第四十七話 結婚披露宴
その日の夜。わたくしたちは抱きしめあいながら眠りにつきました。欲にまみれたものをするのではなく、ただ寄り添って眠るだけ。
冷たくなったレオン様の指はわたくしの体温が伝わり、あたたかくなっていきます。
「心地いいな……」
呟かれた言葉にわたくしも微笑み返します。安心した顔をみると、そうだこの顔を見たかったんだと、わたくしは思い出しました。
わたくしの体はふしだらで、レオン様との繋がりを求めて言葉が体が勝手にそちらに向かってしまいます。快楽という波でもみくちゃになれば、一抹の切なさを忘れられるからでしょうか。
それはきっと強い度数のお酒と同じ。依存度が高くて、何度も何度も欲しくなる。
でも、本当に見たかったものは。
こんな風に穏やかに笑うレオン様だったのだとわたくしは改めて思ってしまいます。
そんな想いを胸に宿して、わたくしはあるお願いを口にしました。
「頭を抱いて寝てもいいですか?」
きょとんとしたレオン様に微笑みかけて、わたくしは頭を胸のなかに導きました。
「朝、お顔を見たいので逃したくないのです」
すると、ははっと胸の中で軽い笑い声がしました。
「女の胸に抱かれるなんて格好がつかないよ……ただでさえ、エリアルには格好悪いとこばかり見せているのに……」
「そうでしょうか……」
「そうだよ……」
「……それでも、愛しておりますわ」
そういうと、ぎゅっと背中に手を回されます。少しだけ悔しげな、でも諦めたような声がレオン様から聞こえました。
「エリアルにはかなわないなぁ……一生、かなわないよ……」
ぽつりと呟かれて胸に顔をおしつけられます。覗き見たレオン様の耳はほんのり赤くて。可愛らしいと感じてしまいました。
そのまま互いの存在を抱き締めながらわたくしたちは眠りに落ちます。
そして、翌朝は。
念願のレオン様の寝顔を拝見できました。
いつもわたくしを惑わす色っぽさや、仄暗さのないあどけない顔。それに心が満たされていくようでした。
ふと見上げると、ヒスイカズラの花はまだ落ちきれずに残っていました。
──忘れないで。
こんな風に幸せを感じる瞬間を数珠繋ぎにすれば、わたくしたちの渇きも満たされていくのでしょうか。
陽光に輝くエメラルドグリーンが「そうだよ」と、言っているような気がしました。
***
レオン様にプロポーズされましたので、結婚の準備を始めることになりました。ソフィ様に報告すると頬を薔薇色にして「おめでとう!」と喜んでくれました。
「ふふっ。やっとエリアルのウエディングドレス姿を見れるのね」
きゃっきゃっと子供みたいにはしゃぐソフィ様に礼を尽くしました。
「ソフィ様がいなかったら、レオン様の心もわかりませんでした。ありがとうございます」
「あら? ふふ。なんのこと?」
笑顔ですっとぼけるソフィ様にわたくしは目を白黒させます。ソフィ様はわたくしの耳元でこっそり囁きました。
「あれはわたしとエリアルの秘密よ」
そして、しぃーっと合図するように指を口元に立てました。わたくしは頷きます。
「いい子ね。隠し事のひとつやふたつは女を綺麗にするものよ」
そう言ってパチンとウィンクされました。
ソフィ様の心情はわかりかねましたが、これは黙っておいたほうがよいということでしょうか。わたくしは、反射的に頷き、ソフィ様は満足げに微笑みました。
結婚式に向けて、忙しさを増していきます。教会の式は身内のみなりますが、披露宴ともなると話は別です。侯爵家の中庭まで解放した盛大な立食パーティーになることになりました。舞踏会といってよいくらいの華やかなものになります。
披露宴のドレス作り、招待客リスト作り。パーティーのお料理に、ダンスを飾る音楽隊の皆様の手配。披露宴で踊るダンスのレッスンと、目まぐるしく時は過ぎていきます。
ウエディングドレス・披露宴用のドレスはデボラさんと相談しましたのですが、その時にレオン様も同席されました。
そこで二人が相性が悪いと言われる理由を見せつけられてしまいました。
今、二人はテーブルを挟んで対峙しています。もうかれこれ一時間ほど。デボラさんは息切れしていて、レオン様は氷点下のような眼差しでおりました。デボラさんはレオン様を睨みながら、違うドレスを提示します。
「このドレスならどうですか!?」
そのドレスを一瞥して、レオン様はそっけなく言います。
「却下。それだとデザインが古い」
「ではでは! こちらなら!」
「却下。背中が空きすぎ、エリアルは娼婦じゃないんだよ?」
「ならば!!」
「却下。話にならない。もっと清楚なのって言ってるでしょ?」
「くっ……」
「……ねぇ、いつまで無駄な時間を過ごさせる気なの?」
レオン様の要求が高すぎていっこうに話が進みません。悔しげな表情をしたデボラさんが助けてください!と言うような視線を送ってきます。それに、レオン様から放たれる冷気が強まりました。
「よそ見する時間なんてあるの? 随分、余裕だね」
優美な笑顔ですのに、瞳の鋭さはデボラさんを貫きそうなくらいです。蒼白したデボラさんに、わたくしは恐る恐る声を出しました。
「あの……わたくし、このドレスが素敵だと思いました」
一目みて気に入ってしまったドレスのページを本の中から開きます。
「深い青色のシンプルなドレスですが、レオン様に包まれているようで素敵です。全身に張り巡らされた銀糸の刺繍も、わたくしは気に入って……」
