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ノエル王国の魔法のバイオリン  作者: Hamin
第8 最終章

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エピローグ:Goodness of God ― 三つの音が紡ぐ、ひとつの祈り

あれから、二年が過ぎました。


十三歳になった光音(ヒカリ)は、少し長くなった髪(かみ)を後ろで結び、バイオリンケースを抱(かか)えて演奏するホールのドアを押(お)しました。


外はしんしんと冷え込(こ)む、クリスマス・イヴ。

廊下(ろうか)の奥(おく)からは、どこか懐(なつ)かしい温かな熱気が漂(ただよ)ってきます。今年はヒカリにとって、そして何よりあつらえたように特別な、最後のクリスマス発表会でした。


高校受験を翌年(よくねん)に控(ひか)えた奏多(カナタ)先輩(せんぱい)は、この演奏会(えんそうかい)を最後に音楽教室を卒業することが決まっていたからです。


「こんばんは、光音ちゃん」


楽屋のドアを開けると、そこには黒のスーツを着こなしたカナタ先輩が立っていました。少し背(せ)が伸(の)び、大人びた横顔。けれど、光音(ヒカリ)に向けられる笑顔(えがお)は、あの日と変わらない柔(やわ)らかさを湛(たた)えています。


「こんばんは、カナタ先輩。……スーツ、すごくお似合いです」

「ありがとう。光音ちゃんも、なんだか少し大人っぽくなったね」


そう言って笑う先輩の姿(すがた)に、胸(むね)の奥がキュッと甘(あま)く締(し)めつけられます。

その隣(となり)で、ドレスに身を包んだお母さん——琴葉(コトハ)が、二人の姿を眩(まぶ)しそうに見つめながら優(やさ)しく微笑(ほほえ)みました。


「ふふっ、二人とも本当に素敵(すてき)よ。カナタ君、これまでヒカリの憧(あこが)れの先輩でいてくれて、本当にありがとうね。……ヒカリ、緊張(きんちょう)してる?」

「ううん、お母さん。すごく……ワクワクしてるの」


光音(ヒカリ)の言葉に、お母さんの琴葉は愛(いと)おしそうに娘(むすめ)の頬(ほほ)に手を添(そ)えました。


「今日の曲ね、『Goodness of God』……神様の愛を讃(たた)える教会の歌でしょう? お母さん、歌詞(かし)を読み返すたびに胸が熱くなるの。『あなたの恵(めぐ)みと温もりが、どこまでも私(わたし)を追いかけてくる(Your goodness is running after, running after me)』って……。あの冷たい異世界(いせかい)で絶望(ぜつぼう)に押し潰(つぶ)されそうだった時も、本当は目に見えない温かな愛が、ずっと光音を追って導いてくれていたんだなって」


お母さんの温かな言葉が、光音の胸の奥深くにじんと染(し)み渡(わた)っていきます。

かつて見知らぬ異世界の冷たい雪の中で、「もう二度と会えない」と泣きじゃくっていたあの少女は、もういません。あの過酷(かこく)な冒険と絶望を乗り越(こ)えた光音(ヒカリ)は今、こうして大切な人たちの隣に立ち、まっすぐ未来を見つめることができていました。胸に秘(ひ)めた言葉にできない甘い恋心(こいごころ)も、家族への深い感謝も、すべてこのバイオリンの音色に込めて届(とど)けると決めていたのです。


光音は静かにケースからバイオリンを取り出し、弓を構えました。

「A(ラ)」の音を鳴らし、弦(げん)のペグを少し回してチューニングを整えます。


キーンと澄(す)んだ糸のようなバイオリンの音が楽屋に響(ひび)く。

隣で、カナタ先輩がピアノの鍵盤(けんばん)を一つ、優しく叩(たた)いて音を合わせました。二人の音が重なり、そこにお母さんのハミングが寄り添うように重なります。三つの音が溶(と)け合った瞬間(しゅんかん)、指先からじわじわと温かな幸福感が広がり、最高の夜になる予感が光音の全身を駆(か)け巡りました。


