十六、カクラン作戦
大変お待たせいたしました。
十九日目、最終決戦の幕が上がります。いつもとは視点が異なります。
生誕祭前日、すなわちゲームでは十九日目の朝とでも表示されるのだろう。それは『銀の姫騎士』における最終決戦の日だと彼女は夜ごと悩みながら話しかけてきた。
ああ、わかっている。私とて、最後の日くらいはちゃんと起きているさ。
それがお前の望み、そして私の望みだなのだから――
からりと晴れた空には雲一つない。風さえも止み、凪いだ世界は静寂が支配している。それはこれから起こる事件の前触れか。世界は静かに壊れゆき、人々は知らぬ間に終わりという闇に呑みこまれるだろう。
ところが廃墟とまで囁かれた騎士団本部は珍しく喧騒に包まれていた。
無数の足音が地面を揺らし、耐えきれなくなった門は無残に倒壊した。次々に踏み荒らされては修復は難しいだろう。
宿舎の扉はこじ開けられ、白に身を包んだ騎士たちが突入する。各部屋へと散らばりながら、無遠慮に扉が開かれていく。けれどそこに人の姿はない。
見つからなかったでは済まされない。失敗したでは許されない。もう後がないと彼らも身をもって理解している。怒号と共に敷地を蹂躙するしかないのだ。
宿舎が不発に終われば次へ――そう繰り返していくうちに彼らは食堂へとたどり着く。
「食堂がこんなに賑わうなんて久しぶりだなー」
必死の形相、さらには剣を抜いた集団を前にしているとは思えない暢気さだ。けれどそれこそが彼らしくもある。白い騎士たちを出迎えたのは食堂の主――ではなく騎士団の主ロクロア・ウォルツだ。今日はエプロンは必要ない。あるべき本来の黒を纏うだけである。
「貴様、何故動ける!?」
動ける者などいない。お前たちだけが特別だと告げられていたか。だがな、リユに同じことが出来るのは当然だ。
彼らがうけた命は一つ、銀髪の女を殺すこと。女一人を捕らえるなど簡単だと思ったか? 残念、相手はリユだ。そう簡単には行かないだろう。
標的の姿もなく、あろうことか出迎えたのは団長。焦りもするだろう、さすがに彼らも騎士団長の顔は知っていると見える。
「私たちの女神に許可してもらったからね。せっかく来たんだし、ゆっくりしていきなよ」
笑顔で出迎えてはいるが携えているのはフライパンではなく剣。姿はエプロンではなく女神の名を冠した黒衣。
剣を抜けば、それは明確な戦いの合図となるだろう。
徐々に騎士たちが集まり行く食堂だが、一方では情報が混乱しているようだ。
「いたぞ!」
銀の髪が揺れた。木々の間を走り抜け振り向くことなく走る。
かと思えば別の後方からも「銀髪が! 何をしているこっちだ!」と声が上がった。
木の陰に身を置きながら、彼はまた別のロープを切る。
「おいどうし――うわあああ!」
足元から突如として現れた網に拘束され、気づけば木に吊るされているという状況だ。
「まったく入団してから数日だというのに、あの人は何をしていたんでしょうね。本部周辺が罠だらけになっているなんて……」
呆れているのか、それとも笑っているのか。判別に困る表情でフェリス・ローゼスタは淡々と呟く。腰には剣を、頭には銀髪のカツラを乗せていた。カツラのせいでただの美少女にしか見えない。
「僕にこんなことをさせるなんてっ!」
それが屈辱の表情だということは明白た。背格好などの問題もあり、囮役は満場一致でフェリスに決まった。
「本当に、帰ったら昨日の続きも含めて説教ですね。……まだまだ言い足りませんから、無事に帰ってきてくださいよ」
リユにとっては有り難くもない気遣いだろう。
――ぞわりとした感覚にリユは一瞬だけ振り向いていた。そこには誰の姿も見当たらないが、黒く鋭い眼差しで睨まれているような悪寒がするらしい。
「おっと、振り返るなよ。君には君の役目があるんだろ」
しかと咎めるのは同行する役目をおったアイズ・メルディエラだった。
采配をしたのはリユであり、騎士たちを信じているからこそである。そしてもう一人、この情報を伝えてくれた人物――自身の仇とも呼べるべき相手と共に森を駆けていた。
「まさかこんなところに隠し通路が続いているとはな」
「さすがに元婚約者様とはいえ、王家のトップシークレットですからね」