と話をしていたところで、妙な視線を感じてわたくしは顔を上げました。デボラさんは顎が外れるんじゃないかと思うくらい口を開けていますし、レオン様は少し顔が赤いです。ジュリーはなぜか泣いています。
奇妙な視線に晒されていると、レオン様がふっと口の端を持ち上げて、わたくしの耳の近くで声を出します。
「そんなに僕一色でいいの? この刺繍、刺がある薔薇で、全身に蔦がめぐっているし、僕がエリアルを拘束しているみたいに見えるよ?」
低いお声にドキリとしながら、わたくしは顔を横にして、お返しに耳元でささやきます。
「見せつけてください……わたくしはレオン様のもので、レオン様の為にあるのだと……」
ぴくっと反応したレオン様に視線を落とします。ふぅとひとつの息を吐いてレオン様が離れます。お顔が照れています。それに微笑みかけてデボラさんを見ると、口は開いたままでした。ジュリーはハンカチで目頭を押さえて泣いています。
「じゃあ、僕もエリアルに縛られているって、アピールしようかな」
ポツリと呟かれて、レオン様が愉悦感に浸った顔をしてわたくしを見ました。
「いや、もっと……僕の命はエリアル次第って、見せつけようか」
その言葉の意味を知るのは披露宴の時になります。
すべての準備を終えて迎えた披露宴当日。わたくしはレオン様の姿を見て、薄く口を開いてしまいました。
レオン様の服装は瞳の色に似たジャケットに、金色の刺繍がほどこされた絢爛なベストを着ていました。それだけなら、他の貴族も同じでしょうが、ベストの心臓の辺りにある刺繍が特徴的でした。
金色に近いブラウン色の刺繍はハートの形のモチーフに天使の羽がついていました。そのハートは棘のある蔦が絡んでいます。
蔦の刺繍は首の胸かざり、袖口、足の裾まであり、部位を締め上げるように描かれていました。
「どう? 似合うかな?」
涼やかに微笑まれ、わたくしは意図が分かり恍惚の笑みを浮かべます。
「お似合いですわ……ありがとうございます」
そういうと、右手を差し出されわたくしは左手をその上へ。手に手をとりあって、わたくしは夜の披露宴に。
エスコートされて踏み出すと出席者の方々からの注目を浴びました。
──そうだわ。わたくしはレオン様の隣を堂々と歩いてみたかったんだ。
うつむき視線を落とすことなく、この方と生きたいと思える自分へ。
それを感じて、わたくしは今日というこの日を迎えられたことを嬉しく思いました。
出席者の中でお母様とお父様の姿が見えました。お母様は目頭を熱くさせ、ハンカチでおさえています。お父様もわたくしを見守るような視線を送ってくれていました。
心配をさせた二人へ恩返しができたのでしょうか。それならば、やはり嬉しいです。
***
ダンスを踊り、次々と声をかけられながら時を過ぎていました。午前零時を過ぎたところで、歓談ムードになり、レオン様はご友人がたと話を始めました。
わたくしも違うかたと話しておりましたが、その会話が途切れたとき、ずんっと、一際絢爛な格好をされた方が近づいてきました。
鮮やかな軍艦の頭はそのまま。いえ、今日はいつも以上に盛髪が高いです。高すぎて、側にいる侍女の方がYの字に先が分かれた棒で頭を支えております。
わたくしがポカンとしていますと、相手──ヴェロニク様がパシンと扇子を畳みます。下から上になめるように見つめられ、にたりと真っ赤なルージュに彩られた口の端を持ち上げました。
「ご結婚、おめでとうございます」
思ってもいなかった言葉をかけられ、わたくしは挙動不審になりながらも、礼を口にします。すると、ヴェロニク様はふんと鼻息を鳴らします。
「今日のあなたは合格点をあげてもいいわ」
一体何の採点なのか分からず、わたくしは動揺するばかり。わたくしの反応はいらなかったのか、ヴェロニク様はしゃべりだしました。
「レオン様のお側にいらっしゃるというのに、いつも涼しい顔をして気に入らなかったのよ。でも、今日のあなたは違うわね。そうでしょ?」
質問をされて、「はぁ」と間抜けな声で返事をします。ヴェロニク様は満足したのかうんうんとうなずきます。
「その調子ならいいわ。あの方に心底、愛されているのだから、もっと幸せそうな顔をすればよいのよ。それなら、わたしだって……」
そう言いかけて、ヴェロニク様は扇子を開いて口元を隠してしまいます。
意地の悪い態度と驚くようなドレスに気をとられていましたが、もしかしたら、ヴェロニク様はわたくしの自信のなさを激励していたのでしょうか。そうするのは、きっと……
「ヴェロニク様。わたくしはレオン様のお側にいて幸せです。これ以上ないというくらい」
胸に手をあてて、心より笑顔になります。そして、わたくしは隠していた本性を晒しました。
「ですから、安心してくださいませ」
持ち上がった口の端は牽制を意味し、わたくしの瞳は笑っていないでしょう。こんなにも歪んだ笑みができるのかと、自分でも驚いてしまいます。
ヴェロニク様はびくりと震え、引け腰になります。パニエが長すぎて、後ろに倒れそうによろけました。侍女の方が、背中を支えたので倒れることはなかったです。
ヴェロニク様はパシンと扇子を畳み、「分かればよいのよ」と捨て台詞を吐いて行ってしまいました。
途中、シャンデリアに頭がぶつかり、周囲がざわめきだします。わたくしは堪えきれずにくすりと笑ってしまいました。
こうして、わたくしたちの披露宴は深夜遅くまで続きました。