やがて、プログラムのすべての演奏が終わり、会場が大きな拍手に包まれました。

アナウンスが流れ、高橋先生が笑顔でステージの中央に立ちます。


『本日はようこそお越(こ)しくださいました。最後に、長年教室を引っ張ってくれた高橋教室の奏多君から皆様(みなさま)へ、特別なサプライズ・プレゼントを用意しております』


ホールが静かなざわめきに包まれました。


『プログラムには書いておりませんが……今夜最後を飾(かざ)るのは、将来(しょうらい)を期待される奏多君と、光音さんとお母様のアンサンブルです』


暗転するステージ。

スポットライトが三つ、静かに降(ふ)り注ぎました。


上手(かみて)にはグランドピアノに向かうカナタ先輩。

下手(しもて)には、バイオリンを顎(あご)にあてた光音(ヒカリ)。

その横にマイクを手に優しく立つお母さん。


お互(たが)いに顔を上げ、視線(しせん)が重なり合います。言葉はありません。けれど、三人の呼吸(こきゅう)がひとつに重なるのがわかりました。


カナタ先輩の指先が、そっと鍵盤へと舞(ま)い降ります。

ぽろん——。


それは、誰(だれ)もが幼(おさな)い頃(ころ)から知っている、聖(せい)なる夜の静けさと温もりが宿(やど)る柔らかな一音でした。鐘(かね)の音が夜空に響き渡るような、優しくあたたかな音色。


続いて光音(ヒカリ)が弓を滑(すべ)らせました。絹(きぬ)のように滑(なめ)らかな弦の響きが、ピアノの旋律(せんりつ)にそっと寄り添い、優しく抱きしめるように溶け込んでいきます。


そして、お母さんが静かに息を吸(す)い込み、澄み渡る歌声を響かせました。


あなたの声が好き。どんな激(はげ)しい炎(ほのお)の中でも、私を導いてくれた……

(I love Your voice, You have led me through the fire……)


私の生きてきたすべての瞬間、あなたはいつでも真実で……

どこまでも、どこまでも恵み深かった

(All my life You have been faithful……

All my life You have been so, so good)


お母さんの温かな歌声が、言葉の意味を超(こ)えてホール中に広がっていきます。

ヒカリのバイオリンがその歌声に胸を焦(こ)がすような切(せつ)なさを乗せ、カナタ先輩のピアノが優しく包み込む。


(カナタ先輩となら……お母さんとなら、どこまでだって飛んでいける)


過去の絶望も、未来への不安も、すべてをこの輝く音色に変えて——。


言葉にならない恋心が、溢(あふ)れるほどの感謝が、三つの音となって黄金色の光となり、ホール全体の空気を優しく満(み)たしていきます。


やがて歌声と旋律は、誰もが知る聖なる夜の祝福のメロディへと、ゆっくりと形を変えていきました。


降る星のように優しく降り注ぐ、ピアノの鈴(すず)のような打音。

雪景色をあたたかく包み込むような、バイオリンの伸びやかなレガート。

そして、世界中の幸せを祈(いの)るような、あたたかな余韻(よいん)。そのメロディが耳に届いた瞬間、誰もが心の中で聖夜の鐘を鳴らし、大切な人の笑顔を思い浮(うか)べていたからです。


ふたたび訪(おとず)れる静寂(せいじゃく)の中、客席からは溢れんばかりの拍手が巻(ま)き起こりました。


先輩と重なる視線の中で、光音(ヒカリ)の胸は高鳴り続けます。

未来への最高の予感と、胸を満たすあたたかな愛を乗せて——

奇跡(きせき)のような聖夜の音色は、いつまでも、聴(き)く人の心の中に響き渡っていくのでした。





最後までお読みいただき、ありがとうございます。

あなたにとって、クリスマスとは何でしょうか。そこに、神様の愛を感じることはありますか。


「いつか大切な人に、バイオリンを奏でて、自分の気持ちを届けたい。」そんな小さな目標が見えてくると、不思議ともう一度、音楽に向き合う勇気が湧いてきました。


この物語を読んでくださったあなたにも、もう一度、

「聴いてみたい」「歌ってみたい」「奏でてみたい」――そんな音楽との新しい出会いがあればうれしいです。


音楽は、言葉にできない想いを、誰かの心へ届けてくれるものだから。

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