十五、騎士の絆
事情聴取の続きでございます。
「皆さんは女神を信じていますか?」
「エデリウスの民なら少なからず崇拝しているはずです」
フェリスさんは現実主義だ。女神という存在を本気で信じるかは別としても、信仰はエデリウス民の習慣として根付いている。けれど王妃様は、そんな生ぬるいものではない。
「少なからずどころか、どっぷり執着している人が。あまつさえ、自分が女神になるつもりでいる」
次第にフェリスさんの眉がしかめられていく。それでも馬鹿馬鹿しいと席を立つことをしない真面目な人だ。
「言葉通りの意味です。あの人には女神の加護が――ようするに、不思議な力が使えるんだなーと納得してください。かくいう私も女神の加護で生きているようなものなので。突拍子もないことは自覚していますが、どうか受け入れてくださいませんか?」
「……それで、不思議な力が使えるからどうしたんです」
有り難いことに話を続けてもいいらしい。
「その不思議な力は全盛期より衰えていた。理由は何でしょう。さて、昔と変わったことといえば?」
なんて簡単な問題だろう。
血を、分けてしまった。血と共に力を持っていかれたのでは? 彼女がそう考えるのは自然な流れだった。
「侵入者を防ぐなんて最初から無理な話。手引きは王妃様がしていたの」
時間を止めて、カノエさんを呼びつけて。女神になるのだからと、自分の手は汚さない狡猾な人。悲劇の王妃を演じるあの人は、今何を考えているんだろう。
「いくら私が真実を語ろうと、子どもの戯言で終えてしまったら? だからエルゼさんは霊廟を燃やしてくれました。そうすることで私という存在を隠してくれた。後は知っての通り……」
汚名をきせられ、帰る場所を失くした。名誉も地位も失った。
一度だけの奇跡に私は生きたいと願った。
願ってしまったから、生きる責任が生まれた。
生きなければならない。この先にある悲劇を止めなければならない。それが主人公の役目。
たとえエスカさんの人生を奪ってでも私には成すべきことがある。どれほどなじられようと受け入れるつもりでいた。それなのに――
「まったく。あいつらしい、かっこつけたやり方だよね。それでこそ、私の親友エルゼ・クローディアだ」
団長もまた私を責めることはなかった。呆れたように、それでいて誇らしげに呟くだけ。まるで、エルゼさんがそこにいるような気がした。
感動しているばかりではいられない。話はまだ終わっていないのだから、私には語り続ける責任がある。
「衰えた力を取り戻すのなら、いっそ成り代わってしまえばいい――というのが王妃様の極論です。地上と女神が最も近づく生誕祭の夜、さしずめ運命の日でしょうか。王妃様は計画を実行するつもりです」
そして儀式の結末は――
「計画は失敗します。人が女神になるなんて、叶うはずないんです」
カノエさんまでもが私の言葉に息を呑む。
何度も、何度も、すべてのルートで儀式の失敗を見てきた。たとえ私が誰のルートの入らなかろうが、ここで辿る結末も同じこと。
強引に女神の席を奪うなんて禁忌。かつて私が殺されたように、過ぎた力は悲劇しか生まない。
「母が過ちを犯したのなら止めるのも子の役目。私は世界を救うために死を偽り、今日まで生き抜き、エデリウスに戻りました」
……これで全部語りました、よね?
気持ちのいい話ではないとはいえ沈黙が重いっ! 暗くなりすぎないように、せめてもの抵抗で明るく語ったつもりだけれど、そうもいかないようだ。
「ふざけないでください」
フェリスさんの表情は不機嫌そうに歪められている。
「やっぱり、信じられないですか?」
王妃が娘を殺め、女神になろうとしている。そんなファンタジー突拍子もないことだ。やはり個別ルートでもないのに信頼を勝ち得るのは難しいのだろうか。
「……十二回ですよ」
「え、あの、すみませんが、何が十二回ですか?」
「僕が一人で見回って、あなたのことを聞かれた回数です。しかも一日に! 少なくとも十二人、そしてここに三人……いえ、四人ですか? これだけの人間があなたのことを気にかけているというのに、どれだけの人間に心配をかけるつもりです?」
鬱陶しそうにまくし立てられる。けれど内容はといえば、明らかに私を心配しているとしか思えない。賛同するように団長がフェリスさんの肩に手を乗せる。
「フェリス君てば良いこと言うー! うんうん、リユ君は騎士団に現れた女神だもんね」
「いえ、そこまでは言ってません」
「あれ、そうだっけ? まあいいじゃない! だって騎士団を変えてくれた女神だよ?」
「それは……否定は、しませんが」
「そうだ! ちょーっと待ってねー」
団長はいきなり席を立つと厨房の奥へ潜り込む。何をするつもりかと見守っていれば、戸棚に収納されている調味料のビンを片っ端から取り出していく。心なしか鼻歌まで聞こえ始めたような。
すっかりカラになった戸棚の天井部分をノックする。どうやら二重の構造になっているようで、力任せに天上板を引き剥がすと細長い木箱が顔を出した。
木箱を手に戻った団長が蓋を開ける。そこにはヴィスティア騎士団所属の証である銀の剣が収められていた。曇り一つなく手入れが行き届いている様子だ。誰かの所有物だろうか?
