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12 俺。四肢断裂の誰かさんに会う。

「なんだよ、あんたも俺の知り合いか?」


 軽口で俺に話しかけてくるコイツの事なんか当然知らない。

 そもそも記憶喪失なのだ。

 数時間という現段階でのあまりに短い我が人生。登場人物は俺と幼女と幾多のケモノ。二人と幾匹くらい。


「どうした? まるで初めましてみたいではないか」


 そんな誰かさんは訝しげだ。

 眼を覆うくらいに伸びた黒髪のせいでコイツの視線がどこを向いているのかわからない。


「それにしても騒がしいな。どれだけ引き連れてきたというのだ? ホントに当人含めて騒がしいやつだなオニイチャンとやら、きっとそういう星の元に生まれてきたのだろうな」


 鋭い枝に四肢を固定されて辺りを見渡すことすらできないというのに、どうやって他の生命を感知しているのだろうか? 


「はらぺこの所を申し訳ないがちょっとご退散願おうか獣共よ」


 羽虫を払うくらいにあくまでも軽口である。

 ただ、纏う気配と言うか空気と言うかなんか露骨に重みを増した。

 それらは目で見る事が叶わない癖に、身体中に粘性をもってまとわりついてくるようだし、身体の中身である臓腑に鈍い振動として響いてくるようでもあった。

 目に見えないプレッシャーに屈した俺は一瞬で膝が爆笑してべしゃりと地に伏っしたし、ケモノ達は全速力で逃げ出したいのにそれも叶わずなんとかノロノロと蜘蛛の子を散らすように逃げ出す始末だ。

 なんだよ、また登場人物増えたと思ったら、ヤベー奴じゃねえか。

 なんつーか、ここは現実ではなくてまるでラノベの中に迷い込んでしまったかのような錯覚すら感じる。


「これでいつも通りの静かな夜だな。オニイチャンとやら」


 俺を取り囲むケモノが全部逃げ出したのを確認してからその誰かさんは俺に語りかけてきた。

 さっきのプレッシャーから解放されはしたが、まだ不快感が腹の中で逃げ場所を探している気がする。

 具体的に言うとまだ腹がグルグルしている。

 しかし、命が助かったのだ、これくらいの不快感なら安いものなのだろう。


「とりあえず助けてくれてありがとう。それにしてもさっきから俺を称する「そのお兄ちゃんとやら」ってのは何なんだよ?」


 お兄ちゃんを素直に受け取るのなら俺には弟か妹、或いはその両方がいるという事になる。どこまで鵜呑みにしていいかはわからないがさっきの少女も俺にはその両方がいると言っていた。

 俺の数時間という人生においての登場人物から与えられる情報としてこれは重複する。

 ならば、これは信じていい情報なのだろうか?


「何なんだ、と言われてもだな。お前はあの弟のオニイチャンとかいう関係なのだろう? 私を撃破し、この様な状態に貶めたあの弟、確かアキシゲとか呼んでいたぞ?」


 アキシゲ。俺の弟だという。また知らない情報が増えた。

 本来であれば情報なぞいくらあってもいい。質量として重荷にならない以上、精査する必要はあるが判断材料として出来るだけ情報というものはあったほうがいい。

 だが今のこの状況。記憶を失くしてすでにキャパいっぱいいっぱいのこんな状況では情報を整理するための基礎指針がそもそも信用ならない。

 要するに情報過多でパニくっている。頭の中がうわーやばいよやばいよーもうダメだよーとかもう思考を放棄している。

 今のマストは記憶を取り戻すことだが、それはどうやればいいのか見当もつかない。いっそ頭でも強打してみるかと思ったが即却下、痛いのはヤダし。

 ならば教えてもらうしかない。

 真実と嘘はこちらで判断するしかない。

 まさかすべてが嘘である情報など教えないだろう。どこかしこに真実が混ざっているはずだ。


「そうなんだぁ、俺ってお兄ちゃんなのかぁ。なぁアンタ、今の俺はどういう訳だかここ数時間の記憶が無いんだ。一個でも多く情報が欲しい所なんだ。申し訳ないけど知ってる範囲でいい。俺について知っていることを教えてくれないか?」


 縋れる藁なら縋る。ソレが現状であれば最善である。

 本来であれば、先ほどの少女に縋るのも定石だっただろう。だがあの少女は言葉にし難いがなんかヤバかった。本能がイエローシグナルを発していた。

 ならば、コイツはどうだろうか?

 身体中が杭を思わせる鋭い枝に突き刺され、身体中のパーツが揃っておらず四肢は損壊していて、常人であればどう見ても致命傷であるはずなのにまだ存命で、なおかつ余裕があるかのように思えるくらいだ。

 ビジュアルは少女より断然ヤバい。だが、本能が騒ぎ立てない。

 別にいーんじゃね? とそっぽを向いている。もう考えるのがめんどくさくなっただけかもしれないけど。

 ならば、俺はコイツに縋るべきなのだろう。

 みっともなくてもいい。たぶん、それが俺の本来のスタイルだ。

 誰かさんは俺をまっすぐに見つめている。垂れた前髪で視線は分からないがなぜかわかる。俺を観察している、記憶を失う前と現状の俺の差異を探している。気がする。


「頼む!」


 一回口から言葉が出たらあとは早かった。

 流れるような仕草で膝を曲げて、手をと額を地面につけて土下座した。

 あれ、俺ちょっとこの動作、よどみなさすぎじゃね? スムーズ過ぎじゃね?

 もしかして俺ってば土下座しなれている?


