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7 俺、なんらかの攻撃を受ける。

「はい、お待たせしました、お姉ちゃん特製お茶とクッキーですよ」


 少女と弟がお茶とクッキーらしきものをお盆に乗っけて運んできた。

 クッキー? 異世界でもこれをクッキーと言うのか? 俺のこの世界の言語を理解する能力がこれをそう訳させたのかはわからないが、まぁとにかくおいしそうだ。

 お茶は品のいい陶磁器のティーポットに入っていて、ほんわかを具現化したようにしっとりゆっくりと湯気をたたえている。強制的に和ませてくる。


「いただきます」


 弟が日本語でそう言って。


「イタダキマス」


 カゲと少女は言葉を理解しているはずがないが、弟に従って言葉の響きだけをマネしてお茶会が始まった。

 カゲがひょいひょいクッキーらしきものをつまんでは口に放り込んでいる。味わっているなどとは到底思えない。

 なんつーか、記憶を失って今、俺とカゲは赤の他人であるが、その食事に対する所作は俺達といた頃と相違ない。

 むしろいい大人たちである俺達の所作を見習ってこういう食事スタイルに行き着いた可能性すらある。

 なんか親戚の集まりとかで自分の子供が一人だけ粗相連発して恥ずかしくなる親御さんの気持ちがわかった気がした。


「むぐっ!」


 そしてあっさりとクッキーらしきものを喉に詰まらせるカゲ。


「こらっ。そんなにたくさん一気に食べるからでしょ? ほらお茶のんで?」


 そんなクソガキを威厳もなく優しく叱って、背中をさすって、お茶を含ませる少女。二人にはどう見ても血の繋がりはないが、それでも姉妹感を感じさせる。


「ごめんなさいね。お客様をお迎えするためのお茶会ですのに、この娘ったらいっつも食い意地が張っていてね。誰もあなたのご飯を盗らないからゆっくり食べなさいっていくら注意しても結局こうなってしまうのよ」


 それが可愛いんだけどね。そういってカゲの頭を優しく撫でる少女。カゲもその叱責が自分を想っての事だとしっかりとわかっているのか目を伏せてそれでもちゃんと謝る。

 非常に申し訳ないが「誰もあなたのご飯を盗らないからゆっくり食べなさい」だが、年端もいかない幼女のなけなしのご飯を盗るヤツを俺を1人だけ知っている。

 まぁ、言うまでもなくそんな大人気ないヤツは三十路おじさんこと俺である。 

 そして、弟に怒られるまでがテンプレだ。

 どうやらこのカゲにとって記憶を失っても失くさないものは、ちんたら飯を食っていたら大人気ないオトナに取られるからなるべく多く、早く食べなければという脅迫観念みたいなものだったようだ。

 なんつーか。ごめん。言葉少ないからこんなんでもコミュニケーションのつもりだったのに本人は警戒していたようで、今度からはやめようと心に誓った。

 弟は言葉が理解できないなりに少女とカゲのやりとりを暖かく見つめて。

 カゲはさっき怒られたからクッキー食べたい衝動を精一杯抑えてゆっくりと食べて、これでいい? と言わんばかりに少女を見あげて。

 少女はそんなカゲに良く出来ました。と結局みっつもよっつもクッキーを与えてしまう。

 画面越しであるならば微笑ましくていつまでも見ていられそうだ。だけどこれは何か越しではなく目の前で行われている。


「ふふっ」


 思わず笑ってしまった。


「どうしました? なにかおかしいことでもありました?」


 少女が俺に問う。微笑ましい。微笑ましすぎる。


「いや、本当にみなさん、仲がいいな。と思いまして」


 なんて茶番だ。なんて歪なおままごとだ。そりゃあ笑みもこぼれる。

 笑みから真意が漏れないように、あくまでもお客様である俺はこの家族の団らんを汚さないように徹していると思わせるように。


「はい、わたし達は家族ですから。仲が良いのは当たり前なんです!」


 相変わらず満面であまりにも眩しく笑う少女。

 あまりにも眩しい光の反対側にどれだけの闇を抱えていやがるのか?


「あら、この娘ったら寝ちゃいましたね、ちょっとベッドまで運んできますね」


 食べて、満足したのか。椅子に座ったまま器用にカゲは眠っていた。

 カゲを起こさないようにゆっくりと椅子から立ち上がり、カゲを抱えてベッドまで運ぶ仕草はあまりにも慎重で、この少女が如何にカゲを慮っているかを言葉無くとも伝えてくる。

 それが俺に対する家族アピールに見えてしまうのは心が歪んでいるからなのかね?