「これ、エルゼのだよ」
「なっ!」
「没収されちゃうところだったけど、あいつは帰ってくるからね。失くしたと偽って隠しておいたんだ。はいっ!」
それは紛れもなく私へと差し出されていた。
「え、わ、私ですか!? というか、そもそもどうして厨房に!?」
「ふふん! ここは私の領域だからね」
いやそこで胸を張られましても今の私には突っ込む余裕が!
「どうして私に、それは、団長にこそ相応しいものです!」
「娘の君にと思ってさ。それに君、自分の剣は王宮に預けたままでしょう? 最後の決戦が借り物なんてしまらないし、戦うのなら必要だよね」
エルゼさんは自ら剣を置いて行った。旅をするには不要なものだと笑っていたけれど……騎士の証を手放すことがどれ程の決意か、同じ立場に立つことで初めてその重さを知った。ゲームでも、目の前で笑ってくれた時さえも、知ったつもりになっていただけ。
そんな私が受け取って許されるの? 主が不在でも剣は輝きを失わない。ずっと大切にされてきたと一目でわかるのに!
「渡して良いんですか? 親友を巻き込んだ私が憎くないんですか!?」
「エルゼが憎んでいない相手を私が憎めるわけないじゃない。君が大切に育てられたことくらい手料理を食べればわかるよ。愛情がしみ込んでたもの! だから娘の君が持っていた方が喜ぶんじゃないかなーと思ってさ。エルゼは殺したって死なないから、ご利益あるお守りってことでどう!?」
「それは、ご利益ありそうですね」
「でしょ! 君も無事に迎えてあげないとね」
「はいっ!」
「こんな素敵な娘がいたなんて、あいつも隅に置けないな」
剣を渡されただけだ。けれどその動作は尊い儀式のようだった。
この剣が傍にあるだけで、まるでエルゼさんに励まされているように心強い。
「それと、今度は私も心配しているだけより一緒に戦いたい。私にも出来ることがあれば協力させてほしい」
当然のように頼れと言ってのけるのだ。危うく感極まって飛び付くところである。テーブルを挟んでいて本当に良かった。私にも抱き着きが移ったのかもしれない。
「ったく、いいとこ持ってかれちまったな! 俺が手を貸さないとでも? 元婚約者殿」
「アイズさん!」
ここに来るまで何度も躊躇い迷った。自分の行動が正しいのか、バッドエンドへ向かっているのかわからなくなることばかりだった。
でも、今日この表情が見られたのなら悔いはないとさえ思える。
「ところでリユさん。王妃様が黒幕ということは、先日の招集は……」
「えっ!?」
今そこを掘り返しますかファリスさん!?
王宮で何があったのか、ことのあらましを伝えたところ。一転して怒られました。筆頭はフェリスさんですが、おそらく彼がいなくても盛大に怒られたと思う。どこもかしこも視線が突き刺さるようだった。
拝啓、女神様。
十八日目も終わろうとしています。
とても感動的な場面だったのですが、見ていてくれましたか? 私は不覚にも、何度も泣きそうになりましたよ。だって、ゲームと全然違うんです。皆が私に向けて言ってくれるんです。それがとても嬉しくて……結末を想うと少しだけ寂しくなりました。
事情聴取――もとい事情説明も終り、私たちは体を休めることになりました。さすがに不眠不休で最終日を迎えるのもキツイですからね。体調も勝つためには必須事項です! ……最後の方はほぼ私への説教だっただけに、もっと早く休んでも良かったのではと思わなくもないですけど。
カノエさんはご自分の立場を生かして敵陣の偵察をしてくださるそうです。朝には必ず戻ると約束してくださいました。迷走もしましたが、何とか単独行動は阻止できた模様です。
あと少し――
あとは王妃様と対峙すれば決着だ。
十年前、リユとして生きることを決めてから時が経つのは早かった。どうせなら、もっとゆっくり進んでくれてもいいのにと何度願ったことか。
明日ですべてが終わる。エルゼさんの汚名はそそがれ、伝説の騎士再来の元ヴィスティア騎士団は新たな道を歩める。
今度こそ、カノエさんは生きて生誕祭を迎えるの。その時はどうか、私のことなんて忘れて笑ってくださいね。
閲覧ありがとうございました!
次話は運命の十九日目の幕開けとなります。




