8-2 俺、名付ける
「俺とクソガキをホールドしてくれ!」
当然、回復などしてはいないのだろう。ただ俺の意をどこまで理解してくれているかはわからないが、こうして信用して従ってくれている。
「わかったよ」
俺ごとコドモトカゲニンゲンをぎゅっと抑えつける。
結構な力であるはずだが、不思議と痛くない。そうとうソフトに抱きしめている。
なのに俺もコドモトカゲニンゲンもビタ動けない。どういう理屈だ、笑みだって漏れる。
「なぁ、弟よ」
そこでようやく弟のほうを向くことができた。
「うわ、鼻水きったねぇ」
俺の顔を見るなり顔をしかめやがった。
それと同時に弟のホールドが緩んだ。
「おいっ、緩んでんぞ。きちんと固定しとけって」
「ごめんごめん、あんまりにも汚くてつい」
「あれ? もしかして俺、喧嘩売られてる?」
あんまりにもナチュラルにたった一人しかいない肉親であるお兄様をディスるもんだから思わず額に青筋が走りそうになる。
「だからごめんごめんって、あ、鼻水つくから顔はこっちに向けないでね」
この弟‥‥‥。 いつまでも口ゲンカできそうだ。
「それよりも、これどういう状況?」
弟が説明プリーズとせがんでくる。
俺の声で起こされてみれば、コドモトカゲニンゲンに抱きついてさらにそれを上から押さえつけろと言われる。確かに意味がわからない状況である。
「だから俺がこのクソガキに名前はなんだって聞いたら、いきなり発狂してこうなったんだよ」
そこでふと思い至ったことがある。
このコドモトカゲニンゲンがこんな多重生物内包型ナマモノになったのは弟がやたらめったら他の命を突っ込んだからである。
俺はそれを当事者である弟には伝えていない。
コドモトカゲニンゲンに対する行為は止む追えない人命救助だとしても、そのために犠牲になったモノが大きすぎるし多すぎるからだ。
その事実は弟には重すぎると俺は考える。耐えられないと考える。
だから。
「名前を聞いたくらいで、なんで?」
この質問が返ってくるのは当然の帰結で。
それになんて答えるかを考える。
真実を伝える気は毛頭ない。
「たぶん、だけど」
言葉を選んで、さあ、弟を独りよがりの偽善で騙すとしよう。
「いつか、このクソガキの頭の中でずっと誰かが叫んでるって話はしたよな?」
俺が行使出来る唯一の武器である言葉をぶつける。
バチバチクソ幼女、舌戦に持ち込めず敗北。
主人公青年、ヒトの良さに付け込んで追い返せたから勝利としよう。
コドモトカゲニンゲン、やっぱり舌戦に持ち込めずに負け。
そして弟。なんて理不尽な四連戦だ。しかし今回は言葉が通じる、ならば勝たなくてはいけない。
「頭の中の誰か達が多すぎて自分がどんどん薄まってきてるみたいなんだ。たぶん、もう自分の名前も喪失してるんだろうな」
それなりに真実も混ぜて言えた。とっさにしては及第点ではなかろうか?
「なるほど、自分が無くなるって、どんな心境なんだろうね?」
現に弟は俺の言を信じて、計り知れるはずもない他人の心境を慮って思慮顔をしている。
そんな心境わからんが、少なくともお前にとっての自己喪失はケモノになっての大暴れだよ。なんてまぁそんなことは口が裂けても言えないが。
「そんなん当人以外にはわからんと思うよ」
わからんし、つーか、どーしよーもないわ。
「どうしたらいいと思う、兄ちゃん?」
コドモトカゲニンゲンを保護した時から先伸ばして来た問題。
答えはずっと一緒、知らね。それに尽きる。
俺はカウンセラーじゃねぇし、世話好きでもない。
ただ、あの時と違うのは俺達がコドモトカゲニンゲンと共有した時間や場面がだいぶ増えたという事だ。
知らねぇしめんどくせぇ。それに尽きるが、あの時ほどそれを無視していいとは思っていない。
知らねぇが知っちゃこっちゃねぇわけではない。
「ねえ兄ちゃん」
突然、弟が顔をしかめながらこっちを向き言った。
「申し訳ないんだけど、結論をちょっと早めにしてくれない? なんかさ、いつもより力が入らなくてさ、この娘をずっと抑えておけないわコレ」
飄々としていた癖に、やはりあれほどの激戦だったのだ。
本人無自覚とは言え体はだいぶお疲れであるのは仕方がない。
「え、あとどんぐらいおさ‥‥‥いでぇ」
タイムリミットを訪ねようとした俺の腹部を衝撃が貫いていた。
内側から外側に抜けていく衝撃。コドモトカゲニンゲンのホールドが緩んだ結果、腹パンされたようだった。
弟がコドモトカゲニンゲンを抑えておける時間というのはきっと俺が思うよりも遥かに短い。
こんなん焦るしかない。
「ごめん、兄ちゃん。もうそんなに無理だわ。なんならもう結構限界気味、なんでこんなに疲れてんだろ?」
自己分析をしようとしている時点で結構まだ余裕あるんじゃねぇかコイツ?
