聖女視点 ~ガラスの道を行こうとも
舞台裏。聖女の話です。コメディタッチに書いています。
「レオンたち、結婚したぞ」
夜。ベッドの上で背後から抱きしめられながら、聖女──リサはそれを聞いて小さく震えた。それにしまったと思いながらも、リサは一つため息を吐き、何も感じてないように視線を下に流す。
「そう」
そっけない言葉を吐いたところで、背後の男は自分の気持ちなどお見通しなようで、くすりと笑われてしまった。
こういうところが出会った時から腹が立つ男だとリサは改めて思う。
しかし、あのヤンデレ同士が結婚か……と思うと、すっきりとしたハッピーエンドの結婚にはどうしても思えなく、攻略をけしかけた身としては、砂を噛んだような気持ちになってしまう。
ヤンデレには寄るな触るな、呪われる前に逃げろ、の精神でレオンと接触したのだってただの一度きり。エリアルにも百合フラグが立ったらたまったものではないと、会うのを一切絶っている。
なので今後、彼らとは絶対、会うつもりはリサにはなかった。もし、どうしても、どうしても!出なくてはいけない式典に出て同じ会場にいたとしても、目を合わせるつもりはない。挨拶をしようものなら、腹痛を根性で起こして、逃げる気だった。
それほどリサにとっては、ヤンデレとは恐怖であり、不可解な人間であった。
そんな彼らが結婚……怖すぎる。
見えた血なまぐさい未来に身震いをしていると、リサの気持ちを背後の男は察したのか、くつくつ喉を震わせ始める。
「案外、あの二人なら仲睦まじくやるだろう」
それにリサは返事をしない。仲睦まじくの内容が普通ではなくて想像したくないと思ってしまう。喉に苦いものを感じて、リサは興味がまるでないように冷たく言う。
「そう。それならいいんじゃないの」
自分に介入できるのは最初の一手のみだ。二人がどうなるかなんて気をもんでも自分にできることなどない。
ゲームの完全攻略の為に。いや、ゲームでは存在しなかった背後の男とした約束の為にその選択肢を選んだ。
背後の男──現国王のエドモンは、ゲームには出てこなかったキャラだったから。
ゲーム同様、聖女として召喚されたリサだったが、あるはずの聖女パワーという魔法設定はなくなっていて、代わりにあったのは攻略本一冊のみ。
召喚された直後は、相当パニックになっていた。
──聖女の力を高めて、全うにできるクズは矯正して、逃げるゲームじゃなかったの!? 魔法を使わせなさいよ!!
と、冷や汗をたらしたものである。しょうがないのでゲームのシナリオ通りに「わたしはジャンヌの意思を継ぐもの」と、やけっぱちになりながら叫んだ。
このゲームはある程度史実に基づいた世界なのでジャンヌの名前は、効いてくれた。
ジャンヌがどのような人であったか説明しろと言われればその部分は完璧なので自信はあった。
このゲームしたことがある日本でしていた職業は通訳で、リサはフランス語が得意だ。
それに、前世の記憶を持っていたのでなおのことだった。
リサはジャンヌに勇気をもらい、感銘を受けた記憶を持っていた。その時の自分はリサという名前ではなく、フランスのとある田舎にある小さな村の娘だった。
ジャンヌが戦地へ赴くときに通過した村でリサは彼女に出会った。その時にたまたま彼女が話しているところを聞いたのである。これからゆく戦は、不利な状況らしい。彼女と親しい雰囲気の男は厳しい眼差しでそれを告げていた。
彼女は迷いなく凛とした表情で言った。
「自分が何者であるか放棄し、信念を持たず生きることは死ぬことよりも難しい」
その一言は、リサの心に強く響いた。
リサは彼女が戦に出向いて出立した後、流行り病で亡くなる。
そして、ずっと後の未来。昭和の日本に生を受けた。
彼女が前世を思い出したのは、彼女の名前を学校の教科書で見たときである。妙に惹かれたその名前を調べていくうちに、彼女の言葉を思い出して、その前後の出来事、自分がフランス人だったことを思い出したのだった。
前世の記憶は彼女の印象が強くてうすぼんやりとしかない。家族の名前も思い出せないほどだ。だが、リサは彼女の言葉がまるで天からの啓示のように、ひたすらフランス文化に傾倒していった。
だから、自分の手でフランス革命を起こし、王家を途絶えさせることなくクズを一掃できるゲームを中古屋で見つけたときは、即効で買ってしまった。なぜか攻略本付きだったが、特に気にすることはなかった。
リサが惹かれたのはジャンヌが守ろうとしていた王家をゲームの中であろうと守れたところだ。
彼女の夢を代わりにかなえたような気になって嬉しかったのだ。
召喚された日は、ゲームを完全コンプリートした翌日である。
仕事に行くためにスーツに着替えて、メガネをかけて、さぁ行こうとしたとき、電源が付いたままだったゲーム器に気づいた。
画面に見えた「Tu as gagné !──よくやった──」の文字。コンプリートおめでとうの言葉までフランス語。よっぽどこのゲームの作者はフランス好きなんだろうなと小さく笑って、ゲームで器に触れたときだった。
バチっと感電したように火花が散った。
そして、次の瞬間、リサは召喚されていたのだった。
召喚された直後は、呆気にとられて思考を停止させていたリサだったが、目の前に感極まった攻略対象者(敵キャラ)が放つ異臭に吐き気がした。
──ゲームでわからなかったけど、これほどなんて!