「いや別に構わんぞ。別に私とお前の間柄で隠すようなことはなにもない。と言うか、そもそもそれほど深い知り合いでない。知っていることの方が少ないくらいだ。与えられる情報も微々たるものだろう。それよりも気になることがあるのだが――――――」


 それほど深い知り合いではない。

 コイツの言を鵜呑みにするのならばいい情報は得られないかもしれない。それは少し残念だったが。

 気になる事がある、ソイツはそう言った。それは俺にとって朗報か吉報か。

 ソイツは俺を見たまま固まっていた。まるで、慎重に言葉を選んでいるようだった。


「そうだなぁ、なんというか。何かが貴様の身体の中に纏わり付いている、とでも言えばいいのだろうか。残留している魔力と取れなくもないが、いややはりそれとは違うな。なにか異質なものだ。本当になにをどうしたらそんな妙なものを引っ付けて帰って来るというのだオニイチャンとやら?」


 異質な物? 魔力? この誰かさんからの口からおおよそ、日常生活している中で真面目に扱うにはちょっと恥ずかしい単語が出て来た。

 確かに恥ずかしい。恥ずかしいが眼前のコイツはいたってマジで言っていて、腹の中に何か異質なものがある、なんて言われて現状記憶がない以上、それには妙な説得力がある気がした。

 一度言われてみれば、なんだか腹の中で不快ななにかが居座っている気すらしてくる。


「変なモンってなんだよそれ、こえーよ。なんとかしてくれ……下さい!!!」


 一度土下座してしまえばもうプライドなんて残っちゃいない。

 さっきまで言い淀んでいた言葉だってこんなにスラスラ出てくる。誰かに頼るのは決して恥じゃない。頼れる何かを見つけて寄生するのは決して恥じゃない。

 いや、恥かソレは? まぁこの際どっちでもいい。

 俺は俺自身の力でこれをどうにかできる気がしない。もう俺の力を遥かに超えた事象であると思う。


「なんとかしろと言われてもだな、私はこんな状況だし。もう何も為せないよ」


 それを言われてしまったらもう何も言い返せない。四肢の損壊が激しい現状で本来であれば、生物であるのならば生きているはずのない状況だ。

 そんな状況の誰かさんに頼るのがそもそも間違っているのだろう。

 なんて図々しい俺なんだ。


「弟く~~ん!!! どこ言ったの~~!!!」


 彼方の方から姉を自称する不審者の声が聞こえてきた。

 あまりにも俺が戻ってこないからしびれを切らして追いかけてきたのだろう。


「ひぇッ」


 そりゃあ思わずこんな声も出る。


「怒らないから~~出ておいで~~!!!」


 その声はだんだんと近づいてくる。

 つーか、俺を襲ったケモノ達がまだその辺を徘徊していると思われるのに、こんな森の中を散策できる時点でやっぱりあの少女もヤベーヤツなのだろう。


「なんだ、弟くんでもあったのかオニイチャンとやら?」


 なんとも呑気な誰かさん。事情を知らないはずであるが、窺えない視線は愉悦が浮かんでいるのがなんとなくわかる。

 きっと本来この誰かさんはこういうキャラなのだろう。俺みたいにテンパるヤツを見ながらニヤニヤするのが好きなのだろう。

 なんて底意地の悪いヤツだ。

 どんどんこちらに近づいてくる少女の声が聞こえるたびになぜか体が震える。

 一体記憶を失う前の俺はあんな可憐な少女に何をされたというのか?


「ふむ、どうやらその脅えは本物のようだな。これは私の予想だがお前の記憶喪失はその姉を自称する少女とやらが関係しているようだ」


 そんなん俺だってとっくにそういう結論に至っている。だけど、そうだからどうすればいいのだというのだろうか。


「その記憶が本当に大切な物だというのならば、戦うしかあるまいてオニイチャンとやらよ」


 なにぶん失った記憶だ。それが大切な物かどうかは取り戻してみない事にはわからない。

 ただ、こんなままでは嫌だ。


「戦うって、どうしたらいいんだよ?」


 震えている自分の体を力いっぱい抱きしめて、少しでも震えを少なくする。

 俺はビビッてなんかいない。いや、ビビってるけど、それは戦わない理由にはならない。

 もう腹は決まった。

 きっとこの誰かさんは、底意地が悪くても誰かの背中を押すのが得意なのだろう。


「どうしたら良いって……だから先ほども言ったが、こんな状況の私に助勢を望んでも……いや、あるな、私に出来る事」


 正直期待はしていなかった、なんせ今俺より全然死にそうなヤツだし。

 だが手段があるそうだ。今まで四肢が断裂した得体の知れない現代アートみたいな誰かさんがまるで救いのカミサマみたいにすら映る。


「だがお兄ちゃんとやら、私の出来る助勢というのは今後のお前の一生をも左右するかもしれないぞ?」


 ただやはりなんとかできると言っても、なんの犠牲も無しに為せるものではないという。

 何だそれ、一生を左右するようなもんってどんなのだよ?

 ふと浮かぶのは借金。或いはそれに準ずるもの、臓器払い。いずれにしても怖ぇ。

 相変わらず姉を自称する少女の声は響いている。そしてどんどん近づいてきている。

 少女の接近が俺の恐怖心を煽る要因として、幾匹もケモノがあげるキャンキャンと犬とかの悲鳴みたいな泣き声がひたすら響いていることも挙げられる。

 あんな少女が巨大な野犬に対してどんなことをすればあんな悲鳴のような泣き声がずっと続くというのか?

 おそらくあと数分でここまで来るだろう。

 とにかく時間がない。


「わかった。その一生を左右する助勢ってやつを受けるよ!」


 考えている時間も少ない。

 俺はそれに乗ることにした。よくも知らない誰かの提案に乗ることにした。

 これが吉と出るか凶と出るかはそれこそ神のぞ知る、とかいうやつだろう。

 まぁ、カミサマなんて信仰してないけど。


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