21 俺と魔王。魔女と弟を相手取る。
足元で俺が踏みつけている魔女の血液を呑めと言われてもなかなか厳しいものがある。
俺がサイコパスだったのならば喜んでやるのに、残念ながら俺はいたって健常者‥‥‥のつもりだ。
なんか自分で自分を健常者と称するのってかえってヤベェやつみたいだな。
(わかっていると思うが、当然残り時間はほぼないぞ。ちなみにこの制限時間というのには、貴様の弟が自我を手放す残り時間という意味に加えて、魔女が動き出すまで回復するという意味でもだからな。覚悟があろうがなかろうがさっさと行動したほうがいい)
いや、わかっている。
いつまでもこんなにウジウジ悩んでいる方がおかしい状況なのだ。
こんなやりとりをして、俺がうへぇって顔をしかめている間にも、俺が全体重で押さえつて潰れている魔女から俺を押し上げる力が増してきている。
このまま俺が跳ねのけられるまでもう30秒もたないだろう。
「わかったよ。わぁったよ。やりゃあいいんだろクソがぁ!!!!」
それでも殺すよりはマシだ。殺人というラインを超える行為よりはマシだ。
俺の右足を魔女の右腕から外す。ばね仕掛けのように魔女の右腕が跳ね上がった。
もう後には引けない。ずっと押さえつけておくなんて土台無理だったのだ。
事態は動き出してしまった。思考のタイムリミットがきてしまった。
だからやるしかない。
必死に、頭の中でゴキブリを踏みつぶす画を思い出す。
あの時、ゴキブリを踏みつぶす時、俺はどんな事を考えている?
うわ、キモッ。でもここで逃がしたら、次どこかの場面で、具体的には俺が寝静まった時に枕元に出てくるかもしれない。
ここで殺るしかない。
目の前で潰れている魔女だって、その類のモノだ。そう言い聞かせて。必死に自分を騙して、片腕が自由になって起き上がろうとしている魔女の頭を、頭蓋を、思い切り、踏みつけた。
「ぐぇっ!!!」
不意の一撃だったに違いない。
文字に起こせばこんなに汚い、ぐぇって悲鳴すら可愛らしい。だけどもう罪悪感を感じる事もない。
舌でも噛んだのか、下唇から血液が滴り落ちる。
(よしいいぞ。それを出来るだけ口に含め。あとは私が血液から魔力を抽出して、それで弟に電撃を浴びせてそれで完了だ)
もう余計な事を考えている暇はない。
マオのナビゲートに従い。唇から血を滴らせる魔女を蹴っ飛ばしてこちら向きにひっくり返し、覆い被さり、なんかレイプしているみたいだなぁ。
血走った眼の魔女と目が合った。
もうこれだけの距離だ、今更記憶をどうとかされてももうどうしようもない筈だ。
頭の中は、流血を出来るだけ含んで呑む、これだけ。記憶に障害が出てもそんな簡単な作業を違えるはずもない。
流血している魔女の下あごから舌を這わせる。
生暖かいものが舌に乗っかるたびにただただ不快。俺は鉄をガジガジしたことはないが血液というのは血の味がするそうだ。
だからあえて詩的に称するならば、生暖かい鉄の味がした。
「やぁ、やめっ。やめてぇ」
魔女の狼狽が聞こえる。
魔力とやらで身体能力がブーストされているらしいが、俺はまだ跳ね飛ばされない。まんざらでもないのかと一瞬思ったが、嫌悪感から体が硬直しているのだと思い至った。
これだけの魔女でさえ、こういった場面で思考及びに抵抗が停止してしまうのをこうして実感してしまうと、痴漢という犯罪がいかに卑劣なものであるか犯す側から実感してしまう。いや犯罪者側の言い訳っぽいなこれ。
もう第三者的にはどう見てもアウトな絵面であることは想像に難しくない。
(いやオニイチャン、全然足りない。もっと出来るだけ血液を取り入れろ!!!)
しかし、マオはそんな俺の心情を察しながら、もっとアウトな絵面を提供しろと急かしてくる。
しゃらくせぇ。とベロベロと血液を舐めとる。
もうこうなると冷静になった瞬間、俺は死にたくなるに違いない。
だから勢いのまま、舌を可憐な少女に見える魔女の口の中に突っ込んだ。
あ、俺これファーストキッスだわ。いや、ファーストレイプか?
