ラスト レオン視点~仮想ではないハッピーエンド
本日四話更新しています。第三者視点になります。
「は? 僕の傑作を処分したいの? とりあえず死ねば」
「僕にそんなことを言うのは、君ぐらいだよ、ウジェーヌ」
結婚式が終わって一息ついたときに、久方ぶりに画家で攻略対象者だったウジェーヌとレオンの自室で会話をしていた。
ウジェーヌは飄々とした性格で毒舌をすぐ吐く。それはレオンに対しても、誰に対しても代わりはない。絵にしか興味のない彼は、二十後半という年齢にも関わらず独身を謳歌していた。
その彼に依頼したのはエリアルのスチルの画像と天井の絵だ。それを処分したいから、引き取るか?と話を持ちかけたのだった。彼は攻略本に描かれた写真に感銘を受けていた。肉迫した絵に虜になって、この絵を忠実に描きたいと申し出てくれたのだった。
彼は攻略対象者であることは特に興味がないらしい。一瞬の命の輝きを描くことを至高としている彼は、自分の人生には興味がないようだ。
勝手に燃やすとネチネチうるさそうだから話をしたら、レオンの想定通り毒を吐かれたというわけである。
ウジェーヌは無表情で紅茶をすすって、レオンに問いかけてきた。
「今の婚約者に心を奪われたから、虚像はいらないってこと?」
「まぁね。そんなところだよ」
「ふーん」
ウジェーヌは特に興味をもたなかったらしく、淡々と茶を飲む。こういうところが嫌いじゃない。
「で、君が引き取る?」
「そうだなぁ……引き取るよ」
「そ。じゃあ、持って帰ってね」
軽く会話をすると、レオンは話が終わったとばかりに席から立った。
「ねぇ」
ウジェーヌは珍しく声をかけた。なに?とレオンが振り返ると、鏡のような瞳が彼を写す。
「──死後の契りはできそう?」
彼の問いかけにレオンは口の端を涼やかに持ち上げる。
「それを今からするところだよ」
そう言うと、ウジェーヌはやっぱり興味なさげに「そう」と呟いた。
***
レオンとエリアルの結婚生活は一見、穏やかでごく普通に見えた。エリアル自らソフィに侯爵家の者としてできることはないかと尋ね、今では彼女と共に社交に勤しんでいる。
固く閉ざされていた蕾は、愛され、女になることで大輪の花を咲かせた。前にも増して艶やかになったエリアルにレオンは気が気ではない。
艶のある肌をさらした彼女を男がどんな目で見るのか、簡単に想像できる。コルセットでがんじがらめにしても押さえつけられない色香にエリアルは無自覚だ。そして、無邪気に周囲にそれを撒き散らす。
だから、彼女が社交に出る日は、これでもかというほど嫉妬に狂って、手酷く抱いてしまう。
この前は勢いあまって縛り付けてしまった。そんな凶行を見せても、エリアルはどこまでも嬉しそうな笑みを浮かべていたのだ。
「レオン様に縛られるのは好きです……」
心からそう言われてしまえば、狂気は挫かれ、理性が戻る。しかし、極上の餌が目の前で食べたがられていたら、手をだしてしまうのは本能というもの。その日もやっぱり、脳髄まで掻き乱される花の香りに包まれて、時を忘れて情に耽ってしまった。
悦楽はレオンをときに酷く安心させた。悪魔の酒を飲んでいる気分になるが、その瞬間は満たされた気持ちになった。それはエリアルも同じようで、彼女はなまめかしい女の視線でレオンを絡めとり、危険な快楽へ誘う。
そのえげつない色っぽさにレオンは中毒症状を起こして、抜け出せなくなっていた。
──これも、〝ヤンデレ〟のせいなの……?
