モラトリアムの行く先は
静岡の自然豊かな土地。
それを見下ろしながら、考える。
ここで俺に何ができるか。できることはあるのか。
本家の方は元々この辺りの豪農で、明治に入ってからは士族から払い下げられた茶園を元手に茶業に力を入れている。
その分家に当たるウチの家業は、馬飼から始まった流通業である。と、いっても、その仕事は物心ついた頃から親父殿と一緒に兄2人が取り仕切っており、三男坊の俺には出る幕がない。
できることはないかと、学問所から学舎で知恵をつけてはみたものの、今のところ役に立つ場面には出会えていなかった。
それでも、いざという時のため、存在している意味はあったのだ。兄夫婦のところに息子ができるまでは。
いつまでも、親と兄貴の脛は齧れない。
可愛い盛りの甥っ子にも申し訳がたたない。
学舎を出た後、友人たちとダラダラと過ごしながらも、将来への焦りが脳裏にチラついていた。
☆
秋も深まったある日の夕食後、長兄に帳場へと呼び出された。
「龍三、お前に頼みたいことがある」
「なんです?改まって」
「横浜に行ってもらえないか?」
「商談のお供ですか?それならいつでも。」
用心棒代わりはよくあることだ。
「いや、ひとつ、仕事を任せたい。なに今すぐじゃない、年が明けてからになるから支度はできるだろう。」
「は」
「うちの扱う品、関東で好調なんだ。諸国にも出していてな、人手が足りんのだ。」
これまで気ままに過ごしてきたツケ、か。
「俺には無理ですよ」
ちょっとばかり頑丈な身体と、学舎で溜め込んだ知識、それしかない俺では、人相手に商売などできないだろう。
「帳簿だの見本品だの、こちらから都度持っていくより、向こうで管理しようということになった。任せたいのは、その管理だ。」
「それは」
文字と数字が相手なら。それに『うちの扱う品』である茶葉のアレコレは、本家から叩き込まれている。できるだろうか。
「心配するな。交渉事は、こちらから人を遣る。近々鉄道も通ることだし、商談なら接待がてら、こちらにお招きしてもいいしな。」
大きな手で肩を叩かれる。
何の気なしにその手を見た、その視線の先にある壁。
カサ。
「ひ」壁に、蜘蛛。
「はっは、図体は大きくなっても変わらんなぁ。向こうなら、そういうのも少ないんじゃないのか?」
それは一番の魅力かもしれない。山も海も近いこの辺りは、俺の苦手なもので溢れている。
「一人では心許ないですし、二人ほど連れて行ってもいいでしょうか。」
帳簿と諸国、その単語で頭に浮かんだ二人。
「ああ、いつもつるんでいるアイツらだろう?あの二人なら問題ないぞ。自分で声をかけておけよ。」
「そのくらいできますって。」
条件の甘いのれん分け、というところだろうか。
せっかく示してもらった道だ。
行けるところまで、行ってみよう。
そう思った。