描写が憚られる程に、俺の舌が見た目可憐な少女のような魔女の口内を凌辱する。
(よし、もういいだろう。これ以上の波長の合わない魔力を取り込むと生命活動に支障をきたす可能性があるから、お口が寂しくなるかもしれないが、弟の元に駆けだせ)
波長の合わない魔力。生命活動に支障が出る。なんだか色々不穏な単語が出てきたがもういいらしい。
名残惜しくもない。さっさと離れる。
「おらぁ!!!」
必要な魔力が手に入ったらもうこんな少女には用無しで雑に撥ね退けた。
自分から覆いかぶさっておいて、犯しておいて用が無くなればポイッと投げ捨てる。
最低の人間代表ムーブにもあんまり心が痛まない。
そのまま弟へ向かって駆けだす。
相変わらず弟は唸り声をあげて立ち尽くしている。
頼むから俺が一撃を加えるまでそのままボケーッとしていてくれ。
「あぁあああああああ!!!」
弟の唸り声が跳ね上がった。
もうその声はヒトよりケモノに寄っている。
顔を上げた弟と目が合った。
俺を見つめる瞳に感情の起伏は感じ取れない。そこらへんに転がっている石ころを見下ろすのと同じの薄っぺらい表情。
「アキシゲェ!!!」
もう目が合ってしまったらしょうがない。気付かれてしまったのならしょうがない。
弟の名前を思い切り叫んだ。
もしかしたら、麗しのお兄様の怒号で正気を取り戻してくれないだろうかという希望的予測が1割。あと9割はなんらかの動揺で一瞬の空白時間でも生まれやしないだろうかという淡い期待があったりする。
「ガぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
一瞬もそんなん無かったわ。
俺の声が与えるものなぞなにもないようで、ちょっとむなしくなってしまった。
弟が腕を薙ぐ。別にそれで何かが跳んで来るのが見えるというわけではない。
(何か来るぞ。よくわからんが避けろオニイチャンッ!!!)
ただ見えないだけだ。不可視のなんかようわからん一撃が確かに跳んで来るのはわかる。ケモノと化した生物学上類を見ない弟は今までも何度だってそうやって理不尽を嫌ってほど行使して呼吸するように勝利を掴んできた。
だから避けなくはいけないと言うのは理解できる。
ただ見えないのだ。どうやってそんなものを避けろとほざくのだろう?
「ちっくしょーーーー!!!」
だからもうテキトーに避けるしかない。
とりあえず弟が腕を薙いだ延長線に攻撃が来ると過程して目視後に思い切り横っ飛びする。
一瞬前まで俺がいた地面が破裂した。くっそ危ねェ。
弟まであと5歩。前髪がふわりと微風を感じぶわっと一気に汗腺が開くのを感じた。
これはおそらく一瞬後になんかこれようわからん必殺の一撃が飛んで来る予兆だ。
もう半歩早く気付けたらまだ横に飛べたかもしれないが、もう足を踏ん張って次の一歩を決めている、変更は不可。あっ死んだかこれ?
(手を思い切り前に突き出せ!!!)
マオが叫ぶ。
思考よりも反射で両手を前に出すとズドンと電気が走った。マオが俺の両腕から発電を起こして助けてくれたようだった。
命のやり取りの癖にえらくあっけない、生の実感を得る時間もない。
(そのまま両手を弟のどこでもいい、くっつけろ、最大限の発電を喰らわせてやる)
俺の時は微弱な電撃で記憶を取り戻すに至った。
果たして弟の記憶を取り戻すのにそんなに過剰な電撃が必要なのだろうか?
(私の攻撃に耐えられた傑物だぞ? 死にはすまい。あとこんな状況だが過分に私情がある事は否定できない。喰らえェェェえええ!!!)
以前に負けた事を実は根に持っていたらしい。今までにないくらいに感情がこもった叫びにちょっと引いた。
ただ確かにどうせ死にはしない。そんなヤワな生物ではない。
本気で弟を殺したかったら、世界ごとぶっ壊しかねないような威力を持って来い。
「うおおおおおお!!!」
走ってきた勢いそのまま弟にタッチダウンをブチかます。
「そぉいっ!!!」
右腕は弟の頭蓋のてっぺんに叩きつけて、左腕は心臓。
割と本気の殺意コース。
「今だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
さっさと発電しろとマオに叫んだ。
(うおおおおおおおお、死ねェェェェェェェえ!!!)
いや、マオさん。思いっ切り死ね言うとりますやん。
一瞬後、俺の両掌から思い切り発電した。