健やかに眠る彼女を見て、レオンはため息を吐く。自分の気持ちも知らずに……と愚痴を言いたくなるが、言ったところでエリアルは伏せめがちで「寂しい」と訴えるだけだろう。
全身で愛でたがれる彼女に何を言っても無駄な気がした。自分で惑わせておきながら、レオンはすっかりミイラ取りがミイラになっていたのだ。
そんな濃厚な関係はありつつも、エリアルは余暇の日はクグロフを焼いてくれたり、二人で狩りにでかけたりと日々は充実していた。
絵にかいたような幸せな日々。子供が生まれたら、誰もが拍手喝采のフィナーレだというだろう。
──だけど。
太陽を背に眩しい笑顔を見せる彼女を見ていると、それを壊したくて堪らない衝動にかられる。ぐちゃぐちゃに潰して泣かせてみたくなる。それを自分は笑ってしていることが容易に想像できた。
伸ばした手が自然に彼女の首にいくのを引っ込める日々。
なぜ、そんなことをしたくなるのか。ぬるりともう一人のレオンが囁くからだろうか。
──裏切ることしかできないお前が幸せになんかなれるわけないだろ?
もう一人の自分は、きっとバッドエンドを潰された自分だろう。ぬるりと亡霊のようにまとわりつく憎しみ。狂気に心臓を病ませた自分は一生、変わることはないのだろう。
だから、どれほどエリアルが自分を好きだと言おうとも、レオンは自分を好きだと思うことはない。
愛する彼女を殺そうとする自分が、一番信じられない。だが、その意識はそのままでいいのだろう。
少しでも長く。この平穏を続けたい。愛する人と共に。
そんな当たり前すぎる感情もレオンは持ち合わせていたのだ。
狂気を押さえつける方法はなんだろうか。バッドエンドをした自分は何を欲していた? 考えながら、レオンは自分の心臓がある部分を服から握りしめる。
一つの答えに行き着いた彼は、ウジェーヌとの会話を思い出していた。
その会話は、ウジェーヌに天井の絵の依頼をした時にしたものだ。彼には眠る彼女の絵を依頼した。最初は健やかに眠るだけの絵のつもりだった。しかし、ウジェーヌは「そんな絵つまらない」と乗り気ではなかったのだ。
「ただ眠る絵なんて、ナンセンスだね。僕が描きたいのは生命の一瞬の輝きだよ? 眠る絵なら、死後の絵にしてよ」
死後?と、レオンが疑問を持っていると、ウジェーヌは淡々と続ける。
「君は婚約者のことが好きなんでしょ? なら、彼女が息絶えたときにどうなっていてほしいの?」
その言葉にレオンは目を見開く。脳裏を過ったのは前に聞いた話だ。どこから聞いたのか……貴族の暗部ともいえる場所で聞いた話だったように思う。
一世紀前のとある夫人の話だ。その夫人は先に亡くなった夫の心臓をくり貫いて、ハートの形した鉛の容器に入れて防腐処理をして保管していたそうだ。死後、自分の墓に入れる為に。夫人は自分の死後、心臓をくり貫いて夫の墓に入れるように言ったらしい。
その話を聞いたとき、レオンはなんて甘美な愛だろうと思った。話した者は「愛もそこまでいくと異常」と言っていたが、レオンはそうは思わなかった。
その話を思い出して、ふっとレオンは仄暗く笑う。エリアルとそんな死後の約束を交わせたら……とは思うが、彼女に殺される未来しか想定してなかった彼は望みの薄いことだと思っていた。
だが、絵なのだから多少の夢に酔ってもいいのかもしれない。
レオンはウジェーヌにその話をした。彼は興味をそそられたらしく「いいね」と呟く。
「それなら、君の寝室にも同じような絵を描こうか」
驚くレオンに彼は珍しく口の端を上げた。
「死して尚、番でいるんだろ? なら、絵が二つないとね」
その言葉にレオンは薄く笑う。同時に自分のバッドエンドで言ってた台詞を思い出した。
──死が二人を結びつけるんだよ。
