二十二、女神の真実
ここから『銀の姫騎士リテイク!』の真相に迫ります。
私はお母さまと一緒に闇に呑まれた、のよね?
ということは時の狭間に到着しているはずなんだけど……ここはどこ? いつまで経っても女神様が現れてくれない。
最終決戦の途中で闇に宛てられた主人公はもれなく意識を失い生死を彷徨う。それを助けてくれるのが銀の加護――すなわち女神ヴィスティア様というわけ。十年越しの邂逅イベントではこの十年の努力を労われ、今後の世界について説明を受ける。
「女神様? ……女神ヴィスティア様ー?」
……遅い。
それとも私、失敗してしまった? 時の狭間と見せかけて実は奈落の底だとか……
「女神様ー、留守ですかー?」
「勝手に間抜けにしてくれるな」
先行する声に続いて、慌てたように光の粒子が集う。
「まるで天国みたいな演出で……縁起悪いですね」
奈落の底も想像していただけに真顔で呟いていしまった。
「普通の人間なら歓喜すべきところ、それをお前は……まあ、想像はしていたよ。またここが賑やかに……」
「人を騒がしい存在みたいに言わないでください」
「事実だろうに。久しいなリージェン。いや、リユと呼ぶべきか」
「あなたに会えたら言いたいこと、主に文句がたくさんありました」
「不要だ。だからこそ一つ訂正を要求する。私は別に期日に早いからと邪魔をしたわけではない。おかげで愛しの彼に会えただろう」
「代償は大きかったですけどね!」
カノエさんに会えたのは喜ぶべきことですが、そのために崖をショートカットするのはどうなんでしょう。もっとどうにか穏便に事を運べなかったのか。結果的にカノエさんの人となりに触れるきっかけでもあるし強く出られないのが悔しい。
「それで、お母さまはどうなりましたか?」
「シルヴィス・エデリウスの意識は無事だ」
「意識?」
「ここにいるお前も意識だけの存在だが、お前はじき身体に戻れるだろう。シルヴィス・エデリウスは無理だな。身体は限界を越えていた。戻る器が壊れていてはどうすることも出来ない」
「そう、ですか……」
「大した奴だよ、お前は。主人公の誰もが出来なかったことをやってのけた。もっと喜んだらどうだ? お前はエデリウスを救った英雄。時は正常に戻り、その他二人も無事だ」
「喜べませんよ。どうしたって力不足でしたから」
結局私はお母さまに儀式をさせるしかなかった。そうしなければ狂いだした歯車は正常に戻らないから。何も知らない主人公なら正しいのかもしれないけれど、私は全部知っていたのに、そうさせるしかなかった。
「もっと早く、悪夢の夜の前に思い出せていたら結末は変わったかもしれない、なんて都合が良いですよね」
私に出来たのは闇に消えてしまうはずだった母の意識を残すことだけみたい。
「それは誰にもわからないことだ。女神にもわからないことをお前が気負う必要があるのか?」
「私、エデリウスのために母を見捨てたも同然です」
「見捨てたと語る人間は危険を顧みずこんなところにまで付き合うものか」
今日の女神様はまるで別人のように優しい。女神様というか、人間らしい気がする。でも今日の私はちょっと後ろ向きみたい。こんなに優しく慰めてもらっても素直に受け入れることが出来ないなんて。
「でも! ……やっぱり私には、英雄なんて過ぎた言葉です」
「お前を責める人間などいるものか。……一つ聞きたい。お前はシルヴィスを赦すか?」
ゲームでも女神様は問いかける。私の答えは前世を思い出した瞬間から変わっていなかった。
「お母さまのしたことは認められないから、簡単に赦すとは言えない。でもやっぱり、私にとってあの人は大好きなお母さま。それだけは変わらない。だから……だからこんなに、胸が痛むの」
「そうか……。ということらしいぞ、シルヴィス・エデリウス」
――え?
