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9 俺、誰?

「やっべぇ困ったわ」


 なんで困っているのかと言うと、記憶がないからである。

 今、俺が歩いているここがどこだか思い出せないし、なんでこんな森を歩いているかも思い出せないし、なんだったら自分がどこの誰かさえ思い出せない。

 割と致命的である。

 それでもなんとか冷静ぶって思考できるのは、ポケットに入っていた財布と免許証で自分の名前と住所がわかっているからだった。

 最低限自分というものがこんな紙切れで保障されているからだった。

 それすらも不明だったら発狂していたかもしれない。

 それ以外の自分の持ち物はもうかたっぽのポケットに入っていたスマホであるが、これは充電切れで役に立ちそうにない。

 スマホが生きていたら警察に連絡して保護してもらったり、マップ機能で現在地がわかったりするだけに落胆は大きかったが、泣き叫ぶのはもうさっきやったから割り切って進むしかない。泣きすぎて目が痛い。

 運転免許証によると自分は日本人らしく、パスポートを持っていてない以上ここが海外であるという可能性は低い。俺が海外旅行中に不幸にも記憶喪失になったという可能性は低いと思われる。

 あと、なにか路上強盗などのトラブルでパスポートの紛失などが考えられるが、財布はまったくの手つかずの点から紛失の可能性も低い。

 自分の記憶喪失がそれらの一般常識すら喪失してしまうほどのものでなくて良かったと本当に思う。

 もしも日常生活を送るにあたって支障が出るレベルの記憶喪失になってしまったらそれはもう赤子と何ら変わりない。

 そうなっていたら死ぬまで泣きじゃくって糞尿垂れ流して終わっていた可能性すらある。それはゾッとしない話だ。

 あとの持ち物はライターくらいであるが、これに特筆することはない、たぶん愛着があるらしく随分と使い込まれたライターである。


 それにしてもひたすらに蒸し暑く喉が渇く。

 自分の持ち物になんで水がないのかホントに記憶を失う前の自分を糾弾したくなる。ホントになに考えて記憶喪失になってんだよテメーみたいな心境である。

 歩けど歩けど景色はうっそうと覆い茂る木々がひたすらに続くばかりで、ホントに現在地どこだよココ?

 俺の予想だと、日本にここまでの秘境が残っているとしたらそれは日本最後の秘境と揶揄されるグンマー以外ないだろう。

 マジでいつまでも歩くしかない。自販機とかもいっさいねぇし。

 本来であれば、迷った時の定石はその場で待機らしいのだが、もう散々動いてしまってからその考えに至ったのでもう遅い。


「あだっ!」


 何かの根っこに引っかかって転んでしまった。

 べしゃって地面に突っ伏してしこたま顎をこすり付けてしまって涙目になるくらいには痛い。


「あ、見つけました!」


 ふと、誰かの声が聞こえた。

 見あげると、そこには少女がいた。

 歳の頃は中学生くらいだろうか?

 肩まで届くぐらいの髪、特質すべきはその色で、薄い灰色とでも言えばいいのだろうか? 風に遊ばれて鈍く光る、地毛と主張するにはあまりにも眩しく鈍く輝く。自己主張がめっちゃ強い。

 あー。これを世間では銀髪と呼ぶのか。

 中学生で例えたついでに、運動部のようにある程度絞られた体つきよりは、あのなんだっけ? あのずっと本読んでる部活‥‥‥文芸部? 

 そういうのに属しているような華奢な身体つきの少女だった。

 あまりにも現実離れした容姿でまるでファンタジーの世界から抜け出してきた深窓の令嬢とかで納得してしまいそうな少女だった。

 その少女は俺に対して、見つけました。と言った。

 つまり、俺とは顔見知りなのだろうか?

 こんな美少女と言っても差し支えないような可憐な少女とお知り合いな俺は一体どんな人間なのだろうか?

