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11 俺。獣に包囲される。

「はぁはぁはぁはぁ、追ってはこねぇか」


 少女から走って逃げ出して、逃げ切れたようで心が安堵を覚えている。

 追いかけてこないようなので、歩くことにした。

 記憶を失っているから詳細はわからないが、本能さんがそう感じているのならばきっとこれが正解だったのだろう。

 ただこれで俺の記憶が戻る可能性を自分で潰したことになる。後悔はないが、代替案がない以上また記憶がないことに対する不安感がゆっくりと立ち上がってきた。

 あと、どんどん夜が近づいてきてなんだか野生動物の遠吠えだとか唸り声が増えてきた気がする。

 単純に怖い。めっちゃ怖い。

 道具を持たない人間はどれくらいのケモノまでだったら退けられるのだろうか?

 ウサギとかならまぁ余裕だろう。だけど野犬だったら? クマだったら?

 割と肉食動物と比較したら俺は最弱の部類に入るのではなかろうか?

 いつの間にか日はどっぷりと暮れてもう完全に夜になっていた。

 街灯がないせいで本当になんにも見えねぇ。月とかが出ていたらもうちょい明るいのかもしれないが、高く伸びた木々がそれらを隠しているため月光は望めない。

 相変わらず、ケモノの遠吠えが響いている。

 どこかで一匹が啼いて、それに呼応するようにどこかで別のケモノが啼く、それがひたすらに繰り返されている。

 ただただ恐ぇ。あらゆる物音にビクビクしながら、あらゆる物陰に何もいませんようにとカミサマに祈るしかない。

 ヒトは文明がない暗闇ではこんなにも無力だ。

 わおんわおんと、遠吠えが響きに響く。

 もう俺をビビらせるためだけにやってんじゃねぇかってくらいに響き渡っている。

 恐怖と怒りすら湧いてくる。

 それらから逃げる為にまた走りだした。

 だのに、遠吠えがついてくる。

 ぜぇぜぇ息を切らしながら気付いた。気付いてしまった。

 だんだんと聞こえてくる遠吠えが近くなってくる。あと間隔が狭くなってきている気がする。

 要するに包囲されていっている気がする。

 エモノは俺だわコレ。俺をビビらせるだけにやってんじゃねぇかと邪推したケモノの咆哮であるが、それは正解だった。俺の生気を削ぐためだけのオーケストラだった。

 走り続けているから汗が出続ているが、別の意味でも汗が出てくる。


「うおーーーーーーー」


 それらを誤魔化すべく叫びながら全力で走る。ひたすらに走る。呼吸が下手くそになっても走る。

 叫ぶ事で俺の位置が知られてしまうデメリットが浮かんだが、もう俺の位置は野犬にバレているのはさっきから俺が逃げに逃げているのに追っかけてきていることからもうわかっている。あとこうでもしなければ心が耐え切れない。


 無茶苦茶に走った代償でスっ転んでしまった。

 身体は酸欠でちょっとしか動かない。相も変わらず遠吠えが響いている。

 もう満身創痍なのに襲い掛かってこない。

 野生動物は用心深いからもっと弱ってから、もう動かなくなってから襲い掛かってくるに違いない。だからちょっとづつでも虚勢でもいい、動いていないと。


「ダメだこりゃ」


 でももう身体は動かなかった。

 理由としては疲労なのだからこのままもうちょい休憩できれば動けるようにはなる。

 ただ、それまで野犬は待ってくれるだろうか?

 俺が弱っているのを確信したら即座に襲い掛かってくるだろう。

 ぜはぁぜはぁと歪な呼吸がうるさい。

 この世に生を受けて2時間ほどであるがどうにも苦難が過ぎる。因果応報と言うのならば記憶を失う前の俺はどんな悪行を重ねたというのか?

 それらを次の俺の番まで持ってくるのは勘弁して欲しい。


「だよねぇ。待ってくれないよねぇ」


 呼吸は少しづつ追いついてきたが、それと共に近くの茂みに赤い目が浮かぶようになった。

 俺という獲物がどんな様子か窺う捕食者の視線だ。

 最初は遠慮がちに4匹分の赤い目だったが、俺に抵抗する力が無いと理解したのか数を増し今となっては10匹以上のケモノに包囲されてしまっている。

 なにかきっかけがあれば一斉に飛び掛かってくるだろうか?

