第19話 復讐の獣たち(前)
放送室で、使い方の分からない年代物の放送機材に適当なカセットテープを入れて校舎内に大音量を撒き散らすことに成功した誠一は、事前に一ノ瀬と決めていた通りに中央階段に向かった。そして、二階と三階の間の踊り場を折り返したところで、壮絶な銃声が響いてくるのを聞いた。
予想より少し早く戦闘が始まったようだった。
『敵が出てきたから中に追い返した! 攻撃を開始する!』
ガムテープでワイシャツに貼り付けた携帯電話が、音割れした銃声と一ノ瀬の声を発する。誠一は「了解、援護する」と携帯に返し、残りの〇・五階分の階段を駆け上った。
右手に握ったMP5短機関銃と、ポケットに捻じ込んだ三十発入り弾倉が五本。腰のベルトに挟んだブローニング・ハイパワー自動拳銃は、装填した十三発入り弾倉が最初で最後。これが、誠一が持つ武器の全てだ。
これだけで、生徒ホールの向こうの西階段で戦っている一ノ瀬と協力して、残る敵を挟み撃ちにし、殲滅しなければならない。さっき体育教官室で立てた作戦の中身は、ただそれだけだった。
「位置についた。いつでも攻撃できる」
誠一は防火シャッタ脇のくぐり戸の埋め込み式把手を掴みながら、胸元の携帯に話しかける。
『生徒ホールの隅のガリガリ野郎が起爆スイッチを持ってる。こっちからじゃ狙えない。奴を最優先で始末して』
銃声を垂れ流していた携帯が一ノ瀬の声を発した。誠一は即座に「了解。タイミングを指示してくれ」と返す。直後、銃声交じりの一ノ瀬の声が聞こえてきた。
『カウントする。三、二――』
一! 一ノ瀬のカウントが終わると同時に、誠一は左手で把手を思い切り引き、鉄製のくぐり戸を開けた。
勢いよく開いていく扉と枠に切り取られた矩形の視界に、三階生徒ホールの様子が見えてくる。何段も積まれたハードケースの後ろに隠れて、一ノ瀬のいる西階段のほうへ短機関銃を向ける男や、柱の陰から西階段のくぐり戸に自動小銃を発砲している男。そして、誠一から見て生徒ホールの一番奥の、通信機材を置いた机の脇で座り込んでいる痩せた男の姿が目に入ってきた。誰もが、一ノ瀬のほうに全神経を集中していて、反対側の中央階段のくぐり戸が開いたことになど気づいていない。
誠一は、開き切ったくぐり戸を左肩で押さえ、MP5短機関銃の銃把と前床を保持して銃床を右肩に当てる。左目を閉じ、右目の視界の中で照星と照門が一直線にガリガリ男に重なるようにする。
同士討ちを避けるために一ノ瀬の銃撃は止んでいて、敵の銃撃と視線は一切こちらに向いていない。余裕を持って狙いを付けることができた。
発砲。
反動で僅かに上がった銃身の向こうで、狙った男が崩れ落ちた。MP5の反動はUZIよりも軽かった。
死体となった男の手から、起爆装置と思しきリモコンが転がる。日焼けした肌にがっちりした体格の軍人然とした男が、ガリガリ男が狙撃されたことに気づいてリモコンに駆け寄ろうとするが、誠一は即座にセレクタを単発から連発に切り替え、リモコン目掛けて連射した。軍人男が慌てて遮蔽物の陰に引っ込み、九ミリ弾が直撃したリモコンが部品を散らして吹っ飛んだ。
生徒ホールに並ぶ遮蔽物の間近で複数の発砲炎が瞬き、耳元を超音速の弾丸が擦過していくのを誠一は感じた。挟撃される形になった敵が一瞬の混乱から回復し、誠一に応射の銃弾を浴びせてきたのだ。
誠一は、頑丈そうな鉄製のくぐり戸が銃弾を通さないことを祈って、即座に扉の後ろに身を隠す。扉に叩きつけられる銃弾の雨が猛烈な金属音をかき鳴らした。
もう誠一も一ノ瀬も居場所がバレてしまった。あとはとにかく撃ちまくり、敵を殺すだけだ。誠一は銃床を脇に挟み右手だけで銃把を保持して、扉の陰から右半身だけ出して腰だめにMP5を発砲した。こちらに銃を向けてきていた何人かの敵が頭を遮蔽物の陰に引っ込める。
僅か三秒足らずで誠一のMP5は弾倉の中身を使い切り、沈黙した。
「攻撃しろ! 弾が切れた!」
再び激しくなった応射から逃れるように扉の陰に引っ込み、携帯に怒鳴る。すぐに携帯のスピーカーから激しい銃声が聞こえだし、一ノ瀬が誠一の要請に応えたことが伝わってくる。
誠一は左手でMP5の棹桿を引いてから空になった弾倉を外し、新たな弾倉を挿入。棹桿を左手で叩いて後退位置から前進させ、薬室に初弾を装填した。
一ノ瀬のいる西階段と誠一のいる中央階段は、生徒ホールを挟んで向かい合っている。その間には解放機構が持ち込んだ武器運搬用のハードケースや柱などの遮蔽物があるとはいえ、流れ弾が互いを攻撃してしまう可能性は否定できない。