 不適切な関係とかだったらヤダなぁ。自分を信じられない俺だった。


「はい、手を貸しますよ。立てますか?」


 少女に差し伸べられた手を取り、立ち上がる。


「ありがとう。よっこら、セックス!」


 思わず自分の口から出たセクハラ発言にびっくりした。

 当然、俺が意識して発言した言葉などではない、勝手に出た言葉だ。

 え、なに、もともとそういう人間なの俺? 自分に嫌悪感を抱きそうになる俺だった。

 少女にも俺のセクハラ発言は当然聞こえていたようで顔を真っ赤にしていた。ちょっとした背徳感に心がちょっと浮かれてしまう、ウキウキしてしまう。

 記憶喪失前の俺はどうしようもない人間であることが確定した。

 ちょっと記憶を取り戻すのが怖くなってきたわ。


「あはは、ごめんごめん。なんでこんな事言っちゃったんだろうね、本当にゴメン」


 とりあえず謝るしかない。記憶がない以上初めて得た記憶を失う前の俺を知っている可能性なのだ。情報を得られるだけ得たいのだ。


「いえ、いいんです。ちょっとびっくりしちゃって」


 少女ははにかんで笑った。可憐で、各季節において一番きれいに咲く花というものがあるが、この少女の笑みを形容するのならば、季節ごとのそれらの花で例えるのが適切解であると思わせるような笑顔だった。

 おじさんである俺であるが、思わずときめいてしまいそうだ。

 少女にときめく、いやこの際だからオブラートに包み隠さず言うと発情する。俺はやっぱりろくでもない人間なのだろうと確信した。


「ところで、変な事を聞くんだけど。君は誰だい? ついでに聞くと、俺は誰なんだい? いやぁ、記憶がさっぱり無くってさ、困ってたんだ」


 色々、会話を曲折させるとまたセクハラ発言が本能から出る気がしたから、出来るだけ簡潔に聞いてみることにした。

 それに対する失礼はこの際置いておくしかない。


「え? 記憶がない? そんな……でも嘘をついているようでもありませんね」


 記憶喪失なんて自分で言っておいてなんて胡散臭さだとは思ったが、俺の目を真っ直ぐに見つめて信じてくれた。

 そんなに信じられるような真剣な目線だったのだろうか? 俺を信じてくれた少女には申し訳ないが、俺は自分が信じられない。

 今の所、記憶を失う前の俺についての評価は、日常においても息を吐くようにセクハラ発言をする倫理観の危ういおじさん、である。


「あなたとわたしは家族だったんですよ」


 真っ直ぐに俺を見つめて、あまりにも眩しくてこちらが目を逸らしたくなるくらいに真摯に少女はそう言った。


「はい?」


 思わず聞き返さざるを得ない。運転免許証の顔写真を見て、真っ暗なスマホの画面を鏡がわりに自分の顔も実際に確認した。

 どう見ても眼前の可憐な少女とは人種が違う。アジア人と異世界人くらい違う。

 それくらい俺はあまりにもおっさんで、少女は可憐だった。


「あなたとわたし達は家族だったんですよ。ちなみにわたしが姉です」


 真っ直ぐに俺を見つめて、直視が躊躇われるほどに真剣に少女はそう言った。

 あと少女は自慢げに胸を張るものだから、そのわずかに膨らんだ双丘に吸い込まれるように目線を動かしてしまった。

 少女の顔はあまりにもまぶしくて直視できないが、少女の胸はずっと見ていられる気がする。はぁ俺はなんてダメ人間だ。


「あなたはわたしの弟くんで、さらにその下にもう一人弟くんがいまして、一番下に妹がいます。四人家族でわたし達は大の仲良し家族なんですよ?」


 あ、もうダメだ。少女の目を見ていられない。目を逸らしてしまった。

 情報が多すぎる。挙句に考える暇を与えないかのように少女は俺に情報をひたすらに叩きつけてくる

 家族構成。長女はこの少女でその下が長男の俺で更に俺には弟が一人と妹が一人いる。両親はいないらしい。

 俺はどこまで姉を名乗る少女を信じていいのだろうか?

 見た目で言えば、どうみてもこの眼前の幼い少女が三十路超えだと思われるおじさんである俺より年上であるというのは厳しい。どんだけ若作りだよって話。


「じゃあ、ちなみに姉さん?」


 もしも本当に俺達が家族だというのならば、俺の疑問を完全に突破してくれ。疑いをもって俺は姉と名乗る少女に問いかける。


「はい! なんでしょうか?」


 姉、と呼ばれた事がそんなに嬉しいのか?

 少女はぴょこんぴょこん跳ねながら、今までの笑顔より当社比150%の眩しい笑顔で俺の疑問に答えるのだった。


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