露店が多く、生誕祭前日で賑わう街中よりも都合がいいとこの道を提案したのはリユだ。悪夢の夜に一度だけ使い、その後も調査をぬかってはいない。
「そこまで秘密を打ち明けてくれるようになったとは嬉しいことだな」
「無駄口叩いてないでさっさと行くよ」
容赦なく二人の間に割って入るカノエに怖いものはないのか。けれど割り込まれた双方も「さっさと」の部分には賛成のようで特に反論することはなかった。
「ああ、行ってくれ」
それはまるで自分はここに残ると告げているようだ。
「アイズさん?」
当初の打ち合わせでは三人で王宮を目指すことになっている。当然リユはいぶかしんだ。
騎士団を守るべき立場にあるロクロアは真っ先に残って追手を食い止めると宣言した。ファリスはアイズからの推薦もあってかく乱役に任命された。アイズとカノエは王宮の構造にも通じていることからリユの護衛役を任されている。
「これは出口であって入口ではないと見える。つまり誰かが入口をふさがなければならないだろ」
「だから君が残るって? アイズ・メルディエラ」
カノエは品定めするかのようにアイズを見据えた。お前に出来るのか、任せられるのかと問うている。
その目には光を遮る眼帯はなく、視線には威圧感が増していた。
「俺だって自分の役割は理解しているつもりさ。もちろんリユと共に行きたい気持ちはあるがな、俺の気持ちより大事なのは世界の方だろ。王宮に行くというのならお前が適任だ」
本当に正しく理解している。渦中へと進むのなら、初めて知る抜け道に驚く自分ではなく、当然のように入口を開いたカノエの方が適任だと言うのだ。
「ただし約束しろ。必ずリユを守ると」
その視線は正面からカノエへと向けられている。信頼が芽生える間柄と表現するには重ねた時間は乏しく、あまつさえ絶対に信じられない相手だろうに。
大切な婚約者を殺したのがカノエだと聞いたはずだ。理性を手放せば振り上げそうになる拳を抑えるのに何度苦労していただろう。それでもカノエを信じるしかない状況だった。
「この命にかけても」
躊躇いはなかった。
「ちょっとカノエさん! 命はかけないでください!」
あまりにもさらりと答えるのでリユは眼を剥いて訂正を要求している。
「ははっ、ならば君も無茶はしないだろう」
当然のように答えるカノエに、それでいいとアイズは空気を和らげた。
「リユ、あとは頼んだぞ」
強く彼女の背を押す。
「あ、アイズさんも、絶対無理はしないで下さいね!」
「ああ」
「あの、一つだけ。私、アイズさんとまた会えて嬉しかったです」
「おいおい、そんな別れのようなことを言うなよ。ちゃんと帰って来るんだぞ」
リユは答えに迷っていた。曖昧な笑み浮かべることしか出来なかったのだろう。
「ほら、リユちゃん。手を」
差し伸べられたカノエの手はリユにとって救いだったのかもしれない。
「はい……」
「本当に行くんだね」
往生際が悪かろうとカノエは何度も繰り返す。すでに朝から何度も見せられてきた光景だ。
「これが私の役目ですから」
「……僕が君のためにしてあげられるのは、これなんだよね」
引き寄せられ、闇に吸い込まれるようにして銀は消えた。
残されたアイズは何事もなかったように石を積み上げ入口を塞ぐ。誰に悟られることもないだろう。
「行ったか……君はどうしたって俺の手を離れていくんだな。思いのほか寂しいものだよ」
敏い人間だ。自分には彼のように手を引くことが出来ないことも理解しているのだろう。
背後の森は時が止まっているというのに騒がしく、アイズはやれやれとそちらに顔を向ける。
「……どれ、俺は兄らしくフェリスの手伝いでもしてやるか!」
悲しさを紛らわすように敵意を向けられた対象には同情もしよう。同情するだけで私には何も出来ないけれど。
止められるのはお前だけだよ。
この私に勇ましくも啖呵を切ったのだから見せてみるがいい。お前の物語を、とびきりの最後を、この私が見届けてやろう。
そうなのです、今回は女神視点となりました。
拝啓女神様を受けて。いつも一方的にリユから語りかけられていますが、ちゃんとリユの活躍を見ているよというお話でした。