現代日本人のリサには、その当時の国王マチューが放つ匂いは辛いものだった。
それからは、もう必死である。
ゲームでは聖女さま~!と崇められるはずだったのに、実際は不信感たっぷりの目、目、目。自分達で呼び出したくせに!と思いつつ、マチューが使ったのが黒魔術であったことから、悪魔とか異界の生き物に思われたらしい。
聖女という名の魔物扱い。最悪である。
しかも聖女っぽい癒しの魔法も使えない。持っていたのは攻略本。仕方ないので、悪魔っぽい笑みを作って「これは予言書。私の言うとおりにしないとこの国は滅ぶ」と言って脅した。やけくそである。
それでも周りは不信感たっぷりだったし、リサを投獄しようという雰囲気はあったし、加齢臭を撒き散らす王はうざかったので、ひとまず第一関門の〝飢饉攻略〟をやらせろと鋭い眼差しで言った。
実際、国は飢えていたし、 回復できたらラッキーぐらいの気持ちでいたのか、任せてもらえた。
──思慮深くない、お花畑が咲いている王でよかった……じゃないと獄中でデットエンドまっしぐらよ。
訳もわからないまま殺されるのはごめんである。リサはエリアルの父を呼び出して「絶対、娘を連れてくるな」と目を血走らせて脅し、飢饉脱却に奔走した。
すると悪魔扱いからようやく、聖女かも?くらいの認識になり、加齢臭王がリサにすり寄るようになった。
リサは真顔でいった。
「不能(ED)に悩んでいるのなら、それを回復しましょう。体質改善あるのみです!」
本来は聖女の癒しのパワーで体質改善できるはずだが、その設定は消失している。仕方ないので知識をフル活用して地道な体質改善を行った。
なぜ彼女がそんなことを知っていたのか。それはリサが学んだフランス史にも、不能のせいでなかなか子供に恵まれなかった王の存在を知っていたからである。その時に、不能ってなんでなるの?と興味本意で調べていた。
それがまさか生かされるとは……自分のフランス文化好きに助けられた気持ちだった。
王は不能も不潔も脱却した。リサにしてみれば不能を脱却すれば、私以外の嫁さんをもらえるだろう!という思いで、教師のように指導を続けていたのだが、王は「僕のためにここまでしてくれるなんて!」と、はっちゃけた。最悪である。
──まずい! このままだと王と結婚というバッドエンドになる!?
と、驚愕しつつ。寝所を共にされそうになり、元不潔との加齢なキスをする寸前になって相手が爆睡したので、リサの唇は守られた。
これは後の夫となるエドモンの仕業だったらしい。エドモンは打算的な男でリサの聖女の力を利用しようとして、近づいてきた。
初めてその顔を見た時、リサは無になった。
──あんた誰よ……
こんなキャラクターはゲームにいなかったはずである。存在しないはずのキャラは無駄にリサ好みの男だった。切れ長の瞳は底が知れなく、危険な男の匂いがプンプンした。余裕そうな笑みも胡散臭いしかないのに、顔は好みだ。ついでに体も男らしく頼りになりそうなガッシリとした体躯である。
──このゲーム、ビジュアルには、力をいれていたんだったなぁ……
と、遠い目をしながら思ったものである。
魔法は与えられなかったが、どうやら攻略本と協力者は与えられたようである。味方を増やして、なんとか逃げろ。と、神様だかなんだかに言われているような気がして、リサは深く深くため息をついた。
エドモンは王を離宮に追いやることに協力的だった。王位継承権第一位なら、彼が協力的なのも理解ができる。
「ベルサイユにはクズしかいねぇ」と愚痴っていたので、不満がたっぷりだったのだろう。
自分の地盤を作ったら、自分を殺す気では?とリサはエドモンを警戒していた。
このゲームは恋愛エンド=バッドエンドなので彼女が警戒するのも無理はなかった。
警戒心はむき出しにしつつも、次の兵士攻略にリサは取り組む。レオンが兵士となる前に、弱腰の兵士のケツを叩いて戦に勝たねば、ヤンデレが目覚める!