「かわいい妹とはいえどんどん成長していくものですから、そのうち私では抱えきれなくなってしまうかもしれません。寂しい反面、それ以上に家族の成長とは嬉しいものです」


 カゲを寝かしつけ戻ってきた少女が肩をぐるぐる回しながら戻ってきた。可憐な見た目と中年がよくやる、肩こりを象徴する仕草のギャップが可愛らしくて、ホントにこっちの毒気を奪っていく。

 こっちの敵意を仕草だけでガンガン削いでいく。

 魔法無くとも、武力なくとも、言葉と仕草だけで戦意を喪失させることが出来るのなら、ある意味でそれは最強なのではないだろうか。

 今の状況を忘れてはならない、戦意を滾らせなくてはならない。

 ふと、少女がこちらに向けて両手を広げた。まるで抱きしめる一歩手前のようだ。あまりにも動作に連続性がない、いきなりポンッと浮き出てきたかのような関係の無い仕草だった。

 そして少女はあくまでも柔らかく微笑みに真意を隠したまま。


「私たちは家族なんですから、みんな仲がいいんですよ?」


 いきなりそんな事を言った。意味がわからない。

 また一歩、少女が俺に向かって踏み出す。意味がわからない、それに合わせて一歩下がる。

 なんで、そんな理解できないみたいな顔で首を傾げる? そうしたいのは俺の方だ。


「ほら、私はお姉ちゃんなんですから。甘えていいんですよ?」


 少女が意味不明な事を言って一歩進むたびに俺は一歩下がる。

 広い家ではないから、すぐに背中が壁にぶつかってしまった。

 自分を姉と名乗る少女が花のような笑顔で一歩づつ歩いてくる。家族なのだから抱擁くらい当たり前だと言いながら、決して家族ではない俺に迫ってくる。

 もうとっくに下がれない、退路はない。ならば暴力に訴えるのはもうしょうがないのではないだろうか?

 見た目は細見で可憐な少女だ、三十路おじさんが暴力で手折るにはあまりにも容易いはずだ。

 もうこうなれば覚悟を決めろ、拳をぎゅっと握りしめて暴力に身を任せようと初めてこっちから一歩を踏み出そうとかかとに力を込める。

 眩暈がした。


「あがっ!」


 方向感覚を司る三半規管が全部全力でストライキをしている。立っていられない。辛うじて何かにつかまって崩れ落ちるのは我慢できた。


「ウソだろ!?」


 その時に傍らで俺の目に映ったのは、椅子に座ったまま眠る弟だった。

 好きなだけ食べて眠ったカゲはなんとなく腑に落ちる。食ったあとは眠くなるもんだろうし。

 だが、弟はなんで眠っている? 不自然でしかない。


「あなたはアッシュ君とお話できるから、お兄さんにしましょう。それで私の弟くん二号! よろしくね、おとうとくん?」


 俺を追い詰めた少女が俺を優しく抱きしめて耳元で囁く。蕩けてしまいそうなほど蠱惑的に歳不相応に俺の耳朶を凌辱する。


「やったね。家族が増えるよ」


 少女が笑う。

 耳元で笑う。

 脳みそと平衡感覚はぐらんぐらん揺れていて、目を開けていても閉じていても地獄のような気持ち悪さが付きまとう。

 どこか、安らげる位置はあるか? 体位はあるか?

 身体を揺すりながら気持ち悪さを軽減できる箇所はないか必死に探す。


「大丈夫。私がここにいるよ」


 俺を抱きしめている少女が更にぎゅっと抱きしめた。

 まるで原初の記憶にある母親の抱擁がこれであると錯覚してしまうかのような優しく、慈愛に満ちた抱擁。バブみがやべえ。

 不思議と身体の不調が溶けるように薄らいでいく。

 ああ、これが家族かぁ。


「っつぶねぇ! んなわけあるかぁ!」


 どん。と少女を突き飛ばす。その勢いのまま少女は短い悲鳴を上げて倒れた。

 どこかその様子すら可憐な少女の皮をかぶったもっと歪な何かが少女というキャラクターを演じているかのようで酷く滑稽にすら映る。

 あっぶねぇ。今、完全になにか、どっかに堕ちようとしていた。あっぶねぇ。


「もぉ、痛いなぁ、弟くんは反抗期なのかな?」


 やれやれと、打ち付けたらしい腰をさすりながら立ち上がる少女。あくまでも穏やかに笑っている。もう完全にいたずら好きな弟を窘める姉気取りだ。ふっざけやがって。


「くっそがぁ!」


 無理矢理立ち上がる。相変わらず三半規管が暴れているがとりあえずここから脱出しなくてはないけない。

 せりあがってくる胃液に鼓舞されながらも出口に向かって歩いていく。


「どこへ行くの、弟くん?」


 別に俺の押し出しは少女になんらダメージを与えるものではない。出来ればそのまま動かないで欲しいがそれは望めない。むしろ俺のほうが先に動けなくなりそうだ。

 幸いなのは俺の方が出口に近いということ。


「うっせぇ、俺はオマエの弟なんかじゃねーよボケがッ!」


 精一杯悪態ついて、揺れに揺れる頭を抑えつけて、少女の、いや魔女がいる家からなんとか駆け出し、何度も転んで逃げ出した。


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