「あの、女神様? お母さまがどうかしましたか?」
「ん? 意識は無事だと告げただろう。かつての私のように人としての姿形は失ったが、意識だけはお前に寄り添っていよう。言葉は交わせなくともしかと届いているはずだ」
「あの、そういうことは先に言ってくださいね!」
「驚かせたなら重畳」
あ、この人絶対プロローグに私が好き勝ってやったの恨んでる。表情なんてものはないけれど、意地悪く歪んでいるのが目に浮かぶ。
「さて、ここからは私が語る番だろう。世界はお前が知るものと形を変えている」
でしょうね。
「禁忌に手を染めた代償だ。シルヴィスという人間は存在していない」
「はい。母が存在していないというのなら私も……」
女神様は最後まで告げることはなかった。でも私はわかっていた。お母さまが消えてしまうのなら、娘のリージェン・エデリウスもいるはずがない。リユとしての存在も危ういところだ。
「私の存在が消えれば、忘却ルートの完成ですね」
これこそが私の望んでいた結末。
「お前は本当にそれで良いのか?」
「今更ですよ、女神様。最初からそのつもりだと何度も話して聞かせましたよね?」
「ああ、そうだな」
姫騎士には忘却ルートなるものが存在する。その名の通り、主人公が人々に忘れられてしまう結末だ。これはクリア条件を満たせなかったり、バッドエンドの選択肢を選ぶと迎える結末だけれど、意図してその結末を作り上げたというわけだ。そうすればカノエさんは笑ってくれる。過去に縛られることもなく生きてくれる。そして私も……
「ここからやっと、私は普通に生きることが許される。暗殺された元お姫様でもなく、戦いに身を置く騎士ではなく、世界を救う使命をおった主人公でもなく、普通の女の子として生きられる。もう時間が止まる不安に苛まれることもなくて、毎日毎日稽古に励む必要もなくて、やっと普通の……普通の幸せを望んでも許される」
今度こそ前世で叶わなかった夢を叶えてみせよう。
「そもそもカノエさんを救いたいというのが完全なエゴ。エゴから始まった私の『銀の姫騎士』は私の存在が消えることで完結するの。そうすればカノエさんが笑ってくれる」
人の記憶から消えても私自信は存在している。それはまるで亡霊みたいだと思う。やっぱり亡霊なのは私の方ですよ。
リユ――
遠くで、そう聞こえた気がした。そんなに叫ばなくても聞こえてる。どうして、そんなに必死に私を呼ぶの?
リユ――
あの時も、最後の時もカノエさんは必死に私のことを呼んでくれたっけ。感動しすぎて幻聴が聞こえるなんて重症かも。
「ところでな、私はお目前に会える日を心待ちにしていた」
幻聴を打ち消すように遮る女神様の声はやけに楽しそう。前回の邂逅ではげんなりしていたのに、この数年でどんな心境の変化が?
「お前がここを去った後、あれがきっかけとなったのか、私も一つ思い出したことがある」
明確な姿形ははっきりせず、そこに何かがいると認識できる程度の存在――それが女神というものだったと記憶している。それがどうしたことか、きちんと人の形を作り始めていた。
「あなた、女神様、なんですか?」
「他に誰がいる。少し昔の姿を思い出してな、戯れに形を作ってみたよ」
目の前には大人の女性がいる。
髪は黒く後ろで纏めていた。前髪を長く伸ばしているせいで穏やかな目元が隠れてしまいそうだ。細く伸びた手足は本来色を認識しない場所にもかかわらず病的に白く感じてしまう。その腕は白い、えっと……ワイシャツ? それに黒い、スカート? 足元なんて思い切りパンプスに見えるような……なんていうか、そう。とても現代的な服装をしていた。私の前世の社会人、という言葉がしっくりくると思う。
「その姿が、女神様の前世?」
これは突っ込んでもいいのだろうか。というか突っ込むべきなんですよね。その役目、ここにいる私にしか出来ませんよね?
「実はな、私も転生者だ」