しかも王に時間がかかってしまったので、期限はたった半年しか残っていなかった。
リサは内心青ざめながらも、またも必死でそれをやった。
そして、無事にレオンが目覚める前に戦を終わらせて平和調停を結んだとき、次は貴族と司教か……と、疲れた思考で思っていたら、エドモンに提案されたのだ。
「貴族と司教を掌握したいなら、俺と結婚するのが一番、てっとり早い」と。
兵士攻略の時も、エドモンはリサを熱心に口説いていた。あやうくベッドインまでしかかった。彼はリサを愛しているようなことを惜しげもなく口にした。
それに心を動かされなかったといえば嘘になる。なんせ、顔が好みなのだ。それは半分冗談だが、リサは頼れる者がいない国で与えられた聖女という役目に疲れていた。
チートスキルを与えられても、リサはただの一般市民。覚悟もなんにもなく突然異世界に放り込まれて、誰かを頼りたくなるのはいけないことだろうか。
だが、リサは権力者の愛というものが信じられなかった。フランス革命を起こし、英雄と呼ばれる男でさえ、愛人を抱えて彼女に悲しい運命を辿らせている。
この時代、女の価値は低い。力のある男の寵愛でのしあがるしかないのだ。
浮気も不貞も嫌という日本で生まれたリサにとっては、寛容できない愛しかただ。
だから、諦めさせる為に、無理難題をエドモンに突きつけた。
「公式愛妾を一切持たない。わたししか愛さないと誓えるなら結婚を考えるわよ」
まるで本物の悪魔にでもなったように不敵な笑みを作った。そんなの無理よね?とからかいを含んだというのに、エドモンは涼やかな笑みを崩さなかった。
「なんだ、そんなことで結婚してくれるのか?」
大したことないことに言うエドモンにゾクッとした。彼は切れ長な瞳を細めて、口の端を持ち上げた。愛しい人に向ける眼差しでリサを見つめていた。
「契約書を作るか? 血判でも押そうか」
唖然としている間に契約書は作られた。
その契約書は全攻略が終わったら、正式に王妃になること、それまでは仮の王妃。身分を保証してリサの攻略をやりやすくする。仮の王妃なので、寝所に招いても抱かない、という嘘だろ?と思うような内容だった。
マチューが退いて早々に国王の座に就いたエドモンはリサとの婚姻を宣言。
「彼女は使命を持ってこの地に降り立った。その使命を完遂する前に誰かと契りを結べば、彼女はこの地を去る。だから、世継ぎはすぐに作るつもりはない」と、のたまった。
世継ぎを作らない王なんてダメだろ!とつっこみたくなる発言だが、前王の不能に慣れていた近臣たちは、悲しい顔をしながらも世継ぎに関しては口うるさく言わなかった。
リサはそれを聞いてあいた口が塞がらなかった。
──せっかく魔物扱いを抜け出したのに、人外扱いするなんて!
そして、あさっての方向でリサは憤慨した。
よくよく考えれば、エドモンと結婚するしか道はなくなっているのだが、夜伽をしない男がそのまんまなわけあるか!と鷹をくくっていた。
身分制度解体の攻略は、画家のウジェーヌと司教の二人が攻略対象である。
ウジェーヌ攻略はこれまた聖女パワーが必要なのだが、彼の考えを肯定してやったらあっさり攻略できた。
絵を描くこと以外興味のない彼は、金の為に貴族の絵を描いていたが、お抱えの画家──つまり夫人の愛人ならないかと散々言われていた。
見た目がそこそこいいので、変態じじいに見初められそうになったこともあったらしい。
すっかり人間不信になった彼を王宮専属にして、好きなだけ絵を描ける環境を与えてやった。
「結婚なんてしなくていいじゃない。好きなことを一生、やっているなんて贅沢な人生よね」
それを言ったら感銘を受けたらしい。誰もそんなこと言わなかったと、一度だけ微笑してくれた。
それ以来、彼はリサに毒を撒き散らしながらもよき協力者だ。
そして、レオンに司教を潰させる話は、放置していたヤンデレ同士をどうにかできないかと考えた苦肉の策である。
兵士として頭角を現していた彼を使えとエドモンに言われたが、ヤンデレを目覚めさせるのが怖くて引け腰になったリサに、「ならエリアルとくっつけたらよい」とトンデモ理論をかましてきた。
エドモンは飄々と「同じ愛しかたしかできないもの同士なら、相性はよいんじゃないか? 司教はエリアルとも関係があったしな。レオンをうまく焚き付けられたら、司教も殺せる」と言ってきた。