「いや、分析いいからもっと力込めて抑えろって、このままじゃ出るぞ!」
衝撃がボンボン俺の身体を貫く。コドモトカゲニンゲンが出るのはもちろんだが、俺の中身も出そうだ。
「ごめん、今抑えるから」
弟が再び、俺とコドモトカゲニンゲンをぎゅっと抑え付ける。
さっきまでとの違いは、弟に余裕がないのか、先ほどまで俺になるべく痛みを与えないように気をつかって締め付けてくれていたのだが、今はめっちゃ力づくで痛い。
「いだだだだ、いでぇえええええ!!」
つまり今、内側から外側までもれなく全部痛い。
内側は貫くような衝撃がズンズン走っている、ひたすらに殴られている。外側からは抑え付けがギシギシと俺の身体を締め付けている。
とんだ四面楚歌だ。
コドモトカゲニンゲンと弟、両者を糾弾したいが、どっちも一生懸命なのだ。それは憚れれる。
「あああああああああああ!! だれ? あなただれ? わたしだれ? ああああああああああああ!!!」
ずんずん衝撃が体の色んな所を通り抜けていく。
どうする? なにか解決法だ? 人の心などに精通していない俺が導き出す答え。
結論など一個のはずがない。思いついたもの全部試す所存である。
「おい、クソガキィ!」
奇跡的にまだ掴んだままのコドモトカゲニンゲンの頭蓋をズィっと俺に寄せて、ゴチンとおでこをくっつける。
「あああああああああああ!!」
それでも叫び続けるコドモトカゲニンゲン。
眼球がぐりんぐりんし続けているから目は合わない。それでもせめて俺はまっすぐにコドモトカゲニンゲンを見つめる。
ズン。とお腹あたりの人体急所と言われても信じてしまいそうな箇所に重い一撃が入った。
「もうダメ‥‥‥吐くわぁ」
あまりにもいい一撃だったから、耐え切れずに下腹部からあがってきた内容物、ゲロが血の味を伴ってコドモトカゲニンゲンに降り注いだ。ごめんて。
「おろろろろろろろろろろろろ」
びちゃびちゃと酸っぱいような何とも形容し難い、それでも不快であることは間違いない液体がもう遠慮なく容赦なくコドモトカゲニンゲンに降り注ぐ。
「ああ…あああああ…あああああああああああああああああああああああああ!!!」
コドモトカゲニンゲンの咆哮の意味合いが変わった気がする。
意図せずだが俺の吐瀉物が作った時間、これを生かさず何を生かす?
さっきまでぐりんぐりん動いていた眼球もアへ顔みたいに上で固まっている。
「おい、クソガキィ!」
口端からなんか汚ったない液体が滴っている気がしてとにかく拭いたいが、両手はコドモトカゲニンゲンを抑えているからそれも叶わない。
だからそれを我慢して掴んで目を合わせる。
俺のゲロたか吐血だか浴びたせいか、呆けている。
「今からお前の名前を発表しまぁす!」
俺が考え付いたコドモトカゲニンゲンの発狂を止める方法、その1。
自分の名前がわからないなら、テキトーにでっち上げて上書きしちゃおう作戦。
「なまえ? わたしの?」
「そうだ、お前の名前だ! お前だけの名前だ!!」
ようやく会話が成立した。今の所作戦は成功している。
自分の名前、拠り所。正直それが無くなったくらいで、それが出来たくらいでどうこうなるとは自分感覚では到底思えない。
正直、こんなんで解決できるとは思えない。
でも、なにが正解かわからないから思いつくものは全部試すしかない。
「いいか? てめぇの名前は!」
くっつけていた頭蓋を離した。
そのまま叩きつけるように叫びながら、旧コドモトカゲニンゲンの名前を叫びながら、離した頭蓋を物理的に叩きつける。
「お前の名前は カゲ だっ!」
捻りは一切なし、トカゲニンゲンから二文字取っただけの名前。含ませた意味とかまったくない。
本当に今思いついただけの名前。
それでもそれが今からお前の名前だと説得力を持たせるために自信一杯に、勢いをつけてカゲに叩きつける。
ごちん。と俺とカゲの頭蓋がぶつかった音がした。
言葉を思い切り叩きつけることばかりを考えていた結果、頭蓋も止まらずそれに準じたようだ。
俺の意識が薄くなっていくのを感じる。
頭突きが思いのほかうまくきまってしまった。
まだ、カゲがどうなったかを見ていない。
せめて、それを見てからでないと‥‥‥ああ、だめだコレ落ちるわ。




