7.5 聖夜の光響祭 バイバイ
演奏の深い余韻が、夜空に静かに溶けていく。その静寂を満たすように、広場の中央へと眩い光の渦が集まり始めた。
空からゆっくりと舞い降りるのは、星の欠片のような金の粉と、胸がすっと洗われるような甘い白百合の香り。夜風がひんやりとヒカリの火照った頬を撫でる中、響き渡る拍手を制してゆっくりと歩み出たのは、晴れやかな表情を取り戻したグランディス王だった。
「見事であった、ヒカリ殿。お主の音色は我が(わが)心の闇を払い、このノエル王国に真の光をもたらしてくれた」
グランディス王は胸に手を当て、深く頭を下げた。王冠の宝石が街の灯りを反射して煌めき、王は優しくヒカリを見つめる。
「この国には古より伝わる伝統がある。『聖夜の光響祭』を成功させし最高峰の奏者には、神の奇跡をもって【どのような願いも一つだけ叶える権利】が与えられるのだ」
グランディス王の言葉に、広場を埋め尽した民衆から地鳴りのような歓声が上がった。熱気が肌を打ち、広場から焦がし砂糖のような焼き菓子の甘い匂いが再びふわりと漂う。
王は、静かにヒカリに尋ねた。
「ヒカリ殿……お主は、このままこの世界に残るか? それとも……元の世界へ帰るか?」
ヒカリの胸の奥が、温かくキュッと締め付けられた。
ふと振り返ると、共に旅をしたかけがえのない仲間たちが、優しい笑顔でヒカリを見守ってくれている。
映像の白猫アルコが、尻尾をピンと立てて誇らしげにウインクをした。
「お前は最高の弟子ニャ。いつでも私の音色を思い出すんだぞ」
巨大なゴレムが「グルル……」と喉を鳴らして擦り寄り、その口の中から大賢者バルダザールの穏やか声が響く。
『よくぞここまで辿り着いたのう。立派じゃ、ヒカリ』
王国剣士のカイルが騎士の礼をとり、学者ホリーが胸の鐘をチリンと鳴らして微笑む。氷の魔法使いノワールが美しい雪の結晶を空に散らし、トリルが楽しげに太鼓を叩き、時計仕掛けのチクタクがリズミカルに時を刻んで別れの音楽を奏でていた。
そして図書館妖精のルノアが、ヒカリの頬にすり寄った。
「ヒカリちゃんの音、絶対に忘れないわ!」
みんな大好きだ。ここでの冒険は本当に楽しかった。けれど——。
ヒカリは光の帯の向こう側で、涙を浮かべてピアノの前に佇む母・琴葉の姿、そして「光の魔法」を準備して待ってくれている父・修平の気配を感じ取った。
「グランディス王、皆さん、ありがとうございます。私……おうちに帰りたいです。大好きな、お母さんとお父さんのところへ!」
「そうか。では、神の恩寵の光よ、この愛しき奏者を導きたまえ!」
グランディス王が高らかに両手を掲げた、その瞬間。
カァァァッ……!
空の天頂が割れ、巨大な光の柱が真っ直ぐに降り注ぎ、ヒカリの全身を包み込んだ。
視界を真っ白に染め上げるほどの眩い七色の光。
同時に、パイプオルガンのような荘厳で柔らかな和音が、鼓膜ではなく全身の骨を優しく震わせるように鳴り響いた。
光の中は、春の陽だまりのようなぽかぽかとした温かさに満ちていた。フワリと体が宙に浮く無重力の心地よさの中、舌の上に蜂蜜のようなかすかな甘みが広がり、星屑を煮詰めたような神聖で澄んだ匂いが鼻腔をくすぐる。五感のすべてが、至福に包み込まれていく。
「ヒカリちゃん、またね!」「元気でな!」
光の向こうで叫ぶ仲間たちに、ヒカリは両手でバイオリンを高く掲げた。
「みんな、ありがとう! 絶対に忘れないよ! バイバイ!」
ヒカリの笑顔とともに、光の柱は弾けるように天へと昇り——。
次にヒカリが目を開けた時・・・・。




