが「廣瀬さん」「悠人君」と呼び合う仲になっていた二人に頭を抱える。祐奈がこちらを見る。俺はそんな祐奈をいつもの笑顔をたたえて見返すことができた。笑いあっている二人をみて恐ろしいまでに鈍い我が弟はキョトンとしていた。


 美波はこの強風の中、駅から走ってきたらしく、荒い呼吸の中、勉強をみてもらうことと遅れたことをひたすら(わび)ていた。美波は慌てて鞄からテキストを出す。「河口さん、大丈夫ですよ。急がずに落ち着いて。ゆっくりしてね。」祐奈が講義用のゆっくりと柔らかい声をだす。俺の人選は間違えていなかった。講師歴4年の祐奈のコミュニケーション能力の高さは随一だ。メールでは饒舌だが直接会うと人見知りの気がある美波は最初は落ち着かなかったが次第に祐奈に慣れていった。同世代の四人で途中脱線をしつつもどんどん勉強を進めていく。強風が収まってきた時に電車で遠距離通学の美波は祐奈と次の勉強の日の約束をして帰宅していった。美波を駅まで送るため悠人と別れた。祐奈と二人きりになったが怖くはなかった。自然と笑顔が出てくる。「祐奈ありがとう。助かった。やっぱり祐奈に頼んでよかった。俺の目は確かだったよ。これからもよろしく。」祐奈ははにかんだ。講師のときには見せない表情だ。「やっぱり祐奈は可愛いよ」思わず甘い言葉が出る。悠人が帰ってくる前にテーブルの下にある祐奈の手をそっと握る。その手はそっと握り返された。「今度の給料が出たら祐奈とデートをしたい。」そのことをそっと二人にしか聞こえないぐらいの小さな声で告げる。心のなかで吹き荒れていた風が凪いだ。順風満帆。冒険家の建基(たてき)はもう一人ではない。祐奈という心強い相棒が待っている。相棒とともに新たな世界へ向かう。新たな世界は冒険家にとって魅力的な世界なのだから。FIN.


仕事でも趣味でも物書きにふけっています。

パソコンのキーボードの打ち過ぎで腱鞘炎ぎみです。

それでも物書は止められません。

最初はフランク建基に弱腰の祐奈という設定でしたが逆転しつつあります。

ウェット建基はHoney Worksで持ち上げられました。

これからもお付き合いください。


-BGM:Honey Works & JAGMOの幻想郷の超絶弦楽四重奏-

夜でもうだるような暑さ 


2017年6月23日

長谷川真美


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