半信半疑だったが、ヤンデレを押さえつけられるのなら……とその策にのってしまった。
レオンを焚き付ける策を考えたものは、攻略本のスチルを見せることだ。あれほどエリアルの姿を鮮明にあらわしたものはなかったから、というわりと単純な理由である。
顔には出さずに恐る恐るレオンにスチルを見せたら、彼はあっさり火がついた。
その時の表情にリサは内心、蒼白した。
「美しい人ですね……」と呟く恍惚の笑み。リサは瞬時に理解した。
ヤンデレが目覚めた……!と。
それ以来、怖くてレオンには会っていない。司教を倒して、レオンがエリアルを婚約者に迎えたとき、エドモンは艶やかに微笑んで言った。
「これでゲームは攻略できたな?」と。
散々、我慢させやがって、覚悟はできているだろうな?と、言いたげな笑みに「頭から喰われる!」と思ったリサはそれを顔に出さずにびしっと言った。
「ヤンデレをなめないでよね。結婚しないと完全制覇とは言えないわよ」
我ながら苦しい言い訳だったがエドモンは一応、引いてくれた。
綺麗に微笑んでいたが、今から思えばあれはキレていたのだろう。
二人が結婚しやすいように、レオンやソフィやジャクリーヌにヤンデレと攻略本の中身をぶちまけたのはエドモンだったのだから。
そんな彼の執念に身震いしつつ、リサは時間を稼ぎたかった。
それは、日本人の一般市民として生きてきた自分に王妃なんて荷が重かったのだ。
自分の身可愛さにひたすら走っていたら、気づけば聖女として崇められていた。
それが怖くて、気持ち悪かった。
──だって、聖女っていうのはジャンヌ様みたいに信念を持った人のことだ……
そんな崇高な気持ちも何もない自分が聖女なんて言われて、王妃になるなんて……
リサは目の前のきらびやかな道が、ガラスが全て割られている回廊に見えていた。それをハイヒールもなく裸足で歩くようなものだと感じてしまっていた。
***
過去を振り返っていたリサの耳元で甘い声がした。
「契約書、燃やすぞ。もう必要ないだろ?」
そう言うと、エドモンはリサの返事も待たずにすっと離れると、前に交わした契約書を机の引き出しから取り出す。
そして、それを暖炉に放った。
あっさり燃えた一枚の紙切れ。それがもうエドモンのものになるしかないとリサに教えていた。
エドモンは両手を広げて、愛しげにリサを見つめる。
「おいで。リサ」
その声にリサは強く口を引き結ぶ。彼はリサを聖女と呼ばない。聖女と呼ばれることを嫌っていることを知っているから。
──あぁ、もう本当に……
リサは弾けるように駆け出して、逞しい体躯に飛び込んだ。
勢いをつけたというのに、エドモンはあっさり受け止める。それがどこか憎たらしい。
「私は王妃なんて柄じゃないわよ……」
「そうか。なら、俺の横にいるだけでもいい。守ってやる」
たぶんそれは比喩表現ではない。この人なら全身全霊で守ってくれるだろう。
今までそうしてくれたように。
彼だけは、いつも味方だったから。
リサの行く道はガラスの破片が散らばる道だ。困難しかなさそうな道。
だけど、エドモンなら裸足のリサをひょいと横抱きにして、堂々とガラスを踏んで歩いていくのかもしれない。
そんなビジョンが脳裏を過って、リサは口を開きかけてやっぱり閉じた。
今それを言うよりも、閨でたっぷりと言った方がよさそうだと、思ったからである。
その時、この人はどんな顔をするだろうか。動揺して照れるだろうか。子供みたいに嬉しそうな顔をするだろうか。
それを想像して、リサは頬を赤く染めて満面の笑顔になった。
ジャンヌの言葉はジャンヌ・ダルクが言ったといわれてある言葉を参考にしています。
これにて完結になります。聖女の話はダイジェストなので不明な点があればコメントでもなんでも教えてくだされば、お答えいたします。
あとこの場を借りてお礼を。
この連載はドレスの表現に悩み、みなさんの力を借りて、色気の表現に悩み、みなさんの力を借りて、世界観の広がりに悩み、みなさんの力を借りて、タイトルに悩み、みなさんの力を借りて……と、自分一人の力では書けないものでした。
活動報告で毎回声をかけてくれた皆様、アドバイスをくれた皆様、共感してくださった皆様、ありがとうございます。
無事に完結できましたー!!
りすこ