形を変えてその台詞に繋がることをしている自分に気づき、運命というものは厄介だと思う。
だが、そのエンドを迎えられたら、亡霊のようにまとわりつく自分も納得するかもしれないとも思った。
そんなことを思いながら、エリアルを私室に呼び出した。
呼び出したエリアルはこれから話すこともまるで知らないような無垢な表情を浮かべていて、ちょっとだけ罪悪感に浸る。
レオンはごろんとベッドに横になった。エリアルにもおいでと呼びつけて、ベッドに上がらせる。ちょっとびっくりした様子のエリアルは頬を染めてそっと、ベッドの上にのった。
なんの音も立てずに二人分の重みを吸収して、マットレスは沈む。レオンは仰向けになって目線で同じようになってとお願いをした。
エリアルはこてんと首を傾げて、そろそろと寝そべった。横向きで自分を見つめるエリアルに目を細める。
「ねぇ、エリアル。お願いがあるんだけどさ……」
彼女の手首をとり、自分の心臓のあたりに手のひらをつけた。
「──いつか僕の心臓をもらって」
その一言にエリアルは大きく瞳を開いた。ひゅっと息を飲んだ彼女に、ごめんねと小さく謝る。
──でも、他に方法が見つからないんだ。僕はね、エリアルを愛したいんだよ、一人の男として。
ちっぽけな願いを胸にレオンは言葉を続ける。
「僕はね。エリアルと同じバッドエンドをする未来があったんだ。愛する人を裏切って、自ら命を絶つ未来がね……その自分が僕を狂気に落としてくる。だから、僕は彼を黙らせたい。いつかでいいんだ。僕の心臓をエリアルがもらって。約束があれば落ち着くと思うから……」
そんな約束も確証があるわけではない。
それぐらい自分が危ういと自覚がある。
だが、彼女に殺される未来がなくなった今、他にどうすればよいというのだろう。
幸せなんて描けない。
こんな自分に描ける未来などない。
だけど。彼女ならば。
エリアルとなら描けそうな気がする。
だって、ほら。
いつも、彼女は自分が一番、嬉しい言葉を惜しみなく与えてくれるから。
「レオン様が望むなら……いつか。できれば、年老いてからがいいですね」
瞳に涙を浮かばせて、それでもエリアルは微笑む。そして、彼女はレオンの手をとって、自分の心臓の位置においた。それにレオンははっとしたが、エリアルは切なげに微笑む。
「レオン様が死んだら、わたくしは一日でも生きていられません。ですから、死ぬときは一緒にしてください」
「わたくしの心臓はレオン様にもう捧げています」
その返事にレオンは大きく瞳を揺らした。
ふっと、全身の力が抜けていく。呆然としながらも見えたのは愛しい人の満面の笑顔。
──あぁ、やっぱりエリアルにはかなわないや……
潤む視界でレオンは破顔する。
「そうだったね……今さらか。そんな約束は……」
そっとエリアルを抱きしめる。強く抱きしめれば鼓動はどちらのものか分からなくなる。
互いが互いの心臓になっているようだ。
それなら、脈打つ限り、生きていられる。
それは、レオンが仮想で描いていたハッピーエンドより深く彼を喜ばせるものだった。
「エリアル、愛しているよ」
心からやっとその言葉をいったレオンの顔に憂いはない。
こんなに自然に笑うことができるのかと、不思議な気持ちだ。
彼が手にしたハッピーエンド。それは、ただ、目の前の人を長く、深く、愛する男になることだった。
これで本編は完結になります。ヤンデレなのかー!と頭を抱えながら、書いていた日々が終わりました。読んでくださってありがとうございます。
この後は、主要人物でありながらいっこうに姿をあらわさなかった聖女の話と、残念な攻略本の中身をお見せしておしまいになります。興味のある方は引き続き、お付き合いくださいませ。