 そうなればもう助からない。


「クッソがぁ」


 巨木に背中を預けてなんとか立ち上がり落っこちていた木の棒を握りしめた。

 呼吸は少し落ち着いている。

 戦うか? いや論外だ。一匹倒して終わりならそれも仕方ないが相手は個ではなく群だ。おおよそ勝ち目のない持久走を強いられる。

 自分の最後、というのが嫌でも脳裏に浮かぶ。

 ケモノの一匹に飛び掛かられてそれを皮切りに何匹も上に乗られてそのうち牙を突き立てられて腹を食い破られて、臓物を引きずりだされるのを見ているしかなくて、それでもがむしゃらに握った唯一の武器である木の棒を振り回すしか出来ることがなくて、激痛を伴いながら絶命する。

 恐怖しかない。

 ただ不思議と、その恐怖はあの少女から感じた恐怖程ではない。

 露骨に暴力をちらつかせるケモノ多数より、穏やかに笑っている可憐な少女から受けた恐怖の方が勝っている。

 どんだけあの可憐な少女が怖ぇんだよって話だが、今この場面においては最大値の恐怖をわかっているからか、それ以下の恐怖はまだ冷静でいられる。


「うおぇぇえい!!!」


 奇声をあげながら、木の棒を振り回し、ずりずり後ずさる。

 どのタイミングで襲い掛かってくるはわからない、ただそのタイミングを出来るだけ遅くするべく、何か妙案が浮かぶまで、或いは予期せぬ第三者の乱入するまで時間を稼ぐべく奇声をあげて棒を振り回し続ける。

 どれだけこんなことをすれば俺は助かるのか?

 ゴールなんてまったく見えない。無いのかもしれない。

 ただ、それを認めると発狂しそうだから、必死に棒を振り回すのだ。

 時間だけが平等に流れていくが、果たして俺はこんなことをどれくらいやっているのだろうか? またあとどれだけやればいいのか?


「ずおぉいっ」


 視線は前、歩は後ろな物だから、また木の根っこに引っかかって転んだ。

 棒切れを振り回しながらのテンションなので、悲鳴もこんなに凛々しくなる。

 重心が後ろにずれて、背中から着地すべく体が傾いて、転んだらもうケモノが襲い掛かってきて、やべぇ詰みじゃんコレ。

 俺のマヌケ声もこんなにもゆっくりに、感覚だけがやけに鋭敏に、最後の時を出来るだけ堪能するがいいさと、全てがスローに感じる。

 転んじゃダメじゃん! なんとか踏んばらなくちゃダメじゃん!!

 じたばたするけど、重力には逆らえない。

 背中から思いっくそ着地して、空気が全部漏れて、思わず目を閉じてしまって、ああコレもうダメだわと諦めてしまって。


「アレ?」


 まだ生きている自分と疑問符が浮かんだ。

 ぐるっと周りにはいくつもの赤い目が浮かんでいる。多すぎて数えるものめんどい。あれらはすべて俺の命に群がっている便所バエ。

 ただ、まだ立ち上がることが出来ていないというのに、絶好の機会だというのに、ケモノは襲い掛かってこない。

 あまりにも襲い掛かってこないものだからようやく少し冷静になって、周りを見渡す余裕が出てきた。

 どうやらケモノ達は襲いあぐねているようだった。

 あくまでもグルグル徘徊し威嚇はするのだが踏み込んでは来ない。

 そして俺のまわりに浮かんでいる赤い目はサークル上に俺を包囲していることにも気が付いた。逃げ道なんてない完全に八方ふさがりである。

 更に俺を包囲しているサークルは俺を中心に成り立っているわけではないことにも気が付いた。

 円の中心は俺ではない。他の何かだ。

 それがこれほどの暴力を抑止している。

 一体サークルの中心になにがあるというのか?

 獣たちから目を逸らすのは愚行と思いながらも俺はそれを覗き込んだ。


「やぁ、いい夜だな。何か進展はあったのかオニイチャンとやら?」


 そこには、誰かがいた。

 あまりにも鋭い木々に身体中を貫かれて、下半身どこかへいってしまったのか損壊していて、どうみても生きていられるような傷じゃないのに、俺を視認すると痛みなぞどこふく風と軽口で語りかけてきたのだった。

 ホントに誰だよって感じだった。


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