そこで、弾倉交換のタイミングで交互に射撃するということにしていたのだが、これでは埒が明かない。誠一は、一ノ瀬への反撃のために自分に飛んでくる銃弾が半減したタイミングで、少しでも狙われ難いよう膝立ちになって扉の陰からMP5を出し、引鉄を引いた。
フルオートの弾幕がテロリストらに襲い掛かり、柱から半身を出して一ノ瀬に銃撃を加えていた男の肩を貫く。男が悲鳴を上げて倒れた。誠一はその隙を見逃さず、薙ぎ払うように振っていた銃口を男に戻した。二発目、三発目が男に突き刺さり、鮮血が飛び散る。
突然、生徒ホール中央に積み上げられたハードケースの山の陰から、見覚えのある制服の女が姿を現した。
「清水麗華――!」
誠一の頭は沸騰し、千載一遇のチャンスを前にして全身が強張る。清水は誠一には見向きもせず、オリーブドラブ色の筒を一ノ瀬がいる西階段のくぐり戸のほうへと向けようとしている。
誠一は清水に銃口を向け、力強く引鉄を引いた。だが、力んだために銃口がぶれ、発射された銃弾は清水の周囲のハードケースや柱の表面を跳ねて火花と破片を散らす結果に終わる。
背後からの銃撃に気づいた清水がくるりと振り返った。ロケット弾発射器の簡易的な照準器越しに目が合う。
「ヤバい――!」
誠一は、階段の下に向かって跳躍した。着地のことなど考えていなかった。落下する視界の中で、ロケット弾が着弾したくぐり戸が爆炎に包まれ、何十発もの銃弾を食い止めてきた鉄製の扉が木端か何かのようにひしゃげて吹っ飛ぶ様子が見えた。
その数瞬後、まだ空中を漂っていた誠一に爆風が追い付いた。殴られたような衝撃とともに、さらに吹っ飛ばされる誠一。気絶でもできれば幸せだったのかもしれないが、間もなくして冷たく固い階段に肘から着地する羽目になった。両手でどうにか頭だけはガードしたが、勢いは収まらず、縦に何回転もしながら階段を転げ落ちる。
もはや何が何だか分からなくなった誠一は、踊り場の壁にぶつかってやっと止まり、思い切り咳き込んだ。衝撃で息が詰まり、少し遅れて身体中の骨という骨から激痛が伝わってくる。
「クソ、痛ってえ……」
誠一は仰向けに倒れたまま、首だけ持ち上げて自分の身体を確認した。
手足の関節はどれも正しい方向を向いているし、激しい出血もない。ワイシャツの胸に貼り付けた携帯は、前面の液晶が滅茶苦茶にひび割れているが、一ノ瀬の声と銃声はまだ聞こえてくる。
そうだ、一ノ瀬はまだ戦っているのだ。寝転がっている暇はない。
誠一は気力を振り絞って立ち上がろうとし、しかし、右足に力を込めた瞬間に激痛に襲われ再び倒れた。見れば、太腿の横に長さ五センチほどの金属片が突き出していた。ロケット弾の爆発で撒き散らされた破片だろう。
「邪魔なんだよクソが……!」
誠一は即座に覚悟を決めると、金属片を一気に引き抜いた。自分の意思とは無関係に、喉の奥から唸り声のような悲鳴が出てくる。
金属片が奥で変形していたらとか、予想外に長かったらとかは考えもしなかった。金属片が刺さったままでは戦えないのだ。ここで戦いをやめることなどあり得ないので、大量出血のリスクを冒すことになっても抜く以外に選択肢はなかった。
幸い、金属片を抜いた傷から鮮血が勢いよく溢れ出すということはなかった。金属片は先端の数センチが肉に刺さっていただけで、動脈に傷を付けたりはしていなかったようだ。
『無事!?』
何度目かの一ノ瀬の問いかけに、誠一は粘つく唾を飲み込んで、「吹っ飛ばされたけどピンピンしてるよ」と返した。
『それは良かった。そろそろ弾が切れそうだから援護して』
「畜生、人使いが荒いな」
誠一は、激痛を放つ右足を引き摺りながら、階段を上る。そして、数十秒前までくぐり戸があった場所から生徒ホールの様子を窺った。
清水と大河原が、こちらに向かって走って来るところだった。
『清水と大河原がそっちへ向かった! 食い止めて! 特別教室棟に逃げるつもりよ!』
一ノ瀬の悲鳴に近い声が、携帯のスピーカーを震わせる。
大河原が腰だめにしたPKM汎用機関銃を走りながら発砲し、誠一は慌てて顔を引っ込めた。階段室に飛び込んできた機関銃弾が壁に着弾して跳ね返り、ぞっとする風切り音が耳元を掠める。
「食い止めろなんて簡単に言うんじゃねえよ……!」
誠一は首を竦め、もう枠しか残っていないくぐり戸の横の壁に背中を貼り付けるようにしながらも、MP5だけ戸口から出して応射の火線を飛ばした。特別教室棟と教室棟の間の防火シャッタが降りているため、この中央階段を経由しないと特別教室棟へは行けない。つまり、ここで耐えているだけで、清水らの逃げ道を封じることができるはずだ。
そう考えていたのだが、猛烈な爆発音とともに校舎の床が揺れるほどの衝撃が襲ってきた。
「何があった!」
『清水が防火シャッタをRPGで吹っ飛ばした。まずい、奴ら逃げるよ!』




