14 俺。魔王と契約を結ぶ。
「では確認項目は以上だ。これからよろしくなオニイチャンとやら。できれば末永く付き合えればと思っているぞ、因みに私のことは気さくにマオとでも呼んでくれ」
その契約とやらはえらくあっさりとしていた。
いくつか双方で契約項目を確認して、オッケーだったら口頭で終わり。
つーか名前。なんでももともと魔王様とか呼ばれていたらしい、だから縮めてマオさんだとさ。
短く可愛らしい名前ではあるが、いかんせん地の底から響くような渋いバリトンボイスからのギャップがすげぇ。
「では、新たな体、いや住処か? まぁいずれにしろ失礼するよ」
俺を新たな宿主と決めた赤い蛇が俺に入るべくうねうね近づいてくる。
もう腹はくくった。得体の知れない生物を体の中で住まわせることに抵抗はあっても拒絶はない。
だがここでひとつ疑問が浮かんだ。
「なぁ、今更契約をひっくり返したりはしないんだけどもう一個質問いい?」
そう、もう契約はひっくり返せない。
俺はえり好みできるような状況ではないのだ。ただ一個気になってしまったのだ。
「ちなみにお前はどこから俺の身体に入るんだ?」
赤い蛇がうねうねと近づいてくる。無言で近づいてくる。
「おい、なんで無言なんだよ?」
すごく嫌な予感がした。
俺に一足で飛び掛かれる位置まで来たマオはふぅ、とため息みたいなものを吐いた。
いや、それは俺が吐きたい息なんだが。
「どこから入るか? もちろん口か尻からだ」
ある程度は危惧していた、だって入るといったら穴からだろ? んで人体にある穴っていったらそういう事だろ?
でももしかして俺の想像外の方法でなんとかしてくれる、そんな淡い期待があったのは事実だ。
思わずバックダッシュしてしまった。
相も変わらず俺の敵である少女の声は近づいてくる。たぶんもう目と鼻の先だ。
本来であればこんなことをしている暇など微塵もない。
「どうした、時間がないのではないのか?」
いや、確かに時間はない。
こんなことをしている場合では断じてない。
「いや、でも口か尻だろ? そりゃあ躊躇するだろ?」
「まぁ心中は察するが、私と君に降りかかる最初の試練だと思って諦めてくれ、私だって嫌なんだぞ?」
入る方と入られる方、どっちも嫌だ。どっちも不幸にしかならない。地獄か?
「因みに前の身体の持ち主とやらはどっから入ったんだ?」
覚悟を決める時間を稼ぐ為にちょっと違う事を聞いてみる。
「そうだなぁ、あの時はアイツが死にかけていて体中傷だらけだったからそこから入ったなぁ」
なんか掘り下げるとそれはそれで重そうな過去とか出てきそうだが、そうか、前任者は傷から入られたのか、ケツか口よりはいいか?
いやでも胴回りが直径5㎝くらいあるコイツが入る傷ってそれもう死に至るような重症じゃねぇか。それもヤダな。
「覚悟は決まったか?」
いや本当は決まっていない。でももう駄々をこねられるような段階ではない。
「いやだけど、決まったよ。ケツは嫌だから、口からな」
仕方ない。そう自分に何度も言い聞かせて赤い蛇を、マオを持ち上げた。
「なんだか接吻でもするみたいだなオニイチャンとやら」
俺の緊張をほぐすためか、マオがそんな軽口を言う。
俺を気遣ったのかもしれないが、申し訳ないが逆効果だ。
初キッスが蛇かぁ。
記憶を失う前の俺が果たして童貞かはわからないが、記憶喪失である現童貞の俺の初キッスがこれではあまりにも救いがなさすぎる。
持たれたまま固まっていた為かマオがビチビチと暴れた。
もうこれキスっていうよりかは踊り食いっぽいな。
「んじゃあ、いただきます」
手がカタカタ震える、こんな巨大な物を丸のみしなければいけないのだ。
最悪窒息する。
しかし思えば、これ喰われるマオ側からしてもなかなか恐怖ではないだろうか?
恐いのは俺だけはない、そう思い込んで。
「おごぅっ! ぶぇっ」
一気に蛇を、マオを飲み込んだ。
口をできるだけ上に向けてマオが通りやすいように軌道を確保する。
直径5㎝ほどのものが喉を通り抜けれられるのかと危惧したが、一本の支柱が食道を通ったと思ったらすぅっとそれが霧散した気がして、もう事は終わっていた。
(終わったぞ)
頭の中からマオの声が聞こえた。頭の中で音声がハウリングするのはどうにも慣れないがこればっかりは慣れるしかないのだろう、だってこれから一生続くんだぜ?
ばきり、と先ほどまでマオの身体だったものにいくつもヒビが入っていく。今まで頑張ってその姿を維持していた身体の限界みたいだった。
家主を失って崩れていく様に、事情をよくしならない俺ですら少し郷愁に近いものを覚えてしまった。この身体はきっととにかくすっごく頑張ったのだ。
(今まで、ありがとう。すまない)
マオが今までずっと一緒にいたボディだ、俺なんかには図りしれないほど思い出があるだろう。だけど今生の別れにしてはいささかドライにすら映るが、人心に聡くない俺なんかにその心中は計り知れないし、これ以上深堀りするつもりもない。
十人いればその数だけの別れ方があるはずだ。
ほとんどなんの縁もない俺は精々が手を合わせるくらいしか出来ることがない。
そして、役目を終えた体は灰になって、風に乗ってどこかへ飛んで行った。終わりはじつにあっさりと、そしてそっけないものである。
(改めてになるが、私はマオ。自分の身体に他人がいるという状況にはご愁傷様と言うしかないが、それでもこうして縁があったのだ、どうぞよろしくなオニイチャンとやら)
それは自虐なのかユーモアなのか?
ただ俺の緊張をほぐすためにこんなことを言ってくれているのはわかる。
「信じていいんだよな、マオさんとやら?」
色んな含みを持たせて問いかける。
まだこんな時でもチラついているのは俺の身体の現状だ。
体の中になんか得体の知れない誰かがいる。今のこの複雑な心境は誰とも共有できないだろう。
さきほどの契約確認で俺の思考を読み取られるような事はないとはわかっている。俺の意図した以外で勝手に体を使役できないとはわかっている。勝手に俺に成り代わることはできないとはわかっている。その他色々な条項において俺が不利益を被らないように契約を結んでくれたのはわかっている。
ただ遵守しなければいけないというこんな契約を根本からひっくり返される、ぶっちゃけ全部ウソで~す。とか言われたらどないしよ、という危機感はまだこの胸で燻っているのは確かだ。常に疑ってかかる心を失ってはダメだと思うんだ。
だがもう引き返せない。記憶を失う前の俺ごめん。勝手に一生を左右するような契約をしてしまいました。
謝ってやってもいいがそれはとりあえずこの後にしよう。
敵と定めた少女との戦いが終わったらにしよう。
「あ、いた弟くん。もぅ探したんだよ~」
とうとう、少女は俺の前に現れた。
月を背負って、こんな危険な森をまるでご近所を散歩するかのようにふわりのんびりと。
仕草だけ見れば可憐な少女だ。
なんで俺が戦う覚悟をしたかすら霞んでくる。
だけど確かに戦う覚悟をしたのだ。
だから体を強ばらせて、俺は覚悟を決めた。




